◆スペインギタ-週間コルムナ◆火曜日更新
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現代人は勉強に仕事に忙しいのです。限られた時間を有効に活かしてギタ-を上達するにはスペイン人ギタリストの真似をするのが一番。楽譜なし、教則本なし、基礎練習ゼロ---。 毎週このコラムを読めば貴方のギタ-人生が根底から覆されます。もし覆されない方がいらっしゃればグラナダにおいで下さい。私が自腹でスペイン名物脳みそフライをご馳走します。 |
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60 ホ-ムランの打ち方 25-11-2003(火) |
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『王監督、ホ-ムランが打てません。どうしたらいいでしょうか?』 『一本足打法にしなさい』(コルムナ56) 王監督が頭ごなしにこう言うでしょうか? 優秀な監督なら自分の打法を選手に無条件に押し付ける様な無謀で知恵のないことはしないでしょう? ところが、クラシックギタ-に限らず楽器の学習は『こうでなくてはならない』と決まり切った仕来たりの如く有無を言わせない面がある様です、特に日本ではーーー。 『カルカッシギタ-教則本が目に入らぬか?』 『ははー。有り難き幸せに御座りまする。』 これは型にハメられ易い日本人の国民性も大いに関係しています。いや、型にハメられ易いと言うより、型にハメられていなければ不安にさえ感じるのがもはや日本人の習性と言っていいでしょう、教える方も、生徒の側も。 ギタ-に限らず楽器の教則本の構成は皆同じ(筆者も昔ピアノをかじりました:バイエルもそう)です。ハ長調音階:主要和音:練習曲:実曲~。次はイ長調~。ところで、数学の教科書はまず公式:練習問題:応用問題~。全く同じじゃないですか!? こうなるともはや楽器のみならず、日本人は総てにおいて堅実理詰め完璧主義であると言わざるを得ません。 だから日本は戦後奇跡的な経済成長を遂げ、輸入ギタ-が世界一高い国になってしまった(おっと、これは余談)とも言えますが、だからと言って大先生や教則本を疑いもせず言われた通りに真面目に堅実に練習(?)するのがベストなのでしょうか? 読者はそれでギタ-が上手くなったでしょうか? 指導する側も何故文部省指定の教科書に従ってカリキュラムをこなす学校の先生の如く教則本を教えるのでしょうか? それは時として、いや多くの場合脳みそを縛る束縛(コルムナ32)として、サイドブレ-キ(同58)として逆効果なのではないでしょうか? 一本足打法が総てのバッタ-に向いていないことが明白なら、教則本や大ギタリストの練習方法が総てのギタ-練習生に適していないことも明白です(同56)。ではどうしたらいいのでしょうか? |
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59 ギタ-は指で弾かない(7) 18-11-2003(火) |
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弾き手自身が本当に指から解放されれば、指自体も解放されて勝手に動き出してくれます(先週のコルムナ)。 例えば酒の勢いで言ってしまった、後から何を言ったか覚えてないと言うおめでたい人がいます(筆者は昔から養命酒しかやりません)が、それは酒に酔ったから舌が様々な制御から解放されて勝手に喋ってしまったと言えます。同様に頭がアイデアに支配されれば指が運指や教則本などのしがらみから解放されて自由奔放に動き出します。これが何故フラメンコ舞踊やギタ-の先生が生徒に細かい事を質問されて答えられないかと言う理由でもあります(同52)。 食事は自分で作って食べるか、作ってもらうかのどちらかです。ギタ-も自分の指で弾くか、指に弾いてもらうかのどちらかなのです(同6)。これこそギタ-人生乗るか反るかの分かれ目です。読者はどちらにしますか? さて、【ギタ-は指で弾かない】シリ-ズは一応これで終了しますが、もちろんタイトルは変わっても今後のコルムナでもこの問題が常に根底にあることに違いはありません。何せ上手い人は皆(例え無意識の内にでも)ギタ-を指に軽快に弾いてもらっており、下手な人ほど生真面目に指でギタ-を弾いてのたうち回っているのですから。 続けて【スペインギタ-週間コルムナ】をお読み下さい。これで読者のギタ-人生が開眼しなければ上にも書いてある様にグラナダにおいでの際は筆者が自腹でスペイン名物『脳みそフライ』をご馳走します。どうしてもダメな方には『脳みそオムレツ』もあります。『豚の腎臓のワイン煮込み』や『ウサギのぶつ切り』もあります。 |
