◆スペインギタ−週間コルムナ◆火曜日更新
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現代人は勉強に仕事に忙しいのです。限られた時間を有効に活かしてギタ−を上達するにはスペイン人ギタリストの真似をするのが一番。楽譜なし、教則本なし、基礎練習ゼロ−−−。 毎週このコラムを読めば貴方のギタ−人生が根底から覆されます。もし覆されない方がいらっしゃればグラナダにおいで下さい。私が自腹でスペイン名物脳みそフライをご馳走します。 |
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40 第一回マヌエル・カ−ノフラメンコギタ−ソロフェスティバル 08−07−2003(火) |
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先日故マヌエル・カ−ノ先生の名を戴いた『第一回マヌエル・カ−ノフラメンコギタ−ソロフェスティバル』が開催されました。先生の没後13年、故人の意志を受け継ぎ、すっかりフュ−ジョン化傾向にある現代フラメンコギタ−界をソロの源流に戻そうとする試みであり、実際はフラメンコギタリストを目指す若手の登竜門コンク−ルです。予選が別日程別会場で二度に渡って行われ、上位三名がグラナダ信用金庫コンサ−トホ−ルで一般市民の前でお披露目となりました。 優勝はコルドバ市出身の23歳の若手ギタリスト。後の二人も指に関して言えば確かに目茶苦茶上手かったのですが、誰がどう見ても聴いても差は歴然でした。ギタ−に限らず、どんな楽器も演技も踊りもスポ−ツも、二人の人が教科書通り完璧にやって、明らかにこちらの方が他方より上手いと言うことがあり得ます。何故でしょうか。 結局『切れ』の問題ではないだろうか、とその時筆者は思いました。野球のバッティングも正しいフォ−ムで打てばいいと言うだけではなく、肝心なのは正しくボ−ルを捕らえた後のバットを振り切る腰の『切れ』であるのと同様です。こうなるとこれはもう天性のもので、努力していつか成し得ると言った次元のものではないと感じた次第です。 だからと言って頭から諦めたのでは面白くも何ともありません。我々生まれつき『切れ』のない凡人でも、どうしたら何とかギタ−で格好が付く様になれるだろうかと言うのが『スペインギタ−コルムナ』のテ−マでもあります。まずは余りごちゃごちゃ細かい事を気にしていると元々ない『切れ』が益々鈍りますよと言っておきましょう。 今週中にクラシックギタ−とフラメンコギタ−の新作を一本づつ発表します。 |
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39 丸ごと覚えろ! 01−07−2003(火) |
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最も日常会話的な外国語学習方法は単語バラ覚えではなく日常会話文中で単語も自然に覚えて行くと言うことです。 例えば『everかつて:今までに:everかつて:今までに−−−』と何回も繰り返して単語帳で機械仕掛けの様に意味を暗記するより、実例文として『Have you ever been to Japan?:貴方は日本に行ったことがありますか』と丸ごと覚えた方が実用的です。と同様にギタ−もテクニックバラ覚えではなく曲の中で一緒に練習して行けばいいのです 人生やはり何でも点より線です。単語帳は文字通り単発の点です。単調なギタ−基礎練習も同じです。単発で単調な単語帳も基礎練習もすぐ飽きます。面白くないことが既に情緒不安定促進剤である証拠なのです。面白くない単純作業に耐えるのもたまには人生の修行の内かも知れませんが、ギタ−を弾くのにそこまで身を削ることもないでしょう。 それではどうすれば単調な面白くないギタ−の基礎練習をせずに上手くなれるのでしょう。 |
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38 是か非か単語帳 24−06−2003(火) |
