◆スペイン週間コルムナ◆火曜日更新
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果たして人の一生は物の売買だけで一喜一憂するだけのものでしょうか。自分の欲だけ満たして最後は皆等しく死ぬために働くのが人生でしょうか。 日本語情報センタ-は単なる情報屋ではありません。スペインの情報やサ-ビスを通して別次元の人生観を日本の同朋に問いかけます。 |
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250 タイタニックより大切なもの 23-01-2007(火) |
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タイタニックと言えばあのタイタニック号である。実は一昨日日曜日まで296日間、地元グラナダ市の科学博物館でタイタニック展示会なる催物が開催されていた。次はそのままバレンシア市に場所を移すそうだが、最終日を記念して地元新聞に紹介された様々な逸話の内の一つをご紹介しよう。 ガリシア地方(スペイン北部左:ポルトガルの上:主な産業は巡礼&漁業&南米産麻薬密輸入窓口)の漁船長を父に持つある青年が、1981年父が北大西洋で操業中に海底から引き揚げたと言う、中央に赤い旗の描かれた小さな皿でずっと食事をして来たそうである。その皿が今回展示されていた当時の三等客室の食器と全く瓜二つであることが分かってびっくり仰天。こんな偶然も世の中存在するのかとも思うが、タイタニックと言えば、筆者は何故か偶然にも12年前の神戸震災を思い出す。何故なら、この二つには共通点がなくはないからだ。だとすれば偶然ではなく必然だが・・・。 筆者の記憶に拠れば、タイタニックの設計者は例え神でも沈めることは出来ないとか言ったそうである。また、これはある知り合いのスペイン人から聞いたことなので、日本では記事になったかどうかは知らないが、倒壊した神戸の高速道路の設計者も完成時に同じことを言っていたそうである。 人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。-----或る昔の偉い人 神なることばが宗教臭い、辛気臭いなら、自然の摂理と置き換えてもいいでしょう。どんな金城鉄壁の要塞を造ったところで、人間は大自然の力には到底敵わないことは自然の摂理です。読者の中には大事業や大工事を成し遂げて天に楯突く傲慢不遜な大人物はいないでしょうが、天には楯突かなくても、世の中は当り構わず毒衝き悦に入る傲慢不遜な人間に満ちています。それは時として明らさまな、或いは、猫を被った高慢かも知れません。しかし、いずれにせよ、時代や国境の違いを超えて、人の心の高慢は破滅と沈没と倒壊に先立つことは偶然ではなく必然であり、逆らうことの出来ない摂理です(コルムナ180)。 自らの栄誉を自画自賛し吹聴するデカイ態度か、栄誉に先立つ謙遜か・・・。いずれにせよ、人は失敗した時ではなく、成功した時こそ試金石の正念場かも知れません。 |
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249 大切なものはもらいたい、あげたい? 16-01-2007(火) |
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先週水曜日、何と75%の高配当を謳い文句に金を集め、金の先物取引で焦げ付いた業者が逮捕された。地元グラナダ市でのことである。海外の株式に投資して回収出来なかったらしい。現在被害者は400人とのことであるが、もっと増えそうな気配である。中には500000ユ-ロ(約7800万円)もつぎ込んでいた被害者も痛そうである。おまけに、中間マ-ジンの生き血を吸う類は友を呼んで、容疑者の知り合いの不動産業者も客を斡旋して一蓮托生していたらしい。 日本が世界に誇る株券妖術詐欺師に比べれば器が小さ過ぎるが(コルムナ198)、こんな事件は今日スペインでも珍しくも何ともない(同139&208)。要するに日本でも、スペインでも、働かずに金が欲しくて欲しくて仕方がなかったテメ-が悪いだけの話しである(同205)。 それに引き換え、一昨日日曜日の地元新聞に今日スペインでも珍しい全く正反対の記事が載った。グラナダ県のある田舎の89歳のお婆さんが、身体障害者老人ホ-ムの建設にと、何と720000ユ-ロ(約1億1125万円)寄付したそうである。 だからと言って、寄付する人が総て聖人君子でも何でもない場合も多いので、こう言った美談は文字通り取らない方がいい場合も多いと筆者は思うが、今週のこの二つの全く好対照な出来事は、人生における全く好対照な二つの価値観を比較するには格好の教材である。 受けるより与える方が幸いである。-----或る昔の偉い人 これまた絵に描いた良寛さんの如く、却って信用されない程の美辞麗句ですが、毎週引用する或る昔の偉い人のことばの中でも、今週のことばは末期ガン人類の特効薬だと筆者は確信します。何故なら、読者の皆さん、今すぐ総ての人が受けるより与える価値観になったと仮定すれば、毎日世界中で起こっているあれやこれやの事件や犯罪は皆なくなりますよね? 警察も、軍隊も、刑法も、風紀部の規則も、暗証番号も、鍵も、保険も要らなくなります。違いますか? だったら、この受けるより与える方が幸いであると言う価値観こそが答えです。何も財産を誰彼となくばら撒いて、ボランティア活動しろと言う意味ではありませんが、国民にこの心無くして美しい日本もまたあり得ない話しです。美しい日本は安倍さんの仕事ではなく、日本人一人一人のなすべき業なのです。 ただ、せっかくの特効薬ですが、多くの人は受ける方がいいに決まってるだろうとせせら笑って欲望の電車道を一本道でしょう(同200)。特に小さい頃から受けることばかりで育って来た青少年子供がそうかも知れません。三つ子の魂百まで、怖いことです。しかし、人は人。皆さんはどうでしょうか? これは“スペイン週間コルムナ”から同胞日本人への一貫した問いかけでもあります。 |
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248 大切なものはもちろん人の命 09-01-2007(火) |
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先週木曜日になったかならないかの00:40頃、グラナダ市とその周辺でかなり強い地震があった。4階でまだ起きていた筆者も一瞬、これがこのまま続いたらやばいかなと思う位だったが、程なく収まった。震源は郊外のサンタフェ町の地下1Km。震源が浅かったので、震度の割には揺れたらしい。何せ日本人から見ると、耐震偽装皆でやれば怖くないみたいな建物ばかりなので(コルムナ138)、翌朝の新聞でも市民がインタビュ-で恐怖の何秒間とか仰々しいことが書いてあった。ただし、高層アパートの上の方は相当揺れたらしい。 先週のコルムナの最後に自分で書いたことが生々しく脳裏に蘇っては来なかったが、土曜日に行きつけの食堂のあばさんとこの話しになり、おばさんの言うには『人々は毎日仕事もせず飲んで騒いで、物欲に走って、やりたい放題やらかして、これは天罰の前ぶれじゃないか』とのこと。筆者はスペイン人の中にもまともな意見の人はいるものだと思わず感心してしまった次第である。 物欲と言えば、翌7日から日曜日にも関わらず、クリスマス特別バーゲンセ-ルが怒涛の如く始まった(同40&91)。所詮宗教行事や祭日は政治家が宗教と結託して考えた、人々が金を使う様に煽る経済効果に過ぎないと、分かっているスペイン人もそう言っている位である。筆者もこのコルムナを書きながら、4階の窓から下の歩道を見下ろすと、かなりの人が大きな買い物袋を抱えているのが見える。買わなきゃ損らしい。 どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることも出来ないからである。-----或る昔の偉い人 良く考えてみると、いつの時代も、どんな国でも、人間の歴史は一部の人間がその他大勢を煽るマインドコントロ-ルだと言えなくはありません。独裁、何とか主義、国家宗教、アイドル歌手、そして、じゅうたん爆撃の様な資本主義社会のコマ-シャルに拝金物欲至上主義・・・に携帯!? 多くの人は泥酔して踊らされてはいないでしょうか? しかし、大切なことは、金銭物欲ではどうすることも出来ない人の命です。読者の皆さん、皆さんは果たして生きているでしょうか? |
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247 大切なものは2007年 02-01-2007(火) |
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スペインから新年おめでとうございます。どうせ世界中で今年もまた明るいニュースより気分が滅入る様なニュースの方が圧倒的に多い一年になること請け合いでしょうが、筆者は一人でも多くの日本人読者が気分が滅入る様な人生を送らないで済むために地の塩となるべく(コルムナ97)、今年も“スペイン週間コルムナ”を書き続けます。それは多くの場合、今までもそうであった様に、残念ながら、反面教師的側面が強くなることは避けられませんが、物事何が正しいかを知るためには、してはいけない反面教師的な正しくないことが何かを知り、その上で何が真に正しいかを知り、かつ、それを実行に移せば、気分が滅入る様な現代社会にあって、気分が滅入る様な老後を過ごすこともないでしょう(同246)。 さて、クリスマス前の12月20日頃の新聞記事だったと思いますが、スペインの若者に人生何が一番大切かと言うアンケ-トを取ったところ、もろ『金』だと言う答えが見事一等賞だったそうです。スペインも日本と同じく、人間として全く色気のない、守銭奴みたいな若者や子供だらけな訳ですが、今年はこの“大切なもの”をテ-マにコルムナして行く予定です。 しかし、どうしても必要なことは僅かです。いや、一つだけです。-----或る昔の偉い人 大切なものと言われても、金銭物質的から愛情まで、人や状況に拠って答えは千差万別で、とても一言や二言では言い尽くせません。もちろん、筆者もそれを事細かく一々コルムナする気はありません。これらの多くの、言わば相対的な大切なものなら、『価値観の相違です』の一言で自分自身からも、他人からも逃げるのは簡単なことだからです。読者の皆さん、人生お利口さんな美辞麗句で逃げてどうしますか? だからこそ、人や状況や国境や時代にも左右されない、相対的ではなく、絶対的に大切なものに克目しなければ、相対的に振り回されます。 一階の入り口、中のエレベ-タ-、二階のインテリア、三階の窓、屋上の物置・・・。建物の是非や好みについて語り始めたら切りがありません。色々な意見があるでしょう。頭ごなしにこうだと決めてしまったら各自の個性がなくなるでしょう。しかし、建物の基礎工事が一番大切だと言うことについては誰も異論はないはずです。誰も異論はないものを絶対的価値観と言います。各自個性はなくてはいけませんし、あるべきです。人それぞれ違いを乗り越えて尊重し合うべきです。しかし、万人に共通であるべき人間としての基礎のグラつき、本来誰も異論はないはずの絶対的価値観のグラつきまで尊重する訳にはいきません。 建物の細部の相対的価値観ではなく基礎工事の絶対的価値観。これこそ大切なもの。こんなことを今年はコルムナして行きましょう。 |
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246 1月7日に目が醒めりゃ~ 26-12-2006(火) |