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58 ギタ-は指で弾かない(6) 11-11-2003(火) |
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指が勝手にギタ-を弾いてくれる(先週のコルムナ)と言うことは弾き手自身は指であくせくしていない、つまり、これが小説はペンで書かないのと同様に、ギタ-は指で弾かないと言う意味です。 従って、多少でもこの“指が勝手に弾いてくれる”感触を経験したことのない人はギタ-を弾くことが重荷な筈です。 徳川家康は『人生は重荷を背負って遠き道を行くが如し』と言ったそうですが、ギタ-人生にまとわり付く重荷は振り捨てたいものです。振り捨てなければ、それはあたかもサイドブレ-キがかかっているのを知らずにアクセルを吹かす様なものです。車が発進しないのはエンジンが悪いからではなくサイドブレ-キと言う束縛のせいなのです。 同様にいくら頑張ってもギタ-が発進しない方、悪いのは貴方の指ではなく、小説は指で書くからギタ-も指で弾くと心から思い込んでいる貴方の頭なのです(同19)。頭の悪い人に小説は書けません。 “指が、指が、私の指が”モ-ドに入ると自分で自分にサイドブレ-キをかけて勝手にもがき苦しんでいる様なものです。まず指の束縛から解放されなければエンジンが焦げ付きます。指があ-でもないこ-でもないと理屈をこねる割りにはいつまで経っても進歩せず、指でのたうち回っている方、車はやはりトップギア-で快適に行きたいものです(同8)。 ギタ-人生勝利の秘訣は『指を鍛える』ではなく『指からの解放』です。発想を逆転して解放されてみて下さい。 指を鍛えるなら対象は指ですが、指からの解放の対象は指自体ではなく発想です、頭です。人間の総ての行動は頭から命令が行きます。頭が指に動けと命令します。だから指自体ではなくアイデアこそ大切なのです(先週のコルムナ)。 |
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57 ギタ-は指で弾かない(5) 04-11-2003(火) |
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要するにアイデアがないから小説家のペンもギタ-奏者の指も走らない。アイデアの問題であって、ぺンや指は最後に気にかけとけばいい訳です。いや、本当にアイデアが浮かんで走り出すと気にもかからなくなります。 フラメンコギタ-の先生が指のことなど気にもかけずに快適に弾いているのに、生徒が『先生そこもう一回ゆっくりお願いします。』などとピンボケな質問をするから先生も返答に困るのです(コルムナ52)。指を気にせず弾いているのに弾いたことを憶えている訳がないのです。先生が分からないことを生徒が分かろうとすること自体が間違いなのです。 小説家の大先生がアイデアが浮かんでペンがスラスラ走り出したのに、『先生、そこ文法的に説明して下さい。』とか『それは婉曲表現ですよね。』とか質問するのは余計なお世話です。流れを絶ち切ってしまうだけです。アイデアに身を任せるほどペンは勝手に走ってくれます。画家の絵筆も同じでしょう。英会話も同じでしょう。ギタ-も同じです。 アイデアに身を任せれば指は勝手に弦を押さえて勝手に弦を弾いてくれます。勝手にスケ-ルして、アルペジオになってくれます。トレモロも勝手に回ってくれ、スラ-もハンマリングも気がついたら弾き終わっています!? これがギタ-は指で弾かず、指に弾いてもらう(同6)と言うことです。どんなジャンルのギタ-のプロも達人も大先生も、そして、そうでない我々も、上手く弾けている時には『ギタ-を指で弾いていると言う感覚がなく』なって来ます。これは感覚ですので、なかなか上手くことばにはなりませんが、ジャスミ-トするだけでバットを振り切らないでもヒットになる感覚とでも言いましょうか。極端な話し、指先で弦を軽く撫でるだけで大きな音が出るのです。 そして、勘違いしてはいけないのは、ここまで指に勝手に弾いてもらえるほど上達するのは毎日何時間も練習して指を鍛えるからではなく、アイデア次第だと言うことです。指ではなくアイデアを鍛えましょう。大先生の指ではなくアイデアを真似しましょう。ではアイデアとは何でしょう。これはまた別の機会に。 |