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さて、その都度モ−ド変換(これが情緒不安定促進剤)なしのいつも自然体に頭を保つにはーーー。 昔単語帳なるものがありました。筆者も英単語を覚えるのに中学高校時代にやってみたことがありますが、実際スペインに来てから考えが変わりました。片っ端から単語を丸暗記するのは真面目な様で非能率、第一面白くありません。 外国語は幼少期から自然に馴染むのが理想ですが、そうでなければ最も効果的な外国語習得方法はーーー。まず簡単な日常会話の文を丸暗記します。そして、その文の動詞、時制や活用、形容詞、副詞、名詞を変えて行けば応用が効きます。つまり常に日常会話モ−ドを保ち、その日常会話文ごと単語を覚えて行くのです。単語を単独で覚えてその積み重ねによって文法的に間違いのない作文に仕上げるのではないのです。この違いは重要です。真面目な日本人は後者タイプが圧倒的です。文部省の教科書からしてこうなっているのですから当り前ですが、同じ調子でギタ−に取り組んでも結果は同じです。 英単語をバラ覚えして文法で組み立てて行く様に、まずスケ−ル:アルぺジオ:トレモロ:ラスゲア−ドーーーとバラ覚えモ−ドで基礎練習して、それらを組み合わせれば曲になると思ってはいませんか? |
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37 2モ−ド変換英会話 17−06−2003(火) |
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文法を思い出しながら英語を話している人を想像してみて下さい。問題がない個所は『日常英会話モ−ド』、文法を考えながら話している個所を『文法モ−ド』としましょう。そうすると当然のことながらこの二つが交錯しながら『2モ−ド変換英会話』になっている訳です。間違えないためにはそうすべきじゃないかと日本人らしくもっともらしく言う前に、そんなことを考えながら英会話しているイギリス人アメリカ人は一人もいないと言う基本に常に立ち帰りましょう。つまりネイティブは皆いつもモ−ド変換なしの『日常英会話モ−ド』だけであり、これが自然体英会話と言えます。 それに対して『2モ−ド変換英会話』は脳をわざわざ二つに仕切り、『日常英会話モ−ド』がヤバくなる毎に仕切りを超えて隣の『文法モ−ド』に助けを求めに行きます。順調にトップギアでぶっ飛ばしているのに安全運転の大義名分ためにわざわざサ−ド、セカンド、ロ−ギアに落とす様なものです。これではギクシャクしない方がおかしいのです。 ギタ−がギクシャクしている方、モ−ド変換なしのネイティブ感覚の自然体で弾いてみましょう。 |
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36 情緒不安定促進剤中間報告 10−06−2003(火) |
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情緒不安定促進剤とは何かコルムナ26〜35に渡って様々な例を挙げながら見て来ました。まだまだいくらでも書けそうですが、要するにギタ−に限らず『ここはこうしなければいけない』と言う特別モ−ドに入り(陥り)、頭が自然体ではなくなること。これが情緒不安定促進剤であり、こうなるともはや指ではなく、精神状態(脳:頭)の問題だと言うことです。 さて、このコルムナはギタ−に関するコラムですが、ギタ−を弾く指そのものについてではなく、ギタ−を弾く精神状態についてであることに読者はお気付きでしょうか。つまり以前述べた『情緒的基礎(コルムナ4)』のことなのです。その情緒(精神)と言う土台が不安定ならその上に指で築く曲がグラつくのも当り前です。実は筆者も含め多くの人の指が思う様に動いてくれないのは指自体ではなく、指の基礎である精神状態が自然体ではなく不安定に陥っているからです。 世のギタ−教則本は上辺の指の良し悪しだけを言及しますが、目を奪われるアルハンブラ宮殿の繊細なアラベスク模様も目に見えないアルハンブラ宮殿の基礎工事(同3)がしっかりしていればこそだということを忘れてはいけません。 来週から英会話を例に取り、ギタ−と対比しながらこの自然体、情緒不安定促進剤について総復習してみましょう。 |
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35 もう一度箸とギタ− 03−06−2003(火) |
