スペインギタ-週間コルムナ◆火曜日更新

現代人は勉強に仕事に忙しいのです。限られた時間を有効に活かしてギタ-を上達するにはスペイン人ギタリストの真似をするのが一番。楽譜なし、教則本なし、基礎練習ゼロ---。

 毎週このコラムを読めば貴方のギタ-人生が根底から覆されます。もし覆されない方がいらっしゃればグラナダにおいで下さい。私が自腹でスペイン名物脳みそフライをご馳走します。

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バックナンバー

 

120 左手も煽てりゃ・・・ 18-01-2005(火)

 

  今週から左手の各指に色々なテクニックをやってもらいましょう。ギタ-上達の秘訣は奏者自身が鍛錬した右手や左手の指で弾くのではなく、いかに指に弾いてもらって本人は楽をするかにあります(コルムナ6&118)。 “スペインギタ-週間コルムナ”の目的もそこにあります。
 ことばを変えれば左手の指を“煽てる”ことです(同7)。不得意な箇所ほど指のことは忘れて指にやってもらいましょう。
 では実際にやってもらいましょう。『禁じられた遊び』の短調の旋律の前半後半の境目の『~ドシララシド:シドシレ#ドシ~』を弾いてみましょう。ご存知前半は5フレットのハ-フセ-ハのAmから瞬時の内に後半の7フレットの全セ-ハのB7のポジションに移動する、誰でも苦労するところです。
 前半だけならそうでもありませんが、全セ-ハで⑥弦のシを押さえてこの低音を維持しながら、更に小指4を①弦の11フレットのレ#まで伸ばして押さえろと言う後半の方がより難解です。こう言う時こそ大して長くもない自分の小指を見て溜息をついたり、左手の小指の拡張の練習をするのではなく、大して長くもなく言うことを聞いてくれない左手の小指を煽ててレ#まで伸びてもらえばいいのです
 まず、指が短いとか、届く訳ないだろうと思っている人。左手の指に拠るギタ-の押弦を左手の指のただ単に肉体的な問題だと思い込んでいることがそもそも大間違いなのです。指と言う肉体の一部に情緒的な面を絡めてやれば多くの場合驚くほどの効果が期待出来ます(同118)。
 簡単なことから始めましょう。この場合まず徹底的にレ#を意識することです。意識せずに問題箇所が解決する訳がないでしょう?
 筆者が高一の時『侍ジャイアンツ』と言うテレビ漫画がありました。スポコン漫画も終焉の時代でしたね(その年の日本シリ-ズは巨人vs南海)。主人公のノ-コンピッチャ-番場蛮のライバルにアメリカインディアンの、名前は確かウルフチ-フと言うのがいました。このウルフチ-フがある時野牛の群れに向って、こんなにたくさんいるんだから当たるだろうと槍を群れに向って適当に投げたら当たらず、長老に諭された通り、群れの中の一匹だけに的を絞って投げたら仕留めることが出来たと言う一話があったのを覚えています。
 確かに意識過剰は余計な力が入るだけで逆効果と言うのはむしろ“スペインギタ-週間コルムナ”の立場ですが、だらだら2時間弾くより、30分集中して弾く方が効果的です。楽はしなくてはいけませんが、楽をしながらも注意は払うべきであり、決して注意散漫と言う意味ではありません。
 まずは“そこ”に集中して、その集中力で指に“そこ”に届いてもらいましょう。集中力であって必ずしも指の力ではありません。情緒的問題であり、必ずしも指と言う肉体的な問題ではないのです(同118)。来週までレ#に注意を集中して力まずに弾いてみて下さい。
 
 

 

119 病は気から。左手も・・・。 11-01-2005(火)

 

  特に中年以上の人が決まって口にすることがあります。『もう歳で指が硬いから届かないんですよ・・・』 『だったら、もし指がもう少し柔軟なら指が届いて、ギタ-がすらすら弾けるんですね?』と筆者は逆に問いたいのですが、読者ならどう答えるでしょう? ギタ-は左手の指で弦を押さえて右手の指で弦を爪弾くとしか思っていない、つまり、指と言う肉体的な面についてしか見ていないからこんな浅はかな見解も出るのです。

 音痴でリズム音痴で歌心もないが、指は長くて柔らかい人ならギタ-が上手くなる・・・かどうか。これが今からしばらくのコルムナのテ-マでもあります。

 確かに弦を押さえるには指は長くて柔軟な方が良いでしょう。また、腕力も握力もあった方が良いでしょう。しかし、手の小さな小学生や非力な女性にも音は大きくて上手い人はたくさんいます。しかも、ギタ-は普通サイズ(コルムナ34:ただし、普通サイズとは言え、手の小さ目の人はネックが薄目のギタ-の方が無理がなくて良い)。また、筆者は観光ガイド時代偶然セビ-ジャかマラガの空港でフラメンコギタ-の大御所マノ-ロ・サンル-カル(その昔パコ・デ・ルシア、セラニ-トと並んで若手三羽ガラスと言われた)に遭いましたが、手は筆者より小さかったです。従って、左手の押弦は必ずしも指の長い短いや硬い柔らかいに拠るのではないのです。 

 大体こう言うこと(冒頭の文)を言う人はギタ-を弾く前からマイナス思考です。まず、これがいけません。出だしから自ら好んで情緒不安定になっています。おまけに、もう間違えた時の言い訳を予めしてしまっています。これは良く言えば日本人の謙遜遠慮の国民性から来ているとは思いますが、せっかくの謙遜遠慮も場違いなら足を踏み外し、更には指板で弦を押さえ外します。

 まずは英語で言う“Take it easy.” よそ行きでもマイナス思考でもなく、気軽に楽しく行きましょう。

 病は気から。健全も不健全も、健全なギタ-演奏も不健全なギタ-演奏も、総ては気からです。もちろん、左手の指に拠る押弦も、どうしても押さえ切れないFも、拡張も、スラ-やハンマリングも、音が繋がらないポジション移動も総ては気持ち、情緒的安定不安定の問題が根底にあります。来週からケ-スバイケ-スで見て行きますが、昨年末の健全な左手の肉体的基礎(同87117)も情緒的基礎が健全であればこその話しなのです。