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日本は昨日でクリスマス商戦も終わり、一晩寝たらコロッとちゃっかり日本の年末年始商戦モ-ドに宗旨替えされているのだろう。ただ、スペインを初め、カトリック社会ではクリスマスは1月6日まで続く(コルムナ37&38)。いずれにせよ、商戦であることに国境はない。 先週土曜日の地元新聞に載った悩み事電話相談室担当の女性のインタビュ-に拠ると、この時期『一晩寝て起きて1月7日だったらどんなにいいことか』と電話をかけて来る人がかなりの数に及ぶそうである。西洋社会ではクリスマスは家族が集う家庭的なお祭りと言う色彩が強い。従って、これは多くの一人暮らしの人の率直な心情であり、寝正月と言う意味ではない。大半は身寄りのないお年寄りとのことだが、中にはそうでない人もかなりいるそうである。離婚率五割の国ならさもあらん(同31&98)。もっとも、家族で集まった人々も、家族の親睦は別にして、1月7日にはキリスト様抜きの偽キリスト教徒自作自演乱痴気偽クリスマスの夢から醒めて現実に引き戻されることには違いはない(同88)。 ところで、読者はスペインに限らず外国に行ったことはあるだろうか? 海外旅行に限らずレジャ-産業は夢を売る商売と言えなくはないが、旅行や、勤めを辞めて気晴らしに行く現実逃避短期留学など(同84)、帰国したその瞬間夢から醒め、現実の世界に引き戻されるにはせいぜい一晩寝て起きれば十分ではないだろうか? 嘘は花は咲かせるが実は成らせない。-----或る昔の偉い人 織田信長は本能寺で敵に囲まれた時、その人生と言う夢から醒めたことを悟ったが故に “人生僅か五十年~夢幻の如く也”と詠むに及んだのではないでしょうか? それは我々庶民も同じこと。ある意味夢を思い描いて、それを実現するのが人生とも言えますが、夢から醒めてみれば荒野にたたずむ身寄りのない老人では悲しい限りです。どこで何がどう間違ってしまったのでしょう? 人生の収穫は実です。花ではありません(同215&216)。花を実と取り違えることは手段を目的と取り違えることと同じです。人目を惹くのは花です。しかし、残るのは実です。手段を目的と取り違える人は、結局目的が最初からないのですから、いかなる目的地にも行けるはずがないのです。花を咲かせるために誠実に努力している人もいるでしょう。しかし、目的が実ではなく花なら、或いは、花を実と勘違いしたのなら、それは最初のボタンを掛け間違えたと同じこと。残りのボタンをいくら真面目に勤勉に誠実にかけたところで、残念ながらそれは正しい着こなしではありません。 これらの電話相談した人達は人生花も散って、残念ながら実も皆無だったとも言えるでしょう。しかし、これは単に、だったら老人福祉を徹底しましょうと言う問題ではありません。我々も今一体どんな夢を見ているのか良く良く吟味する必要があります。実ではなく花に気を奪われれば、似たり寄ったりこうなってしまう可能性大だからです。 来年もまたご一緒に考えていきましょう。 |
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245 クリスマスは鶏の手羽と首と足のス-プ!? 19-12-2006(火) |
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筆者はクリスマスが嫌いである。ここスペインでも今や街はクリスマス一色。人様の誕生日が嬉しくないとは、さぞかし嫉妬深い歪んだ性格の持ち主かと思われるかも知れないが、本物志向の筆者としては、主役不在のクリスマス商戦のどこが誕生日おめでとうなのだと言うしかない。キリスト様を出汁に、ケ-キに七面鳥にプレゼント、そして、命の次に大切なクリスマスドリ-ムジャンボ宝くじ(コルムナ68&194&195)。おまけに、最後はカトリックのミサに行って告白すれば、普段から何をやってい様が総て赦される!? 本物どころか、絵に描いた様な純偽キリスト教である。とまあ、去年もこんなことは書いたので、暇な方はそちらも読み直していただきたい(同193)。そんな中、先週土曜日の地元新聞に珍しくまともな記事があったので、そのまま直訳してお届けしたい。 『多くの(スペインの)家庭にとってクリスマスは必ずしも良い思い出ではないでしょう。私の場合もそうでしたが・・・。1950~60年代、多くのグラナダ市の家庭ではチキンなど年に一度のクリスマスイブだけしか食べられないものでした。私と母親と二人の妹の私の家庭でもそれは同じことでした。それも、母親がお手伝いとして日給6ペセタで何の保証もなく働いていたお宅の奥さんからもらった鶏の手羽と首と足のス-プでした。ああ、お母さん、今貴女の息子と孫達は、例え鶏の手羽と首と足の粗末なス-プでいいから、貴女と一緒にクリスマスイブの夕食を分かち合えるためなら何を惜しむでしょう・・・。(或る市民の投稿)』 第二次大戦後唯一のファシスト国家として世界から孤立したフランコ・スペイン時代(同244)の庶民の生活はこんなものだった様である。また、年に一度のチキンと言えば、もう17、8年も前のことになるが、当時グラナダ市に住んでいたあるウルグアイの女性を思い出す。向こうの彼女の家庭でもチキンは年に一度の贅沢だとのことであった。 野菜を食べて愛し合うのは肥えた牛を食べて憎み合うのに優る。-----或る昔の偉い人 半年位前に読んだギタ-か野球か何かのサイトで“本物に触れろ”と書いてあったのが印象に残っています。細かい技術どうこうではなく、本物に触れれば目が開かれると言う内容だったと思います。だからと言って、本物に触れたばかりに、筆者のギタ-も含めて、却って自らの不足を思い知らされる場合の方が圧倒的に多いのでしょう。しかし、人間が人間であることに関してなら、誰しも不足を感じて補えば、今より少しは人間らしくなれるはずですが、余りにも偽物に触れ過ぎた人の場合は必ずしも修正が効くとは限りません。いえ、クリスマスに限らず、ブレ-キの壊れたダンプカ-の如きメガ消費社会の暴走に巻き込まれていることに気付くことさえないとすれば、欲望のスタンピ-トの終点は理性のない野生動物の群れの如く滝壷で溺死でしょう、多分。 本物とは何でしょう? 偽者ではないこと。本当のクリスマスとは何でしょう? キリスト様の誕生を祝うのでなければ、キリスト様を利用して自らのためにプレゼントの交換や金儲けしているだけの純偽善行為です。そして、本当の人間とは何でしょう? 人間なら人間味のあること。簡単な理屈です。人間味のない人間は単に哺乳類のヒト科に過ぎません。しかも、性根が激しく歪んでいる分だけ他の動物の方が遥かにマシです。 肥えた牛を食べて憎み合う・・・。正に欲しがって飽きることを知らない強欲で愚かな圧倒的大多数の現代人の如実な描写ではありませんか? クリスマスの時位、ご馳走を食べながらで結構ですから、肥えた牛の肉やケ-キやプレゼントではなく、汚い馬小屋の飼い葉桶に寝かされたキリスト様の清貧と謙遜を少しだけ考えてみてもバチは当りません。バチ当りはまた26日から!? それが証拠にこの記事の翌日日曜日の記事に拠ると、スペインではクリスマス期間中はまた家庭内暴力事件の最も多い時期であり、警察も警戒態勢を敷くそうです。やっぱりバチ当りクリスマスか!? 読者の皆さんも本物志向かバチ当たりか、今決断の時です。 |
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244 キュ-バからも世界に発信南北問題 12-12-2006(火) |
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キュ-バと言えば北朝鮮と並んで共産圏最後の砦だが、ま、日本人は野球以外は無関心だろう。ただ、日本でもこのところ末期ガンで重体説のカストロ首相がニュ-スになることもある様である。先週散々アメリカをコキ下ろして三選したベネズエラのチャべス首相と並び、派手な反米感情丸出しパフォ-マンスで同類項の独裁者二人は仲が良く、また、気違いでもある。もっとも、このカストロ首相はスペイン北部ガリシア地方(ポルトガルの上)の移民の息子と言うことはスペイン人以外には余り知られてはいない。同じくあの悪名高いフランコ将軍も同地方出身であるから、そう言う土地柄なのかも知れない。現在でも漁業とサンティアゴ・デ・コンポステ-ラの巡礼産業しかない貧しい地方である。 さて、キュ-バと言えば、筆者は以前書いたコルムナ41を思い出した。今週はあの時書かなかった会話を紹介してみたい。筆者は先週の如き予備知識があったので、食事中このキュ-バ人にこう尋ねた。『ところで、キュ-バじゃ占い師や霊媒めいたことが結構普通じゃないの?』『良く分かるね~(と言ったかどうかは覚えていないが)。たくさんあるよ。』『君はやってもらったことは?』『あるね・・・』と、つまり、第三世界キュ-バではこの種の事が圧倒的大多数の人々の生活の一部にさえなって染み付いているはずだと言う筆者の予想通りの会話になった。もっとも、これはキュ-バに限らず中南米に広く一般的なことではあるが・・・。 だから、中南米は広く一般的に第三世界をやっているのである。アメリカの歴史的搾取政策もあるかも知れないが、一番の原因は先週列挙したこれら一蓮托生の猛毒がボリビアやキュ-バに限らず、中南米や世界中の第三世界では何世紀も前から国民生活に、いや、国民の魂にまで奥深く根差してしまっていることにある。根が猛毒感染なら、極めて発育不全の木枝葉に極貧の実しか成らないのは当たり前。それを、その可哀想な実だけ見て安っぽい判官贔屓になり、実だけ取り繕おうと心からボランティアや募金したところで、根の健康に言及しない限り、知恵のない崇高な行為としか言い様がない。それ故、単なる富の分配や経済援助で南北の格差がなくなる訳はないのである(同241)。 極め付けの第三世界と言えば中南米ではなく、我々はアマゾンやニュ-ギニア、アフリカの奥地などの原住民を思い出す。そして、いくら郷に入らば郷に従えと言われても、顔にまで入墨を入れたり、下唇に物を入れてビロ~ンと伸ばしたり、ちょっとこう言うのだけは勘弁願いたいと思う風習があるのも確かである。実はこれらは単なる習慣の違いではなく、筆者が先週今週とコルムナして来た猛毒の極致に他ならない。或いは、シャ-マニズムとか、太鼓を叩いている内にトランス状態に陥るとか言うのは、それは文化などではなく、猛毒中毒症状なのであり、だからこそ、彼らは何世紀経っても発育不全なのである。こう言ったものは研究するものではなく、ただひたすら君子猛毒に近寄らざるべきものである。そう言えば、筆者が子供の頃テレビで見た洋画で、アフリカかどこかの未開民族に近づいた白人の博士が映画の終わりでは原住民と同じ格好をして“ウヒホヒハ(分からない読者はお父さんに訊いてね)”と踊っていた場面があった。実は我々西側文明社会も如実にこうなって来ている。 私はあなたがたが善には聡く、悪には疎くあって欲しいと望んでいます。-----或る昔の偉い人 先週今週と、こりゃ一体何のコルムナじゃ、と理解に苦しむ読者も多いでしょう。先週今週と何故これらの一蓮托生が猛毒なのかと言う理由は敢えて述べないことにしますが、猛毒なのですから、目や耳から飲めば必ず著しく魂の健康を損ない第三世界に落ちぶれます。何故なら、第三世界とは必ずしも社会システムや国家の経済ではなく、第三世界人間の集合体が第三世界の正体だからです。ですから、この問題に関してはキュ-バもボリビアもありません(同241&242)。そして、問題はキュ-バでもボリビアでもなく、現代の日本やスペインの問題であり、読者自身や読者の家族の問題に他ならないと言うことなのです。 そして、魂が病めば必然的に肉体も病みます。今日日本でもスペインでもすっかり市民権を得てしまったピアス、入墨、奇抜な髪形・・・。そう言われてみれば、程度の差はあれ、これらが上記の原住民の風習と酷似していることに読者はお気付きでしょうか? 