◆スペインギタ-週間コルムナ◆火曜日更新
|
現代人は勉強に仕事に忙しいのです。限られた時間を有効に活かしてギタ-を上達するにはスペイン人ギタリストの真似をするのが一番。楽譜なし、教則本なし、基礎練習ゼロ---。
毎週このコラムを読めば貴方のギタ-人生が根底から覆されます。もし覆されない方がいらっしゃればグラナダにおいで下さい。私が自腹でスペイン名物脳みそフライをご馳走します。 |
161-180
|
180 歌心至上主義で健全なタッチ 14-03-2006(火) |
|
|
タッチの秘訣も肉体的に指先がどうこう言う前に、結局は歌心だと言うことをコルムナ171から見て来ました。それでもタッチを肉体的に論ずるとすれば、それは親指pをしっかり踏み込むことに拠って右手の軸が安定し、imaのタッチも自然に深く、自然に良くなることを先週まで見て来たことを踏まえて(同174~178)、再び良いタッチは結局歌心の産物であることに話しを戻しましょう。 まず、何はさて置き、右手のタッチ(爪の形も含めて)の問題こそギタ-人生の一番の問題であり、理想的なタッチさえ見出せば僕はギタ-が上達し、理想的なタッチが見つからないから私はいつまで経っても上手くならない・・・と言う肉体的なタッチ至上主義の頭を、歌心さえあればタッチは必ずいつの間にか良くなると言う歌心至上主義に入れ換えることです。 つまり、健全なタッチは健全な歌心なくしてあり得ません。タッチで悩んでいる読者の皆さん。どうせ悩むならタッチが悪いことではなく、歌心が貧しいことを悩みましょう。それでもどうしても指で悩みたければimaではなく、親指pで悩みましょう。親指pがグラついているからimaのタッチもグラつき、歌心がグラついているから右手も親指pもimaも総てグラついて、何年経ってもギタ-人生がグラつくのです。悩み所を誤ってはタッチは一生良くなりません。肉体的に指先や爪の形を気にするのは最後の最後でいいはずです。 |
|
|
|
||
@
|
179 親指は素振りに打ち込みに四股を踏む!? 07-03-2006(火) |
|
|
どんなスポ-ツでも基本が大事。特にスランプに陥った時こそ基本に帰ることです。野球なら素振り、柔道なら打ち込み、相撲なら四股を踏むことでしょう。そもそもスランプに陥るのは体の軸がぶれて技もぶれて来るからです。手や足の技自体の問題ではなく、体の軸自体がぶれるから手足の技もぶれて来ます。だからこそ、手足の技がぶれて来たら、手足の技の矯正ではなく、体の軸、つまり、足腰の安定を図ることが大切です。そのための素振り、打ち込み、そして、四股を踏むと言えます。筆者は運動は得意ではありませんが、こんなところでしょう。 そして、imaのタッチがぶれて、imaのタッチを深くしても今一しっくりクリ-ンヒット感覚がない今一ギタ-奏者の皆さん(コルムナ176&177)。そう言う時こそimaではなく、右手の軸の安定を図って下さい(同100)。だからこそ親指pを踏み込む(打ち込む)ことに拠ってぶれていた右手の軸がシャキッとし、右手全体が安定し、それ故imaのタッチも自ずと深くなり、imaの技(スケ-ル&アルペジオ&トレモロ&ラスゲア-ドetc)も自然とシャキッとして来ます。 最初は力を込めずに右手の回転で親指pの打ち込みだけを繰り返してみましょう。通常の定位置より弦から5cm位離れた距離から右手の回転で親指pを打ち込んでみます(腕もぶれないこと)。力ではなく、回転の勢いと遠心力で親指を打ち込む感触を掴んだら、同じ感触を親指に保ちながらアルペジオやトレモロを弾いてみましょう。この時バッティングは踏み込んで打つ、相撲は踏み込んだ勢いで上手投げで投げる感触を想像してみましょう(同15~18)。腕力ではなく踏み込んだ勢いです。同様に親指pを打ち込んだ勢いで右手全体が安定し、その勢いにimaの技を乗せる感触を掴んでみて下さい。そして、この様に右手が安定したところで初めてimaの深いタッチを心がけてみて下さい。 |
|
|
|
||
@
|
178 親指ジロ-の歌心 28-02-2006(火) |
|
|
先週木曜日故マヌエル・カ-ノ先生の一番弟子吉川二郎さんが短期滞在でやって来ました。ちょうどその夜グラナダ市内のホテルで先生の著書『La Guitarra』の第三版(初版1986年)の発表会があり、息子のホセ・マヌエル・カ-ノ氏も演奏で花を添えました。 このところのコルムナのこともあり、今回吉川二郎さんの右手親指を見ていたのですが、予想通り微動だにしません。ところが、吉川二郎さんの生徒さん達に拠れば、彼はレッスン中右手についてはimaの話しばかりで、親指pについてはほとんど触れないとか・・・。 これはどう言うことでしょう? 無意識の内にpを一歩踏み込むことを知っている人は無意識の内に右手が安定し、後はimaだけの問題だと言うことではないでしょうか? そして、どんな大先生も自身が苦労しなかったことは生徒に伝えてやることは出来ない・・・。そんなところでしょう。既に右手の安定している生徒ならそれでいいですが、そうでない生徒はいくらimaの正しいレッスンを受けてもimaはいつまで経っても腰砕けだと筆者自身の経験から断言します。それ故の親指pを踏み込んで右手を安定させるための最近のコルムナなのです(同174~)。 それでは何故吉川二郎さんは無意識の内に親指pを踏み込んでいるのでしょう? 無意識の行いを敢えて説明すれば、それは歌心を兼ね備えているからです。親指pにではなく心にです。論より証拠。gアルハンブラの想い出hをpamiのトレモロではなくpに歌心を込めて、pだけ意識して、amiは忘れることを意識して、これをなるべく無意識の内に(!?)弾いてみましょう。つまり、pamiと指で弾くことを意識せず、曲を歌わせることを意識して、その歌心を親指pに込める如く弾いてみて下さい。