 
 

 

118 左手にも情緒はある 04-01-2005(火)

 

  人間の総ての肉体的な行動は精神(情緒)的な面に裏打ちされています。もちろん、ギタ-の演奏もです。
 筆者の中学時代の英語の授業で『健全な魂は健全な肉体に宿る』と言う諺が出て来たのを覚えていますが(英文は覚えてない!?)、逆もまた然りで、何事も精神(情緒)と肉体双方の健康が必要です。いや、むしろ、前者の方がより重要ではないでしょうか? ギタ-についてもそう思います。右手についても、そして、懸案の左手についてもそうです。今年からはこの左手の情緒的基礎についてしばらく考えてみましょう。
 初心に帰りましょう。貴方が貴方の鍛えた左手の指で弦を押さえるのと、貴方の左手の指に弦を押さえてもらうのはどちらが楽でしょうか(コルムナ6)? 前者でギタ-人生行き詰まった人に後者をお勧めするのが“スペインギタ-週間コルムナ”の主旨でもあるのですが・・・。
 前者は過労死燃え尽き症候群ギタ-。上手い人は皆意識的無意識的に後者になっています。上手い人は何の苦労もなく、左手の指が勝手に指板を駆け回っているのです。
 私が私の左手の指を動かすのか。私の左手の指が勝手に動くのか。似た様な文ですが、この他動詞自動詞の違いは北と南ほどの違いがあり、ギタ-人生を決定付けます。
 Fが押さえ切れない人、指が開かない人、スラ-やハンマリングは指が痛いだけで音が出ない人、ポジション移動が上手く行かない貴方。だからと言ってスポ根漫画の様に左手の指を鍛えていると腱鞘炎になって、健康どころか全く不健全なギタ-人生に終わってしまいます。真面目モ-ドも大切ですが、もっと楽に真面目モ-ドで行きましょう。ギタ-を弾く貴方は真面目モ-ドでいて下さい。しかし、弦は貴方の左手の指に押さえてもらって、貴方は楽をしていて下さい。貴方の左手の指を健全に煽てて弦を押さえてもらえばいいのです。
 貴方の情緒的面が健全になれば、貴方の左手の指はある程度勝手に動いてくれる様になります。来週から詳しく楽しく見て行きましょう。
 
 

 

117 左手の肉体的基礎総括 28-12-2004(火)

 

   基礎とは『揺るぎなく据えてやれば他の個所も自然に良くなり、逆にこれがグラつけば他の個所も総てグラつく最重要部(コルムナ5&11&87)』であり、また『目に見えない個所、または目に見えても人が注目しない個所(同88)』と言うことが出来ます。この原則から行けば目に見える左手の各指自体(1:2:3:4)は基礎ではなく、目に見えない左手の親指、そして、目には見えても注目されない左手自体こそ基礎であると言えます。

 その左手の親指の移動がすり足でなければ左手自体がグラつき、1:2:3:4もグラつくことになります(同116)。
 さて、以上コルムナ89からずっと左手の肉体的基礎について述べて来ました。繰り返しますが、左手の基礎は1:2:3:4自体でもなく、1:2:3:4の鍛錬(スケ-ル:拡張:スラ-:ハンマリングetc.)でもありません。1:2:3:4の土台である左手自体の安定です。筆者自身の経験から言っても、1:2:3:4が思う様に動いてくれなかったり、すぐ疲れたり、何年経っても一向に上達しないのは、1:2:3:4が非力だったり、筋が硬かったりするためではなく、1:2:3:4の土台である左手自体がグラついているから1:2:3:4もグラつくためです。また、左手の親指が地に(ネックに)付かず、浮つく度に左手自体もグラつくことが大きな原因です。つまり、1:2:3:4の基礎である左手自体と親指がグラつくから1:2:3:4もグラつく。グラつけばグラつかない様余計力を込めてしまう悪循環に陥る・・・。これが1:2:3:4の様々なテクニックが出来ない根本原因であり、左手の肉体的基礎の総括と言えます。
 左手がどうもしっくり来ない方。1:2:3:4が上手く弾けない時、届かない時、スラ-やハンマリングで音が出ない時、コ-ドが上手く押さえ切れない時、ポジション移動で音が途切れる時・・・。上手く動いてくれないその指自体ではなく、その指の土台である左手自体と親指が力んでいないか、グラついていないかどうかに細心の注意を払いながら今までの曲を弾いてみて下さい。その上で1:2:3:4からも徹底的に力を抜きましょう。力ずくで弦を押さえている内はギタ-の上達はありません。目指すはパコ・デ・ルシアのふんわり感です(同91)。
 左手の肉体的基礎の次は、来年から左手の情緒的基礎について考えてみましょう。
 
 

 

116 左手の親指もすり足 21-12-2004(火)

 

  左手の親指はなるべく動かさないにせよ、一々動かすにせよ(コルムナ114115)、その動かし方の原則について考えてみましょう。原則は原則ですので、原則さえ踏まえれば、後は各自が原則を踏まえて勝手にやればいいだけの話しです。今週はその原則を相撲、柔道、レスリングから学んでみましょう。

 アテネオリンピックでの日本のメダルラッシュには感動しましたね。元々日本は柔道とアマレスは昔から強かったのですが、日本の国技相撲を含め、格闘技全般には共通点があります。それは“すり足”です。畳やマットや土俵・・・。重心を低くして浮き足立たず、すり足で移動しなければ技も掛かりませんし、相手の攻撃に対してすぐに腰砕けになります。

 これはネックを押さえる左手の親指にも当てはまります。親指がネック上を移動する際、親指が飛び跳ねるのではなく、すり足で移動すれば左手全体もグラつき難く、腰砕け状態になり難いのです。逆に浮き足立っていると、ネックから親指が離れて浮く毎に左手がグラつく可能性にさらされます。

 せっかく親指の腹で押さえても(同109)、わざわざネックから親指の腹を離す移動では、畳やマットや土俵の上をスキップしながら格闘技の試合をする様なものです。どんな格闘技でも足腰が安定していてこそパンチ、蹴り、投げなどの技が効きます。浮き足立って腰の入っていないパンチ、蹴り、投げ技は効きません。

 ギタ-も同じです。左手自体が腰砕け状態では指(1:::4)の技が効かないのです。だからスラ-もハンマリングも思い切り弾く割には蚊の鳴く様な音しか出ないのです。決して読者の指に力がないのでありません。土台の左手自体がグラついているから、土台の上にある指(1:::4)の技がさっぱり効かないのです。それが証拠に、読者より明らかに非力な子供や女性ギタリストがいるのはどうしてでしょう?