酷似しているはずです。これらは決してここ十数年来の新しいファッションではなく、太古の原始宗教の昔からあったことなのです。それが神秘、文化、癒し、娯楽などと甘い名称に化けて、我々の現代文明世界をブラックホ-ルの如く席巻しているのが、先週列挙した占い、オカルトの類、心霊現象、新興宗教、カルト、ロック、テクノ、ラップ、ヒップホップなどです。これらにのめり込んでいる人ほど未開の原住民の様に肉体を細工して喜ぶ傾向にあります。日本人の一億総白痴髪染めもこの濁流の勢いに押し流された結果の一つです(同138)。テレビも週刊誌も占いに溢れ、子供からロック、テクノ、ラップ、ヒップホップに脳みそが漬かっていれば、21世紀の現代人の中身も外側もまたこれらの原住民的風習に落ちて行くのは偶然ではなく、むしろ、悪の必然です。これが現代社会が子供から何故多くの凶悪で陰湿な犯罪が満ち、服装と髪形が乱れて来ているかと言う一番根底にある理由です。総てとは言いませんがそうです。爽やかなはずの高校球児もこれらの猛毒音楽にハマっていれば、残念ながら今後不祥事が増えて行くのは明らかです。誰も猛毒を飲んで無傷でいられる人はいないからです。オレンジリボンでいじめがなくなれば世話はありません。子供達にこれらの猛毒を一切禁じる方が遥かにいじめ対策なのですが、これら猛毒番組の方が視聴率が取れ、雑誌もCDも売れるのですから、極めてどす黒くタチの悪い話しです。また、ここ十年来爬虫類のペットが流行っているのも同類項です。猛毒を飲めば犬や猫より蛇や蜘蛛の方が愛しくなって来るのです。逆に、爬虫類ペット業界の隆盛がこれら猛毒の世の中におけるバロメ-タ-とも言えます。数年前センタ-にやって来た人が言っていましたが、その人の知り合いの高校生の息子はペットの蛇と一緒に寝るそうです!? また、猛毒が頭の芯まで回れば、スプレ-で当り構わず呪文めいた意味不明の文字や気味の悪い絵など、勝手に手が描き出すのです。読者はここ10年来漫画やイラストなどが一昔前に比べてどこか暗く凶暴性の臭いがすることにお気付きでしょうか? 先週の動物の胎児のミイラのお守り同様、これもまた同類項のむじなです。或いは、インドのヒンズ-教徒は哀れを誘って物乞いさせるために親が率先して自分の子供の手足を切るそうです!? 正に末期ガン漫才ここに極めり。テメ-ら人間じゃね~とすれば(同213)、悪魔でしょうか? ま、似た様なもんでしょう。 また、精神病、拒食症なども大いに関係があります。見た目は美味しそうなこれらの猛毒に手を出してまず精神的におかしくなったのが様々な精神病で、その結果肉体的にさえおかしくなったのが今日の拒食症の大きな原因だと、多くの場合言えなくもないのです。その確かな証拠に日本人スペイン人を問わず、タロット占い、占星術、霊媒、こっくりさん、オカルト映画、癒し系宗教などの猛毒にやられて重度のノイロ-ゼや拒食症になった人を筆者は知っています。当然家族は心配して内科や精神科に連れて行きましたが、医者も家族も本人もこの猛毒を排除しないどころか、気付きさえしないのですから、結局焼け石に水で本人達は痩せ細っておかしくなっていくばかりでした。本人は末期の胃ガンで口臭が臭いのに、家族が心から心配して歯医者に連れて行く様なものです(同67)。クサイ臭いは元から絶たなきゃだめなのです(同234)。 こう言う猛毒に限って上っ面だけは文化、善意、自由、平等、博愛、人類愛、平和、ボランティア、イマジンなどと美辞麗句で塗り固められているのですから、そのタチの悪さは時代の寵児を演じていたあの妖怪毒饅頭小僧以上です。イタリアのマフィアはミサに、日本のヤクザは神事に熱心なのも同じ理屈です。良く良く注意を払わなければ、金だけではなく、砂糖で塗り固めた猛毒を食らわされて、とことん第三世界の奥地の原住民にまで落ちぶれます。 ところで、読者がタイムマシンで戦時中の日本に行き、“皆さん、天皇陛下は神ではありません。もうすぐ日本は戦争に負けます~”と圧倒的な史実を言ったとしたらどうでしょう? 軍国主義で偽りの愛国心に洗脳されている同胞から国賊呼ばわりされて、思想犯でブタ箱行きでしょう。しかし、偽りではなく正しいことを述べ伝えるのが愛国心なのです。そして、敗戦となった焼け野原で、“そう言えば~とか言ってた奴がいたよな~。あいつの言ってたことは正しかったよな~”と回顧されることでしょう。スペイン週間コルムナもそう言うものかも知れません。先週今週と訳の分からないコルムナの上に、独断と偏見が過ぎると思う読者もいるでしょうが、何をいつどう回顧する(せざるを得ない)かは人それぞれが聡いか疎いかにかかっているのです。疎ければ猛毒を食らって第三世界で南極です。君子猛毒に近寄らず。全身に猛毒が回って、人生焼け野原となってからでは遅いのです。気を付けて下さい。 |
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243 ボリビアから世界に発信南北問題(3) 05-12-2006(火) |
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ボリビアだったかどうかは覚えていないが、10年ほど前にこちらのテレビの中南米のどこかの国のドキュメンタリ-で、インディオ達が動物の胎児のミイラをお守りに売っているのを見た。今週はいきなりミイラの話しだが、いつもとはかなり違うコルムナだと思っていただきたい。また、世間一般とは全く違った観点から何故南北問題の南の国は南から脱却出来ないのか、北もまた南下の危険にさらされている、今日北も南も巨大な精神病院と化した根本原因の一つ(コルムナ118)、などについて二週に渡ってコルムナしてみたい。 このコルムナでは何故かと言う理由は敢えて細かく説明しないことにするが、以下列挙する事どもを行えば、例え北の人間でも個人的には人生は南に零落し、また、これらが日常茶飯事の習慣にさえなっている現在南の第三世界の国々が何故第三世界から決して抜け出せないかと言う根本的理由もここにあると言っても良い。 あらゆる種類の占い、オカルトの類、心霊現象、新興宗教、カルト、ロック、テクノ、ラップ、ヒップホップなど。前半は“あなたの知らない不思議な世界(昔昼のワイドショ-でこんなコ-ナ-があった!?)”、後半は特に子供や若者に大人気の音楽と言えるが、実は皆一蓮托生の同じ穴の貉であり、魅力的な外見に見える(見せる)一方で、内に相当量の猛毒を秘めている。キャバレ-の阿婆擦れ女なら偽りの厚化粧の色気に惑わされて、酒を飲まされて、高い金を巻き上げられるだけだが、これらは人の人生を魂の奥底まで猛毒衝き、周囲の人さえ朱に交わってどす黒く染める恐ろしい力を持ち、金ではなく、人生そのものを人から巻き上げる力を持っている。 日本でもスペインでも、これらがもはや文化とさえ認知されるに至り、世界中で市民権を得てしまっていることに異論のある読者はいないだろう。どこのチャンネルを捻っても(←今はリモコンのボタンだから死語か!?)占い番組に暴力推奨映画にこの種の音楽の大洪水であることは、子供の漫画や文具から週刊誌に至るまで万国共通である。 鳩の様に純真で蛇の様に聡くあれ。-----或る昔の偉い人 だからと言って、これらの常習者や愛好者が決して悪い子や社会的に極めて問題のある人とは言えないことが多いでしょう。いや、むしろ、いい子で善良な市民の場合の方が多いのかも知れません。しかし、鳩の様に純真であると同時に蛇の様に聡くなければ、知恵のない鳩なら簡単に毒蛇に騙されて飲み込まれます。 今週は一体何のコルムナじゃ、と奇々怪々に首を傾げる読者も多いかも知れません。しかし、何のコルムナか掴み所がなくても、現在日本で毎日の様に起こる様々な犯罪の多くは毒蛇の様な陰険さの臭いがすることに異論のある読者もまたいないでしょう。また、良く思い返してみれば、これらのことが世に溢れ出して以来、人間の陰湿さを浮き彫りにした様な出来事や事件に子供から関与していることにも気付くでしょう。スペイン社会も全く同じです。いや、スペインの方が悪いとは思いますが、ヒトラ-とムソリ-ニのどちらが悪いかなどと言う比較に意義はありません。世界中人間様は子供から狂って来ているのです。先週高校野球の不祥事も増加して行くだろうと書いた理由もここにあります。読者も、読者の家族も、鳩の様な平和な人生を送りたければこれらの猛毒から遠ざかることです。理由は分からなくても結構。とにかく、遠ざかって、その様なテレビ番組や週刊誌など一切見向きさえしないことです。振り返れば第三世界人間です。今年の秋田の連続女児殺人事件も、何年か前の神戸や長崎の首切事件も、あれもこれも、実はこれらのことが一番の原因です。いくら警察が調査し様が、児童心理学者が分かった様なことをどうこう言おうが、どれもこれも核心を衝いたものではありません。 この猛毒を排除せずして美しい日本などあり得ません(同233&242)。そして、決して排除は出来ないでしょう。しかし、排除した分だけ日本は美しくなり、排除出来なかった分だけ日本は醜く陰湿に第三世界化して行くのです。従って、排除する努力には価値があります。もちろん、排除するのは読者自身です。 実はこの種のことについて以前全くコルムナしなかった訳ではありません。暇な方、読み返してみて下さい(同112&113&114)。 |
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242 ボリビアから世界に発信南北問題(2) 28-11-2006(火) |
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南北問題の南、第三世界と言えば、アジア、アフリカ、中近東、そして、先週のボリビアのある中南米などが思い出される。中でも特にコロンビアとボリビアは治安や貧困など、南極の極め付けらしい。 そもそも、どこそこの国は第三世界だと言う時、それは通常その国の経済が破綻状態にあり、それ故国民は貧困に喘ぎ、街は汚く、インフラもままならず、治安も悪い・・・などと我々は思いがちではないだろうか? 確かにそれは大当たりではあるが、単に金の有る無しだけで判断した金銭的経済的一面に過ぎなさ過ぎる。我々はいくらほとんど総ての物事が金でランク付けされる資本主義社会に住んでいるとは言え、これでは金が悪い、金の欠乏が悪い、従って、政治家が悪い、社会が悪い、果ては、南を搾取している北が悪い・・・と、“センコ-が悪いんじゃね~かよ~”とか息巻いている、脳みその腑抜けた中高生と大差はない。人間とは自分には全く言及せず、総て他人や環境のせいにする傾向にある(コルムナ51)。今日世界の多くの国で、何でも特にアメリカのせいにしたがる傾向がある。筆者も国としてのアメリカは好きな方ではないが、例えば、読者もスペイン人と友達になりたければ、思い切りアメリカの悪口を言えばすぐ意気投合して仲良くなれるおめでたい連中が多い!? ところで、筆者はこちらで観光ガイドとして働いた10年間、ごくたまに客の中に有名人や有名企業の重役などがいなかった訳ではない。態度がデカイのもいたが、真の金持ちはまた真に謙遜な人でもあった。同様に、金や地位のある人が総て鼻持ちならない訳ではなく、貧しい人が総て憐れみを受けるべく清く貧しく美しくでも何でもない。いや、むしろ、どぎつく正反対の場合も多々ある(同232&238)。一概に北が悪役で、南の第三世界を経済的支援すれば、これこそ人類愛の象徴であるなどと勝手に自惚れるのは、極めて浅はかで知恵のない行為としか言い様がない。 正義と真理に基しない繁栄と隆盛はしばしば消えて行き、その代わりに欠乏と恥辱と失望とが来る。-----或る昔の偉い人 まじめに働いた結果の富なら胸を張っていればいいし、それを自分が金がないからとやかく言うのは貧乏人の醜い僻み根性でしょう。また、進んでボランティア活動に参加するから良寛さんの如き人でも何でもない場合も多いのです。例えば、アメリカという国は相当数の国民が何らかのボランティア活動に参加していると聞いたことがあります。そうしない人は何か白眼視される様な社会的雰囲気があるそうですが・・・。 総ては動機、つまり、人の問題です。それを度外視した経済政策、ボランティア活動、今日本で流行のいじめ対策や、スペインで流行の校内暴力対策も、人のクサい臭いは元から絶たなきゃダメなのです(同234最後)。それが証拠に、これらの社会的アバタは、これまた今流行の高校野球の不祥事同様、モグラ叩き的な付け焼きの対策を講じたからとて、今後むしろ増加する一方でしょう。それは人間の性根が子供から歪んだ第三世界根性だから、実もその根にふさわしい第三世界の実が成る方程式と決まっているからです。 安倍新総理が美しい日本と言うからには、それは言外に今の日本は美しくないと言っているのです。それは取りも直さず日本人の心が美しくなくなって来ている、第三世界人間が多くなって来ていることの如実な反映です。それが嫌なら正義と真理に基する自らと隣人と社会の繁栄と隆盛を求めることです。でなければ、個人的にも国家としても第三世界症候群に侵され、繁栄と隆盛どころか欠乏と恥辱と失望とがやって来・・・ていたりして!? 第三世界とはボリビアの御伽話ではありません。日本の、そして、もしかすると、読者の問題かも知れません。 |