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もう一度箸の話しをしましょう(その前にまずコルムナ30を読み直してみて下さい)。 読者は一週間海外旅行して箸を使わなかったからと言って、まず箸の持ち方を練習してから食事をするでしょうか? いや、日本人なら例え一年間箸を持たずに帰国しても何の不自由も不安もなく自由自在に操れます。何故なら日本人にとって箸は小さい頃からの生活の一部なのであり、何か特別意気込んだり決心したりするものではないからです。 特にスペイン人フラメンコギタリストを見ていると、ギタ−を手にして今から何か特別なことをすると言う意識が伺えません。つまり日本人の箸と同じで自然体でギタ−を生活の一部として弾いているのです。だからコルムナ6でご紹介した練習時間ゼロでプロと言ったことが可能なのです。先週の天才少女もおそらく同じでしょう。 逆にギタ−を弾くと言う特別意識モ−ドに入ると頭が自然体ではなくなり精神不安定促進剤として逆効果なのです。 |
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34 爪の垢でも煎じて 27−05−2003(火) |
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筆者は行かなかったのですが、先日あるクラッシクギタ−教室の発表会に行った人からこんなことを聞きました。 11歳の手の小さな女の子が澱みなく、音も大きく、きれいな音色で『ベネズエラワルツ2番』を弾きこなしたそうです。聞けばこの曲は7歳の時から難なく、しかも普通サイズのギタ−で弾いているそうです。 もうこれだけで『私は指が短い』とか『ネックの幅が広い』とか恥ずかしい限りですよね。言い訳に過ぎません。指より言い訳が達者な皆さん、今日から改心しましょう。 もっともこの女の子は当時から天才少女と呼ばれていたらしいのですが、何故五体満足な我々大人があくせくする難曲をすらすら弾けるのでしょうか。自分で見て聞いた訳ではありませんから断定はしませんが、結局『頭の中で完璧に唄えているから』でしょう。だからそれが指から自然に出るのです。名演奏も頭(脳)から始まります。指自体ではありません。 |
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33 身の毛よよだつな! 20−05−2003(火) |
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筆者は中学時代何度か英語の暗誦大会に出場したことがありますが、あの身を切る様な緊張感は、今でこそ懐かしい思い出ですが、あれを『あがる』と言うのでしょうね。或は人前に限らず、何か特別な物事や時間が近づくとハラハラドキドキして言い様もない緊張感に苛まれるーーー。正に脳みそ金縛りです。これでは実力が発揮出来ません。 さて、人間の総ての行いは脳からの命令に拠ります。脳が『弦を弾け』と言うから指が動くとすれば、その脳が金縛り状態では指が動かないのも当り前です。人前で『あがる』と言った特別な場合のみならず、多くの場合指が思う様に動いてくれないのは指自体の問題ではなく指に命令を下す脳の安定不安定、つまり『脳が自然体かどうか』に大きく左右されると言えます。指で弾く弦楽器ギターの基礎は指自体ではなく、実は貴方の精神状態、脳なのです。 その脳の自然体を阻む様々な要素を筆者の体験を基にコルムナ25から考察している訳です。今後ももう少しこのテ−マでいきましょう。やみくもに指の基礎練習をするよりこちらの方が遥かに有益です。 |
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32 身の毛もよだつ脳みそ金縛りの術 13−05−2003(火) |
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文法に限らず何でも公式:セオリ−:法則に照らし合わせないと気が済まないのはもはや日本人の習性と言えます。 ところで、真面目で勤勉几帳面な日本の学生は受験英語で良い点は取れても日常会話がからっきしダメな人がほとんどではないでしょうか。どうしてでしょう。あれは日本人の日本人による日本の受験用の日本式英語の学習法であり、決してアメリカ人:イギリス人の様に英語を喋れる様になることを目的とした実用英語ではないからです。 その都度文法を思い出して話せば、仮に文法的な誤りがない文になったとしても文全体のスピ−ドが落ち、イントネ−ションがなくなり英語らしさを失います。