 ギタ-は力で押さえて力で弾くのではなく、いかに力を使わないで力を伝えるかなのです。右手も、もちろん、左手も。

 ギタ-は指では弾かないとは左手にもまた言えることなのです。

 その左手自体のグラつきが左手の親指のすり足で是正出来るとしたら、これは考えてみる価値があるとは思いませんか? 

 人は“動く”方に注目しがちですが、真に“動く”ためには何が“不動”であるべきかを見極めなくては駄目です(同107)

 
 

 

115 大物は横にも軽々しく動くものじゃないかも

 

  フラメンコの代表的なコ-ド進行をご紹介しましょう。AmGFE。1~3フレットのコ-ドで弾いてみて下さい。フラメンコを聴いたことのない皆さん、中々エキゾチックな響きがしませんか? 何度か繰り返してみて下さい。

 さて、先週のなるべく左手の親指は動かさない運指は、何も『禁じられた遊び』の冒頭のフレ-ズで実験してみた様にネックに対して縦の動きについてだけではありません。ネックの真ん中か、①弦寄りか、⑥弦寄りかと言うネックに対して横の動きにも当てはまります(コルムナ112)。

 もう一度上のコ-ド進行を弾いてみて下さい。左手の親指の位置に気を払いながらもう一度弾いて下さい。どうですか? もしかして、コ-ドごとに一々親指の位置は4回変わっていませんか?

 では今度は親指の位置を決めて、そこから動かさないことを前提にもう一度弾いてみて下さい。最初はギクシャクするかも知れませが、なるべく左手全体から力を抜いて何度かやってみて下さい。これで結構行けるものです。左手全体の安定感はどうですか?

 左手の親指の位置が変わる毎に左手全体がグラついて、更には1:::4がガタガタになるのは、何も親指のネックに対して縦の動きに拠るのではありません(同114)。親指が横にも頻繁に動けば、それだけでも左手全体がグラつく可能性は大です。

 筆者は左手の親指のネックに対する縦横両方の動きをなるべく少なく、つまり、左手親指はなるべく動かさない左手の親指の運指にしていますが、横の場合も縦の場合同様、肝心ことは左手全体が力まずリラックスしていることです。そうすれば筆者の様に左手の親指の動きを最小限にし様が、縦横縦横無尽に動かそうが、後は本人が好きな左手の親指の運指でいいと言うことです・

 いずれにせよ、左手の親指の位置を移動することによって左手全体が不安定になるなら、確かにこれは考えなければなりません。

 
 

 

114 大物は軽々しく動くものじゃないかも 07-12-2004(火)

 

  今まで左手親指のネックに対して縦横両方の動きから考えて来ました。どこにどう置こうが力まず、あくまで自然体でなければ意味がないことを前提にして(コルムナ112&113)、今週は左手の親指の運指の基本的なある事柄について触れてみましょう。

 先週のコルムナと一部重複しますが、それは左手親指はなるべく動かさないのか、頻繁に動かすのかと言うことです。もちろん、ロ-ポジションからハイポジションに一気に移動する様な場合には当然親指も移動する訳ですが、この様な明らかな場合は別にして、意外と左手の親指は動かすまいと思えば動かす必要はないことに気付きます。やってみましょう。

 ご存知『禁じられた遊び』の冒頭のSiSiSiSiLaSolSolFa#MiMiSolSi だけ弾いてみましょう。まず、読者がいつも弾く様に弾いてみて下さい。何度か繰り返して弾いて読者の左手の親指の運指を覚えておいて下さい。

 次に左手の親指をネックの3フレット下中央に置いて、ここから親指は動かさずにもう一度この短い同じフレ-ズを総て弾いてみて下さい。どうですか? 意外と弾けるものでしょう?            

  筆者はこの様になるべく左手の親指は動かさない運指を心掛けていますが、どちらが良いと言う訳ではありません。ただ、頻繁に親指の位置を変える毎に左手全体の安定を欠けば、1:2:3:4は総崩れとなると言うのが筆者の体験です。左手の親指の位置や運指ではなく、こちらの方が本質的で重要な問題なのです。

 指がすぐ疲れる、指が届かない、セ-ハが押さえ切れない、スラ-やハンマリングは指が痛いだけで音が出ない・・・など、実は読者の1:::4が非力で練習不足なのではなく、1:::4の土台である左手自体がグラついているから1:::4もグラつくのです。

 では何故左手自体がグラつくのか? 原因は色々挙げらるでしょうが、その一つは左手の親指が位置を変える度に左手もグラつくからと言えます。これは筆者自身の経験です。

 ですから、その意味では上の例でやってみた様に左手の親指はなるべく動かさない運指が良いのではないかと思いますが、力さえ抜けていればポジションが変わる度に一々親指の位置を変えたところで何の問題が起きる訳ではありません。

 以上のことを踏まえた上でなるべく左手の親指は動かさない左手の親指の運指を読者自身が考えても良いかも知れません。

 弾きなれた曲を左手の親指を余り動かさずに一度弾いてみて下さい。新境地が開かれるかも知れませんよ。

 
 

 

113 左手の親指の運指は前後の文脈から判断 30-11-2004(火)

 

