◆スペイン週間コルムナ◆火曜日更新

たして人の一生は物の売買だけで一喜一憂するだけのものでしょうか。自分の欲だけ満たして最後は皆等しく死ぬために働くのが人生でしょうか。

 日本語情報センタ-は単なる情報屋ではありません。スペインの情報やサ-ビスを通して別次元の人生観を日本の同朋に問いかけます。

 人としての日本語情報センタ- スペイン週間コルムナ総評 スペインギタ-主旨

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251-287

287      アバタも笑窪かアバタの笑窪か 09-10-2007(火)

 

   グラナダ市郊外の先々週の事件とは別のある町での先週の出来事。別れた元奥さんを待ち伏せした元夫が白昼堂々と斧を頭に振り下ろした。さすがは情熱のスペイン。夫婦喧嘩も徹底している。本人は殺意満々だったらしいが、幸いにも頭蓋骨骨折の割には一命を取り留め意識も回復している。

 そう言えばごく最近手にしたある日本の小冊子に最近の情報として日本では三組に一組の夫婦が離婚に至ると書いてあったが、首位打者の打率の如く離婚するこれら3割3分3厘の日本の夫婦も、離婚率現在五割のスペイン人夫婦も、そして、この九死に一生を得た26歳のスペイン人女性も、最初は皆良かれと思って結婚するのであり、誰しも離婚するかも知れないと思って結婚する人はいない。それが一体どこで何がどう間違ってしまうのだろう?

 これは結婚や離婚に限ったことではなく、家庭学校職場近所など様々な人間関係をこじらせる悪の共通項を解き明かさなければ、頭蓋骨骨折には至らないまでも、どこの国でも大なり小なり悲劇は起こり続ける。日本語でgアバタも笑窪hと言う表現があるが、やはり、いい意味で実はgアバタの笑窪hを見抜けなければ人生バカを見るのは万国共通である。バカを見ないためには・・・。

 以前ある有名な日本人実業家が言った『私はこのビジネスを通じてビジネスとは金ではなく人であることを学んだ』とのことばが筆者は好きである。要するに知能指数や能力や業績や社会的地位ではなく、人生総ての物事は結局g人hに帰着すると言うことである。夫婦関係ならなおさらだろう。そして、どこの国の人でも物事上手く行っている時、特に金をもらう時や結婚前は皆笑窪のいい人なのである。だからこそ筆者は次の三つを見極めるまでは、いい意味で人を根底からは信用しないことにしている。

 一つ。何か不都合が起こった時のその人の反応。つまり、すぐイライラしたり、それを明らさまに表情や言動に表す様な人間かどうか。二つ。金銭に潔癖かどうか。借りて来た猫の様におとなしく寝ている猫も鰹節をチラつかせると猫まっしぐらになる様に、金まっしぐらの別人格に豹変する文字通り現金な奴かどうか。三つ。約束に忠実かどうか。小さな嘘を吐く人は必ず大きな嘘を吐くことになっているからである(コルムナ )。

 知恵のある女は自分の家を建て、愚かな女は自分の手でこれを壊す。----- 或る昔の偉い人

 もちろん、これは男性もですが、また、金に価値観をおいている人ほど妖怪株券小僧の如く頭が良く口が巧く嘘も多いものです。この意味で二つ目と三つ目は同じコインの裏表とも言えますが、最近筆者の知り合いから聞いたgてめ~ら人間じゃね~(破れ傘刀舟先生)h実話。その知り合いの知り合いの老夫婦の四十代の息子が肺がんで亡くなったそうです。ところが、悪性だと分かるや否や奥さんは手の平を返すが如く病床の旦那にいとも簡単に見切りをつけて蒸発。g健やかな時も病める時も・・・hの結婚の誓いなど見事に踏み倒す変わり身の早さ。もしかして夫婦仲が悪かったとかならまだ話は分かりますが、次の一手はまず日本人社会ではお目にかかれない、ぐうの音も出ない王手飛車取り。消えたはずの奥さんが遺産相続の席に突如未亡人に豹変して現れた!? 正式に結婚していた以上亡夫の財産の半分は民法に拠れば当然私の物よと臆面もなく要求!? 絵に描いた様な見事な必殺鉄面皮固めでバカ負け一本。確かに日本にもその昔疾風の様に現れて疾風の様に去って行くスク-タ-に乗ったおじさんがいましたが(← 分からない読者はお父さんに訊いてね!?)・・・。

 しかし、広い意味で悪いのはこの毒婦だけではありません。事前にこの三か条で吟味しておけば傷口に塩を塗り込む現金な女を配偶者に迎えはしなかったでしょうし、斧を振りかざす様な男と結婚することもなかったでしょう。

 いずれにせよ、人にせよ事業にせよ何にせよ無条件に笑窪だらけと信じ込めば、それは知恵のないことです。この三か条で人を裁くのではなく吟味する時、笑窪の下のアバタが垣間見えるかも知れません。これが自らの家を建てるか壊すかの境目だとすれば、そうする価値は十分あります。人に拠っては違った三か条かも知れませんし、五か条かも知れません。それは各自の自由でしょうが、いずれにせよ、上っ面ではなく人の性根まで見抜く洞察力は、少なくとも結婚や共同事業など人生の正念場には必要です。正念場ほどコケたら起き上がり難いからです。ましてや、g背が高くてハンサムで高給取りで次男hの四か条など知恵の欠如も甚だしいこと山の如し!? 毒婦よりゃましか!?

 

 

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286     お先真っ黒スペインの学生白書 02-10-2007(火)

 

   アナウンサ-は『久し振りに明るい話題です』とは言わなかったが、明らかに悪い知らせではなく、良い兆しとして紹介された先週のスペインのニュ-スに拠れば、ここ13年間で初めて学生達の酒&麻薬の消費量が減少したそうである。もっと詳しく言えば、麻薬とはハシシュ(モロッコ産)、コカイン、ヘロイン、合成麻薬で、アルコ-ルも含めて、これら総てにおいて減少傾向に転じたのは政府の絶え間ないキャンペ-ンの効果だそうである。

 ま、確かにそう言う当局の努力もあったのだろうが、ところで、スペイン語で学生はestudianteと言い、ご覧の様に英語と良く似ている。今回ニュ-スの対象となったのはこれらスペインの学生なのだが、実はスペイン語で大学生はuniversitarioと言い、つまり、スペイン語でestudianteとは大学生未満の学生を指すことばなのである。そこで今回のニュ-スを日本人読者に分かり易く解説すれば、スペインでは相当数の1418歳の中高生が堂々と酒を飲み、ハシシュ、コカイン、ヘロイン、合成麻薬を吸っていることになる。これが減少傾向に転じたのは政府が校門やディスコでの薬の売人の取締りや未成年者への酒の販売禁止を強化したためだそうである。

 大学生以上の20代、30代の若者ならまだ話は分かるが、今回のニュ-スでははっきりと1418歳の学生と言及されている。もちろん男女の区別はない。もちろん、こんなガキどもがそんな金を持っているはずもないが、アル中に薬中ともなれば当然パパやママからもらったお小遣いでは足らなくなる。と言ってこの世界にズボっとハマってしまえば急に止める訳にもいかない。あとはもう自らも薬の売人になるか、売春しかないと相場は決まっている。二十歳で廃人がうじゃうじゃいても不思議はない社会的下地は既にガチガチに塗り固められている。

 日本人から見れば末期ガン漫才かも知れないが、これがスペインの現実なのである。

 人が若い時にくびきを負うのは良い。----- 或る昔の偉い人

 これはいわゆる日本語の諺で言うg若い時の苦労は買ってでもしろhと言う意味のくびきのことでしょう。ま、極めて残念ながら、今の日本の若い親達もそうでしょうが、スペインでも可愛いうちの息子にくびきなんかとんでもないと言う、結局我が子を激しく害するに終わる、何でも買い与えて叱ることを知らない様な甘いしつけの馬鹿な親が多過ぎます。例えば、読者もスペインを旅行すれば一目瞭然なのですが、この国ではレストランや食堂で相当数の両親が可愛いはずの自らの乳飲み子や幼児の傍らでモクモクと、さも美味しそうに煙草を臆面もなくプア~っとふかしまくっているのはもはやこの国の年中風物詩です。なるほど、毒を毒と思わず、むしろこんな美味いものが息子の害になる訳がないとさえ思っていれば当然の習性かも知れませんが、やはり害毒を害毒とも思っていないのなら、大きくなった可愛い1418歳の我が子をくびきで繋がず、無防備にも夜の悪徳歓楽街に野放しにしても何の罪悪感もないのでしょう。

 しかし、毒は毒。毒を飲んで、しかも、好んでがぶ飲みして健康でいられる人はいません。死に至るくびきを自ら好んで自らの首にがっちりハメるだけです。首が回らない借金地獄の方がまだコカインやヘロインよりましです。

 それにしても中高生からコカインにヘロイン・・・。正に気違い予備軍です。それが証拠に先週地元グラナダ市で初めて市主催で女性同士の結婚式があたかも自由平等博愛の代名詞の如く行われました!? この点日本はまだましでしょうが、一つ気がかりなのはg美しい日本hが早くも頓挫してしまったことです。短い命でした。学生が、そして、若者が正しいくびきを負うことを学ばずしてg美しい日本hもまた真にあり得ないのかも知れません。

 

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 285 スペイン人の家族愛 25-09-2007(火)

 

   スペインではどこの市町村でも夏から秋にかけて年に一度の村祭りがある。日本とは違い、お祭り好きの国民性を反映してか期間は一週間と長い。大体初日と最終日が賑わうと相場は決まっている様だが、この期間中は郊外にお祭り特設会場が設置され、遊技場や仮設レストランが七日の命の蜻蛉の如く忽然と姿を現す。こうして祭りから祭りを渡り歩くg祭り屋hなる職業さえ存在する。余り家庭を顧みる時間はなさそうな仕事である。

 グラナダ市郊外のある町でこうした村祭りが8月半ばにあった。ところが、確か二日目か三日目に会場である若者が別の若いのを刺して殺害。お祭りム-ドにドラム缶で冷水を注いだ。目撃者の証言に拠れば、この二人は前夜激しく口論していたとのことで、頭に来た犯人が当日有無を言わさず切りかかったらしい。

 その一ヵ月後の先日の新聞に、この犯人の家族親戚20人が無実を訴えて裁判所に詰めかけた記事が載っていた。何でも奥さんに拠れば、その時間は一緒に居たとか居なかったとか・・・。どこまで嘘か芝居かは知らないが、この話を聞いて、筆者はその昔日本にいた頃聞いたアメリカでのある裁判のことを思い出した。

 相当古い話らしいが、その裁判は裁判官と被告が幼馴染みだと言うことでアメリカ全国の注目を浴びたらしい。日本なら遠山の金さんが最後にg終生所払いを命じるhとの粋な計らいに、不本意にも罪を犯した今週の主人公の可愛そうな罪人がgお、お奉行様ぁ~hともらい泣き。最後はgこれにて一件落着hで全国の視聴者も一話完結でめでたしめでたしなのだが、温情処置を期待していたであろう世論に反し、この裁判官は友人に最も重い刑を宣告したそうである。ところが、一度裁判が終わると、裁判官席を降りて、g君、この罰金を私に払わせてくれhと涙したとのことである。

 倒れたら起き上がらないだろうか。背信者となったら悔い改めないだろうか。-----或る昔の偉い人

 確かに裁判にも情状酌量は必要でしょうが、やったことにそのままふたをしてgさあさあ、皆の衆、本人も反省していることだし、ここは一つ見なかったことにして・・・hとなると、膿を出さずに包帯を巻く様なものですし、gやってないじゃないかhと情状酌量の横車を押し付けるのが家族愛なら、大東亜共栄圏の日本軍と同じく、やはり臭い物に美辞麗句のふたです。

 本当に起き上がりたければ、そして、起き上がって欲しければ、まずは起訴状を素直に認めて悔い改めること。感動の美辞麗句も悔い改めないなら背信者のアバタを隠す厚化粧に過ぎません。

 情状酌量とは愛は盲目で曲げてはいけないことを曲げることではないはずです。個人的愛情と公義の区別がつかない人は裁判官になるべきではないのです。ただし、公義の後は私人として人として大いに情状酌量の精神を実行に移さなければ、それこそ美辞麗句だけに終わってしまいます。
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284 スペインの事実は日本の漫画より奇なり 18-09-2007(火)

 

  先日聞いたある日本人旅行者の体験談。レンタカ-を借りて悠々自適なスペインの旅のはずだったが、ある町で観光から帰ってみると駐車禁止で反則切符。その人は少しスペイン語の心得があったこともあり、罰金はどうしたらいいのか地元の警察署に訊きに行った。以下はスペインの本官さんとの会話。

 『旅行者?­』『そうです。』『日本へはいつ帰る?』『9月中旬ですけど。』『そしたら、もう罰金払わずにお帰り。』『えっ!!』『しっ~(人差し指を口に当てて:こう言うのは日本と変わらない)!! 放っときゃええ。誰にも言うたらあかんで(と再び人差し指を口に当てる)。』    

 日本のg天才バカボンhの本官さんでもここまではやるまい。スペインの本官さん恐るべし。モロッコの本官さんも(コルムナ276!?