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56 ギタ-は指で弾かない(4) 28-10-2003(火) |
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それでは読者がもしバッタ-ならボ-ルは何で打ちますか? は-い、バットで-す。なるほど、確かに野球でボ-ルを素手や足で打つバカはいませんがーーー。 ところで、野球をやる人なら誰でもホ-ムランを打ちたいと思うでしょう。だったらどうしたらいいでしょう? つべこべ言わずに世界のホ-ムラン王、王貞治の一歩足打法にすりゃあいいんですーーーかね? ボ-ルはバットで打つ、だからそのフォ-ムが大事と単純に考えているとこう言う安易な発想に陥ります。もっと安易なのは王や長嶋と同じバットやグロ-ブにしようと言うミ-ハ-根性です。 それならギタ-上達必勝法も簡単です。有名なギタリストの右手左手のフォ-ムも爪の形もそっくりそのまま真似て、練習メニュ-もそっくりそのまま真似すりゃいいんですよ。これで万事抜かりなし!! と読者は思っていませんか? そう言う風に指について教則本やギタ-教室の先生にアドバイスされて参考にはなったでしょうが、それで上手くなりましたか? 筆者は上手くなりませんでした。確かに“学ぶ”は“真似ぶ”が語源と聞いていますが、ギタ-は指で弾かない以上、大先生の指だけ真似ても、どんなに他人の指を参考にしても、ホ-ムラン打ちたきゃ一本足打法を真似るのと同じです。では一体大先生の何を真似れば指が動く様になるのでしょう? |
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55 ギタ-は指で弾かない(3) 21-10-2003(火) |
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特に中年以上でギタ-を始める人は決まって『私はもう年で指が堅いですからーーー』と言う人が多いです。これもギタ-は指で弾くと思い込んでいる証拠です。それでは若いのに指が堅い人はどうなんでしょうかね~とひねくれた質問の一つもしたくなるのですが、指が堅い、或は短いから左手の指が届かない、右手の指が動かないーーーと指だけに気を取られていること自体、私はペンを持つ指が堅くて短いから小説は書けない(先週&先々週のコルムナ)と本気でため息をついているのと同じです。 吉本新喜劇でこれを『おっさん、アホか』と言います。指が堅くて短いから小説は書けないと言えば誰でも漫才のネタだと思うでしょう。そこで相棒が『そやったらもっと指の基礎練習やって柔軟体操もやったら指が柔らかなって字も綺麗になってええ小説書けるで』と言ったとします。こうなると完全なボケと突っ込みではありませんか? それでは何故指が堅くて短いからギタ-が弾けないと言えば漫才にならないのでしょうか? 何故そこで指の基礎練習をすれば指が動く様になってギタ-も上手くなると助言するギタ-教則本やギタ-教室の先生は笑いを取れないのでしょうか? 指を鍛えてもアイデアがなければ小説を書くペンが走る訳ではないのなら、指だけの練習をしても必ずしもギタ-を弾く指が走る様にならないのは当り前ではありませんか? これを真面目にやる人は“まじめ人間”と書いたハチマキを巻いて真面目な顔でギャグ番組に担ぎ出されてギャグを真面目タッチでニュ-ス調で話していた日本テレビの小林完吾アナウンサ-(確かこんな名前だったはずーーー:25年位昔)と同じです。 指が今一でギタ-が上手くならないと思っている皆さん、もしかして今までとんでもないお門違いの漫才ギタ-人生を真面目に送って来たのではありませんか? もう一度質問します。読者が小説家なら小説は指を鍛えて紙と鉛筆で書きますか、アイデアで書きますか? |
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54 ギタ-は指で弾かない(2) 14-10-2003(火) |