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241 ボリビアから世界に発信南北問題(1) 21-11-2006(火) |
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ボリビアで貧民救済活動中のカトリックの坊さんが一時帰国して先週の新聞のインタビュ-に答えていた。まず、この人はスペイン北部のある県のカトリック教会の最高位の僧だったが、その地位を惜しげもなく放棄してボリビアに渡ったとのこと。以下その意見を要約すれば、北はいつか必ず南のツケを払わされる。何故地球上のある人達は一日三度食事が出来、ある人達はパンと水しか食べれないのか。この南北問題は困難で時間はかかるだろうが、いつか是正は可能である・・・。筆者は不可能だと断言するが・・・。 人は一度掴んだ地位と金にはしつこく醜く執着するものだが、まず、この点に於いてこの人の動機と、動機だけに終わりがちな世の多くの善人とは違い、その動機を実行に移した行動力は賞賛に値する。ことばではなく、行いこそ人の本性の発露である。我々も人間関係やビジネスなどで嫌な思いをしたくなければ、相手のことばはもちろんだが、それに行いが伴った真実の人かどうか見極めなければ、結局嫌な思いをする羽目に陥る。離婚に至る現代スペインの夫婦の半分や(コルムナ31)、日本でも株券妖術に幻惑された人は、結局見てくれの良さに目を奪われて人を見極める眼力がなかったから馬鹿を見たと言うことだろう(同205)。 そして、人助けにおいても、相手と状況と、そして、自らをも見極める眼力がなければ、例え高尚な理想を行動に移したとしても、意外や糠に釘ほどの効果に終わる。有史以来いつの時代も良い人がいなかった訳ではない人間社会。それなら、とっくの昔に良くなっているはずの21世紀の人類は全く逆であるなら、不用意な善意は糠に釘と言わざるを得ない。 糠に大きな釘ではなく、然るべき所に打つ小さな値千金の黄金(こがね)の釘でなければ何事も大した効果は得られない(同82&126)。 喜びと救いの声は正しい者の幕屋の内にある。-----或る昔の偉い人 これを機会に南北問題とは何か、今週からしばらく根本的にコルムナしてみましょう。裕福な北は南とその富を分かち合うべきである、皆さん、ボランティア活動に参加しましょうとか、そう言う一見高尚で極めて浅はかな、後に何も残らない美辞麗句の一般論ではなく、その根本原因、及び、南北問題とは決して遠い国の御伽話ではなく、ヨ-ロッパの端のスペインにもG7の日本にも根深く根差した人間としての根本問題であることもコルムナしてみましょう。 ところで、ボリビアはともかく、もし、読者の幕屋の内に今現在喜びと救いの声が十分ないとすれば、ひょっとして読者も正しくない者、第三世界人間だったりして!? |
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240 スペインのおかしな女の子 14-11-2006(火) |
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どこの国でもおかしな人、おかしなおじさん、おかしなおばさんなどはいるものだろうが・・・。先週その女の子を見かけた。いつもの様に犬の散歩中だった。と言うか、いつも犬の散歩中しか見たことがない。いつもと違ったのは片手に犬の糞を入れるポリ袋を持っていたこと。 そもそも、自分の家だけピカピカにして、街にはごみを捨て放題の徹底した個人主義社会スペイン(コルムナ32&33)では昔から犬の糞は野放し状態だったが、ここ数年やっと飼い主にも後始末の意識が芽生えて来たらしい。それでもまだまだ一般市民の意識は情けないほど低く、踏ん付けた人が靴底にべちょっと付いた犬の糞を悔し紛れに歩道に激しく擦り付けた跡はスペインの街の風物詩と言っても良い。従って、この国では坂本九の『上を向いて歩こう』は余り流行らないかも知れない。 ところが、やはりオチが付いた。女の子の持つポリ袋は全くの透明で、中の犬のクソは丸見え!? しかも、ゴミ箱を捜している様子が全くなかった。筆者はその日風邪で体調がすこぶる悪かったのだが、これには風邪のことも暫し忘れて久し振りに本気で笑わせてもらった。 隠れているのは必ず現れるためであり、覆い隠されているのは明らかにされるためです。-----或る昔の偉い人 そもそも人の身勝手な義とは所詮こんなものかも知れません。やっと長年の汚物垂れ流しに気付いて掃除してみたものの、今度はそれを捨て切れず、後生大切に持ち歩き、しかも、透明ポリ袋に入れて見せびらかしながら街を闊歩する!? そう言えば以前大雪の後の東京で、雪が解け出すと犬の糞がゴロゴロ出て来たと言う話しを聞いたことがあります。雪化粧とは良く言ったものですが、すっぴんこそ我々の本性。あれやこれやと厚化粧してみても、遅かれ早かれ、いつか必ず地顔が明らかにされる様に定められているのです。いや、今は上手く覆い隠しているつもりが、実は透明のポリ袋に入れて既に万人に見られていたりするのが意外と現実かも知れません。それなら、透明ポリ袋の中にいつも全うな物を入れておけば、我々もおかしなおじさんやおかしなおばさんに成り下ることもないのかも知れません。 |
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239 22000ユ-ロ告白せず 07-11-2006(火) |
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22000ユ-ロとは現行レ-トで約350万円であるが、先週の地元新聞に拠れば、これはグラナダ市がこの国の将来を担う悪ガキどもの酒の勢いでの器物損傷、落書きなどの修理や清掃に毎月使う税金の額である。人口28万人の市でこの数字が多いか少ないかなど問題ではない。 実は10年位前から、週末飲みに行く金がない子供や若者がス-パ-で買った酒のビンを持って広場など屋外で明け方まで飲み明かすのがスペイン中で大きな社会問題になっている。これを何とかするのが政治家の役目であるが、記事に拠れば、問題の多い市内17の広場に“教育係”を派遣して指導に当たるとか。機動隊を派遣して頭ごなしに追い散らすより、こちらの方が人間味があるとちらっと思ってもみたが、多くの警官に夜間時間外手当を支給するより、17人(せいぜい2倍の34人)の方が出費が少ないだけの判断だろう。 そして、連中の過ぎ去った後は正に大型台風一過。割れた酒のビンにごみの山、立ちション地獄(女の子も!?)に使用済み避妊具(!?)、放火されたごみコンテナの残骸に野外麻薬大会。これを教育係が一体何をどうし様と言うのか? 大体そんな専門の係りがいる訳もない。これを税金で賄うのだから、被害者の市民が加害者のツケを払わされると言う、正に絵に描いた様な不条理である。 一方、同じ日の新聞に現代のスペインの若者は14%しかミサに行かないと言う記事があった。何をやっても後からミサで告白すれば総て罪赦されて皆天国に行けるとはカトリックの教えであるが(とんでもない偽キリスト教だ!!)、もはやこの奥の手さえ面倒臭がって自らの情欲に歯止めを掛けず、やりたい放題やらかして二十歳で半ば廃人と言う連中も多い。因みに、カトリックではかなりの金を払えば煉獄(天国と地獄の間にあり、人はここで生前犯した罪を煉られて死者の霊魂が天国に入る前に火によって罪を浄化されると信じられている苦しみの場所)行かないでいいミサをあげてくれる。要するに立派な戒名ほどより金がかかるのと同じ商売であり、金持ちは皆やってもらっている。そして、これこそは形を変えた立派な現代の免罪符である。正に地獄の沙汰も金次第。カトリック教会の本質は中世と寸分たりとも変わってはいない。 知恵のある子は父の訓戒に従い、嘲る者は叱責を聞かない。-----或る昔の偉い人 人間の愚かさの本質が寸分たりとも変わらないなら、教育係も機動隊も偽善的な告白も、総ては焼け石に水です。三歩下がって師の影を踏まずどころか、更に十歩進んで訓戒を嘲りさえします。政治や学校ではなく、要は家庭での幼少期の父のしつけの問題です。 我々も程度の差こそあれ、自己中に歯止めを掛けず、黒髪の摂理を金髪で嘲り、勉強も仕事もやる気なく嘲り、携帯でやりたい放題やらかして嘲り、嘘も方便で嘲り、しかもこれこそ我が人生だと自らも他人も嘲り、叱責など聞く耳持っていないのではないでしょうか? 人はその本質が嘲りから従順に変わらなければ、真の訓戒に従い真に知恵を得ることなど出来ません。それにしても、現代社会は何と嘲る廃人の多いことでしょう。 |
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238 スペインからブラジルとアルゼンチン 31-10-2006(火) |