 その日は土曜日の午後で本官さんも一人しかおらず、決して哀れな外人旅行者に温情をかけた訳ではなく、ただひたすら自らが余計な仕事をしたくなかったらしい。国民の税金から給料をもらっている以上、任された職務を遂行するのは当たり前だと日本の公務員なら思っているかも知れないが、公務員なら仕事をしようがしまいが給料は一緒。だったら、仕事はなるべくしないに越したことはないと言うのは公務員だけでなく、この国ではサラリ-マンに共通した労働本能だと言っても良い。もちろん、全員ではないが、スペイン人は一般的に南に行けば行くほどこう言う思考回路に生まれついているおめでたい連中が多い。論より本官さんの証拠である。     

 小さな事に不忠実な者は大きな事にも不忠実である。-----或る昔の偉い人

 日本語で責任感の塊と言う表現がありますが、これでは正に無責任感の塊です。第三者として笑っている内は漫才かも知れませんが、こう言う本気無責任漫才師と結婚したり、一緒に仕事をするとなると話は全く別です。この区別がつかず結婚して離婚に至ったり、仕事や付き合いで様々な問題が起こるのは万国共通です。人生もちろん楽しく笑った方がいいに決まっていますが、その笑いも責任感に根ざした笑いか、ただ一途に無責任感に根ざした無責任な笑いなのか・・・。益する笑いもあれば、害する笑いもあると言うことです。

 日本では公務員の飲酒運転に拠る事故が厳しく取り沙汰されている様ですが、スペインでは警察官が休憩中に制服を着たままビ-ルやワインを飲んでいるのは当たり前ですし、それを見ておかしいと思う市民も一人もいません!? これまたg天才バカボンhの本官さんでも絶対にやらないことでしょうが、スペインではビ-ルとワインは水代わりで、誰も酒と思っている人がいないのです!?  

 

 

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283 酔い痴れるスペインのサッカ-ファン 11-09-2007(火)

 

   先日街角で朝食のBar(バル:日本的に言えば立ち飲み喫茶店みたいなもの)で良く顔を合わせていた60過ぎのおじさんに遭った。以前はほぼ毎日来ていたのに、もう一年以上顔を出していない。どうかしたのかと訊くと、店員とサッカ-の口論になり、喧嘩別れになったとのこと。

 ここグラナダもそうだが、地元に強いチ-ムがない限り、スペイン人はどこの地方に行っても大体レアル・マドリ-かバルセロ-ナ FCに肩入れする連中が多い。日本で言えば巨人&阪神に当たると言える。このおじさんと筆者も良く知っているこの50半ばの店員も、どっちがどっちのチ-ムだったか忘れたが、最初はいつも通り冗談交じりに相手チ-ムをけなし合っていたのが、いつの間にか本気モ-ドでけなし合い、最後は『もう誰がこんなとこ来るか、ボケ!!』『あ~、もう来んでもえ~わ。このクソッたれ!!』となったそうだ。いとも簡単に頭に血が上り易いスペイン人丸出しのエピソ-ドだと言わざるを得ない。

 そう言えばスペインでは朝から誰ともなくすぐにサッカ-の話が始まる。女性はそう言うことはないが、男性の場合挨拶代わりに自動的にサッカ-の話題になると言ってもいい。しかし、筆者が日本にいた頃も、俗っぽく言えば、男同士集まればすぐに野球と女の話だった。ま、そう言う面ではどこの国でも似たり寄ったりかも知れないが、我々から見ればこんな些細なことで本気で絶交するのだから、先週のコルムナも含めて、スペイン人は現実と漫才の見境が付き難い民族だとも言える。

 争いを避けることは人の誉れ。愚か者は皆争いを引き起こす。-----或る昔の偉い人

 誰でも好きな野球チームや歌手位いるものでしょう。しかし、我々は当事者のスポ-ツ選手や芸能人ではないのですから、まず勉強なり仕事なり、やることをやった後バックネット裏の野次馬雀の如くピ-チクパ-チクさえずって、気晴らしが終わったら本業の学校に職場に戻ればいいだけの話です。

 確かにプロスポ-ツや芸能界は観る人に夢を売るのが商売でしょうが、観る側にこの現実と夢の区別がつかなければ、この二人の大人気ないおじさんの様になってしまいます。そして、この現実と夢の区別がつかない人ほど夢に肩入れし、夢中になって夢に酔い、他の泥酔者に絡んで低次元の争いを引き起こし易いのかも知れません。

 

 

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282 スペインサッカ-のヒ-ロ-逝く 04-09-2007(火)

 

日本の高校野球甲子園大会が終わると(コルムナ279280)、スペインサッカ-リ-グが始まると相場は決まっている。既に先週末で第2節が終了しているが、先々週の開幕戦でスペインナショナルチ-ム代表選手でもあるプエルタ選手が試合中突然心臓発作で倒れ、3日後に亡くなった。若干22歳。

スペイン全国が大騒ぎしているおかげでその名前も今回初めて聞いたほど筆者はサッカ-に興味はない。残念とは思うが、正直痛くも痒くも感じない。毎日イラクでたくさんの人が死んでいるのに、我関せずと日々日常の生活を送る日本人やスペイン人の如くである。

ただ、誰かが比較的若年で亡くなった時、筆者はいつも『人生太く短く』の極意は『人生は深く』だと思い起こす(同171。つまり、ダラダラ生きるより凝縮した人生の方が年数はないが価値はある。その意味で人はその絶頂期に惜しまれつつ逝くのも悪くはないかなとも思う。

それでは『人生は深く』とは何だろう?

恵みと真を捨ててはならない。それをあなたの首に結び、あなたの心の板に書き記せ。-----或る昔の偉い人

自分とせいぜい家族に施す恵みも恵みでしょうが、極悪人でさえ子供には良くしてやるものです。恵みとは本来それを受けるに値しない者に代価を求めず与えることだとすれば、それは内部ではなく、外部に対する対人関係において表れるべきものです。しかも、それが具体的な真の行いとなって表れるところに『人生は深く』の真の意味合いがあります。また、恵みと真は二つの別物ではなく、隣人愛と言う一枚の硬貨の裏表であることも分かります。

人の噂も四十九日。『人生は深く』なければ49日で忘れ去られます。

多くの人は何らかの自己主張をして生きているとも言えます。あれを買って、これを着て、いい成績を取って、一生懸命仕事をして・・・。それはそれで大いに結構なことですが、その根底に隣人に対する恵みと真がなければ人の噂も四十九日です。それ以上人々の記憶に残ることが人生の真の価値だとすれば、恵みと真を私達の首に結び、心の板に書き記すしかありません。

紀元前の不朽の名作は21世紀でも不朽の名作でしょう。大袈裟な超大作は必要ありませんが、我々も恵みと真を絵の具に使うなら何かいい作品が描けそうな気がします。

 

 

281 薬中か高校野球か 28-08-2007(火)

 

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先週ラジオ番組である薬中更正者の実話が紹介された。

薬学部を卒業し、自ら薬剤販売会社を興し若くして大成功。奥さん子供にも恵まれたが、大学時代からのアル中に加え、花形実業家とちやほやされる内に麻薬に手を染め、昼は薬剤ブロ-カ-、夜はマリファナブロ-カ-として名を馳せる様になる。こんな日々が長く続く訳はなく、ある日突如逮捕状。求刑150年、実刑3年のブタ箱暮らしとなった。服役中多くの同罪の囚人達が獄死や自殺したのを目の当たりにしたが、幸い家族や友人の尽力で社会復帰し、現在は幸せな生活を送っているとのことである。

スペインでも麻薬は簡単に買える。近年腐り切った若年層にはg18歳になったら酒タバコ辞めようhとか言うおめでたい連中が多い。そして、辞めるどころか、酒タバコなど麻薬へのウォ-ミングアップに過ぎない(ビ-ルは酔い覚まし!?)。麻薬もモロッコが国を挙げて栽培している軽めのハシシュから始まって、段々合成麻薬やマリファナ、ヘロインへと格上げされて行く。しかし、未成年のガキどもがそんな金を持っているはずもない。結局、薬の売人になるか、売春しかないと相場は決まっている。そして、二十歳で堂々たる廃人・・・。日本の読者には誇張と思われるかも知れないが、これが現代スペインの未成年の半数の実体である。

日本では先週まで筆者も含めて高校野球に沸いたが(コルムナ279280)、あの舞台に立てる球児はほんの一握り。その他大勢の日本全国の高校生の相当数はこんなもんだとすれば(同 )、日本も多かれ少なかれ同じ道を歩んでいるのかも知れない。

心の堕落している者は自分の道に甘んじる。善良な人は彼から離れ去る。-----或る昔の偉い人

元々何を意味するのかは知りませんが、日本語で言うg勝ち組負け組みhとは何でしょう? 今回の高校野球の様に勝負に負けても頑張った人が評価されるのが勝ち組であり、頑張らなかった人が負け組みであるべきでしょう。

いつでも誰でもイ-ジ-な方に流されるのは簡単です。流されるのに努力は要りません。流れに身を任せておけば後は何もしなくてもどんどん勝手に下流に流されて最後は滝壺に逆落としです。中流で酒タバコだったものが、下流では麻薬に売春・・・。川は下流ほど水が汚いものです。下流に差し掛かってもう古い現代社会も・・・。

こんなどぶ水の中で生まれた魚が健全に育つことが難しいのもまた確かでしょう。しかし、だからと言って、流れに身を任せて甘んじれば心の堕落している者です。離れ去って上流を目指さなければ、今日読者自身や読者の息子や孫がいつの間にか薬中や携帯売春婦になっていても何の不思議もない世の中になって来ているのです。冷たく見捨てろと言う意味ではありません。しかし、我々はある種の人々とは一線画さなければ下流に道連れにされます。だからこそ、下流の真っ只中にある現代社会においても、時としてボランティア精神の高校野球の様な一服の清涼剤が必要なのです。そして、球児達ではなく、無名の我々一人一人がそうなるところに我々の人生の意義もまたあるはずです。

 

 

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280 甲子園のヒ-ロ-逝く 21-08-2007(火)

 

残念ながら、筆者の母校はベスト8で敗退(先週のコルムナ)。しかし、深夜、そして、早朝にインタ-ネットの無料生中継配信で4試合も楽しませてもらった。暫し童心に戻れて感謝の念この上なし。

筆者はこう言う時、やはり、g試合に敗れて山河有りhの文句を思い出す(同1314124125)。それは、高校野球に限らず、何かのイベントが終わった時の感動の余韻と、それに続くべき各自の次章のことである。人は生きている限り、どんな感動や成功を得ても、テレビドラマの最終回の字幕の様にg終わりhではなく、g続くhでなければ明日に繋がって行かない。大きな感動さえも点ではなく腺となって継続して行かなければ力とはならず、大きな打ち上げ花火に終わってしまう。選手諸君は今後の進路で、応援した生徒の皆さんも受験勉強で、そして、我々も各自の家庭や職場でしっかりとふと我に返って、もらった感動を糧に継続して行かなければ力とはならない。

それでも人はやがて死を迎えるのか・・・。今回試合はもちろんだが、ある意味筆者にとって一番印象に残ったのが今大会中余り騒がれもせず癌で亡くなった第55回大会優勝広島商業のエ-ス、佃正樹氏の訃報である。因みにキャッチャ-は後に広島カ-プで活躍した達川氏。筆者の母校もこの時ベスト4。筆者自身もブラスバンド部員としてアルプススタンドで5試合応援。筆者と漢字も同じ全く同名であることから何故か気になる存在だった。

すべての人は草、その栄光はみな野の花の様だ。-----或る昔の偉い人

あれから34年。若い読者には34年もと映るかも知れませんが、特に甲子園の時期が巡って来る今頃、筆者にはつい昨日のことの様にも思えます。時の流れはある意味時計で計れる時間の量的な積み重ねであり、また、ある意味時計では計れない主観的なものかも知れません。ただ、こんな形で再び名前を聞くとは寂しい限りです。

それにしても、ちょうどあの時分流行った『狙い撃ち』が未だに各校応援歌に使われているとは。正に時が止まったかの様です。嬉しい誤算は今はすっかりオバさんになった山本リンダか? 『困っちゃうな~♪』と苦笑いしているかも。← 分からない読者はお父さんに訊いてね!?

小説も人生もある意味起承転結。途中経過を疎かにして良い結尾も書き終えることは不可能であり、また、最後の締めがあやふやなら、読者に感動を与える良い小説とは言えません。入選か、落選か佳作か駄作か、途中放棄か・・・。確かに人目を気にせず信念を持って生きることは大切ですが、我々は否応無しに周囲の人々から小説の如く読まれていることもまた事実だとすれば、ある意味人目を気にすることもまた時として必要かなとも思います。

今回球児達はペンの代わりに白球で甲子園を舞台に高校野球小説を書いてくれたとも言えます。今度はそれを糧にして我々読者が我々の山河で継続して力とする番です。

スペインでは真夏に早くもクリスマスドリ-ムジャンボ宝くじ発売中(同68!? どう言う感動だ!?

 

 

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279 荒稼ぎかボランティアか 14-08-2007(火)

 

先週スペインプロサッカ-の強豪バルセロ-ナFCがアジアツア-を行い、日本にもやって来て試合をした。サッカ-リ-グのオフシ-ズンを利用したいつものオ-プン戦荒稼ぎツア-である。もちろん、スペインのファンやマスコミは試合内容や結果には全く無関心である。過密スケジュ-ルに不満たらたらの選手達のコメントが若干ニュ-スになった位でお終い。ただ、年棒何億のスタ-選手軍団のギャラを賄うための資金稼ぎはしなければならない訳だから、企業として考えればこの種のイベントを濡れ手に泡とばかりにちゃっかり企画するのはむしろ資本主義社会の鉄則だと臆面もなく思っているのだろう。今年もまた懲りずに腐っても経済大国日本と成金中国を名指しでやって来たのは、ただただオ-プン戦でしこたま儲けるために他ならない。たまには第三世界でノ-ギャラで試合して、現地の貧しい子供達に夢と希望を与え様とか、そんな発想は重箱の隅にもない。

今回こちらの新聞に載ったのは追っかけをする北京の丸出しのミ-ハ-ギャル達の写真だったが、観客の大半はこの様にスポ-ツとしてのサッカ-ではなく、スタ-選手お目当てのサッカ-ショ-観戦。スタ-歌手お目当ての歌謡ショ-と乗りは寸分違わない。

ノ-ギャラと言えば、筆者自らこの春書いたコルムナを思い出す(コルムナ261262)。あの時は春の甲子園。そして、今行われている夏の高校野球甲子園大会こそ、正に文字通りノ-ギャラのボランティア精神の真髄であると読者は思わないだろうか?