  左手の親指について今までネックの中央か、①弦寄りか、⑥弦寄りかと言う、言わば“横の位置”しか述べませんでした(コルムナ96~)。
 今週からは少し“縦の位置”も考えてみましょう。例えば、ある左手のポジションで親指はネックの中央だとしても、それがそのポジションの真下なのか、上(ヘッド方向)寄りなのか、下(ボディ方向)寄りなのかと言うことです。これが“縦の位置”の意味です。
 一般的には1:2:3:4の指で弦を上から、親指でネックを下から押さえて挟んで左手全体を固定するとすれば、左手親指は押弦に使っている1:2:3:4の指の真下にあった方が挟むには理想的です。確かどこかの教則本か何かにそんなことが書いてあった様な気もします。
 実際やってみるとこれで不自由はありません。物理的にも理に適っています。従って、“左手の親指は押さえたポジションの真下”が模範的な答えでいいでしょう。ただし、ここでも一番大切なことと日本語のアヤに注意しなければ外見に捕われて肝心なことを見逃します。
 まず、形は挟むであっても、決してそのことばのニュアンス通り握力で挟むのではないと言うことです。上から弦を押さえる1:2:3:4も、下からネックを押さえる親指も、力で押さえたり挟んだりするのではなく、最小限の力でそうする、いや、上手い人ほど力を使わず軽く指を添えるだけなのです。
 それが証拠に、上手い人の左手の親指は、むしろ、左手の上(ヘッド方向)寄りに位置していることが多く、綺麗にポジションの真下に来ていることの方が少ない位だと筆者は見ます。つまり、上手い人は皆力が抜けており、左手親指はネックに本当に軽く添えて置くだけ。軽く添えて置くだけだから、一見物理的に不安定に思える場所に置いても安定度に影響はないのでしょう。
 要は力が抜けた自然体で力を抜いて自然に弦やネックをフワッと押さえる・・・。力を極力抜くこと、これが優先順位です。今年の夏筆者が感じたパコ・デ・ルシアの左手の“あれっ”と思うほどの押弦の際の“ふんわり感”です。だから左手の各指が恐ろしいばかりのスピ-ドで動くのでしょう(同91)。
 力んでしまえば、どんなに外見のフォ-ムが正しくても、何の意味もありません。いや、おかしな癖が付くだけです。
 
 

 

112 コツは力まずフワッと挟む 23-11-2004(火)

 
  左手の親指について今までネックの中央か、①弦寄りか、⑥弦寄りかと言う、言わば“横の位置”しか述べませんでした(コルムナ96~)。
 今週からは少し“縦の位置”も考えてみましょう。例えば、ある左手のポジションで親指はネックの中央だとしても、それがそのポジションの真下なのか、上(ヘッド方向)寄りなのか、下(ボディ方向)寄りなのかと言うことです。これが“縦の位置”の意味です。
 一般的には1:2:3:4の指で弦を上から、親指でネックを下から押さえて挟んで左手全体を固定するとすれば、左手親指は押弦に使っている1:2:3:4の指の真下にあった方が挟むには理想的です。確かどこかの教則本か何かにそんなことが書いてあった様な気もします。
 実際やってみるとこれで不自由はありません。物理的にも理に適っています。従って、“左手の親指は押さえたポジションの真下”が模範的な答えでいいでしょう。ただし、ここでも一番大切なことと日本語のアヤに注意しなければ外見に捕われて肝心なことを見逃します。
 まず、形は挟むであっても、決してそのことばのニュアンス通り握力で挟むのではないと言うことです。上から弦を押さえる1:2:3:4も、下からネックを押さえる親指も、力で押さえたり挟んだりするのではなく、最小限の力でそうする、いや、上手い人ほど力を使わず軽く指を添えるだけなのです。
 それが証拠に、上手い人の左手の親指は、むしろ、左手の上(ヘッド方向)寄りに位置していることが多く、綺麗にポジションの真下に来ていることの方が少ない位だと筆者は見ます。つまり、上手い人は皆力が抜けており、左手親指はネックに本当に軽く添えて置くだけ。軽く添えて置くだけだから、一見物理的に不安定に思える場所に置いても安定度に影響はないのでしょう。
 要は力が抜けた自然体で力を抜いて自然に弦やネックをフワッと押さえる・・・。力を極力抜くこと、これが優先順位です。今年の夏筆者が感じたパコ・デ・ルシアの左手の“あれっ”と思うほどの押弦の際の“ふんわり感”です。だから左手の各指が恐ろしいばかりのスピ-ドで動くのでしょう(同91)。
 力んでしまえば、どんなに外見のフォ-ムが正しくても、何の意味もありません。いや、おかしな癖が付くだけです。
 
 

 

111 指圧の心、その心は? 16-11-2004(火)

 
  以前筆者の知り合いの指圧の先生が“親指の力だけで押してたら親指が持たんよ。体重を親指にかけて体重で押すんだよ。こうすりゃ親指は疲れない・・・”と言っていたのを思い出します。ではギタ-のネックは左手の親指でどうを押さえればいいのでしょう(コルムナ109の続き)?
 両者は関係ない様で大いに関係があります。ギタ-も指では弾かず(同53~59)、指圧も親指自体ではないと言うことです。つまり、ギタ-も指圧もアイアンクロ-養成ギブスで指を鍛えれば上手くなるのではありません。
 どうも日本人ギタ-奏者には、教える方も教えられる側も独習者も、指の鍛錬なくして上達なしと言う固定概念がある様です。つまり、ギタ-の練習=指の筋トレ!? 鍛えた右手の指で弦を弾き、鍛えた左手の指(1:2:3:4)で弦を押さえ、そして、鍛えた左手の親指でネックを押さえる・・・。
 “押さえる”のだから力が必要。よし、しっかり基礎練習して指にしっかり力を付けて、しっかり弦を押さえ様、しっかり親指でネックを押さえ様・・・。日本語の“押さえる”からはこの様に“力で押さえる”ニュアンスが伝わって来ますが・・・。
 1:2:3:4も力任せに押さえるのではなく、弦に指先を置いて、軽く最小限の力を加えるだけでいいのです。左手の親指も力任せにネックを押さえるのではなく、実は軽く添えるだけで十分なのです。ネックを力を込めて握り締めるなど愚の骨頂です。
 指に力の入った人にギタ-の上手い人はいません。コツはいかに力を抜くか。もちろん、左手の親指もそうです。押さたり、握り締めるのではなく、軽くネックに置くだけにしてみて下さい。親指の位置は親指に一番力が入らないところが最善です。力が入らないことが優先順位であって、位置は二の次です。
 