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小説家はアイデアが浮かばないとペンが走りません。ペンやペンの持ち方の問題でないのは幼児でも分かる道理です。ではアイデアはどこにありますか? 頭でしょう、心でしょう、情緒でしょう? アイデアが指にありますか? だったらブランド物の高い万年筆で綺麗な字を書く練習をしたところで良い小説が書ける訳ないでしょう? アイデアが浮かんだ小説家のペンがスラスラ走るのはペンやペンを持つ指が人並み優れているからではなくアイデアが浮かんだからです。小説家ならもっといい万年筆を買えとか、持ち方が悪いとか、もっと字を綺麗にとか、とんだお門違いの大きなお世話です。 ギタ-も全く同じことです。確かに小説家のペンを持つ指よりギタ-を弾く指の方が指自体の果たす役割の比重は大きいかも知れませんが、根本的な理屈は何も変わりません。アイデアがないから小説家もギタ-奏者も指が走らない、だから小説が書けない、ギタ-が弾けない、ただそれだけのことです。他に何の理屈が要ります? 読者の指も思う様に動いてくれませんか? 指のタッチが悪いのでしょうか? 爪の形を変えてみますか? アルアイレで音が出ないからアポヤンドにしてみますか(コルムナ28参照)ー--? 余り指だけいじくっても指には小さな親切大きなお世話なのではありませんか? そんなことをすると指さんは余計にヘソを曲げて悪い癖さえ付いてしまいますよ。 一流の小説家になるには一流の万年筆で綺麗な字で書きなさいと本気でムキになっているのが世のギター教則本やギター教室の先生です。まともに耳を貸していると情緒不安定(同26~36)に陥り、指まで不安定になってしまいます。 もう一度質問します。読者が小説家なら小説は紙と鉛筆で書きますか、アイデアで書きますか? |
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53 ギタ-は指で弾かない(1) 07-10-2003(火) |
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『スペインギタ-週間コルムナ』も連載開始から一年経ちました。『継続は力なり』を実践出来て筆者も満足です。読者の皆さん、今後も継続して読んで下さい。必ず『力』になることをお約束します。 さて、この一年間ある意味『ギタ-は指で弾かない』と言うことを様々な角度からくどくど述べて来たとも言えます。二年目の第一回に当る今週からはもっとズバリ核心を衝いてみましょう。 ギタ-は指で弾かないとは一体何の比喩だろうと思う読者が大多数ではないかと思いますが、これは比喩でも例え話しでもなく、文字通りギタ-は指では弾かないのです。そこで『左手の指で弦を押さえて右手の指で弦を弾いて、指で弾かない訳ないだろう!!』と反論する読者に、これが目に入らぬかとばかりズバリこの一年間の総括も兼ねて単純明快にお答えしましょう。 それでは、まず逆に筆者から読者への質問です。小説家は何で小説を書くでしょう? 答え。『は-い、紙と鉛筆で-す。』 紙と鉛筆---ですかね? 紙と鉛筆の問題だったら鉛筆よりボ-ルペン、ボ-ルペンより万年筆、そして、もっと正しい万年筆の持ち方を研究すれば字も綺麗になって良い小説が書けますーーーかね? 読者はそう思うーーーほど愚かな人間ではないでしょう? だったらギタ-に限らず他の弦楽器もどんな楽器も上辺はともかく理屈は皆同じことですよ。 ギタ-は指で弾くと思い込んでのた打ち回っている方、ブランド物の万年筆を正しく持って綺麗な字で書くと良い小説が書けると同じ愚を犯してはいませんか? 指から解放されれば指は動く様になります。 二年目を迎えるに当たり、もう一度初心に帰りましょう。上の黄枠を心して読んで下さい。 (この項ずっと続く) |
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52 先生はゆっくり弾けないのだ 30-09-2003(火) |