何故あなたがたは食料にもならない物のために金を払い、腹を満たさない物のために労するのか。-----或る昔の偉い人

その昔学生だった頃、毎日学校に行って勉強して、クラブ活動をやって、家に帰れば母ちゃんがご飯を作って待っていてくれる・・・。思えば金銭には無欲な、ある意味無邪気な、今思い返せば懐かしい純粋な日々だったのかも知れません。しかし、社会に出れば金を稼がなければ生きては行けません。皆この金で苦労し、金が無いとボヤき、多くの人は金を追い求めて躓きます。金が悪いのではありません。金を追い求めるが故に自らと隣人を欺く人間様が悪いのです。金銭はあくまで中立です。

逆に、高校野球が爽やかな感動を観る人に与えるのは金が絡まず、純粋にスポーツを競うが故だとも言えます。もちろん、今の時代総ての高校球児がそんな爽やかな訳でも何でもないのが現実でしょうが、我々大人も金に触れる以前の、あの頃の金以外の価値観に生きていたあの感触を忘れないでいたいものです。忘れてしまえば、ヨ-ロッパプロサッカ-の様に単なる勝ち負けや、g儲かってまっかhが挨拶になってしまうほど金だけが価値観の次元に自らを引き下げることにもなりかねません。勝者が賞賛されるのは当たり前。敗者への思いやりがあってこそ真のスポーツマンシップではないでしょうか、当事者も観客も。とすれば、阪神ファンのgボケ~、カス~、アホンダラ~!!hはいただけませんな!? 柄の悪いスペインのサッカ-ファンと何ら変わりはありません。 

因みに水曜日第一試合は筆者の母校が登場します。応援して下さい。

    8月はHP管理者の夏休みの関係で更新が不規則になります。

 

 

 

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278 スペイン人はまだまだ行く・・・か? 07-08-2007(火)

 

先週のコルムナを裏付ける様な事故が先週起こった。グラナダ県の隣の県の話。悪ガキ仲間4人が親父の四輪駆動車を勝手に持ち出し無免許運転。勝手に山道から崖下に転落。助手席に乗っていた少年が車から放り出され、ジープがその上に落ちて来て圧死。享年14歳。

もう一つ。これはグラナダ市内で先週起きた事件。留守中に掠めた500ユ-ロを返せと叔父さんに怒鳴られた少年が頭に来て、類は友を呼んで同類項の悪ガキ仲間を引き連れ、夜ガソリンを持って憂さ晴らしに放火に行った。ところが、ガソリンを撒いたまでは良かった(いや、悪いことだ)が、火を点け間違えて自らと仲間2人にも点火!? 本人は丸焦げで即死。享年14歳。あと2人の未成年も数日後病院で死亡。

律法全体は『あなたの隣人をあなた自身の様に愛せよ』と言う一語をもって全うされる。-----或る昔の偉い人

先週先々週、そして、その前の週と(コルムナ275276277)、読者はエジプト人もモロッコ人もスペイン人も愉快な連中だと思ったかも知れませんが、自己中丸出しでは真の意味の愉快などあり得ません。いや、自己中は愉快どころか、必ず己と他人をも不幸に巻き込むことになっているのです。

今から始まる高校野球甲子園大会で監督が先発ピッチャ-で行けるとこまで行こうと言うのなら話は分かりますが、自己中の制御不能のブレ-キで人生行けるとこまで行こうといい気になるのは正に文字通りの自己中毒。己と他人を取り返しの付かない不幸に巻き込んでからでは手遅れの場合もあるのです。

自己中の特効薬は真の隣人愛以外にはあり得ません。 

 

 

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277 スペイン人も行く 31-07-2007(火)

 

ペイン人ドライバ-6人に一人。車の数にしてスペイン全国で500万台は何を隠そう実はあれなのだ!? これは先日スペインの全国ニュースと全国紙に発表された統計だが、読者は一体何のことだか想像が付くだろうか?

確かに離婚率5割、オカマ3割の国だから総てはいい加減に越したことはない国民性なのだが、こと車に限って言えば3台に一台は車検切れで(金がない!?)、3台に一台はウィンカ-を出さない(出しても1m手前←対向車を欺いて我先に素早く曲がるため!?)。交差点の優先順位は早い者勝ち!? 総てはこう言う風に、日本人からみれば漫才としか思えない車社会である。それでもスペインではエジプトの様に車線度外視と言う野蛮な運転は聞かれない(先週のコルムナ)。その点さすがは腐ってもヨ-ロッパと言えなくはないが・・・。

何とこの国ではドライバ-6人に一人、全国で500万台の車は無免許なのだ!? これまた低俗末期ガン実話漫才だが、エジプトやモロッコではこんなものじゃ済まないのだろう(同275276)~と、人生下を見ても進歩はない。

理由は『免許持ってりゃ減点されるけど、無免許なら減点され様がないだろ?』 さすがは自らの非は全く認めず、誤ることを知らないスペイン人(イタリア人もフランス人もギリシャ人もラテン系は皆同じ)。良くもしゃあしゃあと平然とこんな理屈を抜かせるものだ!? 皆見事に横車を押している(同12)。しかし、更にアナウンサ-の言うことを聞いていると、ならば一理あるんじゃないのかと思えて来さえするから怖い!?

何とスペインの交通法規に拠れば無免許運転に対する罰則がない!? もちろん、無免許で危険運転や事故を起せば犯罪なのだが、無免許で車を運転すること自体は見つかってもお咎めなしで、単に注意されてお終い!? 当然、無免許故に減点されることもない!? な~るほど。全体の程度が低いが故の見事な1/6の国民的調和と言えるのかも知れない。

彼らの心は二心だ。今彼らはその刑罰を受けなければならない。-----或る昔の偉い人

人身事故でも起したらどうやって払うのか、と思い煩うのはせせこましい日本人だけで、超楽観的国民性のスペイン人はそんなことは一々考えないらしい!? 同じく超楽観的に考えずに結婚するから離婚率5割で、超楽観的に考えずに家を買うからロ-ン地獄で夜逃げなのでしょう。なるほど、こう考えれば、人生様々な出来事が起きる様で、実は皆一事が万事、良くも悪くも一蓮托生だと言うことが良く分かります。

人は皆色んな意味で唯我独尊なのです。しかし、二心の唯我独尊なら、遅かれ早かれその報いを我が身に招くことになります。我が身だけならともかく、無免許で他人様をも交通自己の巻き添えにはしたくないものです。

 

 

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276 モロッコ人も行く 24-07-2007(火)

 

エジプト人が行くのなら(先週のコルムナ)、モロッコ人も行かない訳にはいかない(同260265)。

先週モロッコからやって来た日本人女性に先週のエジプト人の話をしたところ、モロッコでも全く同様だったとのこと。数日居た割りにはプロポ-ズが2回だけとは意外だったが(コルムナ )、その代わり、エジプト人同様、外人女性と見るや、皆やたらと触りに来たそうである。さすがはフセインの親戚。皆同類項なのである。

極め付け(と思っているのは筆者だけで、本官さんは気にもかけていないのだが・・・)は街のど真ん中で彼女が道を訊いたモロッコのお巡りさんに別れ際お尻を触られたとのこと!? 日本の警察官なら制服を着たまま絶対にこんなことはしないだろうが、モロッコではこれでも懲戒免職にさえならず、それを目の当たりにして警察に通報する様な心の狭い一般市民もいない!? こんなことはフツ-のことなのである。日本なら誰もギャグとしか思わないところだが、それをマジで白昼堂々とやるのだから、やはりこれは末期ガン漫才である。

とは言え、やはりモロッコは相当貧しい国には違いない。スペインに行けば農作業位にはありつけ、モロッコでの極貧生活よりはましだと思って、命がけで原付のボ-トで地中海を渡って来るモロッコの難民が後を絶たない。しかし、現実はスペイン警察に衛星から察知され、海岸に着き次第逮捕されて即強制送還。それでも懲りずにどんどんやって来る。それ程一般庶民、特に農村部は貧しいのだろう。そこで、先週あるモロッコ人難民が考え抜いた挙句、奥の手を使ってスペイン滞在を試みた。麻薬所持現行犯で逮捕されてスペインの刑務所で暮らせる様にハシシュ(モロッコ産麻薬:国を挙げて砂漠の奥地で栽培している!?)を2Kg携えてボートに乗り込んで、海岸で捕まると同時に自ら麻薬を誇示して自首したそうである。懲役8ヶ月。しかし、考えが足りなかった。スペインの外人刑法では不法移民は懲役40ヶ月以上の犯罪を犯した場合のみブタ箱行きで、それ以下の刑では即強制国外退去・・・となった。それにしても良くそこまで考えるものだ、と今回スペインの全国ニュ-スのアナウンサ-に言わせただけでも努力の甲斐はあったのかも知れない。

人は蒔いたものを刈り取る。-----或る昔の偉い人

と、こんな風にコルムナを書いているとセンタ-に休暇で旅行中のエジプトの日本大使館勤務の女性二人がやって来ました。先週のことなど交え色々訊いてみましたが、やはり、とんでもない連中だとのこと。約束は平然と踏み倒し、国を挙げて超近親結婚で頭のおかしな連中だらけ。なるほどと納得。そして、何より怖いのは4車線が5車線になること(読者はこの意味が分かるだろうか)!? とても運転する気になれないとのことでした。筆者も『エジプトに永住するつもりですか』と馬鹿な質問をしたところ、『とんでもない!!』とのお答え!?

人生ある意味何をやろうが各自の自由かも知れませんが、必ずや人はその自由に蒔いたものを刈り取り、その人としての節度に応じて蒔いた良いもの悪いもの総ての刈り取りをしなければならないことになっているのです。これは摂理です。

さて、先週今週とエジプト人も行き、モロッコ人も行くなら、来週はいよいよ真打スペイン人も行きます。お楽しみに。

 

 

 

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275@GWvgls@PV|OV|QOOVi΁j

 

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274 僅かに及ばずアルハンブラ 10-07-2007(火)

 

先週土曜日お隣のポルトガル・リスボンで世界の新七不思議が選ばれた。予選選考で絞られた世界中の21の名所旧跡の中には日本の清水寺もあったが、日本ではこの選考会自体が余り話題になった様子もなく、あえなく落選した。

スペインからはアルハンブラ宮殿が立候補。地元グラナダ市のみならず、俳優やスポ-ツ選手など有名人や国王まで担ぎ出して、海外にまで及ぶ一大キャンペ-ンとなった。

711年初めてジブラルタル海峡を渡ったイスラム教徒はあっと言う間に当時西ゴ-ト王国スペインの中部南部を征服。732年にはフランスにまで侵入している。何世紀にも渡り、徐々に北のスペイン歴代王国に押し返され、1236年には都のコルドバ、1248年にはセビ-ジャの南部主要都市も奪還され、グラナダも風前の灯。しかし、スペイン側に毎年貢物と税を納める不平等な不可侵条約を結び、絶対にスペインの軍隊(当時カスティ-ジャ王国フェルナンド3世)は来ないとの保障の元に、ナザレ王朝アルハマ-ル王に拠って悠然と建築が開始されたのがアルハンブラ宮殿(アラビア語で赤い城の意)である。戦争を想定した城砦と言うより、楽園の再現とも言うべき、贅沢をするための宮殿と言った方が当っている。

有名なライオンの中庭は4人の正妻と妾達(17歳でお払い箱!?)の住まいでもあった。それも200人位!? そして、自然の水圧の噴水に圧倒される離宮ヘネラリッフェは王の美少年クラブ。こう言う都合の悪いことはガイドブックには書いていないが、その種の碑文も見つかっている。おかげで国が滅びたのは1492年。そして・・・。

惜しいところで落選(とマスコミは言っている)。スペイン人は宝くじを買うともう当った気になる国民性なので、その落胆振りが伺われる。

悪者は偽りの報酬を得るが、義を蒔く者は確かな賃金を得る。-----或る昔の偉い人

狙いはもちろん経済効果。ま、その他の候補地もそうでしょうが、筆者はアルハンブラ宮殿立候補と聞いて、まず、未だ捜査中で裁判さえ始まっていないアルハンブラ宮殿入場券偽造事件が解決してからにせ~よと思いました(コルムナ197)。もちろん容疑者達は今でも一応にgと~んでもございません、お奉行様hと迷わず全面否定!?

それとこれとは全く別問題・・・。確かにそうでしょうが、嘘偽りとはボタンを掛け間違える様なもの。一つ間違って掛ければ、いくら真面目に誠実に正確に、そして、例え筆者がコルムナで良く引用する隣人愛の限りを尽くして残りのボタンを真心を込めて掛けたとしても、それは正しい着こなしではないのです。

ボタン一個ではなく、身だしなみ全般に気を配る余裕も人生大切かも知れませんね。ましてや、面倒でも掛け違えたボタンまで遡ってきちんと掛け直さなければ確かな賃金はないとすれば、これは確かに勇気の要ることですし、大変なことです。

 

 

 

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273 先生、クビです!? 03-07-2007(火)

 

  最近スペインのどこかの小学校で、ある若い男性教師が眉にピアスをしているからとクビになった。本人も注意されたが従う気は全くなく、頭に来て辞めたらしい。あとはお決まりの表現の自由だとか、民主主義なのだからどうのこうのと、もっともらしいバカげた賛否両論が新聞紙上で取り上げられた。学校側に拠れば校則にそぐわないからだそうだが、本当にそんなことまで校則として成文化されているかどうかは甚だ疑わしい。日本の学校でも教師の就職条件としてこの様な細かい規定があるとは思えない。各自の常識で判断すれば、そんなくだらないことをする先生などいるはずがないと言う暗黙の常識の了解が総てのはずである。

ところで、もし読者の息子や娘の担任の先生がこんなんだったら、親としてどう思うだろう? 意外と若い世代の父兄なら気にしなかったりして・・・。あるいは、髪は染めてもいいのに、何故体の好きな個所に穴を開けて金具をぶら下げちゃあいけないの、お母さん、と可愛い子供に訊かれたら、読者は一体何と答えることだろう?