 

 

110 はい、良く弾けました。で、それがどうかしたの? 09-11-2004(火)

 
  先週セビ-ジャ市(アンダルシア地方セビ-ジャ県)出身のクラシックギタリスト、ホセ・マリア・ガジャルド・デル・レイのコンサ-トに行って来ました。
 日本での知名度は知りませんが、いや~とにかく堅実な技術で、約1時間半のコンサ-ト中僅かなミスタッチが2回。しかも、単に指が良く動くだけではなく、ppからffまで自由自在に操る表現力。今回久し振りにクラシックギタ-を堪能しました。
 そこで、つくづくフラメンコギタ-との違いを考えさせられた次第です。良くフラメンコギタ-は音質を余り気にしないから芸術性が乏しいと言われることがありますが、今回の様なミスタッチも雑音もない演奏を聞かされては、それも頷けると言わざるを得ません。
 ところが、筆者の後ろの席に座っていた知り合いのクラッシクギタ-の先生に拠ると“確かにそう言えるが、例え荒っぽい演奏で雑音はあっても、ジプシ-のフラメンコギタ-はパコ・デ・ルシアやビセンテ・アミ-ゴ(二人ともスペイン人フラメンコギタ-リストの大御所)にさえ出せない独特の味わいがある”そうです。
 (ジプシ-とは約600年前インドからスペインにやって来て、インド音楽とスペイン南部のアンダルシア地方の土着の民謡を交えてフラメンコを造った異民族。国籍はスペインだが、現在でもほとんど混血していない。ほとんど誰も楽譜は読めない。)
 荒っぽいのに芸術性があると言えば、確かに音質重視のクラシックギタ-から見ればとんでもない話しでしょうが・・・。
 筆者は絵は全く駄目ですが、間違えない様にゆっくり注意深く引いた線より、何も考えないでサッと一気に引いた線の方が活きた線であるとは良く言われることです。結局どんなジャンルのどんな楽器を奏でようが、この両面が必要ではないかと思います。
 因みにグラナダ県の地中海岸のアンドレス・セゴビアの別荘のあったエラドゥ-ラ(グラナダ市からバスで2時間)と言う村で何年毎か知りませんが、世界のクラシックギタ-界の有望株が集うアンドレス・セゴビアコンク-ルが開かれています。3年位前に聴きに行った知り合いの日本人の話しでは、日本人参加者は指の技術は完璧なのですが、“はい、良く弾けました。で、それがどうかしたの?”と言うレベルだったそうです。
 丁寧だろうが、荒っぽかろうが、例えどんなに指が速く動いても、表現しなければ何の意味もない・・・が結論でいいでしょうか(同86)?
 このギタリストは聴かせてくれましたね。 先週の続きはまた来週
 
 

 

109 左手の親指の腹は満腹がいいのか? 02-11-2004(火)

 
  ③親指の腹でネックを押さえる 今週はコルムナ99での問題提起①②③の③です。
 
 実際はどうしても左手の親指の腹ではなく、横向き加減でネックを押さえてしまうことが多いのではないでしょうか?
 この場合も本人がそれでいいなら横向き加減でも側面でもいいじゃないかと思います。いつも親指の腹でベタ~とはいかないでしょうし、親指の腹でネックを押さえることを前提にすれば、その位置がネック中央になったり、或いは中央だったのが高音弦や低音弦側に若干移動することもあるでしょう。また、手前:中央:向こうと言う横の位置だけではなく、更にネックの上か下かと言う縦の位置も考えなくてはいけません。
 総てはケ-スバイケ-ス。確かに親指の側面で押さえるより腹で押さえた方が客観的には安定感がありますが、本人が安定するなら親指の腹でも横向き加減でもどこでもいいと思います。また、ネックの太さにも左右されるでしょう。それより、指先に捕われて肝心なことを見逃さないことです。
 便宜上“親指の腹でネックを押さえる”と書きましたが、実はこの表現には重大な問題があります。左手の親指だけではありません。例えば“薬指で④弦の3フレットを押さえる”、或いは“人指し指でセ-ハして①②③弦まとめて押さえる”など・・・。
  これはギタ-や指自体だけではなく、日本語としての問題もあるとは思うのですが、この3つの“ ”内の表現には重大な、そして、これを取り違えるとギタ-人生丸ごと取り違えかねない問題が実は潜んでいると筆者は確信しています。
 実際これを文字通り取って取り違えたためにギタ-を投げ出した人は数知れずだと思いますが・・・。それは・・・。
 
 

 

108 見え隠れする位なら見せたらどうじゃい!? 26-10-2004(火)