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先日ブラジルで結婚離婚経験のある知り合いが久し振りにブラジル、ついでにアルゼンチンにも旅行して来た。色々土産話を聞かされたのでご紹介しよう。 まず何よりその物価の上昇に驚いたそうである。ブラジルの食堂には、日本やスペインの様ないわゆる定食がないそうであるが、まともに外食すれば約7ユ-ロ(1000円強)。聞けば、確かに量は日本の食事の二倍位はありそうな口調だったが、それにしても、第三世界で一食1000円とは庶民には手が出ない。市バスも約0.80ユ-ロ(約120円)。スペインより二割安いだけである。こうなると貧民層はホ-ムレスか泥棒か移民しかない。現にブラジルでもアルゼンチンでも犯罪や浮浪者や乞食が多くなっていたそうである。 ついでにこの人は結婚当時住んでいた市(人口60万)の離婚後売り払った家に行ってみたそうであるが、新しい家主の話しに拠ると、この二年間で八回泥棒に入られたそうである。そこで、ブラジルでは連休で家を空ける時などガ-ドマンを雇うのが普通だそうだが、そのガ-ドマンが泥棒だったり、勝手に合鍵を作って後から仲間と盗みに来ることも多いとか!? 従って、治安上一戸建よりむしろアパ-トの方が好まれるお国柄らしい。また、この人の言うには、今回ブラジルで知人と車に乗った際、信号に限らず、なるべく停まらない走行を心掛け、また、窓を開けるなとも言われたそうである。停まれば窓から銃やナイフを突き付けられ強盗される!? 読者にはブラックジョ-クと思えるかも知れないが、地球の大気圏を突き抜けた火星人のブラックジョ-クが罷り通っているのが第三世界の常識である(コルムナ234)。例えば、中南米で浮浪児が忽然と消えれば、それはマフィアと病院が一体となって臓器をアメリカに売り飛ばしているのはもはや常識らしい!? 一方、読者はご存知ないかも知れないが、アルゼンチンと言う国は8、9年前に国自体が一度破産している。今地元グラナダ市に筆者の知り合いのアルゼンチン人がいるのだが、その人は運良く銀行務めの友人から、この国はもう終わりだから今すぐ預金を全部引き下ろして海外へ逃げろと言われてスペインまでやって来たそうである。でなければ、圧倒的大多数のアルゼンチン人同様、預金も国債も年金も総て紙切れ同然の憂き目に遭っていたはず。と言うことは国も海外から食料や薬品を輸入する金もなく大きな社会問題になっていると当時の新聞記事で読んだことがあるが、今も大して変わってはいないだろう。その意味ではブラジルよりアルゼンチンの方が物価は安かったそうである。 要するに両国共サッカ-は滅法強いが、経済は弱く物価は高い。スペインもそう言う傾向にあるが・・・。 あなたの宝のあるところにあなたの心もあるからです。-----或る昔の偉い人 筆者は25年前、大学の講義で中南米総ての国の一年間の軍事予算を合計しても日本の自衛隊の半分だと聞いたことがあります。今も大差はないでしょう。それ位貧しい国々だと言うことです。それに引き換え、我らが日本は何と腐っても経済大国日本であり、これでもまだ治安はいい方です。 “鈍すれば貧す、貧すれば鈍す”とは日本の諺ですが、貧すれば鈍する人は最初から鈍な人だったから貧したと言うことでしょう。もっとも、これは多かれ少なかれ万人の経験するところです。今一度私達の宝が一体何かを吟味しなければ、心が鈍して第三世界人間に落ちぶれます。 それにしても、宝が金品だから盗む、奪う・・・。どう言う心の人間でしょうか? 『黙って聞いてりゃ、いい気になりやがって!!』『ひと~つ、人の生き血を吸い~』『テメ~ら人間じゃねえ、叩っ斬ってやる!!』(同213) ところで、宝が金品だからそれを求めて真面目に勤勉に働く人の心・・・は!? |
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237 三つのお願い 24-10-2006(火) |
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筆者はギタ-には強いがメカには弱い。何せパソコンを買ってメ-ルを打てる様になるまで二年半かかったのである。それでも、先週検索していると昔日本にいた頃耳にした20年、30年、40年以上前の何曲かに巡り合うことが出来た。まさかそれを西暦2006年地球の反対側で聴こうとは思ってもみなかった。そして、懐かしさの余り、筆者は主に次の三つのことを感じるに至った。 一つ。真に価値あるものに賞味期限はなく、40年前だろうが紀元前だろうが時空を超えて人の心に感動を与え続けること。我ながら以前書いたことを再認識することとなった(コルムナ145)。また、逆に、そうではない事物は賞味期限が切れれば人々の心に生き長らえることが出来ないこと。花か実か・・・(同215&216)。 二つ。当時の音楽に比べて現代音楽は人工的な音が多過ぎること。それを無理矢理リズムで押し切る傾向にあること。何か、合成着色料丸出しの、食べれば健康を害する黄金に輝くタクアンの方が却って売れ筋の如く、消費者に“自然”と“人口的”を見分ける目と聴く耳がなくなって来ていると直感した。確かに筆者が子供の頃からドラムやエレキギタ-はあったが、もっと上品に弾かれていたはず。巨大な精神病院(同118&119)と化した現代社会にあって音楽こそ爽やかな一陣の風となるべきなのだが、残念ながら今日多くの音楽は率先して朱に交わって赤く染まって来ていると言わざるを得ない。 三つ。筆者はこれらの昔の名曲を聴きながら、何故かまだ僅か二ヶ月前の夏の甲子園を、いや、正確には王子様に群がってアメリカや国体まで押しかけたミ-ハ-の女性ファンを思い出した。確かにああ言う種族は昔からいたが、日本人として情けない限りである。それは見る側の人間性が例えば2しかないから、せっかく感動度数10の名勝負を目の当りにしても、ああ言う極めて情けない度数2の感動の仕方しか出来ないのである。ただ、あの連中は2しかない容量を2まで精一杯満たしたのだから100%満足していることだろう。それにしても、野球も歌謡ショ-も同じ乗りなのだから、選手に対して失礼極まりない観客である。失礼度数はこの場合8。日本の滅亡はああ言う連中の双肩にかかっていると言っても過言ではない。 あなたの先祖が立てた昔からの地境を移してはならない。-----或る昔の偉い人 ここに個人の、そして、夫婦、家庭、社会や国家の崩壊があります。ミクロなくしてマクロなし(同212)。マクロな崩壊もミクロのほころびから。小さな親切大きなお世話!? そうならないためには巨大な精神病院内の常識や流行ではなく、一概に昔の方がいいと言う訳ではありませんが、音楽も人も、移してはならない昔からの地境、賞味期限のない真の価値観を移さないことです。これを軽率にも移せば、現れては消えて行く流行歌の如く、我々の言動もまた20年後、30年後、40年後、誰からも決して快く回顧されることはないのです。 30年以上経った今でもスペインで名作と語り継がれる『アルプスの少女ハイジ』にはそれなりの理由があります。それとも『クレヨンしんちゃん』でしょうか(同229)!? 今一度我々の地境が天才かバカボンか、新日本紀行(NHK月曜19:30)か火星人奇行か見直しても損はしません。 |
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236 スペインでイタリアのワイシャツを日本人に!? 17-10-2006(火) |
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市内で商店を営む知り合いがいる。と言っても道を挟んで雑貨屋とワイシャツ屋の二軒だが、先日その前を通りかかったところ、ワイシャツ屋が靴屋になってしまっていた。ごく最近手放したらしい。 実は、この人とは知り合いには違いないが、きっかけは一方的なものだった。何年か前いきなり日本語情報センタ-にやって来て、日本人旅行者をワイシャツ屋に回してくれと言う営業そのもの。ワイシャツとは言え、イタリアのある有名ブランドで、かなり値の張る高級品ばかりだった。ただ、ヨ-ロッパ一のドスケベと名高いイタリア人のデザインだけあって、とてもこれを着て日本の街を歩けそうにない露出狂人用の品々だったので、結局一人も紹介することはなかった。 ところで、雑貨(ギフト小物)とワイシャツと一体何の関係があるのだろう、と筆者は当初考えた。しかし、この人の顔を見ているとその疑問も簡単に解けた。別に商品に拘りがある訳ではなく、ただ売れて儲かればいい・・・とその時本人がそう言っていた。初対面の相手に、いかにも『金銭社会なんだから、売って儲かる物を売るのは当たり前じゃないか』と言わんばかりにあっけらかんとそう言うのだから、筆者もさぞかし同類項と思われたことだろう。儲けて何が悪いと日本全国の前で開き直った例のハイエナファンドの親分の如きである。 あなた方は自分が何を求めているか分かっていないのです。-----或る昔の偉い人 読者の回りにもいませんか、次は何が売れるか、何が当るかだけに全神経を集中している人(読者もだったりして!?)。分かっているつもりが、それが金自体なら、結局分かっていないのですから迷宮入りで、ハゲタカやハイエナの格好の餌食です(コルムナ198&199&200&205&208&213&214&221)。 資本主義社会なら最後は商品と金銭の交換、だから売れる物を売る、と言う人ほど悪知恵に長けて人間としての知恵に著しく欠如します。売れ様が売れまいが、自分はこれだと言うその人の信念こそ商品やサ-ビスの本質です。つまり、ビジネスの本質は商品でも金でもなく、人そのものなのです。逆に、人度外視で金を前面に押し出すなら、当面は上手く行っても、この守銭奴の様に必ず最後は手放すに至ります。 自分が何を求めているのか分かっていないと言えば、受験する大学に拠って学部が違う高校生も同じこと。仮に筆者がどこかの会社の人事担当なら、履歴書に書かれている出身校と学部ではなく、書かれていない、滑り止めに受けた他校の学部も総て聞き出すことでしょう。もし、受験学部がバラバラなら、それは自分が何を求めているか分かっていない、信念も自らの山河(同231)もない人間だと告白しているのと同じことです。 人生、求めるべきものを正しく求めれば、金に限らず必要な物は結果として付いて来ます。また、付いて来たもので満足すべきです。それだけのことです。 |
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235 スペインのオリ-ブの心!? 10-10-2006(火) |
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スペイン中部南部を旅行すると分かるが、さすがは世界一のオリ-ブ産出国、他に考えることはないのかと言いたくなる程、とにかく延々とオリ-ブ畑が続く。確かに畑には大きな石がごろごろしており、繊細な農業は出来ないと言うのは我々素人が見ても一目瞭然であり、従って、砂漠性のオリ-ブ位しか栽培出来ないのは納得出来るとしても、これだけの広大な土地があるのだから何か産業でも興せよと言いたくもなる。しかし、たまに工場らしきものはあっても、極めて小規模なオリ-ブの製油工場、レンガ工場、セメント工場位しか見当らない。イスラエル対ヒスボラの戦闘と嘘吐きコルムナ(同226~234)も一段落したところで、今週はコルムナ225&226の続きを少し書いてみることにする。 ユダヤ人を迫害追放した国の経済が廃れるのは世界史の常識と言って良い。1492年1月2日アルハンブラ宮殿落城に伴い、当時のスペイン国王カトリック両王(フェルナンド王&イサベル女王)に拠って約780年に渡るスペインイスラム政権が終わり、スペインは歴史上初めて統一国家となり、現在のスペインの形となった。その3ヵ月後の3月31日、カトリック両王は戦勝の勢いで、その後のスペイン経済の命取りとなるユダヤ人追放令を発布して、家財没収の挙句国外追放にした(泥棒か!?)。だから、命取りとなった中部南部は産業を興そうと言う発想自体が存在しないからオリ-ブだらけになってしまったのである。ところが、国王の命に背いてユダヤ人を残したカタル-ニャ(州都バルセロ-ナ)&バレンシア地方には現在もユダヤ系名字のスペイン人、そして、産業がある。皮肉なことに今も南の貧しいアンダルシア&エクストレマドゥ-ラ地方からこれらスペイン北部に出稼ぎや移民が絶えない。 このユダヤ人に対する扱いがスペインのみならず世界の多くの南北問題の遠因の一つだと筆者は思っている。つまり、ユダヤ人を優遇すれば栄え、迫害すれば廃れる。良く見れば世界はそう言う図式になっていると言えなくはないのである。 力の限り見張ってあなたの心を守れ。命の泉はここから湧く。-----或る昔の偉い人 我々日本人は疑いもなく西側から押し付けられた世界史を信奉していますが、ユダヤ人なら随分違った世界史になることでしょう。或いは、中国人がその悪い癖中華思想の観点から世界史を書けばとんでもない教科書になるでしょう、おそらく。しかし、誰が世界史や歴史を書こうが、一つ共通点があります。それはたまに歪められるものも含めて、通常史実の羅列だと言うことです。つまり、西暦何年にこれこれこう言うことが起こった・・・。これを並べ立てるのが世界史で、これを丸暗記するのが世界史の試験です。 しかし、どこの国でも誰かの指が急に引き金を引いたとか、足が勝手に蹴ったとか言うことはないのです。それらは皆人の心の中で生まれた良い思いや悪い考えの結果としての行動であり史実です。だからこそ、出来事や事件だけではなく、それを引き起こした人の心まで言及する世界史があれば、真に歴史を紐解き、そこから真の教訓を得ることが出来るかも知れません。だからこそ、“スペイン週間コルムナ”はこれからも人の心に言及して行きます。そうすれば、もしや誰かの心から良いものが湧き出るかも知れません。 |