ある意味親の子供に対する一番の義務は衣食住や塾ではなく、子供にしっかりした価値観を植え付けてやることだと言えるはず。子供に限らず人は皆その価値観の如く考え、行動するからであり、それ故、各自の価値観こそ各自の人格、その人そのものだと言える。そして、それは三つ子の魂百まで、幼少期に養われるものだとすれば、幼稚園、小学校の先生こそ責任重大であり、何より家庭こそ第一の学校であるべきはずであるが・・・。

自然自体があなた方にこう教えていないでしょうか。-----或る昔の偉い人

常識も自由も民主主義も嗜好も、その他もっともらしい総ての物事も、そして、価値観も、自然にそぐわないなら、それは歪んだ結末を迎えます。激しく歪んだ現代社会がそれを雄弁に証明して余りあります。

誰でも可愛い子供のためには最善を願うでしょう? 何故自然と自然の摂理を尊重することを教え、髪を染めなくていい自由、携帯を持たないが故にろくなことをしなくていい自由、酒を飲まなくていい自由、そして、自然の摂理と人間の最低限のモラルさえ踏み躙る、束縛する自由もあることを教えてやれないのでしょう? 

今日多くの人にとって自然自体から常識とは何かを学んだ時代はもう過去のものとなったとすれば、それはもう今日多くの人にとって無理な話なのかもしれません。

 

 

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272 てめ~ら人間じゃね~かも 26-06-2007(火)

 

  三つ目のお話し(先週&先々週のコルムナ)。この元同僚の女性ガイドさんに、今は別の旅行会社で働いている、これまた元同僚の日本人男性ガイドさんの近況を聞いた。最近の情報として、ここ二ヶ月ばかり仕事がないとのこと。現地の日本人ガイド達はそれぞれ所属の旅行代理店から仕事をもらってはいるが、社員ではなく、あくまで個人業の観光ガイド。つまり、基本給など一切なく、仕事があれば給料もあり、なければない。スペイン国税局の手前は一匹狼の自営業なのである。従って、仕事がなければ困る。筆者も第一次湾岸戦争の頃月収が3万円とか、今となっては懐かしい思い出である。

しかし、この男性ガイドさんは現役なのだから死活問題である。そこで、全く何も連絡がないので、堪りかねて、ごく最近g来月の仕事どうなってますかhと訊きに行ったそうである。すると・・・。gしばらくはこのままだと思って下さいhと実質的クビ通達。あと二人同じ目に遭っているガイドさんもいるのだそうである。

円安ユ-ロ高格安ツア-時代だから、代理店側も経費節減なのは企業として当然のことだが、リストラならリストラでそう告げることさえしない高圧的な態度。もっとも、社員ではないので告げる義務はない、勝手に訊きに来いと思っているらしいが、ここ十何年間専属で働いて来たガイドさんに対する温情のかけらさえ感じない見事な仕打ち。日本人なら誰でも知っているアルファベット3文字の名称の老舗旅行代理店である。

愛は寛容であり、愛は親切です。また、人を妬みません。愛は自慢せず、高慢になりません。-----或る昔の偉い人

連中は確かに海外で外国語を使って活躍するエリ-トです。しかし、そんなことはどうでもいいこと。会社の売り上げが何より第一、社員など使い捨ての駒に過ぎない、と本当に心の底では思っているとしても、日本人が日本人としての礼儀を忘れて高飛車に振舞えば、それは単なる優秀なビジネスマシ-ンであって、日本人ではないのです。日本人の心を忘れた日本人は日本人ではない・・・。何かおかしいですか?

礼儀と言うことばには愛が含まれているはずです。そして、愛とは自己愛ではなく、隣人愛と言う意味のはずです(同182)。

 

 

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271 顔が引き攣れば弁護士 19-06-2007(火)

 

  さて、二つ目の面白顔が引き攣るお話し(先週のコルムナ)。先週は筆者の元同僚の女性ガイドさんの知り合いの産婦人科医師の話しだったが、今週は彼女が最近知り合いの弁護士から聞いた末期ガン漫才の様な実話をご紹介しよう。

その弁護士の一番多い仕事が、何と親子間の金銭トラブル訴訟の調停だと言うのである。日本でも遺産相続で家族間で揉めることはあるだろうが、何とこの国では揉めるだけではなく、子供が親兄弟を法的に訴え、しかも、その数が尋常ではないそうである。筆者はこれを聞いて思わず二人の人を思い出した。

一人目はもう随分前に亡くなった知り合いのスペイン人のおじさん。ある時子供達への財産分与の話しになり、こう訊かれた。『マサキ、もうスペインに来て何年になる?』『(当時)8年位ですかね。』『そうか、そしたらもう分かっとるな。あのな~。この国じゃ金について親子はない!?』 このおじさんは別に預言者でも何でもなく、スペイン人が故にスペイン人を知る正直なおじさんだったのかも知れない。

もう一人、久方振りに思い出したのはコルムナ3に登場してくれた日本人のおばさん。あの時は書かなかったが、このおばさんの実家は結構裕福で、家族間で訴えはしなかったが、遺産相続家族会議では各自がそれぞれ弁護士を帯同して来たそうである。持てる者の悩みか!? いや、悩み事こそ弁護士に相談すべきだと本気で考えているのかも!? しかし、日本なら貧乏人のひがみでg家族同士が訴えるなんて、この銭ゲバども、てめ~ら人間じゃね~!!hと思うところだが、スペインではそれが当たり前になって来ているとは・・・。

自分の富に頼る者は倒れる。しかし、正しい者は若葉の様に芽を出す。-----或る昔の偉い人

と、こんなことを書いていると、三人目を思い出しました。スペイン人を初めヨ-ロッパ人はバカンスを一ヶ月取りますが、昔よく一緒に仕事をした観光バスの運ちゃんとバカンスの話しになった時、『マサキ、もうスペインに来て何年になる?』『(当時)15年位ちゃうか。』『そうか、それだけおってもお前はまだまだスペイン人のこと知らんな。え~か、わしらスペイン人が一回バカンスに行くと決めたらな~、借金しても何してもバカンスに行くのじゃ~!!』と気合を込めて言われました。確かに経済観念はありませんが、前後見境なく何でも徹底的に拘るスペイン人の国民性を良く表した逸話と言えます。ましてや金絡みなら前後見境世間体度外視で弁護士を雇って親兄弟まで訴えるのかも知れません。

先にバカンスで使い果たして金がないのも困りますが、時としてあっても困るのが金かも知れません。いや、金のせいにするのは卑怯です。金を溺愛する人間様の金銭欲が悪いのです。それにしても・・・、笑っている内はいいですが、顔が引き攣って若葉の様に毒牙を出すのでは困ります。来週は日本人ネタでもう一丁引き攣りましょう!?

 

 

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270 人間様も羊か 12-06-2007(火)

 

先週一年振りに昔の観光ガイド仲間が尋ねて来てくれた。他の市に住むベテラン日本人女性ガイドさんである。面白不気味な話しを聞いたのでご紹介したい。

ここスペインでも日本同様髪を染めたがる虚栄心の強い女性が多いご時勢であるが、彼女の知り合いの産婦人科の先生の話しに拠ると、不思議なことに今日羊水の色が母親の染めた髪の色と同じになっていると言うのである。つまり、金髪に染めた母親なら金色、茶髪なら茶色の羊水に浮かぶ胎児・・・。こうなると不思議と言うより不気味である。今週はこの半ばオカルト現象についてコルムナしてみたくなった。

まず、今日人間の常識や知識で説明出来ない現象の大半はオカルトと呼んでもいいかも知れない。それは時としてg癒し系hなどと呼ばれさえするものもある。中には確かに真に心が和む様な現象もあるかも知れないが、大半は何か嫌な予感のする場合がほとんどだと筆者は直感する。そして、この場合も例外ではないと直感するが、読者は一体どんな第一印象を持ったことだろう? 以下は筆者の直感に基く意見である。

人の総ての言動は舌でもなく、手足でもなく、その頭から命令が成された故の結果である。例えば、頭がプッチンしたからドスを抜くのであって、頭がまともな人の手が勝手に急にキレて人を刺すと言うことはあり得ない。そして、頭の中身が人体で一番外側に表れるのは人相である。或いはg目は口ほどに物を言いh、これも人相の延長と言ってもいいだろう。しかし、今日頭の中身は人相のみならず、あからさまに髪型にも表れると言っても良い。人相の場合は、少し洞察力のある人ならいい人か悪い人か見抜けるかも知れないが、髪型の場合は、今日まともな人まで髪形がおかしくなっているので見分けは困難である。そこで、このコルムナの読者を含めて世の大半の人はg人間がまともならいいじゃないですか。髪型なんて大した問題じゃない。各自の自由を尊重すればいいんですよhと気にも留めないことだろう。しかし、母親の染めた髪の色と同じ色の羊水に浮かぶ胎児・・・。これがまともなことだろうか・・・。

総てのことが私には許されたことです。しかし、総てが益になる訳ではありません。私には総てのことが許されています。しかし、私はどんなことにも支配されはしません。-----或る昔の偉い人

黒髪の日本人が銀バエの如く髪を染めて悦に入る。やはり、これはまともではありません。自然の摂理を踏み躙って喜ぶ自然の摂理に対する背徳行為です。手足ではなく頭がその実体である人間様の頭がおかしくなれば、まず髪形がおかしくなる。筆者はこの21世紀の人間の堕落の方程式をはっきり直感します。そして、更に怖いのは人間様の堕落は親から子へ遺伝して行くと言うことです。まるで酒粕に漬かった奈良漬の瓜の如く、金色の羊水に浮かぶ胎児の様に・・・。あ~怖!?

しかし、仮に筆者のこのコルムナが朝日新聞全国版に載ったとしても、世の多くの人は、その愚かさの羊水にどっぷり漬かって酔っているが故に一笑に付して気にも留めないことでしょう。迷いもなく自らの胎児より自らの虚栄を優先させることでしょう。筆者は別に筆者の意見を万民に知らしめたいとは思いませんが、しかし、それは非常に残念なことです。

この女性ガイドさんからはもう二つ面白い話しを聞きました。来週再来週とコルムナしましょう。

 

 

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269 へつらえば万国共通二心 05-06-2007(火)

 

先週、去年日本に旅行に行った知り合いのスペイン人中年夫婦に会った。何とビジネスクラスで二人で百万円位使ったとのこと。いくらユ-ロ高とは言え、これはかなりの出費である。特別金持ちとも思えないのだが、良く話しを聞くと、奥さんがデカ過ぎてエコノミ-クラスの座席ではキツイからだとか!? 何せ背丈は日本人と変わらないが、横にぶよぶよ脂肪遊戯しているジュニアヘビ-&ヘビ-級がスペインのおばさんの標準体型なのだから、日本では関取かレスラ-でもない限り、誰も思い付きもしない発想である。これはスペイン旅行業界において海外旅行が伸び悩む意外な盲点かも知れない。

そう言えば、二年前やはり日本に行ったもう一組のスペイン人中年夫婦を思い出した。もう数回日本に行っているのだが、二ヶ月ほど前に旦那に会った。前回の日本滞在で、どこの都市だったかは忘れたが、ある店で奥さんのアクセサリ-を捜していたところ、いいのがあったが、結局買わずに店を出ようとしたところ、店員が駆け寄って来ていくらなら買うかと交渉して来たとのこと。何度かの日本滞在でもこんなことは初めてだったと驚いたそうである。筆者もこの話しを聞いて、正直、第三世界みたいなみっともないことは辞めて欲しいと思ったのが第一印象だった。

人は互いに嘘を話し、へつらいの唇と二心で話す。-----或る昔の偉い人

話しは変わりますが、筆者の知り合いが大阪で楽器店を経営しています。その人(自身は大阪出身ではない)の言うには、大阪人はやっと商談がまとまったと思ったら最後に『ほんで、何ぼになりまんねん?』と来るのだそうです!? また、以前関東のあるギタ-屋さんに行った人の話しですが、『これは~円で結構です』と向こうからいきなり値札以下の値段を言って来たそうです。最初から高い値札を付けておいて、いかにも値引きした様に思わせるための口の業なのですが・・・。確かに複雑な資本主義社会で今日売り上げを上げるのは大変なことです。それは筆者も日々身に沁みることではありますが、おかしな駆け引きなしで売れても売れなくても良しとする正札商売こそ理想です。

甲子園の選手宣誓が『~スポーツマンシップに則り~』なら、ビジネスもフェア-プレ-の精神こそ基盤であるべきです。売る方も買う方も、猫騙しで蹴たぐりなど上位陣の相撲には似合いません。

ビジネスとは金儲け。単純にそう思っている人ほど自らの人としての尊厳を切り売りしてはいないでしょうか。ビジネスとは金ではなく人です。

 

 

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268 公約踏み倒して再選 29-05-2007(火)

 

一昨日のグラナダ市長選は接戦となったが、下馬評通り民衆党(PP)の現市長が再選。スペイン全般でも3年前の列車テロで大打撃を受けた民衆党が社会党(PSOE)に対して持ち直して来た感が強い投票結果となった。