必ず今までとは違った良い感触が得られ、amiも自然に良くなっているはずです。何せ無意識の内に親指pを打ち込むことに拠って無意識の内に右手全体が安定して来るので、amiも良くならない訳がないのです。 ただ、上手い人は演奏の原動力である歌心が無意識の内に備わっている故にこれらのことが自然に無意識の内に出来てしまっていると言うことです。ですから我々凡人は上手い人の指より歌心を真似た方がより上達の近道を歩んでいることになります。また、この歌心についてコルムナ132からずっと見て来ている訳です。 さて、翌日金曜夜には吉川二郎さんの使っているギタ-の製作者フアン・フランシスコ・サルバド-ル・ヒメネス氏がやって来て筆者と夕食を共にし、翌土曜日には全員で日本語情報センタ-に集いました。氏はあの近代スペインギタ-の開祖アントニオ・デ・ト-レスの曾孫です。製作台数が僅少で高価ですので入手困難ですが、いつか必ず日本に紹介します。 |
|
|
|
||
@
|
177 親指を踏み込めばタッチは深目 21-02-2006(火) |
|
|
指の足腰とは指の生えている指以下の箇所、つまり、手と腕(と肩や腰も)です(先週のコルムナ)。多くの場合いくら練習しても音階、アルペジオ、トレモロなどの右手の技が今一効かないのは指の土台である右手や腕が揺れているからです(同13&16&17)。過去3週タッチは深くあるべきことを述べましたが(同174~176)、いくら理想の爪の形と理想のタッチの深さで弾いても、指の土台である右手や腕が揺れている以上今一すっきりクリ-ンヒットタッチの感触がないのはバッティングも同じです(同176)。確かにタッチを深目にすれば何かが確実に良くなった感触は得られますが、指の土台である右手や腕が揺れている間は指先のコントロ-ルが定まらず、いつの間にかすぐに以前の浅いタッチに戻って力んでしまっているはずです。つまり、何年経っても指先がスッキリせず、爪の形やタッチで悩んでいるほとんどの人の原因は爪の形やタッチの角度ではなくタッチが浅いことであり、おまけに指の土台であるべき右手と右腕自体が揺れているのでいつまで経ってもクリ-ンヒットが打てないと言えます。 この指の土台である右手と右腕自体が揺れないためには右手親指を力を抜いてしっかり踏み込むことです。それはあたかもバッタ-が最も足腰の安定するスタンスで構え、打撃の際は一歩踏み込んで、その踏み込む勢いでバットの真っ芯でボ-ルを捕えるのと同じです。一歩踏み込むことに拠って体の軸が更に安定し(同100)、その勢いでボ-ルに力が伝わります。決して腕力ではありません。同様にアルペジオもまずpを踏み込んだ勢いで弦をimaで捕らえてみて下さい。pを踏み込むことに拠って右手の揺れがなくなり、imaは自然に良くなります。この時初めてimaのタッチを深目にしてみましょう。つまり、imaのタッチは親指のタッチからです。親指を使わない音階の場合でも使わない親指の安定感に注意してみて下さい。 これについてはコルムナ11~13&15~22をもう一度読んでみて下さい。 |
|
|
|
||
@
|
176 タッチは深目でジャストミ-トするにはしたが・・・ 14-02-2006(火) |
|
|
いつもよりタッチを深目にして弾いてみましたか(先週の続き)? 引っ掛かっていた爪も却って引っ掛からなくなった読者も多いのではありませんか? つまり、爪が弦に引っ掛かるのは必ずしも爪の形が悪いのではなく、タッチが浅いことが大きな原因の一つだと言えます。 逆に言えば、タッチが浅いまま爪の形や指の角度など外見的なフォ-ムをいじくるのは有害でさえあります。長年の浅いタッチが身に付いてしまっていることの方が怖いです。 さて、タッチを深くして確かに良くなりそうな予感はあったかも知れませんが、今週はそれでも今一指先がスッキリ弦を抜けてくれない読者のためにもう少し考えてみましょう。 バットの先端ではなく真っ芯でボ-ルを捕えさえすればヒットになるのでしょうか(先週のコルムナ)? ヒットにはなるかも知れませんが、ジャストミ-トポイントに当った総ての打球がクリ-ンヒットとは限りません。それではこの場合ジャストミ-トポイントでボ-ルを捕えたにも拘らず、一体何がクリ-ンヒットになることを妨げているのでしょうか? 同様に深いタッチで理想の指先のポイントで弦を捕えても今一クリ-ンヒットタッチの感触がないのは何故でしょう? スポ-ツ選手は足腰の衰えを感じて引退を決意する(&人間は上半身より下半身が先に衰え始める)そうです。足腰がグラつけばバッティングも投球もパンチも上手投げも回し蹴りも威力を失います。足腰のグラつきであって、決して腕や足の技やフォ-ムや腕力や握力だけの問題ではありません。 同様にギタ-も指の技やフォ-ムや爪の形や腕力や握力やタッチの深さだけの問題ではありません。足腰がグラついているなら正しいフォ-ムの指の技も威力半減し、指もグラついて制御不能になり、無意識に力でこれをコントロ-ルし様として力むに至ります。ジャストミ-トするにはしても、足腰がグラグラで指が力んでいてはクリ-ンヒット演奏になる訳がありません。それでは指の足腰とは何でしょう? |
|
|
|
||
@
|
175 タッチは深目でジャストミ-ト 07-02-2006(火) |
|
|