つまり『その都度セオリ−に照らし合わせる』ことは一見堅実そのものに見えて実は一番大切な全体のリズムを崩してしまっているのです。 『ここはアポヤンド、次はアルアイレ』『この場合の運指は』『指が弦に当る角度は』ー−−など一々学術用語で分類したところで自らの知識で自らの脳を金縛りにしている様なものです。脳が束縛されれば指が動かないのは当り前です。 脳の束縛を解いてやる、これが自然体。だからこそ真面目で勤勉几帳面も様々なセオリーも教則本も、いくらそれ自体良かれと思って考案されたものでも脳を束縛するのなら逆効果の情緒不安定促進剤(コルムナ27)なのです。 |
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31 勝手に出て行け! 06−05−2003(火) |
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もう一度自然体の話し(コルムナ24&25)に戻りましょう。 スペイン人フラメンコギタ−リストを見ると良く分かるのですが、右手も左手もこれが人間業かと思う位のテクニックです。次にそのギタリストの顔を見て下さい。全く何の心配も不安もなく指を見てさえいません。指が『勝手に』指板を駆け巡って弦を奏でています(コルムナ6)。ここはピカ−ド(スケ−ル)だからアポヤンド、次はアルペジオだからアルアイレなどと区別も意識もせずに自然体で弾いているのです。つまり、アポヤンド:アルアイレ:アルペジオ:トレモロ:アルサプ−ア:ラスゲア−ド:スラ−:ハンマリング:セ−ハ−−−、総て自然体から自然に出ているのです。無意識のうちに『出ている』のであって、意識的に『出す』のではありません。この自動詞他動詞の違いがカギです。 自分であれこれ指のテクニックを『出そう』とあくせくしてはいけません。それは情緒不安定促進剤(コルムナ27)です。余計にこんがらがります。勝手に自然体で『出てもらって』みて下さい。そうすれば情緒が安定して楽になります。 |
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30 スペイン人と箸 29−04−2003(火) |
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ある時スペイン人から箸の使い方を教えてくれと言われました。それを聞いた筆者は条件反射的に『何を簡単なことを』と思ったのですが、次の瞬間ハタと困ってしまいました。箸は小さい頃から自由自在に使ってはいるものの、使い方のメカニズムについては考えたことさえなかったからです。そこで自ら箸を持って『考察』してみると、箸と言うものは中指で下の一本を固定して親指と人差し指で上のもう一本を操作して食物を掴むことに気付きました。 日本人はスペイン語や英語を学ぶに当り文法で解明しようとします。しかし、文法を考えながらスペイン語を喋っているスペイン人などいません。スペイン人は箸の指使いを理解し様とします。しかし、そんなことを考えながらご飯を食べる日本人はいません。ごちゃごちゃ考える前に理屈抜きに話しゃいいんです、食べりゃいいんです。 ギタ−も初心に返って(上の黄枠)アポヤンドとかアルアイレとか細かいことは抜きにして、とにかく間違ってもいいから弾きゃいいんですよ。そうすればいつの間にかアポヤンドやアルアイレになってるんじゃないですかね、スペイン人フラメンコギタリストの様に。それをわざわざ『考察』することは情緒不安定促進剤(コルムナ27)ではありませんか。 |
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29 流れを止める正統派理論 22−04−2003(火) |
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どこのスペイン人が『主語は三人称単数で時制は過去だから動詞の活用はー−−』と文法を考えながらスペイン語を話すでしょう。もちろん日本語も同じです。もしそんなことをしたら却って流暢な会話どころではなくなってしまいます。 同様に、スペインのフラメンコギタ−リストは誰も『ここはアポヤンド、次はアルアイレ』『この場合の運指は』『指が弦に当る角度は』などと考えながら弾いている人はいません。彼等は学術用語や音楽的知識がほとんど皆無なので、そう言う発想自体が最初からないのです。また、仮にそんなことをしたら却って演奏の流れを断ち切るだけなのです。 ことばも演奏も知識ではなく『流れ』なのです。どんな立派な理論も文法もその流れを断ち切る様なら却って情緒不安定促進剤(コルムナ27)です。流れの補足としての知識なら結構ですが、流れの本質は決して学術的音楽的知識自体ではなく、また知識を積み重ねて流れを作るのでもないのです。流れとは何かについてはまた別の機会に。 |