ところで、久々の二期連続市長となる今回当選した民衆党のグラナダ市長の4年前の公約は何と地元グラナダ市への万博誘致だったが(コルムナ57)、この話しは当選の暁には立ち消えとなった!? どうもスペイン人は都合の悪いことは迷わず忘却の彼方に葬る傾向が強い。騙された市民も万博はどうしたとも一言も言わないし、明らかな公約不履行なのだから、こうした選挙の時こそ公然と嘘吐き呼ばわりして自らの陣営を有利に導くには格好の材料のはずの社会党の対立候補もそれをしないどころか、やはり、すっかり忘れてしまっている。

今回もまた両陣営共交通渋滞緩和工事や公園の充実など社会事業関係の公約垂れ流しに終始したが、余り説得力はない。政治家が信用不足の故に説得力がないのは日本も同じこと。しかし、中には使命感を持って世のため人のためと頑張っている政治家も少なくはないはずである。それではどうして世の中ここまでおかしくなって来たのだろう。今年もまたおかしな事件が頻発しているのは日本もスペインも全く同じなのである。

小さな事に忠実な人は大きな事にも忠実であり、小さな事に不忠実な人は大きな事にも不忠実です。-----或る昔の偉い人

それはあたかも胃ガンで口が臭い患者に、どこかの歯医者さんが口臭ならお任せと看板を掲げて公約する様なものかも知れません。ま、確かに歯医者さんの勧める歯磨きで毎日何度も歯を磨いていれば口臭はその都度緩和されるでしょうが、何ら根本治療にはなっていません。ガンは進行するばかりです。昔一世を風靡したどこかのトイレ消臭剤の宣伝の『クサイ臭いは元から絶たなきゃダメ』なのです。筆者はこの文句と人間の身勝手さをズバリ言及したバカボンのパパの『賛成の反対なのだ』こそ昭和の名言ではないかと思います。

結局国とは政治や国体ではなく国民の質です。政治家の仕事は確かにマクロな社会事業であって、ミクロな国民一人一人の世話ではありません。しかし、国民一人一人の質が落ちていることが様々な社会問題の元凶だと言う認識のない政治家は、頭の切れるエリ-トでしょうが、知恵があるとは言えません。

では我々国民一人一人はどうすればいいのでしょう? 公約して守らない政治家から反面教師で学ぶとすれば、まず日々の小さな約束に対して忠実であることです。政治家ではなく我々一人一人がです。不忠実であればガンは進行します。今日青少年の凶悪犯罪が激増しているのは、細胞が若いが故にガンの進行が速いからです。

 

 

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267 未熟児にチェロ 22-05-2007(火)

 

ロクでもない事件ばかりの今日この頃。先週土曜日の地元新聞に珍しく人様のお役に立つ記事が紹介された。前日の金曜日、グラナダ市内の国立小児科病院で未熟児のストレス解消のためクラシック音楽の奏者が招かれ生演奏した。これは一過性のイベントではなく、この病院に勤務する3人の看護婦の発案に拠る未熟児のストレスに対する新たな治療法として今回病院が取り入れた、訳せばgクラシック音楽テラピ-hであり、これに対する未熟児の様々な反応などデ-タに取り、更に研究が推し進められるとのことである。

それなら高尚なクラシック音楽が一番とは一概に言わない方がいいのかも知れないが、筆者としては大賛成である。しかし、テラピ-になり得る音楽があるとすれば、逆に健康を害する音楽もあるはずである、と言えば読者には意外だろうか? これが今週のテ-マである。

誰でもg巨人の星hやgアルプスの少女ハイジhは優良テレビ漫画で、赤軍派やイスラム原理主義は危険思想だと言うこと位分かるはず。それなら、聴いてためになる音楽もあれば、精神障害を併発する音楽もどきもあることについても疑いの余地はない。

医者を必要とするのは丈夫な者ではなく病人です。-----或る昔の偉い人

今日、単なる趣味の悪さを超越した音楽とは名ばかりの猛毒音楽が世界中に溢れています。おまけにそれらが世界中で加速度的に蔓延し、特に子供や若者に持て囃され、全うな文化として市民権を得てしまっているのですから始末に終えません。読者は今週筆者が一体何のことを言っているのか想像出来ますか、それともチンプンカンプンでしょうか?

風は目に見えなくても波が立つことに拠って風の存在は明らかです。同様に、今日危険思想で洗脳されて一線を越えてしまったおかしな犯罪や出来事で毎日の新聞やニュ-スは事欠かないご時勢を目の当たりにすれば、それは目には見えないが、一線を越える様に洗脳する何か闇の力があると言うことです。それは時には危険思想でしょうが、アメリカ帝国主義だ共産革命だと北朝鮮の日本語短波放送みたいなことを言ったところで飽食世代の若者や子供に説得力はありません。むしろ、外見は砂糖で塗り固めた猛毒キャンディ-の如き音楽の方が子供や若者向けの罠としては遥かに有効です。

三つ子に魂百まで。幼少期から猛毒音楽に慣れ親しんで来た現代の青少年世代は末恐ろしい限りです。残念ながら、時の経過と共に川は否応なくより濁った下流に差し掛かる様に、今後日本もスペインもそれにふさわしい世相になって行くことは避けられません。もちろん、これは一概に音楽だけのせいではありませんが、ふと我に返って上流を目指さなければ今日濁流に押し流されて社会の藻くずとなるのはいとも簡単なことです。

それにしても未熟児にクラシック音楽。真に高尚な発想です。筆者は大賛成です。ただ、欲を言えば母親の胎にいる頃から聴かせればもっと効果があると思います。

 

 

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266 地方選挙戦スタ-ト 15-05-2007(火)

 

先週木曜日スペイン全国統一地方選挙が告示された。投票日は今月27日。3年前のマドリ-列車テロ直後の総選挙で棚ぼたで第一党となった社会党(PSOE)と、列車テロさえなければ3期連続政権を握るはずだった現在野党第一党民衆党(PP)が各地で一騎打ちの様相を呈している(コルムナ101102103)。仮に一位通過でも、二位以下が連立して過半数となり市長を擁立する図式は他のヨ-ロッパ諸国と同じ。また、今回の結果は来年に控えた4年に一度の総選挙の前哨戦でもあり、双方早くもお互いのけなし合いに気合が入っている。

そもそもスペイン各地の政治勢力分布図は比較的豊かな地方が民衆党、貧しい地方が社会党と昔から相場は決まっている。スペインで一番貧しいスペイン南部アンダルシア地方も地方全体としては社会党政権で社会党の大臣がいる。各地の市町村長も社会党が多いが、筆者の住んでいる今のグラナダ市長は民衆党である。ただ、このところ市長は民衆党⇔社会党とまるで4年毎に交換条約でもあるかの如く交代している激戦区でもある。

これは弱者の味方を演じる社会党の方が助成金に甘いが故の傾向だが、要するに現金な連中が多いのである。本当に困っている人々のために使うのが税金の本筋だと筆者は思っているが、自分から仕事を辞めて失業保険をもらわなければ損だと心から思い込んでいる思考回路の人間が多いのがスペインとイタリアであり、お互い特に南部がそうである。ところが、こう言う連中が選挙権を持っているのだから、結局いくら出すか、いくらもらえるかが投票用紙に現金に反映される。そう言えばロ-マに長年住んでいた知り合いのお爺さんに拠ればgロ-マはイタリアの腹hと言わているらしい。つまり、北が働いて南が食べる!? ま、スペインも極めて似たり寄ったりだと言って良い。そう言えば選挙戦の初日、あるお婆さんが社会党のグラナダ市長候補にg投票したら何をくれる?hと臆面もなく聞いていた記事が載っていた。候補は笑って答えなかったそうだが、三つ子の魂百まで(同265)。とんでもない強欲婆さんだ。しかし、日本人も人事ではない。gうちの子お宅の野球部に入れたら何ぼくれまんねん?h。

人間が変わらなければ社会は変わらない。-----或る昔の偉い人

筆者は選挙になるとその昔J.F.ケネディ大統領の『国民の諸君、国があなたに何をするかではなく、あなたが国に何をするかを考えて欲しい』と言う就任演説を思い出します。アメリカは確かに国としてはいけ好かないのですが、こう言う発想の人間が多い国ほど先進国だと言えます。つまり、単に技術や金の有る無しではなく、国民の質がその社会を決定します。

そう考えれば、引き篭り、ニ-ト、プ-タロ-、若年寄、海外逃避留学(同6684258)、万年契約社員・・・。もっと増えて来れば日本でも社会党が伸びそうです。

しかし、誠実でさえあれば何党だろうが、誰が市長だろうが大した問題ではありません。治める方も市民の側も人間味さえあれば政治形態や公共事業や経済的テコ入れがどうこうなど総ては二義的なことです。他人を、そして、国家のことを考える人間が多く興されるほど社会は自然に良くなって来るからです。これは確かなことです。しかし、今日の人間の質の著しい低下を目の当たりにすれば、今後社会はますます朱に交わってどす黒くなって行くこともまた、残念ながら確かなことです。そして、この二つの確かさの間で我々は一体どちらの確かさに迎合するかが日本を左右する大問題です。何故なら我々日本人一人一人が日本だからです。

とは言え、何か崇高で遠大なビジョンや立派な人間になるための一大決心は必ずしも必要ありません。ほんの僅かな、しかし、真実の隣人愛を持つだけで十分かも知れません。真実なら必ずいつか行いの実となって表れるでしょうから。

 

 

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265 モロッコ人の生々しい証言、日本人も!? 08-05-2007(火)

 

筆者はほぼ毎日21時過ぎ、日本人旅行者をフラメンコ会場に送るのが日課になっている様な生活である。各送迎バスにはそれぞれガイドが付く。先日は顔見知りのマリアンと言う女の子がやって来た。その日は彼女だけ先にミ-ティングポイントにやって来て、バスが来るまでの待ち時間何気なく立ち話しをしていた。そうすると彼女が何気なく『来週テトゥアンの実家に帰って来る』と言ったので驚いた。テトゥアン(Tetuan)とはモロッコの都市。筆者は何年間もてっきりスペイン人だと思い込んでいたが、色白の顔立ちからもまさかモロッコ人とは思ってもみなかった。因みにスペイン語、英語、フランス語はペラペラ。当然アラビア語も、だろう。それにしても、その日はまた、ごく普通のスペイン人の年頃の女の子の様に、イスラム過激派に西洋かぶれだと殺されそうなミニスカ-トだった。その格好でモロッコの街は歩けるのかとは訊かなかったが・・・。

その代わりスペイン人とモロッコ人の比較についてズバリ訊いてみた。モロッコ人の方がスペイン人より遥かに嘘が多く、警官も腐敗しており、向こうから賄賂を要求するなど常識、などなど。スペインの方が住み易いとのこと。これでもか、と筆者は訊き返さなかったが、当のモロッコ人がこう言うのだから、読者の皆さんも筆者のコルムナが誇張でも何でもないことがお分かりいただけると思う(コルムナ260)。いや、書き足らなさ過ぎる位なのである。

そして、もう一人、先日時期を同じくしてやって来たモロッコ駐在の日本企業に勤める日本人女性の生々しい証言をご紹介する。モロッコ人は日本人女性と見れば50mおきにプロポ-ズし、何とそのまま結婚するおめでたい連中が相当数住んでいるとのこと。日本語で『貴女は私の妹よりも綺麗』と言い寄って来る奴もいるとか。当然それを教えたバカな日本人がいるのだろう。そして、結婚手続きに行くと、現地の日本大使館の人が何とか思い留まる様必死に説得するそうである!? これには久し振りに笑わせてもらった。

ところが、こうして軽薄に結婚した日本人女性の多くは日本に出稼ぎに行っているとのこと。モロッコは貧しい国だからそうかと思うところだが、旦那には頭から仕事をする気がなく、日本人女性を騙して結婚して、日本で働かせてVISAに入金させ、本人は左団扇なのである。もちろん、帰って来る様にまず子供を作る。その間イスラム教だから、あと3人の奥さんがいれば事欠かない。結局は金蔓に利用するための計画的な知能犯なのである。こうして上手く働かずに暮らしている知り合いを見れば、我も我もと日本人女性に言い寄るモロッコ人が後を絶たないはずである。

義を蒔く者は確かな賃金を得る。-----或る昔の偉い人

読者もパスポ-トを持っていれば見て下さい。2ペ-ジに『日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する』と書いてあります。なるほど、モッロコの日本大使館員はこれらの哀れな同胞の女性を毒牙から守ろうとその職務を遂行している訳ですね。ただ、当の本人達が飛んで火に入ってキャッキャッと喜んでいるのですから手の施し様がありません。

三つ子の魂百まで。モロッコ人は働くことが何か知らない連中が多過ぎます。モロッコに限らず、世界の第三世界に行けばどこでも昼間から街に人があぶれているのはそのためです。仕事をする気が最初からない連中が多いので仕事のない社会となる悪循環が第三世界の構図とも言えます。当然手より口の業が立つ様になります。観光地のモロッコ人は小さい頃から外人を騙しているので子供から大人まで皆英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語がペラペラです。ただ、これだけの語学力を金城鉄壁に私利私欲のためだけに使っているから、いつまで経っても国は第三世界なのです。

これに喜んでコロッと騙される軽薄な日本人女性はもっと最悪です。今世界中の第三世界でコロッと結婚してしまう日本人女性が後を経たないそうです。しかし、三つ子の頃から深さとは何か教えられていなければ、その考えや行動、結婚までも総てに於いて軽薄になるのもまた確かに負の真実です。結局何のことはない、第三世界人間同士が見事に類は友を呼び合う方程式にハマッているだけの話しではありませんか。

当面は巧く立ち回って面白おかしくせしめたつもりが貧しさに至る・・・。多くの人の人生はこんなものかも知れません。それは確かな賃金ではなかったから貧しくなるのです。

今日これだけ多くの日本人が海外に行く時代、軽薄に行くのなら却って日本から出ないのもまた人生の一つの選択肢です。いえ、海外に出ようが出まいが、国際結婚だろうが国内結婚だろうが、肝心なことは地に足を付けて義を蒔くことです。そうすれば確かな賃金は確かに付いて来ます。