タッチは浅目よりも深目の方が宜しいです(先週の続き)。普段から深目にしておけばいざと言う時浅目には出来ますが、逆は出来ません。 タッチが浅いとはあたかもバットの先端でボ-ルを打つ様です。体全体のフォ-ムやバットの振り自体は良くても先端で捕えてはボ-ルに力が伝わりません。たまにヒットにはなっても、目の肥えたファンなら球足(たまあし)や音ですぐ分かります。たまにならg今のはバットの先端だったけど力でヒットにしたのはさすがだhと賞賛されるかも知れませんが、毎回バットの先端ではバッタ-として技量を問われます。 同様にギタ-も聴く側の耳が肥えていれば出る音でタッチの浅いことを見抜かれてしまいます。タッチが浅いと音量が小さい、爪の音がして雑音が多くなる、音質が安定しない、爪が弦に引っ掛かるなどの症状が起こって来ます。素人考えではタッチを深くした方が爪が弦により引っ掛かると思いがちですが、実際は逆、かどうか各自やってみて下さい。 この様にギタ-における右手も、バットのそれと同じで『真っ芯か先端か』と言う発想で指のタッチを模索してみると良いでしょう。同じヒットでもバットの先端で引っ掛けて無理矢理力で持って行ったヒットや、ボテボテの辛うじて内野安打より、バットもタッチも気持ち良くジャストミ-トのヒットで行きたいものです。弦を真っ芯で捕えてジャストミ-トすれば、必ずg良し、今のはヒットだhと言う満足の得られる音になり、ギタ-を弾くこと自体が面白くなります。 それでは今よりタッチを1mmか2mm深くすればいいのでしょうか? そうすれば僕も私もタッチが良くなってギタ-が急激に上手くなるのでしょうか? ここが問題です。そうは問屋が卸してはくれません。それでは逆に質問しますが、ボ-ルをバットの真っ芯で捕えさえすれば誰でもヒットを打てるのでしょうか? 単に物理的に何ミリかタッチを深くすればいいと言う問題はないことを来週みてみましょう。右手のタッチの肉体的な考察は先週今週の予定でしたが、もう少し長引きそうです。 |
|
|
|
||
@
|
174 迷い求めた爪の形は元のまま!? 31-01-2006(火) |
|
|
筆者は別に昔の自分の右手の爪の写真を撮って残しておいた訳ではありませんが(先週のコルムナ最後)、爪の形も右手のフォ-ムや角度も若い頃に比べて特別変わっているとは思いませんし、意識して変え様としたこともありません。確かに25年位前爪の形を変えて試してみたことはありましたが、いずれもピッタリするものはありませんでした。つまり、爪の形は昔から余り変わってはいないのでしょうが、今の方がギタ-は上手です。とすれば、このことからも右手のフォ-ムや爪の形はもちろん大切ですが、ギタ-の上手下手を左右する決定的な要因ではないと言えます。 つまり、懸案の右手のタッチ(同171~)を指の角度とか爪の形とか外見的肉体的に論じても大して意味はないと言うことです。それではどう言う観点から右手のタッチを論じれば大した意味があるのでしょう? それは結局歌心です。 このgスペインギタ-週間コルムナhの以前からの読者ならご存知の様に(同14&89etc)、どんなテ-マも必ず肉体的基礎と情緒的基礎の二面から考えて来ました。そして、どんな場合も必ず情緒的基礎の方が肉体的基礎よりもより基礎であることもみて来ました。つまり『情緒的基礎>肉体的基礎』です。ですから、歌心があれば肉体的な右手のタッチはいつの間にか自然に良くなると言うのが結論ですが、この肝心の歌心で右手のタッチの前に、それでも右手のタッチの肉体的な面を今週来週と少し論じてみましょう。 まずは角度や爪の形よりも、深いタッチを心掛けることです。確かエルネスト・ビテッティは爪だけで弾くはずですが、こう言った例外は別にして、タッチを深めにすると、今まで引っ掛かっていた爪が引っ掛かからなくなる・・・かどうかやってみて下さい。つまり、今まで爪の形が悪いから爪が弦に引っ掛かっていたと確信して別の爪の形を捜して見つからなかったのが、実はタッチを深めにすると引っ掛かからないことに気付いて下さい。完全にスッと抜けてはくれないにしても、何かが基本的に良くなる確かな予感がしませんか? |
|
|
|
||
@
|
173 捜せば捜すほど拍子抜けする理想のタッチかも 24-01-2006(火) |
|
|
多くのスポ-ツでは確かにフォ-ムについては伝統的な定型や定説があり、それに応じて監督もコ-チも指導するのが普通でしょう。その意味ではg男岩鬼の悪球打ちhなど、やはり、漫画だけの世界かも知れません。 ギタ-も肉体的には指のスポ-ツだとすれば、懸案の右手の指のタッチについて教則本やギタ-教室で通常教えられる典型的なフォ-ムがない訳ではありません。例えば・・・。 *指の弦に対する角度は奏者から見て直角もしくはやや左に傾き加減:これは明らかにセゴビアに右へ倣えのフォ-ムですかね? それじゃあ、筆者も含めて右手親指の付け根の反らない人は一体どうしろと言うのでしょうか? *右手全体は軽く卵を握るような感じに構える:と昔どこかに書いてあった様な覚えがありますが、パコ・デ・ルシアはピカ-ド(スケ-ル)の速弾きを意識してか、何か引っ掻く様な低めの構えです。 *爪は指先に沿って丸く削る:人それぞれ指や爪の形状が違いますから、これがベストと言う形を論ずることには意味がありません。爪の形も丸くではなく平たい感じに整える人もいます。また、長目の人も短目の人もいます。 とまあこんな具合ですが、そうしたからと言って急に指先が弦をサッと気持ち良く抜けてギタ-が上手くなるのでも何でもないことは、残念ながら多くの人の体験するところです。 だからこそ諦めずに理想のタッチ、理想の爪の形を追求すべきだと決意を新たにするのは大変結構だとは思いますが、実情は意外とこんな場合が多いのではないでしょうか。 言うことを聞いてくれない右手の悪いフォ-ムと悪い爪の形をビデオに撮っておいて、何年か後上手くなった頃にもう一度上手くなかった頃の自らのビデオと見較べてみると・・・。『あれ、大して変わってない。何じゃこりゃ!?』と拍子抜けする!? |
|
|
|
||
@
|
172 タッチが悪いくせにギタ-のせいにすな!? 17-01-2006(火) |
|
|