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クラシックギタ-の方には冗談の様な本当の話しをご紹介しましょう。スペイン人フラメンコギタリストに『先生、そこもう一回ゆっくりお願いします』と言うと先生は同じことをゆっくり弾けない人が多いのです!? これはフラメンコ舞踊の場合でも全く同じです。しかもかなり名のある大先生からしてむしろこれが当り前なのです。プロの大先生が生徒にもっとゆっくり弾いて(踊って)くれと言われて間違う。しかも月謝を取る!? フラメンコとは不可解な世界なのです。 筆者の中学時代のブラスバンド部の恩師は『ゆっくり出来んのに速う出来る訳なかろう』と良く言っていましたが、この常識がフラメンコでは覆ります。最初はゆっくり練習して実際の曲の速度まで上げて行く、スペイン人はそんな面倒なことをすると頭の痛くなる人が多いのです。読者の皆さんも頭の痛くなる基礎練習など精神的健康を害することはやめましょう。指自体ではなく情緒的基礎(コルムナ4:14:25etc)がガタガタになって指がおぼつかなくなります。 例えば快適にトップギア-で走っているのに急にロ-ギアで運転しろと言われたら誰でもガクッと来て平常心を失います。これが『先生、もっとゆっくりお願いします』なのです。どんな大先生も生身の人間です。急にトップギアからロ-ギアに落とされて面食らわない人はいません。だからどんなフラメンコギタ-の達人も急に全くモ-ドの違う『禁じられた遊び』を弾けと言われて面食らってしまって手も足も出なくなるのです(先週のコルムナ)。指の技術の問題ではなく、モ-ド(ギア)の問題です。頭が正しいモ-ドに入れば指は勝手に動いてくれます。 来週から『スペインギタ-週間コルムナ』も二年目に入ります。この一年間の総復習の意味も込め、来週からいよいよ懸案であった『ギタ-は指では弾かない(同21)』の答えをズバリ追求することにしましょう。 |
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51 押しの一手 23-09-2003(火) |
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先週当センタ-で紹介しているグラナダ市内のあるタブラオに日本人旅行者の皆さんと一緒にフラメンコ観賞に行って来ました。そこのジプシ-のギタリストが凄いの何のーーー。何となく有名なトマティ-ト(今年4月来日公演)に似た年格好。とにかく最初から最後までまるで麒麟児の突っ張りの如くパワ-で押しまくる。ピカ-ド(スケ-ル)もアルペジオも嵐の様に速く、しかも大音響。ラスゲア-ド(フラメンコギタ-独特の掻き鳴らし)に至っては嵐どころか暴風雨の如し。しかも本人はショ-の最初から最後までマシンガンの如く弾きまくってケロっとした涼しい顔。全く疲れないらしい!?
ギタ-もよく壊れないもんだが、敢えて難点があるとすれば押しの一手で引くことを知らないことかーーー。 こんな演奏を目の当たりにするとギタ-を練習する意欲さえなくなって来ます。なるほどこうなると同じ人間なのだから努力すればいつか到達出来ると言った次元のものではなく、生まれなきゃどうし様もないと痛感させられます。 しかし、我々にも利点はあります。筆者の経験では多くのフラメンコギタリスト(特にジプシ-)はあれだけのテクニックとパワ-を持ちながら、たかが『禁じられた遊び』が弾けないのです。どうしてでしょうか? |
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50 健全なギタ-演奏は健全な歯茎から!? 16-09-2003(火) |
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実は筆者は歯は丈夫なのですが、歯茎は結構ガタガタです。歳のせいもあるのでしょうが、先週日曜から火曜日まで噛む度に歯の根本に痛みと疲労を覚え、食事をすることが苦痛でさえある様なひどい状態でした。 折りも折り、ある日本人歯科医の書いた歯茎の病気についてのコメントを読む機会がありました。一日三度歯磨きを励行しても何故歯周病になる人がいるのか不思議に思ったその歯科医の結論は歯茎自体の清潔やマッサ-ジではなく、歯茎の血の巡りを良くするために湧泉と言う足の裏のツボを刺激することだそうです。早速やってみましたが、これは効きましたね-。翌日は嘘の様に痛みが軽減しました。東洋医学侮るなかれ。感服しました。 そして、これによって『人は何事も問題個所そのものを対処し様とするが、原因はそこにはない』と言う大原則を再発見しました。