 

 

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264 浦島太郎の日本漫遊記(2) 01-05-2007(火)

 

物価以外で今回の帰国中つくづく思ったことは(先週のコルムナ)、日本人は良くも悪くも一歩引く民族であり、スペイン人は良くも悪くも一歩前に出る民族だと言うことである。本音を口篭り、建前で体裁を繕う日本人、そして、本音をズケズケ前面に押し出すスペイン人!? とにかく、人々の話し声、車の騒音、テレビの音(同42)、救急車のサイレンまで(同127)、どこに行っても日本の方が遥かに静かで、スペインの方が遥かにうるさい。また、自己主張の強い国民性を反映してスペイン人は地声のでかい人が多い。普通の話し声でも鼓膜にガンガン響いて来る。本気で声楽をやれば歌手になれそうな人が山ほどいる。

従って、どうしてもでしゃばりのスペイン人の方が控えめな日本人よりも悪事に関しては目立つ。車内や店内でのマナ-など、どう贔屓目に見ても日本人の方が遥かに優れている。公平な第三者が採点でもすれば、確かに一般論としてはこう言う結果になると思う。

しかし、両国共毎日の新聞やニュ-スは強盗、殺人、少年犯罪、詐欺、汚職、虐め、虐待などで満ち満ちている。見事に全く同じ社会悪の世相だと言っても良い。ただ、日本人の場合、その一歩引く国民性の故に、その悪さが一見目立ち難いと言うだけなのである。

目立ち難いと言えば、日本の代表的なものは何と言ってもむっつりだろう。正に一歩引いている。逆に、考えもせず一歩前に出るスペイン人にむっつりはいない。思い立ったら吉日と言うおめでたい連中が大半である。これは湿気大国日本と何を買っても乾燥剤の入っていない極度に乾燥したスペインの気候の反映でもある。一国の気候はその国民性、食文化、そして、楽器作りを決定付けると筆者思う。

誰でも自分を高くする者は低くされ、自分を低くするものは高くされます。-----或る昔の偉い人

民族によって国民性や習慣が違うのは当たり前。しかし、人間の基本的な否定的側面に国境は無く、今日それが世界中で加速度的にどす黒くなっているのもまた万国共通です。それ故、ニュ-スや事件がどの国でも同じなのです。ですから、日本に居ても、留学で逃げて行っても(同6684)、海外で老後を過ごしても(同49)、自らと周囲の人間の負の法則から逃れられずに苛まれるのは多かれ少なかれ同じことなのです。

そして、人間の質が病気になれば、それに比例して言語障害を起すのもまた民族の違いを問わない様です。ある意味今回の帰国で一番印象に残ったのが、どこかの街で聞いた次の一句。『ねえ、見て見て。やば~い。これ可愛くない!?』ど~言う日本語だ!?

もう一つ、これも印象に残りました。最後の関空での待ち時間。ある売店に忍者の黒装束がありました!? アホな外人が、これこそ日本的なお土産だと買って行くのでしょう。

それにしても忍者、忍ぶ者・・・。正に一歩引いた日本的なネ-ミングですね。それでも、性急な信長ではなく、忍んで忍んで最後に天下を取ったのは家康だったところに歴史の真実と教訓があるのかも知れません。忍んで忍んで、そのまま泣かず飛ばずならどうかとは思いますが・・・。

 

 

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263 浦島太郎の日本漫遊記(1) 23-04-2007(火)

 

2回戦敗退(先週のコルムナ)。そして、各自おのおのの山河に帰って行く。こう言う場合、筆者はやはりこのことばが真っ先に思い浮かぶ(同1314)。

その足でその夜帰省した筆者は翌日夕暮れ時、春休み中の母校に行ってみた。何と野球部は既に練習再開。すぐに戻るべき山河に戻るとはさすがである。やはり、ふと我に返って戻るべき山河が明確でない人は砂漠で迷った当ての無い旅人かも知れない。さて、甲子園の話しはここまでにして、後はしばらく今回の日本滞在の感想などコルムナしてみたい。

こう言うと日本に居る日本人の皆さんには語弊があるかも知れないが、今回帰国中どこに行っても、何を買っても、日本は何でも安いと感じざるを得なかった。2002年ユーロ導入時10000円=84ユ-ロのレ-トも、2007年4月末現在10000円=62ユ-ロ。しかも、この間こちらの物価はユ-ロバブルでどんどん上がる一方なのだから、これは物凄い円安ユ-ロ高である。例えばスペインでは今現在日替わり定食はどんなに安くても8ユ-ロ(1300円)が相場。その他着る物履く物、ほとんどの物は日本の方が遥かに安い。

もっとも、だからと言ってスペイン庶民が金を持っている訳でも何でもない世相を反映して、数年前からスペインでは全国津々浦々どこに行っても量販店が幅を利かせている。と思いきや、今回うちの田舎まで郊外に全く同じ発想の量販店が出来ていたのには驚いた。聞けば日本全国同じ傾向にあると言う。確かに驚くほど安い。しかも、大駐車場完備で、市内の商店街は錆びれる一方だと言う。これもスペインと全く同じ傾向である。違うとすれば、それは安かろう悪かろうのスペインの商品と違い、さすがに日本市場向けだけあって、皆物はしっかりしている。何か日本経済が根底から再編成されている様な感じさえ受けた。

ところで、根底とは何だろう? 頂上の反対である。筆者は経済学はさっぱり分からないが、これからの日本とスペインの経済の推移を占ってみよう。と言っても、難しく考えると頭が痛くなるので、ごく簡単に考えてみよう。

あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は皆に仕える者になりなさい。-----或る昔の偉い人

物価も人の高慢も、世の中に永久に上がり続けるものは何一つ無く、必ず天井を衝いて下降する運命にあると言うことです。これは重力の法則と同じで自然の摂理です。『そんなもんあるか!!』と言って天にツバを吐けばやがて自らの顔に落ちて来る様に、摂理とは逆らって痛い目をしてから分かるものではなく、『はい、そうでございます』と素直に従うべきものです。

ところが、欲の摂理が人間様の摂理なのですから始末が悪い。頂上付近がバブって弾ける頃には、その前兆として根底で百円ショップが雨後の竹の子の如く芽を出し、後は安売りで自分達だけ儲かりゃいいと言う中国人の思う壺!? 現在スペインでは何処に行っても中国人が直接安売りの店を経営しているのがむしろ普通です。これが強いて言えば日本との違いと言えますが・・・。結局物価が上がっては下がり、バブっては地に落ちるのが資本主義社会の大きな流れと言えるのでしょうね、おそらく。これを見抜けなければこの大きな流れに押し流されて、最期は海の藻くずか滝壺に逆落としが自然の摂理だとしたら大変です。

それにしても、いくら薄利多売時代とは言え、あれで利益を上げるのは大変だろうと思いました。いっそのこと、世界中の国が一致団結して金銭を廃止して、総て無料にして総てを分かち合えばいいのにと筆者は思いますが、仕えたいと思う気持ちが根底に無ければ、真共産主義もボランティア(同261)も結局は口先だけの美辞麗句になってしまいます。

今日資本主義社会と言う巨大な砂漠のど真ん中で迷っているのは日本人もスペイン人も同じこと。同じく迷子に道を聞いても余計に迷うだけかも。こう言う時こそ自然の摂理に従って、空の星を見上げれば人生の方向性を誤ることはありません。それはg私がしなければならない、私が欲しい、私が、私が、せいぜい、私と私の家族がhではなく、仕える心かも知れません。もちろん、金銭は大切です。真面目に稼ぐべきことは言うまでもありません。

 

 

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262 浦島太郎の甲子園日記(2) 17-04-2007(火)

 

一回戦勝利の後、30年前と同じく母校の名前の入ったペナントを買うため売店を覗いてみた。なるほど、高校野球はボランティアだが(先週のコルムナ)、球場を経営する阪神は利潤追求とは言わないまでも、企業として運営費など捻出しなければならないのは当然のこと。それにしても、日本人はどこに行っても饅頭や煎餅にしたがるものだが、甲子園饅頭と甲子園煎餅には参った。思わずお土産に甲子園饅頭を買ってしまった。

二回戦は相手が上だった。いくら一週間後に優勝したチ-ムとは言え、あそこまでやられたら却って諦めも付く。

さて、時が経っていない様で、さすがに時が経ったと思わされたのは筆者の目の前にいた母校のチアガ-ルが化粧して髪を染めていたこと。チアガ-ルと言うよりキャバレ-の新人の様だった。ケバい。おまけに、筆者の時代には負け試合の後、女生徒達は皆泣いていたものだが、涙一つ流さず、実にさばさばした表情で後片付け!?

高校野球と甲子園大会の本質は変わらなくても、校則は変わるのか!? 筆者が在校当時も髪を染めてはいけないと言う校則はなかったはずだが、それはまさか高校生が髪を染めて、ミニスカ-トなどと言うこと自体が校則を創る側の想像の範疇になかったからである。仮にあの当時そんなことをすれば、校則には書いてなくとも職員室に呼び出されて厳重注意、聞かなければ退学は間違いなし。もっとも、あの時代はどんなワルでも、まさか高校生のくせに髪を染め様と言う発想さえなかったはずである。

実際筆者の高校時代には男子生徒は髪の毛が学生服のカラ-に掛かっただけで先生達はうるさかったものだが、当時この様な厳しい(が当時としては全く普通の)30歳前後の先生がいたとしよう。そして、30年経った今、もうじき定年の60歳前後の現役の高校教師だとすれば、この先生は今日の高校生の服装の乱れに対して、教育者として30年前と同じ反応をしているのだろうか? 同じでなければそれは見て見ぬ振りであり、ある種の偽善である。

すべての人は草、その栄光はみな野の花の様だ。-----或る昔の偉い人

確かに時代と共に風俗習慣は変わって行くものでしょう。50年前と今と道行く人々の服装が違うのは当たり前です。しかし、30年経って校則と校則を取り巻く人々のモラルは変わっても、高校野球のボランティアの本質と日本人が黒髪であることは変わりません。同様に学生が何たるかと言う本質も変わるべきではありませんし、日本語からg黒山の人だかりhと言う表現がなくなることは日本国家の損失なのです。

もっとも、甲子園では筆者の予想外に変わっていないものも発見しました。34年前ブラスバンドで甲子園で5試合応援した経験を持つ筆者はこの点には敏感なのですが、各校共筆者の知らない最近の曲をアレンジした応援が多いかと思っていたら、g暴れん坊将軍hなどまだ新しい方で、筆者が高校の時のテレビアニメ g宇宙戦艦ヤマトhにgキュ-ティ-ハニ-h、中学生の時のg海のトリトンh、そして、小学4年の時のg魔法使いサリ-hの主題歌が応援歌となって甲子園で聞けるとはまさか思いませんでした。

時代と共に変わる価値観は総て相対的価値観です。紀元前の不朽の名作は21世紀になっても不朽の名作でしょう。相対的ではなく、絶対的価値観にしがみ付いていなければ流されます。それでなくとも総ての人は草、その栄光はみな野の花の様なのですから。

 

 

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 261 浦島太郎の甲子園日記(1) 10-04-2007(火)

 

実は筆者は選抜高校野球甲子園大会で母校の応援のため、先週先々週と帰国していました。バンビ坂本以来ですから、実に30年(正確には297ヶ月)振りの甲子園。今週来週再来週と帰国中の日本の感想などコルムナしてみましょう。

 

一回戦の前の晩は何故か運良く地元西宮市在住の友人宅に泊めてもらい、翌朝車で甲子園まで送ってもらった。球場横の高速道路が目に入ったので、阪神大震災の時はどうだったかと聞くと、そりゃもう滅茶苦茶だったとのこと。なるほど、それなら凄い復興振りだと感心しながら一塁側アルプススタンドへ。30年前の最後の試合もこちら側だったなあと思わず回想したが、当時と変わり映えのしない球場全景、母校の制服を着た応援団、そして、アルプススタンドから独特の角度で観る試合・・・。本当にあの頃にタイムスリップした様だった。

試合は先制したものの逆転されて押され気味。やっと8回裏2死から2点タイムリ-で逆転。思わず立ち上がった時の激しい腰の痛みでやっと30年の年月の経過を思い知らされた。それにしても、甲子園で聞く、いや、自ら歌う校歌は最高である。

それでも無意識の内にコルムナのネタを探していたのかも知れない。259後半で書いたボランティアのことが思い出され、g高校野球こそボランティアhだと試合を観ながら勝手に納得していた自分がいた。これは何かの比喩ではなく、高校野球はノ-ギャラだと言う単純明快な理屈抜きの理屈に過ぎない。

あなたの手に善を行う力がある時、求める者にそれを拒むな。-----或る昔の偉い人

これもまた単純明快な理屈抜きの理屈でしょうか? 高校野球はボランティアの球児達に、これまたボランティア精神で見返りを求めず応援していればいいだけのことですが、いざ我々が善に限らず、何らかの意味で我が身を惜しまなければならない時、それを求める者に快く拒まずにいられるでしょうか?

それにしても、フルカウントからのファールでは変わらないカウント、ホースプレ-にタッチプレ-、ボ-ルは見逃せばボ-ルだが、打ってファールならストライク・・・。こんな複雑繊細なル-ルの野球はスペインでは絶対に根付くことはないと試合を観戦しながら確信しました。ボ-ルをゴ-ルに蹴り込んで1点のサッカ-こそ単純明快そのものです。筆者は未だにオフサイドが何のことやら分かりませんが!?