と筆者の知り合いのあるギタ-製作家(関西人)がそのHPで憤慨していました。もう少し詳しく言うと『日本人ギタ-奏者は皆音が小さい。それをギタ-のせいにするとは何事や、自分のタッチが悪いくせに!!』と言う訳ですね。 今週からはギタ-を弾く人なら誰でも一番の関心事である、そして、誰でも悩むこの右手のタッチについて歌心を交えてコルムナして行く訳ですが、その問題提起のためにもこれほどふさわしい引用もないかも知れません。この文章をもう少し考察してみると・・・。 弾く側にしてみれば『せっかく高い金払うて買うたギタ-やのに蚊の鳴く様な音しか出~へん。ギタ-が悪いんちゃうか!!』 作る側からすれば『テメ~のタッチが悪~てワシの作った名器が鳴らへんだけやのに、よ~そんなこと言うわ、この下手クソ!!』 となるでしょうか? 筆者の経験でも、確かに大して上手くもない日本人ギタ-奏者のほとんど(特別手が小さい訳でもない)は音量が余りない、と言うより極めて音が小さい人が多いです。その意味では筆者個人としてはこの製作家の意見に賛成ですね。つまり、音が小さいのはギタ-の良し悪しは別として、ギタ-自体より弾き手のタッチに問題があると言っていいでしょう。 それではタッチを良くすれば皆ギタ-が上手くなるかと言えば、確かに悪いタッチが良いタッチになれば、確かにその人はその分だけギタ-が上手くなったと言えるでしょう・・・が、問題はg良いタッチhとは、この筆者の知り合いの製作家も含めて、圧倒敵対多数の人が単に右手指先の弦に対する当て方と言う物理的肉体的なことだと思い込んでいると言うことです。 初心に帰りましょう。『右手も左手も指に問題が起きれば原因はその指自体ではない(コルムナ4&16)』とすれば、右手のタッチを良くするとは、単に指の角度や爪の形を改善すれば良いと言う物理的肉体的な問題ではないと言うことです。 |
|
|
|
||
@
|
171 タッチの秘訣も歌心 10-01-2006(火) |
|
|
日本人は先生も生徒も正しいフォ-ムで弾けばギタ-が上手くなると無条件に思い込んでいる人が圧倒的に多い様ですが、歌心が健全であればこそフォ-ムも健全になります。これが順序であり、一番理に適った上達方法です(コルムナ145~149)。この理に従ってコルムナ132から今まで歌心でスケ-ル(同154~156)&アルペジオ(同157&159~160)&トレモロ(同161)&ラスゲア-ド(同163&165&167~169+リズム感)と見て来ました。 これで大雑把に右手のテクニックは網羅したことになりますが、歌心で左手に移る前に、歌心で右手のタッチに良くなってもらいましょう。繰り返しますが、右手を鍛えて右手のタッチを良くするのではなく、歌心で右手のタッチにいつの間にか良くなってもらう・・・。この自動詞他動詞の違いが決定的にギタ-人生を決定付けます(同162)。タッチも同様です。 ところで、かつての筆者も含めて、この右手のタッチ(爪の形も含めて)の問題こそギタ-人生様々な問題な中でも問題中の問題であり、理想的なタッチさえ見出せば私はギタ-が上達し、理想的なタッチが見つからないから私はいつまで経っても上手くならない・・・と、理想のタッチさえ見出せば僕も私も必ずやギタ-が上手くなるはずだと、多くのギタ-奏者は何の疑いもなく頭から思い込んではいないでしょうか? それもこれも総てはギタ-は指で弾く、総ては指次第、タッチ次第と言う余りに一面的な視野の狭い先入観から来ていますが、逆に言えば、このタッチの問題は総てのギタ-奏者の一大関心事だと言うことでもあります。それならこのタッチについてのコルムナも少々長くなりそうです。読者の皆さんも気長にお付き合い下さい。 もちろん、健全なタッチは健全な歌心から。指のフォ-ム自体ではありません。 |
|
|
|
||
|
170 国鉄の切符売場ギタ- 03-01-2006(火) |
|
|
先週グラナダ国鉄駅に日本人旅行者の依頼で切符を買いに行って来ました。すると筆者の左手指先のタコを見た窓口のおっさんが『わしもギタ-弾く・・・』とか言ってギタ-の話しになり、他の客は放ったらかしで20分位話し込んでしまいました。 聞けば同じアンダルシア地方セビ-ジャ県のある村の出身で、隣村の知り合いの大工さんが受注でギタ-を製作しており、かなりの出来映えとのこと。筆者がギタ-を日本に輸出していると言うと、『よし、今電話してみよう』と言って、おじさんはわざわざ窓口を閉めて筆者と一緒に待合室横まで出て携帯から電話してくれました。確かにその日はあまり客もおらず、隣の窓口も開いてはいたのですが、日本のJRや近鉄や名鉄の窓口ならこんなことはあり得ません。見つかれば懲戒免職かも知れません。正にスペイン丸出しののどかな光景です。 さて、スペインでは元大工や元家具職人のギタ-製作家はむしろ普通です。このおじさんの知り合いの大工のギタ-製作家は電話で『来月早々クラシックギタ-とフラメンコギタ-が一本づつ出来て来る。是非見に来てくれ』とのことでした。是非見に行って来ます。人生もギタ-人生も出会いで決まります。どんな出会いになるのか今から楽しみです。 読者の皆さん、今年もgスペインギタ-週間コルムナhを通じて何らかの出会いを得てみて下さい。 |
|
|
|
||
@
|
169 リズム感に歌心を加えてパコ様のラスゲア-ド 27-12-2005(火) |
|
|