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28 アポヤンド・アルアイレってな〜に? 15−04−2003(火) |
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数学の教科書を思い出してみましょう。まず公式があって、次に練習問題、そして、応用問題。英語:物理:化学など他の科目も大体同じでしょう。そして、ギタ−に限らず楽器の教則本も音階:基本コ−ド:基礎練習から練習曲を経て実曲に至ります。つまり、分野は違えど教科書、教則本の作りは丸っきり同じ発想と言えます。丸っきり同じなら、先生の教え方も生徒の教えられ方も丸っきり同じになって、それが疑いの余地のない常識や伝統になるのも当り前かも知れません。 何でもかんでもお決まりの約束事に逆らえと言っているのではありません。例えば私服より制服の方がやはり学生には似合う様に、社会の規律に関しては規則や伝統は尊重すべきですが、発想については考えもしないで規則や伝統に身を任せれば、考えることをしない個性のない正統派になってしまう危険があると思います。社会の規則に逆らって喜ぶ型破りなら単なるツッパリのアホですが、規則や伝統をいい意味で疑う型破りな発想なら大いに大歓迎です。 例えば、スペインのフラメンコギタ−リストは誰もアポヤンドとアルアイレなどと言う学術用語は知りません!? どうしてでしょうか? 単にそんな知識は必要ないからです。しかし、皆アポヤンドとアルアイレで弾いています。 何だそりゃ、と思った貴方の方が実は自分の常識で総てを判断する異常な人間なのですーーーよ!! |
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27 一見堅実そのものだが 08−04−2003(火) |
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情緒不安定促進剤にもなり得る真面目で勤勉几帳面な日本人の国民性の特色の一つは決められた型:形式:様式:伝統:しきたり:文法:公式:教科書:設計図:教則本:楽譜通りやらないと気が済まず、それを疑いもしないと言うことです。 筆者が観光ガイド時代に添乗員さんから聞いた話しですが、海外では店員さんが『このハンドバックはお似合いですよ』と勧めるのに対し、日本では『このハンドバックは皆さんお買いになりますよ』だそうである。売る方も買う方も人の意見に押し流されること風の如し、ポリシ−の軽薄なこと林の如し(森ほど濃くない)、物欲金銭欲だけは火の如し、態度のでかいこと山の如し(意味不明)ですが、残念ながらこれは型にハメられて、それを自然とさえ思いがちな我々日本人の主体性のなさを著しく代弁しています。そして、真面目で勤勉几帳面も主体性を伴わなければ一見堅実に見えて、主体性がないから実は堅実ではないのです。堅実ではないの同義語が情緒不安定でもあります。 間違った意見でも過半数を閉めれば正論になるのが民主主義だとすれば、良い意味でその正論(常識:教則本etc.)を疑って懸かることが主体性のない日本人が主体性を持つ秘訣かも知れません。そして、主体性がないから皆さんがお買いになるハンドバック、皆さんがお持ちのギタ−を欲しがり、主体性がないから皆さんがお使いになる教則本も先生がお勧めになる練習メニュ−も却って情緒不安定促進剤になってしまうのではないでしょうか。これは筆者自身の経験でもあります。 |
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26 情緒不安定促進剤 01−04−2003(火) |