筆者がよく指に問題が起これば原因は指ではないと言うのもここから来ています。五十回を向えたコルムナも良く読み返せば指以外の基礎が安定すれば指は自然に良くなると言うことを様々な角度から述べて来た訳です。 指だけ悩んで指だけ練習するのは一日三度の歯磨き励行と同じこと。真面目で几帳面な割りには歯周病は進む一方。いくら練習してもどうにも言うことを聞いてくれない指ーーー。あのね、悪いのは貴方のどうし様もない指じゃなくて、指にしか目が行かない貴方、そして、指のことしか言わないギター教室の先生や教則本がどうし様もないのですよ。 これからもスペインギター週間コルムナで指に効くツボをご紹介して行きましょう。 |
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49 働かざる者ギタ-は弾ける 09-09-2003(火) |
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と言うことは当然ジプシ-には働いて(練習して)ギタ-を習得すると言う窮屈な発想は最初からない訳です(先々週のコルムナの続き)。これはスペイン人も同じで、筆者はもう22年も前に近所の小学校の音楽の授業に招かれたことがあるのですが、先生からして楽譜が読めませんでした。子供達が勝手にワイワイがやがやギタ-を弾いて遊んでいると言った感じで、今思い出しても日本人的感覚からすれば滅茶苦茶な話しなのですがーーー。 結局、外国語は子供が自然にことばを覚える如く理屈抜きに自然に覚えるのが一番な様に、楽器も"働かずに"自然に身に付くのが理想です。働いて"身に付ける"のではなく自然に"身に付く"、この自動詞他動詞の違いはある意味決定的であり、また、特に生真面目な日本人には取り違えれば致命的でさえあると思います。それが証拠にギタ-に限らず楽器を始めた人の八割は初期の段階で辞めてはいないでしょうか? 教則本に練習を強いられて、それが致命傷となったのです。 私が働いて(練習して)ギタ-を上手くなろうーーー。これでは力み過ぎです。日本語を力んで話す日本の子供はいません。スペイン語を努力して習得するスペインの子供もいません。同様にスペイン人やジプシ-のフラメンコギタリストは確かにギタ-は弾きますが、とりわけ練習していると言う感覚がないのです。自然体が何よりなのです。 筆者の知り合いのジプシ-のギタリストは家にギタ-がありません。これでヨ-ロッパツア-をこなすプロ!? |
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48 難解ピカソの抽象画 02-09-2003(火) |
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先週の続きは来週に回して、今週は先週金曜日(8/29)にグラナダであったフラメンコギタ-の大御所ヘラルド・ヌニェスのコンサ-トの感想など書いてみましょう。筆者も聴きに行きました。 テクニックは凄いの何の、恐れ入りました。小一時間のコンサ-ト中ミスタッチはなかったのではないかと思います。しかも音量がデカく、速い。技術的には完璧でした。何年か前に聴いたパコ・デ・ルシアと何の遜色もありませんでした。 ただ、何を弾いているのか分かりませんでした!? これは筆者と一緒に横で聴いていたホセ・マヌエル・カ-ノ(マヌエル・カ-ノ先生の息子:フラメンコギタリスト:来日公演四回)も同じ意見でしたので、偏った感想ではないでしょう。 パコ・デ・ルシアもそうですが、皆フラメンコを極めてしまった人はジャズっぽくなってしまう様です。何のことかさっぱり分からないけど凄いピカソ(スペイン・マラガ出身)の抽象画の如くです。凡人とは次元が違うのでしょうね。 努力に勝る天才はなし? それなら皆一生懸命勉強すれば東大に行けるー--訳ないでしょう!! 努力して天才の様になれる凡才はなしの方が当りでしょう。我々凡才はもっと気楽に弾いた方が凡才なりに上達すると思いますよ。 |
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47 働かざる者ギタ-をーーー 26-08-2003(火) |