≪1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12≫ではなく、数えないで≪~~~~~~~~~~~~≫と12拍で一周するリズム感覚になって来ましたか? その上にgamii(↑↑↑↓)hを乗せてやってみましたか(先週のコルムナ)? もう一度簡単に復習です。①まず左手はミュ-トして≪~~~~~~~~~~~~≫と12拍右手でストロ-ク。このリズム周期が体に滲み付くまで何度も繰り返します。アクセント箇所では上半身全体を乗り出すと同時に足(右左どちらでも)を踏むとより効果的です。この時点で手に関して言えば、やっていることは右手の12拍のストロ-クだけですから一見簡単ですが、要は体全体がこのリズムに乗るか反るかです。乗らなければ指も反ります。②次に各拍子~の頭とgamii(↑↑↑↓)hの↑を一致させることを念頭にこのラスゲア-ドをやってみます(同167)。残りの↑↑↓は出来なくていいですから、とにかく↑と~の頭を合わせることが優先順位です。後は何とか付いて来ます。歌心が健全なら手や指はいつの間にか一番いいフォ-ムになってくれている様に(コルムナ146)、リズム感が健全ならラスゲア-ドの各指もいつの間にか付いて来る様になるものです。決して指自体の鍛錬ではありません。 これに音と歌心を加えるのが今週のテ-マです。以前一度やりましたが、フラメンコ独特の旋法Am Am Am G G G F F E E E E のコ-ド進行で①②と弾いてみましょう。12拍全てgamii(↑↑↑↓)hがきついなら、アクセントの箇所だけストロ-クにして弾いてみて下さい。この方が掴み易いはずです。 そして、リズムに慣れたら、フラメンコ独特のこの東洋的哀愁を帯びたコ-ド進行を読者の歌心で味わう余裕を持ちましょう。リズム感と更に歌心でこの12拍は更に勝手に回って行ってくれるはずです。この間常にアクセント箇所を足で踏むことは言うまでもありません。 読者の皆さん、それではまた来年まで。 |
|
|
|
||
@
|
168 文法よりリズム感 20-12-2005(火) |
|
@ |
スペイン人ギタリストはこの≪1 2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12≫のラスゲア-ドgamii(↑↑↑↓)12拍計48回hをどう捉えているのでしょうか?
また、一体どんな練習をしているのでしょうか(先週の続き)?
一般的にスペイン人、特にフラメンコ関係の人は考えると頭が痛くなるタイプの人が多い!?
48回も数える訳がないし、12回さえ数えません。要するに誰も1,2~と具体的に数字で数える算数としての勘定はしませんが、さすがはネイティブ、12拍で一周と言うリズム周期が本能的に備わっているのです。
ラスゲア-ドを爪弾く指にではなく、体全体にリズム周期が染み付いているのです。つまり、≪1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12≫のリズム周期が染み付いているが数えないと言うことは、意識として≪1
2 3 4 5 6 7 8 9 10
11 12≫ではなく≪~~~~~~~~~~~~≫だと言うことです。
なるほど、これなら確かに数えてはいませし、体にこのリズム周期が染み付いているなら、指が勝手にこのリズム周期に乗って勝手にラスゲア-ドしてくれているだけの話しなのです。意味不明でしょうか?
フラメンコギタ-の読者は理解出来たでしょうが、クラシックギタ-の読者には意味不明かも知れません。
意味不明なら詳しく解析しなければ気が済まないのが日本人の国民性かも知れませんが、それはある意味総ての文章は文法的に解析しないと分かった気がしない日本人的英語学習みたいなものです。文法でいい点を取っても、英会話がさっぱりなら一体何のための文法でしょう(コルムナ29)?
ところで、読者は毎日話して聞いて読んでいる日本語を総て文法的に説明出来ますか?
出来ませんけど、そんなことは実生活に必要ありませんね。同様にフラメンコのリズムの細かい理屈は説明出来なくても、リズムはリズム感で分かっていればそれでいいのです(同144)。
クラシックギタ-の読者には信じられないことかも知れませんが、フラメンコでは踊りやギタ-の先生に『そこもっとゆっくりお願いします』と言っても、先生は分からないことが多いのです!?
意味不明でしょうか? 私達も自由に操っている日本語の文法は分かっていません。同じことです。
フラメンコはリズムが命。リズムに指を乗せずにどうして指が動くでしょう? 今まで便宜上≪1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12≫と説明して来ましたが、これはあたかも文法的説明です。今後は数えるのは辞めて≪~~~~~~~~~~~~≫でやってみましょう。とにかくこのリズム周期を徹底的に体に滲み込ませればgamii(↑↑↑↓)12拍計48回hはいつの間にか弾けているはずです。現にスペイン人ギタリストはこのラスゲア-ドのために特別な練習は一切しません。amii(↑↑↑↓)を最初はゆっくり、来週はもっと速くと言った練習もしません。ただ単に≪~~~~~~~~~~~~≫に乗って何となくamii(↑↑↑↓)をやっている内に出来ていた・・・。そんな感じです。子供が遊びながらいつの間にかことばを覚える・・・。同じです。ただ、≪~~~~~~~~~~~~≫に乗ってしっかりリズム遊びが出来ていることが基本です。
このリズム感に歌心を加えればもっと遊べます。来週は≪~~~~~~~~~~~~≫に音と歌心を加えてみましょう。
|
|
@
|
167 指は忘却の彼方でラスゲア-ド 13-12-2005(火) |
|
@ |
右手で12拍のストロ-ク。3:6:8:10:12拍目は強く。この間右手はミュ-トしたままですから、実際やることは右手のストロ-ク12拍≪1
2 3 4 5 6 7 8 9 10
11 12≫だけ。やってみましたか? 更にこの間、一つの数字を頭の中でgタタタタhと口ずさみながら4で割って12拍ストロ-クしてみましたか(コルムナ165の続き)?