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234 中指薬指小指で嘘吐き総括 03-10-2006(火) |
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今週はこのところご一緒に考えて来た嘘とは何かについて総括してみよう。隣人愛をあざ笑う自己愛の性根そのもの(コルムナ226)。人間味のないあらゆる思考や行動(同227)。潔くないこと(同228)。浅く軽薄でミ-ハ-なこと(同229)。愚かなこと(同230)。自らの山河のないこと(同231)。不正を蒔くこと(同232)。物事を内面より外見で、人を心ではなく上辺で評価すること(同233)。 まだいくらでも書けそうだが、筆者はこれら総てを人間社会では嘘と見なされない“広義の嘘”と呼んだ。広義どころか、法律に引っ掛からなければいい、嘘も方便ならむしろ生活の知恵だと開き直る、嘘に対する認識が極めて希薄な人間が多過ぎるから世の中根こそぎ狂って来ているのである。そして、希薄も度が進むといつか皆無、つまり、もはや嘘を吐いている自覚の全くない人間の皮を被った妖怪嘘吐き権化に成り下がる。こうなると嘘を認めないどころか、自ら進んで嘘吐き大会を仕切って見栄を切る。例えば、もう4年位前だろうか、センタ-にやって来たある日本人旅行者がモロッコからスペインに帰って来る際、モロッコ側の税関でカバンの中に身に覚えのない麻薬を見つけられ、見逃して欲しかったらチップを払え、払わなきゃブタ箱行きだと税関員に脅かされ、結局ATMで約20万円引き出すハメになった。何のことはない。麻薬入れ係と税関の警官がグルでやっているのである。読者はまさかと思うかも知れないが、観光地のモロッコ人など多かれ少なかれ皆こんなもの(同225)。外人には値札なしに平然と20~30倍吹っかけて良心の咎めと言うことばは最初から連中の辞書にはない。もっとも、考えてみれば20万円など、日本が世界に誇る、現在裁判中の風説の流布大王に比べれば可愛いものである。風説を流布しまっくって、しかも、図星を衝かれても自らの非は一切認めない。嘘吐きの王道ここに極めり。確か学問に王道はなかったはずだが・・・。しかし、確かにこんな大嘘が平然と罷り通るのが第三世界だが、だからこそ、平然と嘘を吐く奴は何人だろうが皆第三世界人間なのである。 受けるより与える方が幸いである。-----或る昔の偉い人 もちろん、我々は生きるために金銭や収入を受けなければなりませんが、ただそれを受けて嬉しいだけの価値観の人ほど嘘が多い傾向にあります。このとんでもないモロッコ人の話しは嘘吐きの鏡ですが、実は受ける価値観の人は多かれ少なかれ皆五十歩百万歩で似た様なことをしでかしているのです(同51&52)。 嘘とは何でしょう? 先週まで様々な定義をして来ましたが、受ける幸いは皆広義の嘘であり、嘘の温床とも言えます。嘘の温床なら除去しなければ、現代社会の様に、そこから生えて来ることばや行いは総て嘘の香りのする嘘の実が成ります。これを取り除くには、他人を人指し指でこの嘘吐きと名指しにする時、実は同時に中指薬指小指で自らをも指差していることを自覚することです。そして、“今日から受ける価値観から綺麗さっぱりすっぱり与える価値観の温床に変~えた”と決心することです。資本主義社会ですから、それでも最終的に金銭など受けることに違いはありませんが、与えた結果として受けられればより幸いです。 とは言え、与える方が幸いとか美辞麗句を言われても、身勝手で自己中な人間様には何とバカげたことでしょう。しかし、真に幸いを得たいならやってみる価値はあります。何故なら、根が与える温床なら、広義の嘘まで根こそぎに出来そうな気がするからです。昔どこかのトイレの消臭剤のコマ-シャルにあった様に『クサい臭いは元から絶たなきゃダメ』なら人生は温床の問題です。それにしても、この宣伝文句はもしかすると昭和の名言の一つかも知れませんね。さて、我々の人生の温床は受けることでしょうか、与えることでしょうか? |
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233 嘘吐きファッションショ- 26-09-2006(火) |
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毎年この時期首都マドリ-(マドリ-ド)ではシベレスファッションショ-が開催される。今年はファッションモデルの真似をして拒食症の女性が多い社会問題を反映し、開催前に全モデルの計量を義務付け、一定体重に満たなければ出場させない前代未聞のファッションショ-として、むしろ、こちらの方がマスコミの話題をさらった。頭から計量を拒否して帰った連中もいたらしい。 世界的に見て比較的細い我々日本人から見れば特別ガリ痩せとは思えないかも知れないが、日本女性の脚の様な腕のおばさんがむしろ普通のスペインでは、これらのモデルは病的に映るのだろう。ま、実際食を削ってまでスタイルを維持しているとすれば、確かにそれは健全でも何でもない。 筆者もこの仕事をしていれば、毎日日替わりで日本人旅行者がやって来るので一々顔など覚えている訳はないが、それでもここ何年間かで、いい意味悪い意味で印象の強い人が何人かいなかった訳ではない。もう時効だから書くことにするが、ファッションモデルと言えば、数年前やって来た一人の日本人女性を思い出す。入って来るなり、未だかつて見たことのない日本人離れしたとてつもない長い脚と、ピンクレディ-(←もうこんなおばさん二人はいないのか!?)以上の超ミニスカ-トに度肝を抜かれた。そして、その長身で細身の体に似合わない大きなス-ツケ-ス。聞けばヨ-ロッパを回って服を買っているのだとか・・・。それ以上は聞かなかったが、ま、モデルさんだろうと思った次第である。しかし、それ以上に筆者の印象に残っているのはフラメンコの話題になった時の彼女の答え。『私、人が踊っているの見るより、自分が踊っている方がいいわ・・・』 それ以上は聞かなかったが、つまり、ディスコでミニスカ-トで長い脚を振り回して皆の視線を集めることだけがほとんど唯一の生甲斐の女性であり、これと結婚する男も同類項だろうし、一体どんな主婦や母親になるのだろうと筆者はその場で要らぬ詮索までしてしまった次第である。 人は上辺を見るが、主は心を見る。-----或る昔の偉い人 女性なら、そりゃあ、若くて美人で、細身でスタイル抜群で、細面で目鼻立ちくっきりの方がいいでしょう(コルムナ74)。しかし、これらは純粋に見事に上辺だけのお話し。ところが、見事に上辺だけが総ての価値観と言う人間が多過ぎるからファッション業界なるものが成り立つのです。ましてや、地球上の街では誰も着ない様な火星人ファッション、そして、今日半ばストリップ小屋なのが虚偽の塊のファッションショ-の実態です。 嘘とは何でしょう? 物事を内面より外見で、人を心ではなく上辺で評価することは総て広義の嘘です。上辺や一時の感情で結婚するからスペインは離婚率5割で(同31)、日本は幼児から一億総白痴の金髪で、小学生から制服さえミニスカ-トで、皆リカちゃん人形パフォ-マンスに命を賭けるのでしょう。この様に上辺至上論の広義の嘘吐きだらけだから、日本人のくせに日本人の心が希薄な、醜いアバタだらけの現代日本社会になってしまったのではありませんか? 醜いに対して『美しい日本』・・・。 何と良い響きでしょう。筆者もある意味スペインの事件や出来事を題材に“スペイン週間コルムナ”で同胞日本人の心に『美しい日本』を呼びかけているのです。しかし、いくら安倍新首相がこの新スロ-ガンの指揮棒を振り回そうが、国民一人一人の心が湿気った煎餅の様に打っても響かなければ、総ては美辞麗句のファッションショ-の上塗りです。人が変わらなければ社会は変わらず(同45&59)、日本人の上辺ではなく心が美しくならなければ『美しい日本』はあり得ないからです。 こうなったからには、今後筆者は日本人の心を戦場に“スペイン週間コルムナ”で『美しい日本』を賭けて安倍政権と勝負して行こうじゃあ~りませんか。 |
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232 嘘吐き貧民街は第三世界だけ・・・か!? 19-09-2006(火) |
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先日ボリビアで日本政府の海外支援機関JAICAで働いていると言う中年夫婦が休暇でやって来た。筆者はどうせ第三世界は第三世界の方程式で理屈は皆同じとの確信があったで、モロッコのこと(コルムナ225後半)を引き合いに出して『どうせ、陽気で明るく、いい加減で嘘吐きで、値札など存在せず、総て言い値で外人は騙し放題なんでしょう?』と言うと、『良く分かりますね』とのこと。聞けばボリビアでは同じ商品が現地人、スペイン人、日本人と客の顔次第で三つの価格が存在するそうである。初耳の読者には火星人の漫才に思えるかも知れないが、第三世界を旅行したことのある人はこれが全くの現実であることが骨身に滲みて痛いはずである。 ところが、いざ現場では、皆一見笑顔で親切で、ことばなめらかに(特に中南米のインディオの話し方)話しかけられると、免疫のない日本人は疑うことさえせずコロッと騙される。逆に言えば、海外に出ると分かるが、日本人ほど嘘の少ない民族はいないのだが(これでも!!)、本当の嘘吐きほど一見善人で紳士ぶりっ子、そして、哀れさえ装えば海外の支援団体を騙すことなど日常茶飯事。この夫婦に拠れば連中は何でもJAICAに言えば買ってくれると思っているらしいとのこと。しかも、お礼に何でも三倍に売りつけて丁重なお返し。もっとも、三倍ならアラブ人より遥かに可愛いが・・・。 不正を蒔く者は災いを刈り取る。-----或る昔の偉い人 不正を蒔く者だけではなく、不正を蒔いて巨額の富を得た(様に見えた)者に物欲しそ~に尻尾を振る者も道連れに災いを刈り取ったのがハゲタカドア事件ではなかったでしょうか? しかも、本当の嘘吐きほど正義の味方を演じ、その見事な演技で嘘を見抜く眼力のない多くの観客を騙し、化けの皮が剥がされ様が裁判官の前でも一切自らの非は認めず、絶対に謝らない。実はうぶな日本の読者には以外かも知れないが、第三世界ほど自らの非を認めず、謝ることを知らない人間が多いのが圧倒的な現実なのです、一見いい人なのですが・・・。 嘘とは何でしょう? それは不正を蒔くこと。嘘吐きとは誰でしょう? 大小に関わらず不正を蒔く者は皆嘘吐きで第三世界人間なのです。日本は国としてはG7ですが、個人的に嘘を吐けば、個人的には第三世界の貧民街人生と言う日本人が増えて来ている昨今かも知れません。そして、国中が嘘に踊らされれば、戦前の日本が最後は国中が焼け野原と化した様に、今度は何か別の痛い目に遭うのが摂理とも言えます。しかし、また、義の摂理に立ち返れば負の摂理を回避出来ることもまた摂理です。 不正を蒔いて災いを刈り取りたくなければ、人に与えて惜しまない正しい人になりゃいいんですよ(先週のコルムナ)。大体嘘を吐くのはボリビア人のみならず自らの利のためなのは万国共通。この嘘吐き自己中の大原則を根こそぎ180度方向転換すりゃあいいんですよ。 |