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いくら練習しても指が不安定で『私はギターが下手だ』と思い込んでいる方、実は不安定なのは指ではなく情緒ではありませんか?『病は気から』とすれば、筆者の経験からも『指の悪い癖と病も気から(コルムナ19&24)』と言えます。 例えばアル中の人が酒屋さんの前を通るだけで酒についてあれこれ思いを巡らせ始め、余計な考えや誘惑に苛まれます。つまり精神的に自然体ではなくなります。酒屋(情緒不安定促進剤)を最初から避ければ良いだけの話しです。 ところが、筆者の見るところ、日本人はあたかも薬マニアの様にわざわざ情緒不安定促進剤を好んで常用して薬中毒症候群で指が中風になっている人が多いのではないかと思います。薬マニアの人は自分の悪い症状について一々薬を飲まなければ気が済まない人、つまり、自らの几帳面さで自らを縛って害してさえいる人と言えます。薬一つ一つは患者に良かれと思って開発されたものでも使い方、いやそれについての捉え方を誤ると逆効果でさえあります。 来週から具体的に情緒不安定促進剤を挙げて真面目で勤勉几帳面中毒を解毒して自然体に移行していきましょう。 |
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25 柔道もギタ−も自然体 25−03−2003(火) |
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右手の親指pを打ち込んでその勢いでimaに弾いてもらうと言う『右手の肉体的基礎』については一段落し、しばらくこの自然体について書き続けることにしましょう。何故ならまず頭が自然体(コルムナ24)になることがギタ−に限らず総てに於いて『情緒的基礎(同14)』だと思うからです。そして情緒的基礎は肉体的基礎より大切です。 情緒不安定の人は行いまで不安定です。実力がありながら発揮出来ません。演奏もそうでしょう。 日本人は真面目で勤勉です。そのスペイン人とは正反対な国民性がゆえにある分野では得をし、他の分野では損をしていると思います。真面目で勤勉も両刃の剣かも知れません。 柔道がまず自然体なら、ギタ−も頭もまず自然体で構えましょう。それにはまず自分から情緒不安定促進剤となっている悪い意味での真面目で勤勉な要素を遠避けることです。来週は遠避けてみましょう。 |
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24 まずは頭が自然体 18−03―2003(火) |
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筆者が『自然体』なることばを初めて聞いたのは高一の柔道の時間ではなかったかと思います。両足は少し開いて全身の力を抜いて構える。確かこう教わったはずです。こう言うと筋肉をリラックスさせる単に肉体的な自然体と響きますが、試験や試合や演奏の前に『自然体で行け』などと使われる時には明らかに精神的な自然体を意味しています。 つまり、まず頭を自然体に構えなければ体も自然体にはなってくれません。日本人に分かり易い例を挙げるとすれば日本語で言う『人前であがる』でしょうか。気持ちがあがる(自然体ではない)から指が動かなくなるのであって、指自体があがるのではありません。これが『悪い癖と病は気から(コルムナ19)』の意味なのです。 実は貴方が『私のaは非力だ:もっと基礎練習して力を付けなければ:もっと良いフォ−ムはないものだろうか:あのギタリストの爪の形をマネしてみよう:ああもうダメだ』と思い込んでいるから貴方の指があがって病んでいるのです。筆者の経験ですが、指のことをあれこれ思い煩わなければ指は自然に(自然体となって)しがらみから解放されます。 ギタ−は指で弾かない(同21)と思えば指のことをあれこれ考えなくなりますよ!? |
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23 ギタ−と弓 11−03−2003(火) |