一泊がgタタタタhと4回で合計48回ですが、頭にアクセントを付けることに拠って実際はgタhが12回と言う感触になるまで続けて下さい。そして、ここでやっと右手は一拍一回のストロ-クではなく、懸案の一拍4回amii(↑↑↑↓)のラスゲア-ドに移ります。
相変わらずgタタタタhと口ずさみながら弾くことには違いありません。肝心なことは右手がストロ-クからamii(↑↑↑↓)になったからと言って、頭がamii(↑↑↑↓)の指モ-ドに切り換わらず、あくまでgタタタタ~hのリズム至上主義モ-ドに頭を保つことです。
頭が指モ-ドに陥るとgタタタタ~hと48回均等に弾くのは難行苦行至難の業になって来ます。特に最後のgタ↓hと次の頭のgタ↑hが繋がって来ないはずです。それを繋げ様とgタ↑hを力ずくで出そうとするともう悪循環でドツボにハマります。こんな弾き方をすればすぐに腱鞘炎です。
それに引き換え、頭の中でgタタタタ~hとgタhを12回均等にリズムを刻むことだけに神経を集中すれば、リズムだけに注意している訳ですから、注意を払っていない指のことは自ずと忘れます。そうするとamii(↑↑↑↓)が自然にamii(↑↑↑↓)になって力が抜け、これが計12拍、以前よりかなりスム-ズに回ってくれていることに気付きます。
コツは各数字の頭(いち:に:さん~)とamii(↑↑↑↓)の↑とが時間的に一致することです。この時肝心なことは↑を力で出してはいけません。アクセントの勢いに乗せて出して下さい。そのための12拍のストロ-クのリズム練習だったのです。指ではなくリズム感の練習だと言う認識を常に保って下さい。
amii(↑↑↑↓)を合計12拍48回と言う発想はスパッと辞めて、指のこともスパッと忘れて、指はリズムに乗せて、リズムで煽てて指にやってもらえばいいのです(同7)。もちろん、だからと言ってすぐに上手くなる訳ではありませんし、相変わらずamii(↑↑↑↓)の各指の間の時間的距離や音量が不整脈かも知れませんが、一番の基本である≪1
2 3 4 5 6 7 8 9 10
11 12≫が不整脈でなければ、必ず後の詳細は自然に整って来ます。
来週はスペイン人ギタリストはこのラスゲア-ドをどう捉えているか考えてみましょう。
|
|
@
|
166 息子は気迫で歌心 06-12-2005(火) |
|
@ |
先週木曜日グラナダが生んだ世界的フラメンコギタリスト故マヌエル・カ-ノ先生(1990没:筆者も師事)と盲目の詩人故マヌエル・ベニ-テス・カラスコ(1999没)の二人を偲ぶコンサ-トが市内イサベル・ラ・カトリカ劇場で行われました。超満員。
生前は良く二人でコンビを組んで詩とフラメンコギタ-のジョイントコンサ-トを行っていました。通常は唄とギタ-ですが、詩とギタ-と言うのは珍しく、また息を合わせるのはかなりのセンスと熟練を要します。因みに二人共20世紀のグラナダ著名人百人に選ばれています。
今回はカ-ノ先生の息子ホセ・マヌエル・カ-ノ(筆者も師事)&パコ・コルテスの二人のフラメンコギタリストと唄と詩のコンサ-トでした。
パコ・コルテスは良くもこれだけと思う位テレビに出て来る売れっ子で、筆者は常々グラナダでは一番の腕前だと思っていました。実際ピカ-ド(スケ-ル)、アルペジオ、トレモロ、ラスゲア-ド、アルサプ-アなど総てに於いて物凄いスピ-ドで弾き切る割には音量も表現力もあり完璧な舞台でした。
一方、親父の記念コンサ-トで発奮したのか、この日のホセ・マヌエル・カ-ノの演奏はど迫力でした。いつもはトチる立ち上がりもトチらず、いつもの大音量に加えて気迫と人並みはずれたフラメンコの歌心で指が縦横無尽に動き回る(コルムナ31)。知名度では優るパコ・コルテスを気迫で上回ったと言えるでしょう。筆者も何年も息子の演奏は聴いて来ましたが、この夜の出来が一番良かったのではないかと思います。圧倒されました。
もちろん、この二人の圧倒的な表現力、つまり、歌心に圧倒されました。両者共指が疾風の様に動きながら、指を気にする仕草は一切なし。小説家がアイデアのままにペンが走る様に、歌心のままに指が勝手に動き回っていただけのことです(同53~59)。
人並み外れた文才がなければ誰も小説家にはなれない様に、人並み外れた歌心がなければ誰もギタリストにはなれない・・・。そんなことを痛切に感じさせられたコンサ-トでした。
先週の続きはまた来週。
|
|
@
|
165 gタタタタ~hと48回12拍 29-11-2005(火) |
|
@ |
パコ様のラスゲア-ドの続きです(コルムナ163)。amii(↑↑↑↓)を何度も繰り返してみましたか? 単調なことこの上なく嫌になりませんでしたか?