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231 嘘!? 國破れて山河なし!? 12-09-2006(火) |
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一昔前までバスケットのヨ-ロッパ選手権と言えば、決勝はソ連対ユ-ゴスラビア、3位決定戦はスペイン対イタリアと大体相場は決まっていた。実はスペインはサッカ-のみならず、バスケットでも昔からかなり強豪なのである。とは言え、何人でやる競技かも知らない筆者も含めて、日本人には余り馴染みのないスポ-ツかも知れない割には先週まで約3週間広島と埼玉でバスケット世界選手権が行われ、スペインは決勝でギリシャを破って初優勝。どうやら今年の国民栄誉スポ-ツ賞も贈られる様である。 決勝でスペインチ-ムは何と 日●本 の鉢巻をして登場。翌日の新聞にその写真が載っていたが、何と逆様に巻いてガッツポ-ズ。これには笑ったが、周囲でコ-ヒ-を飲んでいたいつもの喫茶店のスペイン人は誰も気付いていない様子(もちろん、選手本人も)!? 筆者が新聞を逆さに持って、あたかもこう言うものだと説明すると、やっと皆笑い出した。ま、これは仕方がない。そして、いつもの店員曰く。『サッカ-WCも終わったし、バスケットも終わったし、次は何や~』 常連客のおっさんが答えて『サッカ-リ-グが始まったばっかりやないか~』と会話は続いた。ところで、先日どこかの日本のある掲示板にこんな投稿があった。『高校野球も終わって、次はオシムジャパンですね~』 『あ、そ~(筆者)』 ここに筆者は思わず今日多くのスペイン人と日本人の共通点を見出さずにはいられなかった。これらは皆他人が主役の感動劇場であり、それはそれで大いに結構だが、帰るべき自らの山河もなく、主観も主体性もない観客人間が多過ぎると言うことである(コルムナ13&14&222)。 正しい人は人に与えて惜しまない。-----或る昔の偉い人 國が勝とうが破れ様が、そこに相も変らぬ山河があるのは杜甫の時代の中国だけではありません。それなのに自らの山河さえなく、他人の山河に寄生している人は人格がないにも等しいのです。 嘘とは何でしょう? それは自らの山河のないこと。人に与えて惜しまない正しい人どころか、人様の山河からもらって嬉しがるだけの正しくない人が多いから現代社会は病んでいるのです。大体他人が野球やサッカ-やバスケットをやっているのを観るのに苦労も努力も要りません。 与えて惜しまずとは必ずしも金銭物品である必要はないでしょう。しかし、自らの山河原産の何かでなければ、中元歳暮の様に、与えても真に感動にはほど遠く、自らもまたふと我に帰ればかったるい人生のはずです。『次の見世物は何や~』ではなく『次に私が私の山河で何をするか』が問題です。 |
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230 火星人の嘘 05-09-2006(火) |
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今月1日からスペインでは100㎡以上の飲食店は禁煙席喫煙席の仕切り工事を義務付ける新タバコ規正法が発行した(コルムナ196)。もちろん、かなり前から時間的猶予を与えられていたにも関わらず、遵守したのはほぼ皆無!? 報道された理由は二つ。金が掛かり過ぎることと圧倒的大多数を占める喫煙客の客離れを恐れたため。 日本人ならどんなヘビ-スモ-カ-でも禁煙と言われたら無理矢理吸う人はいないが、スペイン人のニコ中と自己中と規則に対するル-ズさは島国日本人の理解の範疇を超えている。中々文章では伝わり難いかも知れないが、とにかく、そのくわえタバコの異常な多さに、街を歩いてさえ絶えずタバコの臭いがすると言っても良い。こんな連中に店内でタバコを吸うなと言えば客離れで大幅売上げ減に終わるのもまた確かなことである。 一方、故意か偶然かは知らないが、これまた1日から今週一杯バルセロ-ナで国際心臓外科学会が開かれている。開会早々“タバコさえ吸わなければ大半の心臓病は防げる”との声明が発表された(同83)。 『分かっちゃいるけど辞められない~♪』とは言い古された言い回しだが、大半のスペイン人喫煙者は分かってもいないので辞める発想さえない。例えば、これもまた日本人にはブラックジョ-クにしか思えないかも知れないが、スペインでは飲食店で自らの幼児や乳飲み子の横で両親共陽気で明るくプア~とやっているのは全く日常茶飯事の風景であり、それを見て何ら不思議と思う人もいない。なるほど、自らの可愛い子供に毒を吸わせて何とも思わないのだから、禁煙法など火星人の屁の河童としか思わなくても不思議はない。 人は蒔いたものを刈り取る。-----或る昔の偉い人 分かっちゃいるけど、いえ、分かるどころかノ-天気に毒を美味し~美味し~とがぶ飲みして、しかも、それを悦に入って見せびらかせさえしているのが愚かな人間様の正体かも知れません。“酒は呑んでも呑まれるな(同149)”なら“毒は飲んでも撒き散らすな”、これが禁煙法でしょうか? 政府も酒タバコ税は欲しいんでしょう? 嘘とは何でしょう? 愚かさです。愚かな人は皆広義の嘘吐きです。そして、愚かさを横車で押し通して自慢さえする奴はもっと大嘘吐きです。そして、大嘘吐きほど自らの愚かさに気付いてさえいない・・・。 しかし、気付こうが気付くまいが、人は愚かさの種を蒔けば愚かさの実を収穫する星の元に生まれているのです。星とは逆らえば逆らうほどしっぺ返しを食らう摂理のこと。火星でも冥王星でもありません(同143~145)。 |
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229 真から出た嘘か、“ハイジ”から“しんちゃん”へ 29-08-2006(火) |
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今年はスペインでテレビ放送が始まってちょうど50年目。最近それにまつわる特番やニュ-スも見受けられる。先日テレビ漫画の歴史も紹介されたが、中でも四半世紀以上前に放映された日本のアニメ『アルプスの少女ハイジ(スペイン語では単に“ハイジ”)』はスペイン中が泣いたとか。どうもスペイン語は大袈裟な表現が多いので国営放送のアナウンサ-から平気でこの様な誇張をするのだが、他の娯楽も余りなく、殆どの家庭はまだ白黒テレビで、国営の2チャンネルしかなかったその当時は本当に子供から大人まで見ていたらしい。 ところで、日本語情報センタ-の仕事の一つはアルハンブラ宮殿の予約であるが、昨年末からチケット偽造事件が未だ捜査中であり(コルムナ197)、予約の際は申込者の名前を言わなければならない。そこで筆者は一々口頭で言うのが面倒なので、いつも紙に名前を書いて予約窓口に提示している。先日“シンスケ:Shinsuke~”と言う名前を見せたところ、窓口のおじさんが“シンノスケ:Shinnosuke”じゃないのか、と言った!? 読者にはこの意味がお分かりだろうか? 何とスペインでは六十のおっさんが『クレヨンしんちゃん(スペイン語タイトルは“Shinchan”)』を観ているのである!? しかも、元々スペイン人はこう言うバカ番組が大好きなので、かつて空前の大人気を誇った“風雲たけし城”と共に堂々のゴ-ルデンタイム。 『アルプスの少女ハイジ』から『クレヨンしんちゃん』へ。これがここ25年間のスペイン人の人間の『質』の低下を雄弁に代弁してしると言ってもいい(日本人も!?)。 知恵のある者の心は右に向き、愚か者の心は左に向く。-----或る昔の偉い人 人間の『質』の低下と共に漫画まで低俗になる、いや、漫画だけではなく、人生総て一事が万事なら、総てに於いて低俗化してしまう・・・。残念ながらこれは国境のない人間の堕落の方程式です。 嘘とは何でしょう? 総てに於いて浅く軽薄でミ-ハ-なことは総て広義の嘘であると言えます(同222)。薄くても良いのは薄型テレビと塩分控えめの薄味、浅くても感動したのは横綱大鵬の連勝を止めた平幕の浅瀬川位です。薄っぺらい人間性から深い感動が生まれる訳がないのもまた方程式です。 知恵か愚かさか、『ハイジ』か『クレヨンしんちゃん』か、『キャプテン翼』か『セ-ラ-ム-ン』か、天才かバカボンか、右か左か、真理か嘘か・・・。考えなければ多数決で左へ押し流されてしまうぅ!? |
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228 逆説の真理で見抜く嘘 22−08−2006(火) |
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昨日終わった高校野球甲子園大会も、先々月のサッカ−WCも一つ共通点がある。スポ−ツに限らず、勉強も仕事も様々なイベントも、それが終わった後それが各自の山河でどう継続してどう力となって昇華して行くかと言うことである。ふと我に帰れば、そこには新チ−ム、進路、受験、家庭、職場、仕事・・・と言う各自の現実の山河に引き戻された現実の自分に気付く(同8&13&14&220〜222)。それにしても、スペインに居ながらパソコンの画面で甲子園大会が生中継で観られるとは時代である。今週は高校野球から逆説の真理で嘘とは何かをコルムナしてみたい(コルムナ225〜227)。 まず、球児達の様に目的がないことが嘘である。一生懸命やらないことが嘘である。敗者にも賛辞を贈らないことが嘘である・・・。と列挙していけば、高校野球だけ必要以上に美化しているかの様にも聞こえかねない。実際、今日多くの高校生の実態はそんな綺麗事ではない、いや、むしろ正反対の場合が多いだろうかとも思う。 つい先日日本の高校の先生がセンタ−にやって来た。その勤務先の高校で今年学力について統計を取ったところ、意外な結果が出たそうである。従来全校生徒の成績は放物線を描く、つまり、出来る生徒、出来ない生徒が両側に少数控え、大半は中間層に位置する。ところが、今回の統計では全くの逆放物線、つまり、勉強する生徒と全くやる気のない生徒にはっきり二分されたと言うのである。これはまた、中産階級がいなくなり、金持ちか貧乏人かに両極化し始めている日本経済の悪の根源でもあり、実はこれは第三世界の構図なのである。エリ−トはエリ−ト、庶民は文盲。金持ちは金持ち、貧乏なその他大勢とはっきり別れて中間層が存在しない。極貧に喘ぐ国と一般庶民を傍目に、中南米の金持ちなど日本の金持ちとは桁違いである。日本も知識と経済において第三世界化しているのは何もバブル崩壊の影響を未だに引き摺っているからではない。子供から腑抜けが多過ぎるからである。 少しの愚かさは知恵や栄誉よりも重い。−−−−−或る昔の偉い人 今回の甲子園大会で筆者の印象に残ったもの、いや、記録より記憶に残ったものを二つ挙げるとすれば(同198&200)、まず、三回戦の最後の試合。両校とも知名度も前評判もなく、ファンの注目度も一番低かったはずです。試合もまたワンサイドゲ−ムとなり、記録としてのスコアボ−ドだけ見れば明らかな凡戦でしょう。しかし、そこには一生懸命やれば、それは例え敗者でも、いや、むしろ、敗者の方が記憶に残ること、敗者の美学が存在しました。もう一つは大会歌の一番の『〜潔し〜♪』なる歌詞です。潔ければ敗者もまた勝者である様な社会、つまり、あの甲子園の様な空間が理想の社会かも知れません。 嘘とは何でしょう? 潔くないことは総て広義の嘘であり、潔くない人は総て広義の嘘吐きだと、こう簡潔に言えるでしょう。他人が主役の感動、そして、自らも求める知恵や栄誉も結構ですが、ほんの少しの愚かさでも多くの良い事をぶち壊し得るとすれば、爽やかな一陣の風は、今度は各自の山河で二陣、三陣の爽やかな風となって潔く吹き続けなければ、継続して真の力とはなりません。潔くなければ君に希望は微笑まず、君に栄冠も輝くことはないのです。 |