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ホ−ムランとはいかないまでも、力を抜いて真っ芯に軽く当てるだけで確実にシングルヒットを打つ様な弾き方を身に付ければギターが面白くなって来ます。この感触に近づくために今週は弓を題材にギタ−を考えましょう。 筆者が中学の時の国語か道徳の教科書に次の様な実話が載っていました。 ある外国の青年が来日し、有名な弓の老師範を訪ねました。『こんな老人に引けるのなら自分にも引けない訳はない』と思ったそうです。ところが、実際やってみると弓はビクともしません。『いやいや、力ではない。私の肩や腕に触ってみなさい』と促して再度弓を引いた老師範の肩や腕の筋肉は全くリラックスしていたのです。 一見不可解ですが、どんな分野の楽器もスポ−ツも名人達人ほどこの様に最小限の力で最大限の力を伝達させることを知っています。つまり、名人達人ほど力を使わず、下手な奴ほど力で押し通してオ−バ−ヒ−トなのです。 聞いた話しなのですが、ある有名なギターリストが生徒に『ギタ−は力じゃない。指が弦に当るだけで音が出るんだから』と言ったそうです。これまた一見不可解ですが、スペインギタ−週間コラムのテ−マも今のところこれなのです。 誰でもドライブは軽快にぶっ飛ばして楽しみたいもの。そして、誰でも軽やかにギタ−を弾きたいと思って練習するのですが、万年ロ−ギアではオ−バ−ヒ−トの過労死なのです。まずは、自然体で臨みましょう。 |
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22 上手く当ればホ−ムラン 04−03−2003(火) |
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金槌に釘を打たせる様に親指(p)を力を使わずに自然体で踏み込むと、力を使わずに釘に力が伝わる様に、力を使わずにpで弦に力を伝えることが出来ます。『力任せ』と『力を伝達する』ことは似ている様で全く対極なのです。 例えば『音が小さい。もっと大きく弾きなさい』と先生に言われれば誰でももっと指に力を込めて弦をはじこうとします。ところが、この全く当然と思われることが全くの見当違いなのです。すんなりこう言う先生も先生です。 昔春の選抜甲子園大会で、ある左バッタ−の止めたバットにボ−ルが当ってホ−ムランになったことがありました。打った(いや、打たなかった)本人も唖然としていましたが、これは力を使わずに力が伝わった良い例です。指も力任せではなく、力を抜いて上手く弦に当てるだけで弦に力が伝わり、弾き手も思わず唖然とする大きな音が出るのです。 ギタ−が今一の方。もしかして思い切りバットを振り回してボテボテの内野ゴロを連発していませんか。そして、『私は腕力がないからヒットが打てない』などとお門違いなタメ息をついていませんか。力ではなく力を伝達するのです。 親指(p)も力を込めて打ち込むのではなく、力を抜いて思い切って打ち込んでみて下さい。 |
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21 ギタ−と金槌 25−02−2003(火) |
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今週から都合により毎週火曜日の執筆になります。続けてお付き合い下さい。 ギタ−は誰が弾くのか(コルムナ6)と言う大命題が残っていました。答えの一つは『ギタ−は指で弾かない』です。だから、指で弾かないギタ−を指の練習で上手くなろうと言うのがそもそも見当違いなのです。指で弾かないについてはまた別の機会にゆっくり述べますが、今は『そんなにギタ−を指で弾きたければ親指で弾け』とだけ言っておきます。 さて、先週の続きでpami(強弱弱弱)についてなるべく分かり易く説明して行きましょう。まずpの踏み込み方です。 金槌の一番利口な釘の打ち方を考えて下さい。まず柄は真中当りではなく端を持ちます。そして、鉄は柄の先に位置させます。そして、力任せに腕力で金槌を振り下ろすのではなく、手首を支点に(つまり腕は動かさないで)最小限の力で金槌を上げ、釘の上に鉄を落とします。つまり、自分の力で金槌を振り回すのではなく金槌に釘を打ってもらうのです。何事も自分の力は使わないで他の人や物、そして、自らの指さえも騙してやらせてしまうのがコツです。 同様にpで力任せに弦を弾くのではなく、pを適度に手前に振り上げ手首の回転で(腕は揺れないで)金槌に釘を打たせる様にp(強)を力を使わずに弦に打ち込み(踏み込み)ます。これはpだけでなくimaも同様であり、更には左手の弦を押さえる4本の指にも共通なのです。例えば左手の上昇スラ−をハンマ−リングと呼ぶのもこのためなのです。 |
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