私はとてもフラメンコギタ-には向いてないと、早くも挫折した読者もいるのではないでしょうか。当たり前です。ギタ-教則本の音階やアルペジオの基礎練習と同じで、こんな無味乾燥なことやらされたら、そりゃギタ-が嫌にもなります。歌心を絡めてやれば少しは味が出て来て美味しくなって食欲も湧いて来ます。
もう一度フラメンコ独特の12拍のリズム≪1 2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12≫を刻んでみましょう(同130&131)。左手はミュ-トして、右手のフォ-ム(ストロ-ク)はどうでもいいですから、とにかく、このリズムをアクセントを付けて12拍で一周する感覚を何となく捉えられるまで続けてます。次に、今度は数を12数えずに、一つの数字を頭の中でgタタタタhと4で割って12拍ストロ-クします。つまり、ストロ-クは数えず12拍。同時に頭の中でgタタタタhは48回です。
この時大切なことはgタタタタhではなく、gタタタタhとアクセントを付けます。実際はgタタタタ~hと48回ですが、アクセントを付けるとgタhが12回の意識になるから不思議です。そして、これが肝心なのです。
これに慣れて来たら、もちろん、同時にフレ-ズ全体の中のアクセント(3:6:8:10:12)も付けます。
何か段々話しが難しくなって来ましたが、実は左手はミュ-ト状態で、右手は12拍のストロ-クだけなのですから、事指に関しては至って簡単なのです。要は、問題は頭の中のリズム意識の持ち方の問題であって指自体の問題ではないことに気付いて下さい。このリズム(フラメンコではコンパスと言う)を更に徹底させるために、同時にアクセント箇所(3:6:8:10:12)を足で(上半身全体も乗り出す様に)踏んで下さい。48回もgタタタタ~h言っていると舌が縺れますので、ゆっくりで構いません。構いませんが、早くても遅くても48回及び12拍のリズム周期が等間隔に一様でなければ駄目です。でなければリズム音痴です。
さあ、後はこのリズムにamii(↑↑↑↓)の各指を乗せるだけですが、まずは指より歌心ありき。そして、フラメンコギタ-なら、まずは指よりリズム感ありきです。この順を本末転倒すると指もこけます。
@
|
|
@
|
164 歌心でタダ飯 22-11-2005(火) |
|
@ |
@
スペインに限らず欧米は石の文化。石の家の中で靴も脱がずに石(木の場合もありますが、ほとんどは大理石やタイル:だからギタ-は良く響くかも!?)の床の上で生活します。そこで筆者も毎月一度は日本語情報センタ-のタイルの床を通常の掃除機とモップに拠る拭き掃除だけではなく、洗剤を付けてタワシで擦って汚れを落とします。
先週土曜日これをやったのですが、さすがに手や腕がかなり疲れます。こんな時こそギタ-を弾いても力が入らないので弾くだけ無駄とは思いましたが、その日は何故かギタ-が弾きたい気分だったので思わず弾いてしまいました。
ところが、予想に反して最近では一番いい演奏が出来ました。疲れているはずの指が勝手に動き、音もでかい。いつもは苦手な箇所も今日なら弾けると言う確かな予感がして弾き切れ、何より自分でもはっきり分かる位いつもより気分(歌心)が乗っていたので、そのまま一時間半あっという間に弾き逃げしました(コルムナ154)。その後心地良い空腹感を覚え、そのままいつもの中華レストランで美味しく食事を済ませ、おまけにこの日は何とおごり!!
中国人は何と心が広いのでしょう。とても何ヶ月か前に日本の施設に投石していた同じ上海出身とは思えません(華僑は上海地方が多い)!?
気分さえ、いや、歌心さえ健全なら指も勝手に動き、タダ飯にさえありつける。正に一事が万事。歌心さえ良ければ万事良し。これは大きな真理です。この歌心の真理を読者と分かち合うのがgスペインギタ-週間コルムナhの主旨でもあります。
正直筆者は普段はこんなことはないのですが、日常的無意識的にこの精神的グッドコンディションにある人が本当にギタ-の上手い人なのでしょうね。つまり、どんな楽器でも結局最後は歌心、そして、音楽的才能の問題に帰着するかも知れませんが、ないものは仕方がありません。
ないとは言え、音痴でない人は皆音楽的才能があると言うのが筆者の自論です。それなりに頑張りましょう。ただし、指の鍛錬ではなく、指が歌心に乗って勝手に(各自の才能なりに)動いてくれる様に歌心を磨くことを頑張ってみて下さい(同142&143)。歌心に乗りさえすれば、手や腕の疲れや、指や爪やフォ-ムなど肉体的な要素は大した問題ではないことに気付きます。
歌心でラスゲア-ドの続きはまた来週。
|
|
@
|
163 貴方も歌心でパコ様のラスゲア-ド 15-11-2005(火) |
|
@ |
歌心でスケ-ル(コルムナ154~156)&アルペジオ(同157&159&160)&トレモロ(同161&162)と見て来ました。今週からはフラメンコギタ-独特のラスゲア-ド(rasgueado)です。クラシックギタ-の読者には縁がないかも知れませんが、gアランフェス協奏曲hの冒頭など必要な時は必要ですから、少し位やっておいても損はしません。使わない引き出しの数も多い方が演奏の幅も広がります。歌心で挑戦してみましょう。
さて、ラスゲア-ドと言ってもかなりの数のバリエ-ションがあります。それを一々指使いを解説するのはその辺のフラメンコギタ-教則本で十分でしょう。これを歌心でやってみ様と言うのがこのコルムナの意図するところですが、それでも敢えてラスゲア-ドの技術的な面をラスゲア-ド未体験の読者に端的に伝えるとすれば、クラッシクギタ-は一本の弦を指で手前に弾き、フラメンコギタ-のラスゲア-ドは複数弦を指で向うに(手前の場合もあり)弾く(以下総てgはじくhと読む)と言えます。
また、ビ-玉を人指し指の爪で向うに弾き飛ばすのを連想して下さい。ビ-玉の代わりにそこに弦があるのがラスゲア-ドとも言えます。ただし、ラスゲア-ドには人指し指だけではなく、p:i:m:a:ch総ての指を使います。
これだけでもクラシックギタ-の読者には十分なカルチャ-ショックかも知れませんが、それでは実際にやってみましょう。読者にやる気を出してもらうために、畏れ多くも畏くも、フラメンコギタ-の神様パコ・デ・ルシア(同91)の良く使う代表的なラスゲア-ドを例に取ります。
指使いはamii(↑↑↑↓:↑は向うに爪で弾き、↓は指の腹で手前に弾く表記)。ちょっと分かり難いかも知れませんが、右手をごく普通に構えた状態からamiの順に爪で複数弦を向うに弾き、最後はiをこちらに弾き戻します。やってみましょう。右手の練習ですので、左手はミュ-トして、①まずaの爪で複数弦(弦の数は適当)を向こうに弾く
②同様にmで弾く ③同様にiで弾く(と同時にこの時点で既に向うに出ていたaとmを弦に触れずに最初の位置に返す:従って、この時点で向うに出ているのはiだけ)
④最後にこのiを手前に弾き返す(これで右手の指は最初の状態に戻る)。
来週までにこれを繰り返し繰り返しやってみて下さい。ゆっくりでいいですから、4・4・4~と4拍の均等間隔で持続させてみて下さい。
|
|
@
|
162 ギタ-乞食の想い出 08-11-2005(火) |
|
@ |
歌心を込めてgアルハンブラの想い出hをトレモロしてみましたか(先週のコルムナ)?