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筆者はスペイン語学科出身ですので、スペイン語の経験も踏まえて日本の読者に分かり易い様に英語とギタ-を比較して述べることも多くなります。実際楽器と言語は両方共イントネ-ションの世界ですので共通点も多いのです。 さて、スペインと言えば闘牛とフラメンコ。次にドン・キホ-テ。最近ではガウディやパエ-ジャと言ったところが日本人のイメ-ジの様です。このフラメンコに大いに関係して来るのが約六百年前インド北西部から遊牧でスペインにやって来たジプシ-と言う異民俗です。彼等がインドから持って来た民俗音楽とスペイン南部アンダルシア地方の民謡を織り交ぜてフラメンコが生まれたと言うのが定説です。もちろんジプシ-は今でもスペイン中に散らばっていますが、南に行けば行くほどジプシ-人口は多くなり、フラメンコの唄い手、踊り手、そして、ギタリストを多く輩出しています。 ジプシーは今ではスペイン人同様国籍もスペインでスペイン語を話すのですが、元々ジプシ-語とも言うべき言語があったのです。これをカロ(calo)と言います。今の若いジプシ-でも単語を百か二百知っている程度の死語と言っていい程なのですが、先祖が何世紀に渡って話して来たことばの影響は現在でも大きなものがあります。 例えばこのジプシ-語には『働く』と言う動詞がありません!? つまり、ジプシ-には働くと言う概念がないのです。では働くことが何か知らないジプシ-のギタリストは一体どうやってプロになるのでしょう。 |
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46 客車で機関車は引っ張れるか 19-08-2003(火) |
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筆者の高校時代、英語はリ-ダ-:文法:作文の三つの授業に分かれていました。当時は不思議に思わなかったのですが、肝心の英会話のクラスはありませんでした。日本の受験英語に英会話は必要ないからです。だから、日本人は英語の試験で良い点は取れても英会話が出来ない人がほとんどと言うのも当然なのです。 これらのリ-ダ-:文法:作文の知識は客車の装飾と言えます(先週のコルムナ)。肝心の機関車について何も教えないのですから列車自体がぎこちないのです。日本人の英会話は客車が機関車を引っ張るが如しと筆者の目には映ります。 同様に指の様々なテクニックも客車の装飾です。そして、日本の英語教育の如く機関車を度外視して客車の装飾、つまり、指だけについてあれこれ細かく教えるのがギター教則本:ビデオやギタ-教室なのです。これでは列車は走りません。 もう一度基本に帰りましょう。スペイン人フラメンコギタリストは楽譜が読めず、従って教則本も基礎練習もゼロでしかもプロ(上の黄枠)!? 何故でしょう? 機関車が備わっているので客車の装飾など何時の間にか出来てしまうのです!? |
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45 機関車と客車 12-08-2003(火) |
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華麗なアルハンブラ宮殿のアラベスク模様も目に見えない基礎工事がしっかりしていてこそ観賞することが出来ます(コルムナ3)。同様に指のテクニックが客車の装飾とすれば、機関車に連結されていないと走りません。列車が客車ではなく機関車で走る(先週のコルムナ)のであれば、優先順位は当然客車より機関車です。一番最後に弦に当るのが指だとすれば、指は最優先どころか一番最後の最後に気にかければ良いのではありませんか? 人生優先順位を誤るとコケます。 この機関車とは何かについては近々別の機会に述べますが、客車の装飾だけに気を取られることは機関車を度外視した凡ミスです。客車の装飾、つまり、右手のスケ-ル、アルペジオ、ラスゲアード、左手のセ-ハ、スラ-、ハンマ-リングなど指のテクニックのみに着目し、そのための基礎練習を丹念にしても、それが『単語バラ覚えモ-ド(同38:39:41:42)』であれば日常英会話にはなりません。止まった客車同様死んだ知識です。列車も指も走りません。 何年経っても、どんなに基礎練習しても一向に列車が進まない方。客車の装飾を極めれば汽車は走ると思っていませんか? だとすれば貴方はバカです、アホです、タ-ケです!? |