 

 

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260 モロッコでショッカ-の怪人 03-04-2007(火)

 

スペイン南部まで来たからにはモロッコまで足を延ばそうと言う日本人旅行者は昔から少なくはない。これはモロッコに限ったことではないが、どこか第三世界の国に行った人の意見は『あんな面白い国はない。もう一回行きたい』か『誰がもう絶対行くか、馬鹿野郎!!』の激しく二つに分かれると思って良い。

まず、何を買おうにも値札が存在しない。客の顔と交渉次第で、同じ店で同じ物を買って、客に拠って値段が違うと言う人を食った様なことが起こる。日本人からすれば異次元空間ごっこだが、これは日常茶飯事で常識でさえある。もちろん、外人観光客など騙し放題。今モロッコでは、さすがに公共料金やス-パ-位は値段表示があるそうだが、それでも道端の売店で水一つ買うのにまた交渉。一々胃が疲れる。銀行員も外人と見ればレートやお釣りをちょろまかし、行く先々で自称ガイドが後から付いて来る。要らないと言っているのに、横で勝手にガイドを始めて、金をもらうまでは帰らない!? 写真を撮ればチップをせがむ!? カメラを構えれば走り寄って来てアングルに入ろうとする!? 日本の女の子と見れば辺り構わずプロポ-ズする!? とまあ、この程度なら厚かましさに閉口感覚を失うと言ったところだが、下手な鉄砲数打ちゃ当るで、遂にそのまま結婚してしまう日本人女性も少なくはないのだから、日本で余程嫌なことでもあったのかと聞きたくもなる。

それが最近は明らさまに悪質になっている。フェリ-でタンジ-ル(Tanger)からスペインに戻って来る際、税関でモロッコの警官が、日本人と見ると臆面もなく金を払わなきゃ通してやらないと言うことが結構あるらしい。皆一万円位は払わされている。特に最終便がそうである。それから、これは数年前の話しだが、税関でかばんを開けられてみると中に麻薬が入っており、見逃して欲しければ金を払え、でなければブタ箱行きだと言われ、約20万円払った人がセンタ-にやって来た。もちろん、麻薬入れ係と警官は最初からグルなのである。こうなると厚かましさ半分どころか、タチの悪いハイエナである。もっとも、モロッコ政府自体がサハラ砂漠で麻薬を栽培しているそうなので、これはもう体質と言ってもいい。 

問題はこの連中も、水を外人に高く売って20円余計にせしめて喜ぶちんけな奴も、嘘を吐いている自覚がないと言うことである。筆者はモロッコに行きたいと言う日本人旅行者には、モロッコ人はショッカ-の怪人みたいなものだから気をつけろと言うことにしている。ちなみに怪人の好物は羊の脳みそ料理!?  

人は天から与えられるのでなければ、何も受けることは出来ない。-----或る昔の偉い人

嘘を吐いている自覚がないと言えば、先週判決が出て控訴した妖怪株券小僧も同じことです。あれは罪の軽減のために自己弁護しているのではなく、本人は本当に悪いことをしでかした自覚がないのではないかと筆者には思えます。こう言うのを本当の嘘吐きと言います。つまり、しらを切っているのではなく、本当に無罪だと思い込んでいるのです。外人からむしりとって何の良心の咎めもない第三世界人間と同じです(コルムナ232)。

それはあたかも厚化粧の名人の筋金入りの阿婆擦れ女と同じです。鏡でその厚化粧を見て、遂にそれが地顔ではなく厚化粧であることを忘れ、遂に自らこそ世界一の美人だと本気で思い込み、他を見下すに至ります。これが嘘吐き名人大会です。嘘を吐いている自覚のある内はまだ参加資格はありません。そして、参加者は最後には何も受けることは出来ないご褒美をたんまりせしめるだけなのです。ショッカ-の怪人か!?

だからこそ、嘘を吐けば誰しも第三世界人間なのです。日本が第三世界化しているのも日本人の嘘が増えて来たからです(同228)。それと同時に日本にもショッカ-の怪人の仕業としか思えない様な悪事が増えて来ました。読者も戦闘員に勧誘されない様に注意して下さい。gキ-hとか言っても人生報われません。

人生突き詰めれば真実か嘘か、この二つに凝縮出来ます。これが真に受けるか受けないかの分かれ目です。嘘を吐いて何かを受けられる訳がないのです。

 

 

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259 搾り取れば携帯 27-03-2007(火)

 

話しは少し遡るが、今月一日からスペインのほとんどの携帯各社が一斉に料金を平均20%値上げした。それに対抗して、消費者団体はこの日一日携帯を使わない日として国民に呼びかけた。筆者は猫に鰹節、スペイン人に携帯だと思っているので、どこまで効果があったかは大いに疑問である。昔イタリア駐在の日本人に聞いた話しでは、イタリア人は乗り物から降りると、すぐに皆判で突いた様に携帯をかけ始めるそうであるが、スペイン人も同じである。

事の発端は、日本ではどうか知らないが、スペインの携帯各社の申し合わせたかの様な通話料金端数自動切り上げにある。例えば140秒話しても2分の計算なのである。これはやはり料金切り上げ式のスペインの駐車場(1時間40分でも2時間分請求)と同じく、この全く身勝手丸出しな料金体系に頭に来た消費者団体がこれを泥棒呼ばわりし、政府をも動かし、実際の通話時間分だけの料金改正に漕ぎ着け、その発効日もまた今月一日であった。つまり、この日に合わせて携帯各社は、これまた申し合わせたかの如く一斉に料金を平均20%値上げしたのある。結局、切り上げないことに拠る収入減を間髪入れず通話料金自体の値上げに拠って賄おうと言う、極めて高飛車なしっぺ返しを臆面もなく即座に消費者に食らわしたことになる。しかし、スペインとは不思議な国で、ここまでやられても談合とか闇カルテルとか一切騒がれることはない。

あなた方の間で偉くなりたいと思う者は皆に仕える者になりなさい。-----或る昔の偉い人

以前読んだ本の中に政治家は基本的にボランティアであるべきだと書いてあったのが思い出されて来ました。政治家に限らず、警察、弁護士、医師、教師、公務員など、半ば公共性を帯びた職種は皆ボランティアとは言わないまでも、仕える精神が根本になければならないはずです、電話会社も。それがただ単に利潤追求を追い求めればこう言う、仕えるどころか、消費者から搾り取ってやろうとも言うべき態度に豹変します。

しかし、仕えるとは・・・、確かに今日多くの人はアホくさ、としか思わないことばかも知れませんね。ただし、仕えずして偉くなろうとすることもまた、極度の愚かさかも知れません。

 

 

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258 恐怖の日本人留学生 20-03-2007(火)

 

先週イギリスに語学留学中の若い日本人女性がやって来た。二年位前からグラナダに格安直行便が飛んでいるので、それ以来この手の旅行者は珍しくも何ともないが、スペインは住み易いかどうか、確かそんな話題になった。これも良くある質問なので、筆者もいつも通り『世界中どこに住もうが、目的意識がなければ同じことですよ』と切り返した。『日本で仕事が嫌になって辞めて、現実逃避の名ばかりの留学をする日本人がこの頃多いんですよね』と振ってみると、あっさり、『私も正直そうです。二週間後には帰国して、また仕事探しです』とのこと。彼女の話しに拠るとロンドンはこんな日本人、特に若い女性がわんさかいるとか(コルムナ84)。

この女性は少しは良識的な物の話し方をしていたので、筆者は更に『ところで、そうした日本人女性の中にはイエロ-キャブもいるんじゃないの』と突っ込んでみた。『います、誰とでも寝る人が・・・』。更に『もし、私がどこかの会社の人事担当だったら、今日履歴書にどこそこ留学と書いてあったら、却って信用しないけど。むしろ、次はいつ辞めるのか聞きたい位だ』と言うと、『確かに、今日そう言う安易な留学をした人材を嫌う企業も出て来ているみたいですよ』とのこと。日本にもまだ人を見る目のある企業もあるのかとおかしな納得をするに至った。

自分の畑を耕す者は食糧に飽き足り、虚しいものを追い求める者は貧しさに飽きる。-----或る昔の偉い人

世界が狭くなった分だけ逃げ場と日本の恥も国際的になった様です、残念ながら。こうなれば今日、むしろ、日本から出ないことに価値観を求めるのも一つの生き方と言えます。要するに海外に出るのも、日本に残るのも、目的意識の問題です。目的意識がある人は自ずと畑を耕し食糧に飽き足り、目的意識がなければ、例え海外まで逃げ様が、やりたい放題やろうが、軽薄な国際結婚をし様が、自ずと虚しいものを追い求め貧しさに飽きるに至ります。日本では勝ち組、負け組みなることばがあるそうですが、その根本的な分かれ目はおよそこの目的意識の濃淡にあるのでしょう。

それにしても、人間とは皆例外なく多かれ少なかれ過ちを犯す愚かな存在には違いありませんが、日本の恥は日本国内だけでやって欲しいものです(同66)。例え治っても一生引き摺る大きな傷跡の残る傷の負い方もあるからです。

 

 

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257 借金してまでエステ死よう!? 13-03-2007(火)

 

最近同じバルセロ-ナの美容整形外科で立て続けに医療ミスで死亡事故が重なり、病院自体必要な許可などに落ち度はなかったそうだが、さすがに営業停止となった。

死亡した23歳の女性がニュース番組で取り上げられた。タイトルは《Morir por causa de la estetica:訳:エステ死!?》。スペインの中年のおばさんが怒涛の如く波打つ胴回りの脂肪を吸引するなら話しは分かるが、この女性は画面を通して見ても、どこを整形したいのかと思うほど中々の美人である。具体的にどこの部分の手術だったかは覚えていないが、番組に拠れば、鼻を高くしたり、胸にシリコンを埋め込んだり、脂肪除去など、今日ありとあらゆる美容整形がスペインでブームであり、その平均年齢は1820歳の女性だとか。日本で言えば女子高生や女子大生の女の子がそんな金を持っているべくもないが、ローンを組んで、借金してまでもやらなきゃ気が済まない連中が後を絶たないらしい。それほど今日のスペインでは美容整形が一大産業になってしまっているそうである。

筆者これを聞いて、去年日本語情報センタ-にやって来たある小学校の女性教師の話しを思い出さずにはいられなかった。ある母親が自分の娘をわざわざ韓国まで連れて行って美容整形したと言うのである。教育ママなら話しは分かるが、成長期真っ盛りの自分の娘をリカちゃん人形と間違えてここまでやるとは・・・。久々にこのことばを使うが、正に末期ガン漫才丸出しである(コルムナ39)。

一切のことを愛をもって行いなさい。-----或る昔の偉い人

自分とせいぜい自分の家族の外見だけを浅はかに愛した挙句の果てにエステ死!? いえ、死なないにしても、美容整形産業と信販会社に利益を奉ってまで満たさなければ腹の虫が収まらない女の虚栄心を満たして憂さ晴らししただけのこと。人は自己中に陥るほど内面ではなく外見重視、いや、人間性度外視で外見絶対視に至ることをこれらは尊大不遜に物語っています。背が高くて、ハンサムで、高給取りで、次男で・・・。これも同類項か!?

一切のことを隣人愛をもって行えばこんな筋金入りの愚行には至らないのでしょうが、一切のことを自己愛をもって行うから世の中はますます巨大な精神病院と化しているのです(同118159)。

 

 

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256 ペットボトルも情熱のスペイン 06-03-2007(火)

 

筆者は別に予言めいたことを言うつもりはなかったが、先々週のコルムナで書いたことが先週水曜日現実に起きてしまった(コルムナ254後半)。スペインプロサッカ-一部リ-グ、セビ-ジャ対ベティス戦。この両チームはアンダルシア地方最大の都市、同じセビ-ジャ市の伝統ある強豪チ-ムで、チ-ムもファン同士も伝統的に極めて仲が悪いことでも有名である。今回ベティスのホ-ムグラウンドの試合でも、有事に備えて事前に500人の警備隊員が配置されていたが、結局そんなものは何の役にも立たず、今回の事件となった。

後半57分、セビージャがシュ-トを決めて1-0となった直後、56000人の大観衆の中の一人がセビ-ジャベンチに向かって投げたペットボトルが監督の首筋を直撃。ペットボトルとは言え、2リットルの水の入った特大サイズ。これは効いたはずである。監督は気を失い、病院に直行で試合は即中止。一塁側三塁側ベンチに分かれている野球とは違い、サッカ-場は両チ-ムのベンチは隣同士。セビ-ジャベンチの後ろ辺りにいた、一点入れられて頭に血が上ったベティスファンが投げ込んだのは明らかである。それにしても2リットルなら2Kg!? さすがは情熱のスペインである(同150)。取り敢えず、ベティスにはホ-ムでの3試合没収と、両チ-ムに中立スタジアムで後半残りの無観客試合が言い渡されている。

誰も悪をもって悪に報いない様に気を付け、お互いの間で、また、総ての人に対していつも善を行う様務めなさい。-----或る昔の偉い人

2リットルのペットボトルをもって相手チ-ムのゴ-ルに報いる!? そう言えば以前、確かバルセロ-ナかどこかの試合でグランドに豚の頭が投げ込まれたこともあった!?