 
  ②低音弦側に見え隠れするなど持っての他・・・かどうか左手の親指の運指について考えてみましょう(コルムナ99&105の続き)。
 
 まず、これは左手の親指はネック中央が定位置で定説あることを大前提としたコメントである気がします。また、例外なく左手親指が見え見えのフォ-クギタ-経験者に対する“そんなんで弾ける訳ないだろ”と言う一方的な鋭い牽制球の様な気もします。
 このスペインギタ-週間コルムナはクラシック&フラメンコギタ-を対象にしています。ネックが異常に細いフォ-クギタ-ならともかく、通常の弦の押さえ方ならクラシック&フラメンコギタ-のネックの横から親指がにょきっと見えることはないでしょうが・・・。
 見えることはないでしょうが、本人がいいならそれでいいじゃないかと言うのが常にこのコルムナの立場です。  
 確かに我々から見るとフォ-クギタ-経験者や、まだ予備知識も何もない初心者や独習者は結構ネックから左手の親指がはみ出していますが、それで本当に力が抜けた自然体なら結構だと思いますし、手の大きな人なら尚更大した問題ではないでしょう。先日日本でコンサ-トツア-を行ったホセ・マヌエル・カ-ノ(同97)はバカでかい手と長い指を持て余しているのか、左手の親指はネックからはみ出して見える時の方が多い位です。
 ただし、例えば高音弦を押さえていた指がすぐに低音弦に移動するとなると、それに追随してネックからはみ出していた親指もネック中央に移動することになります。こうなると最初から親指はネックの中央(もしくは然るべき箇所)に位置させておいた方が無理がありません。つまり、親指の位置はその場の左手のポジションだけではなく、前後のポジションやポジション移動も絡めて考えた方が得策です。
 それを踏まえた上で親指がはみ出すならはみ出すで大いに結構。本人さえ問題なければ“そこ”が一番です。また、比較的安易なポジションになった時、わざと左手の親指をネックの外側にはみ出させて左手を休ませる奏者もいます。ま、これは余裕のなせる業でしょう。
 日本人の一般的な手のサイズを考えれば、左手親指はネックの中央かやや高音弦寄りでも筆者は良いと思います。それより、ネックの分厚いギタ-は避けることも手の小さな人には大切なことです。確かにネックの厚さに拠っては親指の位置も左右されるでしょう。
 いずれにせよ意識しない自然体が一番。“持っての他”と決め付けるのは意識している証拠。意識過剰こそ却って上達の妨げの要因です。
 
 

 

107 私は見た:ネックの裏の左手の親指 19-10-2004(火)

 
会場では二人のフラメンコギタリストが弾いていました(コルムナ105の続き)。
 筆者がネックの裏側の左手の親指を見るためにそれとな~く後ろに回ってみると・・・。意外なことに、二人共申し合わせたかの様に、親指はかなり6弦側に寄っていました。しかも、そこからそう簡単には動きませんでした。
 スペイン人は押し並べて日本人より少しは手が大きいことを考えればこの位置は妥当かと思いますが、それより印象に残ったのは、左手の指がどこを押さえ様が、左手の親指は微動だにしなかったことです。
 プロのフラメンコギタリストの(もちろん、他のジャンルの上手い人も)指は右手も左手もめまぐるしく“動き”ます。観客なら正面からその良く“動く”指を見て驚いていれば良いだけなのですが、ギタ-を弾く人我々当事者が他人様のよく“動く”指を見て良く“動く”様にしっかり指を鍛え様と思うなら、それは見えるところに目を奪われているのであって、同時に目に見えない基礎を度外視していることにもなりかねません。
 筆者は10年間アルハンブラ宮殿で観光ガイドとして働きましたが、華麗で繊細なアラベスク模様に感動しても、宮殿の基礎工事について質問する旅行者は一人もいませんでした(同3)。だからこそ、今回筆者はわざわざ観客とは反対側のギタリストの裏側に回ってみたのです。何故なら、どんな建物にせよ楽器にせよ『目に見えている個所、誰でも注目する個所は基礎ではない』からです(同88&89)。
 基礎とは目に見えるものではなく、また文字通り“不動の”礎のはずです。観客から良く見える良く“動く”左手の指が良く“動く”のは、取りも直さずネックの陰に隠れて観客からは見えない“不動の”左手の親指のおかげで腕の軸がぶれないからではないでしょうか? 
 人は“動く”方に注目しがちですが、真に“動く”ためには何が“不動”であるべきかを見極めなくては駄目です。
 左腕の軸がぶれなくなれば、左手の指は自然に良くなって来ます(同5&11)。そのためにも左腕の軸がぶれないことを最優先に、左手の親指を“そこ”に置いてみて下さい。あくまで、左腕の軸がぶれないこと>左手の親指の位置、です。“そこ”は余り意識しない方が宜しいでしょう。結果的に“そこ”がネック中央ならそれで善し。少々こちら側でもあちら側でも左腕の軸さえぶれなければそれで善しです。     以上①でした(同105)。
 
 

 

106 150万円です~!? 12-10-2004(火)

 
  先週日本人フラメンコギタリストと話す機会がありました。日本のあるギタ-専門店で有名なスペイン人フラメンコギタ-リストの使っている同じ製作家のギタ-を何とかモデルと称して150万円で売っているそうです(パコ・デ・ルシアのパコモデルのことではない)。おまけに当店専属契約とか言って・・・。
 どうも日本人はギタ-に限らずこう言うのに弱い様です。ギタ-の良し悪しはともかく、これでは王貞治と同じバットで打てばボクもホ-ムラン王になれると本気で思い込むのと同じです。これでは狂気の沙汰ですし、その前にそう思い込む狂人もいないでしょう、野球では。ところが、これがギタ-になると有名ギタリストと同じギタ-を持てばボクも上手くなれるとマジで思い込んでも正気の沙汰なのですから、人気女優と同じブランドの服を着て私も美人になったと思い込むのと同罪です。楽器店は巧みな宣伝文句で売れればいいだけの話しなのです。買い手のことまで考えてはいません。
 仮に宣伝文句通りの素晴らしいギタ-だとしても、弾き手が弾きこなせなければ有名なプロの様な音は決して出せません。また、買い手に聞く耳がなければラベルだけは本物の今一ギタ-を掴まされます。これを100万円以上で売る方も買う方も、もはやこれは無分別としか言い様がありません。
 ただ、既にある程度上手い人、やる気のある人、才能豊かな人は更なる上達のために良いギタ-を持つべきだと筆者は思います。良いギタ-は軽くアクセルに足を乗せるだけでグングン加速する高級車。大して良くないギタ-(100万円以上でもあります)はいくらアクセルを踏み込んでもエンジンが反応してくれないボロ車と言えます。これではドライバ-の気分が削がれます。運転技術の問題ではありません。ギタ-も同様です。
 良い車も良いギタ-もドライバ-の気分と相乗効果で加速して行きます。しかも緩急自在・・・。こう言うギタ-なら弾き手は調べに乗って、気分も乗って演奏する気になれます。人間何でも乗ってやっている時には細かいことは覚えていないものです。良いギタ-ほど弾き終って指のフォ-ムなど気にもしなかった・・・と言えるのではないでしょうか? 左手の親指も!? 
 