ところで、筆者は高校二年の世界史の教科書に載っていたアルハンブラ宮殿に行こうと思い立ちましたが、まさかその14年後に本当にアルハンブラ宮殿で10年間観光ガイドとして働くことになるとは夢にも思いませんでした(辞めて日本語情報センタ-を開設してもうすぐ満7年)。おかげで今では申請した覚えのない永住ビザまで貰ってしまいましたが、金もビザもない頃は街でギタ-を弾いて道行く人から恵んでもらった金で乞食の真似をして生活していました。今思い返せば、それでも人間g目的を持って頑張ってhいれば道は何とか開けるものだとつくづく実感します。
ただし、混同してはいけないのは、目的を持って頑張って道を切りg開くhのではなく、目的を持って頑張っていれば道は何とかg開けるhと言った方がより言い当て妙だと言うことです。つまり、このg開くhとg開けるhの似て非なる自動詞他動詞の違いが大違い(ギタ-人生大間違いの元!?)なのです。そして、妙でも何でもなく明確な違いとは前者の主語は私であり、後者は道なのです。私があくせく努力して道を切り開いた方が浪花節的で日本人好みかも知れませんが、私はあくせくしなくても、道の方から勝手に私に開けてくれた方が私は楽だと思いませんか?
同様にギタ-も、私が私の指を鍛えて私のギタ-を一生懸命弾くよりも、g目的を持って頑張ってhいるが故に指が私に勝手に動いてくれた方が私は楽なのです(同6)。当たり前のことですが、指重視ではなく、目的重視の方が目的により早く近づけます。
では、ギタ-演奏の目的とは何でしょう? 指の鍛錬や技巧ではなく、その曲を歌わせることであり、正に歌心そのものなのです。
指ではなく、歌心を鍛錬してみましょう。歌心が磨かれた分だけ指も動いてくれます(同140&152)。もちろん、gアルハンブラの想い出hもトレモロもそうです。
それにしても、今思い返してもスペインの街角で良くあんなことをやったものです。読者の皆さんも、少々腕に覚えがあるならギタ-乞食をやってみてはどうでしょう(腕に覚えがなければ単なる乞食!?)。人前で弾く度胸が付きますし、いい演奏をすれば通行人は立ち止まって聴いてくれるものです。もちろん、弾きながら遠くに警官の姿が見えたらすぐ逃げる態勢を整えておくことも大切です!?
|
|
@
@
|
161 ついでに歌心でトレモロ 01-11-2005(火) |
|
@ |
トレモロもまたpとimaのコンビネ-ションと言う意味ではアルペジオの一種です。imaが複数弦を爪弾くのがアルペジオで、一本の弦に集中したのがトレモロだとすれば、理屈は同じです。理屈が同じなら、もう一度コルムナ11~22&157&159&160を読んで、早速実行に移してみましょう。
多くの場合トレモロの問題はimaの粒が揃わないことらしいですが、いかなる指の問題もその問題箇所を意識すればするほど余計な力が入って悪循環に陥ります。そんなに意識したければ『ギタ-は指ではなく歌心で弾く』ことを常に意識していましょう。これだけで目が二階から基礎工事に向いたのですから、実は僅かこれだけの発想の転換をするだけでギタ-人生地に足が着いたと言えますし、指に足元を掬われて建物丸ごと崩壊から免れられます(同160)。
先週のg歌心>p>imahは建物で言えばg基礎工事>一階>二階h。そして、これはそっくりそのまま先々週の①②③に一致します。この順を崩さず、今週は指ではなく歌心でトレモロの代表曲gアルハンブラの想い出hに挑んでみましょう。
@
①ギタ-は傍らに置いて何よりgアルハンブラの想い出hをハモッて歌ってみましょう。もちろん、強弱やアクセント、速度にも加減を付けて表情豊かに歌ってみて下さい。乗って来ないなら誰かの演奏を聴いてみましょう。歌心に乗れないことが一番の問題です。少しは歌えているかなと思った頃・・・。
②同じくメロディ-を歌いながら、同時にアルペジオの低音の親指pだけ弾きます!?
最初は感覚を掴むために弦に触れるだけの弱いタッチでも構いませんが、最終的にはg力を使わずに力強く打ち込んでh下さい(同21&22)。さすがに全曲はしんどいですね。まず最初の8小節だけに限定しても宜しいでしょう。
③これに慣れたらimaを加えて通常のトレモロ(pami)で弾いてみます。ただし、この場合も、②の親指pだけで弾いた時の親指pの感触を保ちながらトレモロを弾いてみて下さい。つまり、親指pだけの時も、トレモロ(フラメンコギタ-ならpiami)の時もg力を使わずに力強く打ち込むh親指pの感触が同じであることを心掛けます。こうすることに拠って右手全体が安定し、imaも更に安定してimaは自然にスッと抜けてくれる様になる・・・かどうか各自やってみましょう。
@
と書くとコルムナ159の二番煎じに見えますが、gアルハンブラの想い出hを弾く目的はgアルハンブラの想い出hを歌わせて音楽として表現することであり、決してトレモロ自体を上手く弾くことではないことを再認識しましょう。そうすればいつの間にかg歌心>p>imah&g基礎工事>一階>二階h&①>②>③を体験出来ます。だからと言って急にトレモロの粒が揃う訳ではありませんが、近い将来必ず粒が揃いそうな確かな予感を感じてみて下さい。それにはこの優先順位を守ることです。
|
|