スポ-ツマンシップなきスポ-ツはスポ-ツにあらず。どんなに技量があろうが、本質を欠けば、酢加減の音痴な華僑の寿司(同71)、犬にも劣る人間(同110)と理屈は同じです。もし、スポ-ツマンシップ度外視の単なるスポ-ツの技量と勝敗とギャラだけがプロスポ-ツの価値観なら、それは青少年の教育には極めて悪いスポ-ツマンシップなきスポ-ツショ-に成り下がり、そこに群がるファンの質も、今回の様に類は友を呼ぶのは自然の成り行きです。

総ての人に対していつも善を行う精神さえ根底にあれば、プロスポ-ツに限らず、人生何をやっても必ず良い作品が生まれます。技量より度量とも言えるでしょう。

 

 

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255 不条理の酸いぶどう 27-02-2007(火)

 

先週水曜日NATO軍としてアフガニスタン駐留中のスペイン軍女性兵士が軍用救急車を運転中、対戦車地雷を踏み死亡した。小さい頃から兵隊さんになりたいと言っていた変り種だったらしいが、本人は夢を果たして有意義な人生だと周囲には言っていたらしい。しかし、いくら国の方針とは言え、訳の分からない外国でタリバン残党に23歳で殺されたのでは犬死である。ましてや結婚を間近に控え、両親にとっては一人娘だったことを思えば、先週金曜日の国葬も、名誉の戦死どころか不条理な死の印象は拭えない。

戦争と言えばスペインでも硫黄島の二部作が上映中だが、余りスペイン人にはピンと来ないらしい。数あるアメリカ映画の一つとしか捉えられていない様である。いや、ピンと来ないらしいと言う点では、この同胞の殉職女性兵士に対してさえ国民の大半はgあ、そうhとしか思っていないが如く世論の反応が鈍い様に思われるのは気のせいだろうか。

何故甘いぶどうのなるのを待ち望んだのに、酸いぶどうが出来たのか。-----或る昔の偉い人

過去戦争の度に非戦の誓いの様なことはいつの時代にもどこの国でも行われて来たことでしょう。その様な人間の即席改心と一時の感動で世の中が良くなるのなら、とっくの昔に良くなっているはずですが、21世紀になって人類はその性悪説をより一層不条理に証明する一方です。

農夫なら誰しも甘いぶどうの収穫を待ち望むでしょうが、今日世の中は酸いぶどうの如き悪しき実で満ち溢れています。戦争でこっ酷い目に遭って更正するほど人間の性根は性善説ではないのです。日本も戦後62年も経って太平ボケて酸いぶどう産出国になったとすれば、先人達に申し訳ない限りです。不条理な酸いぶどうを除かずして美しい日本はあり得ません。それなら、何故甘いぶどうのなるのを待ち望んだのに、酸いぶどうが出来たのか、ぶどうの実ではなくぶどうの根本から、人間の性根から考え直さなければ、今後甘いぶどうどころか、酸いぶどうだらけの不条理極まる社会になってしまうことは、預言者でなくても分かることです。

 

 

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254 7万円のプラチナチケット 20-02-2007(火)

 

世は春休み卒業旅行シ-ズン真っ盛り。そんな中先週やって来た、もう就職も決まった4回生の男子大学生。聞けば旅行目的は本日2/20マドリ-(マドリ-ド)でのヨ-ロッパサッカ-チャンピオンズリ-グの試合観戦だとか。今日この手のサッカ-ファンは珍しくないので、それだけなら何とも思わないところだが、日本のHISで手配してもらった、本人曰くプラチナチケットは7万円(約430ユ-ロ)と聞いてびっくり。原価は約100ユ-ロ。原価に平然と4倍以上掛けて痛まず動じもしない商魂にもびっくりしたが、それを本人は承知の上で買ったと聞いてまたびっくり。人生はびっくり箱だろうか?

筆者はサッカーに興味はないが、ヨ-ロッパのプロスポ-ツは、サッカ-にせよバスケットにせよ、チ-ムもファンも勝負と金だけが唯一の価値観だと映る。勝った負けただけで一喜一憂し、負ければ監督が叩かれ、ファンが暴動を起す。選手もプロなら当然だとばかりに年棒を吊り上げ、それが記事になればスポ-ツ紙も売れる。サッカ-スタジアムはまるで新興宗教の総本山の如く参拝客で賑わい、一夜にして何億の収入を得るペイパ-ビュ-のテレビ局はもちろん、参道には信者を当て込んだ出店やハイエナの様なダフ屋やスリや日本の旅行代理店まで、絞り取らなきゃ損だとばかりに群がる。と言う訳で、筆者はスペインの二大宗教はカトリックとサッカ-だと本当に思っている。宗教なら金に糸目は付けない訳である。

ところで、筆者は8年で大学卒業後、5ヶ月だけスペイン渡航の資金稼ぎにあるサ-ビス業で働いた。良く朝礼で『サ-ビス精神のない人にサ-ビス業は向かない』と言われたのを思い出すが、これは今に至るまで教訓として大いに参考にさせてもらっている。スペイン週間コルムナ流に拡大解釈すれば『サ-ビス業の本質はサ-ビスそのものではなく、サ-ビス精神である』。結局、サ-ビス業もスポ-ツも勉強も仕事も、人生におけるありとあらゆる物事は上辺ではなくその本質であり、本質とはそれに携わるg人hそのもの。時代や世相がどう変わろうが、携帯で総てを操作出来るご時世になろうが、筆者はこれ以外の結論には行き着かない。いつの時代も人として変わってはいけないものは変わってはいけないはずである。

しかし、高貴な人は高貴なことを計画し、高貴なことをいつもする。-----或る昔の偉い人

と言うことは、スポ-ツの本質は技や勝敗やギャラではなく、スポ-ツ精神です。一ヵ月後に始まる選抜高校野球の選手宣誓の決まり文句gスポーツマンシップhに則ることです。もし、高校球児達がヨ-ロッパプロサッカ-の真似をしたとしたら・・・。走って来たバッタ-にタックルする一塁手、二塁から三塁へ向かうランナ-の足を引っ掛けて倒すショ-ト、本塁突入を阻止するため走者のユニフォ-ムを掴んで、審判に見つかっても臆面もなくgオ-ノ-hととぼける三塁手、g審判どこ見とんねんhと汚い野次を飛ばすベンチ、グランドに物を投げ込むファン、そして、機動隊出動・・・!?

筆者は高校野球のテーマソング『栄冠は君に輝く』の一番の歌詞g~潔し~♪hが好きですが、4倍以上吹っかけた7万円チケットのどこが潔いのでしょうか? 金銭について潔く高貴であること・・・。難しいことですが、そうでなければ誰でも下衆なことをしでかすに至ります。

ただし、高貴なことを計画する人が高貴なのではなく、高貴な人だから高貴なことを計画し、高貴なことをいつもするのです。人は様々な計画や事業や業績ではなく、結局そのg人hそのもの。人を度外視した人生はびっくり箱にも成り得ます。そう言えばびっくりドアなんちゅうのもあったっけ!?

 

 

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 253 心からうるさいカ-ニバル 13-02-2007(火)

 

各市町村に拠って日にちは一定ではないが、2月中旬にもなるとスペイン中でカ-ニバルの季節がやって来る。まず、カ-ニバルについてはコルムナ97を参照していただきたい(↑)。

カディスは明後日15日から10日間カ-ニバルに入るが、もう一つ、スペインの二大カ-ニバルの一つ、カナリア諸島サンタ・クルス・デ・テネリッフェのカ-ニバルが今年は開催前からマスコミの注目を浴びている。その余りの総音に沿道の住民が訴訟を起し、裁判官がこれを認めて22時以降パレ-ドは音楽無しの判決を言い渡したのである。もちろん、他人の安眠など屁の河童の圧倒的大多数はgフランコ独裁の時代にさえ絶えなかったこの200年の伝統を消してもいいのか~hとか言って署名運動をしている最中である。

とまあ、そんなことはどうでもいい。何せ事の本質が天下御免肉欲無礼講カ-ニバルなのだから、要するに如何わしい仮面舞踏会を天下の公道で堂々とやる様なもの。無礼の判決も、結局は圧倒的大多数の肉欲の勢いで無礼講に押し切ることだろう。それを観光資源に儲ける市や関連産業も一蓮托生である。

さて、先週ある旅行者とそんな話しをしていると、その人の友人の中学校の先生のクラスに携帯を自由自在に操り売春している女生徒がいるそうである。親も先生も止められないとか・・・。野外で大っぴらにやらないだけで、これもまた実に立派な肉欲カ-ニバルである。

愚かさは子供の心に繋がれている。懲らしめの杖がこれを断ち切る。-----或る昔の偉い人

何年か前にこちらで読んだある有名日本人作家の本に『愚か者ほどカラオケのマイクと携帯を手放さない』と言うのがありました。言い当て妙ですね。

それにしても、中学生でもう一端の変態で色魔で子売春婦。読者はこの子が将来十何万円かの給料をもらうため、真面目にOLをやると思うでしょうか? 一体どんな主婦や母親になることでしょう(同186?

人は皆愚かな存在ですが、それに拍車をかければ人生は無礼講肉欲カ-ニバルです。この愚かさを断ち切る懲らしめの杖こそ美しい日本の秘訣です。しかも、それは幼少期、青少年期にこそどうしても大切なものなのです。 

 

 

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 252 大切なわが子 06-02-2007(火)

 

日本でも報道されたかどうか知らないが、先々週南スペイン大西洋岸・カディス出身の55歳の不妊の女性がアメリカで手術を受け、おまけに双子を出産した。お父さんとお母さんはこれとこれにする~とか、写真を見ながら、まるで食堂のメニュ-の如く選んだらしい。

どうしても母親になりたくてアメリカにまで渡った女の執念の如き報道だったが、先週の新聞によると、この種の手術は55歳までとの規定があり、この女性は、実際は10歳もサバを読んだ65歳だった。これを知ったアメリカの担当医の『騙された』とのインタビュ-も掲載された。もっとも、スペイン国内ではその嘘偽りには極めて甘い国民性の故に全く議論は起こっていない。日本ならどうだろう? 嘘をも厭わず母親になりたい女の執念か、それを公に非難する堅物なドクタ-か・・・。

『所詮他人事。それに、今更とやかく言うたかて、もう生まれたもんはしゃあないし、子供に罪はおまへん。まあ、母子共せいぜい幸せになっておくんなはれ。』ま、おそらく大半の日本人ならこんな答えが返って来るのではないだろうか。このおばさんは独身だそうだが・・・。

嘘は花は咲かせるが、実は成らせない。-----或る昔の偉い人

しかし、他人事ではなく、読者自身や家族や身近な人が当事者ならどう思うところでしょう? 一体どちらの、誰の肩を持てばいいのでしょう?

家族だから、友人だからと言うのが人情でしょうが、誰の肩でもなく、常に真実の肩を持てば迷いの雲は断ち切られます。誰かの肩を持つのはそれからでも遅くありません。もちろん、真実の刃で人に斬り付けてはいけませんが、嘘の大輪もまた必ず散って実を残さないことも、また逆説の真理であり、誰も逆らうことの出来ない摂理です。

嘘を交えた愛情、友情、人情、思いやり、人間関係、夫婦関係、親子関係、ビジネスに真実はありません。これは筆者の持論でもあります。思えば小さい頃から嘘も方便を教えてくれた人間の方が多かった様な環境だったと思います。また、スペインに来てからはそれに平然とゼロを二つ付けた様な連中の多さにカルチャ-ショックを受けました。しかし、大切なことは例え身近な人にでも嘘は嘘とはっきりと言える度胸があるかと言うことです。上の如き当たり障りのない応答は生活の知恵でも人情でも思いやりでもなく、嘘を大目に見ることです。

『嘘も方便』 思えばこれほど嘘吐きな人間様の身勝手な正義の方程式を端的に表した表現もありません・・・、と思っていたのですが、スペイン語ではこれを『敬虔な嘘』と言います。やっぱりゼロが二つ違いましたね!? 人は皆自らが可愛さに嘘を吐くものですが、本当に自分と家族や友人が可愛ければ、例え損をしても嘘は絶対に吐かないと決心することです、心から敬虔に!?

 

 

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251 判決より大切なもの 30-01-2007(火)

 

先週、二年前グラナダ市郊外で起きた近所の諍いでの拳銃発砲事件の判決が言い渡された。証言によると口論の末頭に来た容疑者が6発ぶっ放したとのことだが、通報を受けて駆けつけた警察が発見した薬莢(実弾ケ-ス)は一つだけ。容疑者はこれで威嚇しただけだとおもちゃのピストルを提出し、実際手や衣服に硝煙反応は検出されなかったそうである。そして、結局今回、証拠不十分で無罪放免お咎めなし。

筆者はこの話しを聞いて、以前読んだ紀元前のある国で起こった、一見風変わりなク-デタ-の記録記事を思い出した。はっきり数字は覚えていないが、有力な将軍か誰かが王位転覆を図り、王家の血筋を引く、確か70人を皆殺しにし様としたが、乳母が危機一髪連れて逃げた末の王子だけが難を逃れ、ク-デタ-は未遂に終わった。ところが、面白いことに、この末の王子が即位後、この将軍は69人ではなく、70人殺したと記録されていたのある。これが現代の裁判なら罪状書きは70人ではなく、実数で69人暗殺のはず。それが一人多い70人とは民主主義の精神に反すること甚だしい被告の人権蹂躙だろうか!?

力の限り見張ってあなたの心を見守れ。命の泉はここから湧く。-----或る昔の偉い人

誰かの手が勝手にドスを握って誰かを刺したと言うことはないのです。人のいかなる行動も、それはまずその心の中で生まれ、次に具体的な行動へと移ります。だから、行動の結果自体ではなく、その源泉となった心の態度こそが裁かれるべきであるとの律法に準じると、その時読んだ注解書には書いてありました。ですから、心の中で必ず70人皆殺しにするつもりだったのなら、実数が何人だろうが殺した者の数は70人なのです。

例えば、ある強盗が閉店前のス-パ-を襲おうと何日も前から綿密に計画を立て、当日勇んで行ってみたら何と定休日。アホくさ、と拍子抜けして帰って行ったとしましょう。この強盗は何の犯罪も犯しはしませんでしたが、定休日でなければ必ず強盗したことは間違いない故に、強盗をしたと見なす律法とでも言いましょうか。読者はこれを不公平だと思いますか?

法律や刑法や刑務所や弁護士や判決など、所詮総ては事後処理です。どんなに上手く事後処理を行ったところで、事前の心の態度が醜ければ、無罪放免も美しい日本もへったくれもありません。大切なことは事後処理ではなく、事前の心を見張ることです。でなければ、命の泉どころか、今日ロクな事どもが湧きはしません。