 先月から遅れ馳せながら7月の新作ギタ-を発表しています。

http://www.jp-spain.com/10ar.htm

 
 

 

105 転ばぬ先の左手の親指 05-10-2004(火)

 
  駒大苫小牧高校野球部の監督さんは『練習中は常に体の軸がぶれないよう意識させていた』そうです(コルムナ100&101)。
 今週から左手の親指の運指(同87~99の続き)に話題を戻しますが、決して左手の親指の運指自体が目的なのではなく、左手の腕の軸がぶれて指がガタガタにならないための手段の一つであることを念頭に置きましょう。
 では、高校野球で中断していたコルムナ99の続きから再開します。①②③の課題が残っていました。もちろん、左手の親指について考えながらも、常に腕の軸がぶれないことを最優先に意識することは言うまでもありません。これを常に念頭に置き、まず①から始めましょう。
 
①左手親指の定位置はネック中央 
 ま、これは“中央”と言う当たり障りのない優等生発言ですが、余り考えた挙句の結論とは言い難いですね。取り合えず真ん中にしときゃいいだろうと言うイ-ジ-さが臭います。従って、余り参考にすることもないでしょうし、“いや、中央じゃなきゃいかん”と言う人がいれば頭が固いと言わざるを得ません。とにかく何事も規則化して自らを縛らなければ気が休まらない几帳面過ぎる性格が日本人にはありがちです。
 左手の親指を置いて、左手の腕の軸がぶれない箇所が最善の左手の親指の位置と言えます。例えば、バッタ-がバッタ-ボックスに入ってバットを構える以前にまず足のスタンスを決めるのと同じです。つまり、上半身より下半身。上半身の安定のためには下半身の安定が先決である様に、指の安定の前に手の安定、手の安定のためには腕の軸がぶれないことです。まずこれを常に意識しながら、次に左手の親指を何気なく“そこ”に置いてやれば良いのです。“そこ”がどこかは各自自分の腕の軸に聞いて下さい。人は外見のフォ-ムをとやかく言いがちですが、内面のことは本人しか分かりません。
 重要度は『指<手<腕』であるべきが、全く逆の『指>手>腕』どころか、指だけしか見ていないところにギタ-教則本と多くのギタ-愛好家の悲劇があります。土台がグラつけば建物は崩れます。ギタ-も同じ、右手も左手も同じことです。
 崩れない様に何気なく、ふと気付けばそこに左手の親指があったので崩れなかった・・・。この様に余り意識せず、自然に、しかし、有効に・・・。左手の親指の位置はこんなもので宜しいのではないでしょうか?
 ところで、筆者は先日グラナダ市内のあるタブラオ(フラメンコ会場)に行きました。ギタリストの左手の親指が見える様にこっそり裏側に回ってみると・・・。(続く)
 
 

 

104 転ばぬ先の筋トレでこける 28-09-2004(火)

 
  先週先々週といわしやひき逃げで思わぬ寄り道をしてしまいましたが、続ける前に、まずコルムナ100&101をもう一度読んでみて下さい。
 この監督さんの言う“体の軸”はもちろんギタ-にも大いに通じますが、ギタ-に体全体も大袈裟です。実際ギタ-演奏上、体全体とは言わないまでも、腰から上は大いに考えるべきだとは思いますが、今後便宜上左手も右手も“腕の軸”とすることにしましょう。
 まず体の軸がぶれると、監督さんに拠ると『軸を崩されると体が泳ぎ、球を引っかけてしまう。それでは強い打球は飛ばない』そうです。
 これをギタ-に置き換えると『腕の軸が崩れると腕や手がガタガタになり、指先で弦を引っかけてしまう。それでは充分に弦を押さえたり、弾いたりすることは出来ない』ことになります。理屈は全く同じです。読者の皆さん。ここが肝心です。
 小手先だけで腰が入っていない技が効かないのはギタ-も同じ。“指先だけ”が教則本通りに弦を押さえていればギタ-が弾けると思ったら大間違い。肝心なのは指の基礎、つまり腕の軸です。腕の軸が崩れれば手もぶれて、手がぶれれば最先端の指は総崩れとなります。
 つまり、左手の肉体的基礎(実はコルムナ87から現在までこのテ-マなのです)は左手の指より左手、左手より左腕と言う訳です。
 それを、総崩れになるのは左手の指に力がないからだ。よし、心機一転、左手の指の筋トレとばかりに、上昇スラ-:下降スラ-:ハンマリング:拡張などの言わば基礎練習が左手の肉体的基礎だと取り違えると、教則本に足元を掬われて、文字通り本末転倒です。
 腕の軸が崩れているのにいくら真面目に基礎練習したところでおかしな癖が付くだけ。逆効果です。
 とにかく腕の軸がぶれないことが最優先です。そのためにも甲子園大会で中断していた左手親指について来週から再開しましょう(同99)。
 
 

 

103 ひき殺してから免許を取るのだ!? 21-09-2004(火)

 
  先週も今週も、どうもギタ-とはかけ離れた見出しですが、今週は先週のいわしどころではないスケ-ルのデカさでお届けしましょう。
 ファルキ-トがね~と言ってもフラメンコファンでない方は分からないと思いますので、順を追って説明しますと・・・。ファルキ-トとは前途有望なフラメンコ界の貴公子。若手ナンバ-ワンの男性ダンサ-で、スペインでは誰もが次代のス-パ-スタ-と認める才能の持ち主です・・・が、一年前セビ-ジャ市内で高級車を無免許で時速100Kmでぶっ飛ばし(FCセビ-ジャ時代のマラド-ナも同じことをやった:アホ!!)、ついでに通行人もぶっ飛ばして即死させ、今年の春予定されていたトマティ-ト(フラメンコギタ-の大御所)との来日公演もパ-。余程保釈金を積んだらしく、刑務所にも行かず、今も国内で何事もなかったかの様に公演を続けているのです。何せ6月のグラナダ国際音楽祭にも堂々と出演したのですから、この国の刑法はどうかしています。
 そして、新聞に拠ると先週の月曜日、このファルキ-トが遂に運転免許試験を受けたとの記事が翌日の新聞に載っていました。まず、無免許で人をひき殺してから免許を取る!? フラメンコの大家からして“走ってから考える(コルムナ1&102)”のですから、これは本物です。
 筆者は踊りはさっぱり分かりませんが、やはり、踊りも体の軸がぶれないことが優先順位であることは容易に想像出来ます。
 もっとも、ファルキ-トに限らず踊りの上手い連中がそんなことを一々意識しているとは思えません。体の軸がぶれないことなど彼らにとっては自然に出来ていることであり、従って、気にも留めたことさえないのではないでしょうか? ギタ-の上手い人もそんな気がします。
  そして、ギタ-の上手くない我々その他大勢も、右手も左手も無意識の内に体(腕)の軸がぶれているから指がおぼつかないことを気にも留めたことさえないのではないでしょうか?
 
 

 

102 今日は鰹はないからいわし!? 14-09-2004(火)

 
  先週土曜日、ある来館者といつものレストランに昼食を取りに行きました。鰹を注文したところ、暫くして“今日は鰹はないからいわしでいいか”とウェイタ-が聞きに来ました。“いいよ”と答えたところ、実はもうその時点で手に出来上がったいわしフライの皿を二つ持っているじゃありませんか!? だったら聞くなっちゅうの!!
 久々に“走ってから考えるスペイン人”を満喫しました(コルムナ1)。ギタ-もあ~でもない、こ~でもないと理屈を捏ねるより、この方が楽でいいのです。実際、右手や左手のフォ-ムがどうのこうのと一々うじうじ考えながら弾いているスペイン人フラメンコギタリストはいません。
 元来スペイン人を初めラテン系民族は考えると頭が痛くなる人が多く、考える前に行動してしまっていた人が後を絶ちません。この思い切りの良さはギタ-のみならず、芸術一般には大いにプラスに作用すると筆者は思います。例えば、絵の世界で間違えない様に注意深くゆっくり確実に線を引くよりは、何も考えないでパッ-と引いてしまう方が活きた線になるのと同じです(同29)。芸術一般にはこう言う面があると思います。
 ただし、現在スペインの離婚率が5割だと言うことを思えば、結婚だけは結婚してから考えない方が賢明です。つまり、“思い切りの良さ”と“無分別”は紙一重だとすれば、やはり物事は始める前に少しは考えた方が良いのでしょう。
 そこで、懸案中のギタ-の弦を押さえる左手はもちろん右手も、少しは考えた方が良いとすれば、一体何を考えれば良いのでしょう?
 直接弦を弾く右手の指でもなく、弦を押さえる左手の指でもなく、『体の軸』なのです(同100&101)。
 
 

 

101 ボテボテの内野ゴロギタ- 07-09-2004(火)

 
  もう一度この記事を読んで下さい。肝心なのは第五段落。ギタ-だけではなく、人生の総ての分野に通じる大真理がここにあります。
 まず、監督さんは『練習中は常に体の軸がぶれないよう意識させていた』とあります。これは言い換えれば“細かいことは出来なくてもいい。体の軸がぶれないこと。常にこのことを意識して最優先とする様に”と言うことです。
 ここで注意すべきは“常に”と言うことばです。“常に”とはボ-ルが直球だろうが、変化球だろうが、内角だろうが、外角だろうが、高めだろうが、低めだろうが、例え打てなくてもいいから、どんなプレ-をする時でも体の軸がぶれないことを最優先に心掛けろ言う意味です。 
 人生優先順位を誤るとこけます(コルムナ95&98)。例えば両足を揃えて直立不動で構えるバッタ-はいません。適当なスタンスを取って腰を落とさないと、つまり、体の軸がぶれず、足腰が安定していないと、いくらジャストミ-トしても腰砕けになって力はボ-ルに伝わりません。また、どっしり構えたつもりが、外角低めの直球に付いて行けず体が泳いでしまっては、やっとこさバットに当てたところでボテボテの内野ゴロです。
 つまり、この監督さんは、極端な話し、体の軸がぶれて凡打に終わるより、体の軸がぶれないで空振りする方がましだと言っている訳です。観客の側からすればバットがボ-ルに当たった前者の方がかすりもしなかった後者よりましだと思うところですが、高校球界の頂点を極めた監督さんにすれば、優先順位を崩さなかった後者の方が、優先順位が逆になった前者より遥かに将来性があると言うことなのでしょう。
 ギタ-教則本や先生は右手ならあたかも弦を弾くジャストミ-トポイントだけを、左手ならグロ-ブでのボ-ルの捕球の仕方だけを教える様なものです。体の軸がぶれない時、初めて本当にボ-ルを打ち、また、捕球することが可能なことを教えてはくれません。
 フォ-ムは悪くないのに音が小さい、或いは弦を押さえ切れない方。決して力がないのではありません。力を込めなくてもジャストミ-トすればそれだけでボ-ルは飛ぶ様に、ギタ-も弦を撫でれば音は出ます。また、指先で軽く触れるだけで弦は押さえれます。ただ、体の軸がぶれている間は野球もギタ-もボテボテの内野ゴロなのです。
 『私の指が悪い』と思い込んでいる方、優先順位を誤って指がこけているのではありませんか? 悪いのは貴方の指ではなく、優先順位を誤って指をこけさせている貴方の頭なのです(コルムナ19)!?
 来週はこれを具体的にギタ-に当てはめて考えて行きましょう