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227 最高のネタでも嘘の味 15−08−2006(火) |
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スペインプロサッカ−リ−グは今月末から開幕。筆者はサッカ−に興味はないが、スペインにもU21選抜チ−ムがあること位は知っている。とは言え、その内の何人もは既に一リ−グで活躍している選手達なので、これはもう既にかなりハイレベルなサッカ−なのである・・・が、サッカ−大国スペインの割にはU21に対する国民の関心も視聴率も極めて低い。ましてや、それ以下の学生リ−グなど、あるかないのかさえ分からない程報道自体が存在しない。それ故、今現在国営放送で毎日全試合全国実況生中継され、日本全国が注目する高校野球甲子園大会がなおさら特別な存在に思えて来る。おそらく世界中でたかが高校生のスポ−ツがこれだけの扱いを受けるのは日本の甲子園大会位だろう。確かに、中継を観ているとパスボ−ルやエラ−などプロ野球に比べれば多いし、技術的には比べ物にならない。 『よく日本人は、特に若者のスポ−ツなどでは、負けたけど良くやったと言う言い方をすることがある。しかし、それは日本人だけのメンタリティ−であって、日本から一歩出たら通用しない発想である。アメリカ人は、お前は負けたけど良くやったなんて言うことは絶対にない。勝者は限りなく美しく、敗者は負け犬であり、誰も声もかけない。生きていることすら罪悪の様な扱いを受けることすらある。それ位白黒がはっきりしているのである。』 これは筆者が最近読んだ、戦後アメリカに渡ったある日本人格闘家の自伝からの抜粋である。アメリカンドリ−ムを実現して金持ちになった奴もいれば、ルンペンもいる。アメリカに限らず、力と金の論理に洗脳されていれば、確かに人は金銭的経済的成功こそ人生の成功だと思い込むに至り、スポ−ツも一流選手や強いチ−ムにだけ目を奪われ、その他大勢など無関心を決めつけてお終いかも知れない。なるほど、本気でこんな風に思っていれば、“U21や高校野球なんか見向きもしないで、ハイレベルなプロサッカ−やプロ野球だけ観ていればいい”と言うことにもなってしまう。 実に私は怒ってあなたを打ったが、恵みを持ってあなたを憐れんだ。−−−−−或る昔の偉い人 近年ヨ−ロッパには華僑経営の日本料理屋が増えていますが、ろくな寿司を食わされません。いくらネタが新鮮で高価でも、肝心の酢加減が滅茶苦茶なら、それは寿司まがいであって、寿司ではないのです。せっかくのいいネタもぶち壊しです。寿司は酢加減、ネタではありません。同様に人間の本質は人間味であって、学歴、技術、財産、容姿、才能、社会的地位などのネタ自体ではありません。人間味のない人間は人間もどき(マグマ大使)なのです。だからこそ、技術と言うネタは未熟でも、一生懸命と言う人間味がべ−ス味の高校野球は心に美味しいのです。負けて甲子園の砂を持ち帰る球児達と今回ド-ピン愚がばれてツ−ルドフランス優勝を剥奪されたアメリカ人選手とどっちが心に後味爽やかですか(同221)? 繰上げ優勝になったスペイン人選手もバカ負けです。 嘘とは何でしょう(コルムナ225&226)? 寿司の味がしない寿司と人間味のない単に哺乳類のヒト科と言うだけのヒト・・・。人間味とは恵みを持って隣人も相手チ−ムも敗者をも憐れむこと・・・。恵みと憐れみは人間生活のネタではありません。人間味そのものです。人間味のないあらゆる思考や行動は総て広義の嘘なのです。 ところで、スペインでは先月7月から既にクリスマスドリ−ムジャンボ宝くじを発売中(同20&194)。どこが人間味だ!? さあ、明日は筆者の母校が3回戦です。読者の皆さん、応援して下さい。筆者も33年前ブラスバンド部員としてそこに居ました。光陰矢の如く、学成り難し。あの頃は紅顔の美少年だったのに・・・。ああ無常・・・。 |
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226 空爆とミサイル、どっちが嘘吐きか 08−08−2006(火) |
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紀元70年ロ−マ帝国に都エルサレムを蹂躙され祖国を失ったユダヤ人は世界中に散らばって行った。紀元前からフェニキア(カルタゴ)人を通じて交易のあったイスパニアにもこうしてやって来たユダヤ人は他の国でもそうであった様に経済の中枢を握り、同時によそ者として迫害の歴史を歩むことになる。いつしかスペインユダヤ人は“セファルディ−”と呼ばれ、当時の文献など数多く残っている。一方イスラム教徒は711年初めてジブラルタル海峡を渡り、当時西ゴ−ト王国のスペインに侵入して1492年1月2日グラナダ陥落まで居座った。因みに、日本で報道されたかどうかは知らないが、イスラエルの対レバノン進攻に頭に来たイスラム教ヤクザ集団アルカエダは、先日アルアンダルスからイラクまでをシオニズムと西側から開放すると勝手に宣言した。アルアンダルスとはスペイン南部アンダルシア地方で最後まで頑張っていたイスラム王朝を指す。アルハンブラ宮殿はその最も美しい遺産とも言えるが、グラナダ、コルドバ、セビ−ジャ、マラガ、そして、英領ジブラルタル・・・。本気で奪還する気らしい。 と言うことはユダヤ人は711年から1492年までスペインで時にはアラブ人、時にはスペイン人を領主に生きていたことになる。歴史を紐解けば、商売上手なユダヤ人を下手に迫害すれば経済が成り立たないことを知っていたのはむしろイスラム教徒の方で、カトリック教徒の歴代スペイン王朝の方がむしろユダヤ人を目の敵に迫害したのである(先週のコルムナ)。 ユダヤ教とイスラム教は全く無関係と言う訳ではない。例えば、両者は未だに『目には目を、歯には歯を、命には命を』と言う紀元前からの旧約聖書的な価値観に生きている、とすれば今回の紛争も説明が付く。 汝の隣人を汝の如く愛せよ。−−−−−或る昔の偉い人 これは誰でも知っている余りに一般的な言い古された名言であり、また、余りに現実離れした綺麗事過ぎて、むしろ印象に残らない程かも知れません。しかし、筆者はこれこそ人間社会の圧倒的大多数の問題の解決、しかも有無を言わさぬ圧倒的な根本的解決そのものだと断言します。理由は簡単です。今すぐ総ての人が自己中心を辞めて汝の隣人を汝の如く愛すれば、世の中の圧倒的大多数の問題や事件は起こらないはずです。何と簡単で、そして、自己中心で、強欲で、妬みそねむ人間様にはバカげた実現不可能な絵に描いた美辞麗句ではないでしょうか? 嘘とは何でしょう(同225)? 隣人愛をあざ笑うこの自己愛の性根そのものです。だから、我々が自分とせいぜい家族のために一生懸命勤勉に働けば法と親戚近所の手前は善良な市民ですが、この黄金律には毒衝いている広義の嘘吐き・・・だとすれば、これは総ての人の人生を根底から揺り動かす総ての人の大問題ではないでしょうか? |
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225 スペイン人も判官贔屓 01-08-2006(火) |
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8月第2&3&4週はHP担当者の夏休みの都合に拠り、“スペイン週間コルムナ”&“スペインギタ-週間コルムナ”は臨時に文化交流部門掲示板http://6216.teacup.com/daido/bbsに掲載します(火曜日)。 いつもなら“あ、またか”と馴れっ子のアラブ・イスラエル紛争も、今回ばかりは両軍共本気の様相を呈している。唯でさえ昨今の円安ユ-ロ高のご時世に加え、中東で何か起こる度に円が下がる方程式に定められている非石油産出国日本にとって、日本人海外旅行者や筆者の様なEU発日本向け輸出業者には身に滲みる。例えば、何年か前のユ-ロ導入時には10000円=84ユ-ロだったのが、現在10000円=68ユ-ロ。 いつもはアラブ人を毛嫌いするスペイン人だが、今回は連日報道の八割が哀れな無抵抗のレバノン市民の惨状と言う図式である。理由はスペインに限らず、世界中の多くの国は本能的生理的にアメリカ人とユダヤ人が嫌い、唯それだけである。実際マドリ-のイスラエル大使館に市民が『人殺し』と自らの憂さ晴らしに押し駆けたが、別に誰もレバノン市民を思いやっている訳でも何でもない。一方、イスラエルにミサイルを撃ち込んでいるヒズボラや、そのミサイルの発注先と言われるイランや中国大使館には誰もデモに行かない。このユダヤ人嫌いの国民性を熟知している与党社会党が“イスラエルはレバノン市民を標的にしている”とマスコミを通じて煽り、イスラエル大使館と険悪な雰囲気になった。 話しは遡って1492年3月31日。当時のスペイン国王はスペイン在住のユダヤ人の家財を没収して国外追放にした。スペイン人のユダヤ人嫌いは昔からなのである。 剣を取る者は剣に拠って滅ぶべし。-----或る昔の偉い人 紀元前からの絶え間ないアラブ・イスラエル抗争がそう簡単に丸く収まるはずがありません。唯一つ言えることは剣に剣、ミサイルにミサイルをぶちかましても憎悪の上塗りの挙句滅びに至ると言うことは、個人から国家まで共通だと言うことです。その意味ではどっちもどっちですが、敢えてモロッコのタンジ-ルのモロッコ人だけを参照するとすれば、筆者はイスラム教徒は嫌いです。何を買うにも値札がなく、外人は騙し放題。金太郎飴の如くどこを切っても嘘が出て来ます。その嘘の桁は日本人とは二桁違い。確かに人間とは多かれ少なかれ皆誰でも嘘吐きですが、筆者個人としては嘘の少ない方の肩を持ちたいところです。 来週はこの“嘘”がいかに人間個人個人から日本やスペインなど国家に至るまで決定的な影響を与えるのか、かつてスペインに住んでいたユダヤ人やアラブ人の話しも交えてコルムナしてみましょう。 |
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224 陽気で明るく懲戒免職 25-07-2006(火) |
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グラナダ県の北隣、同じアンダルシア地方ハエン県の県庁所在地ハエン市での先々週の出来事。進入禁止の道路を白昼堂々と逆方向に進入していたのは何と教習中の教習車!? さすがは良くも悪くも唯我独尊のスペイン人。教官はパトカ-の停車命令を度外視して逃走を開始。暫しのカ-チェイスの後やっと無理矢理停車。もちろん、スペインだからここで話しは終わらない。何と教官は自分で車を降りることも出来ないほどベロンベロンに酔っ払っており、血液内のアルコ-ル度は規定の5倍。酒気帯び運転どころか、泥酔運転で即免停。そこから先は新聞には書いてなかったが、ま、おそらく懲戒免職だろう。 先週末同じく懲戒免職になったのがグラナダ県の南隣、マラガ県マラガ市の刑務所勤務の警察官7人。女性服役囚達と定期的にパ-ティ-を開催し、取ッ換え引っ換えやりたい放題やらかしていたのが発覚。変態教師やスケベ警官は日本だけではなかったのである。 気違いは燃え木を死の矢として投げるが、隣人を欺きながら“ただ、戯れただけではないか”と言う者もそれと同じだ。-----或る昔の偉い人 サッカ-WC決勝の事件。その後の記事では、あんなのはプロサッカ-では日常茶飯事の日常会話じゃないか、と言う開き直った意見の方が多かったのには驚きましたが、それは結局当事者もファンもプロサッカ-はスポ-ツマンシップ度外視の単なる球蹴りビジネスだと自ら認めたのと同じです。それなら“このアラブ人のテロリストの売春婦の息子野朗”と本気で戯れたとしても不思議ではありません。そう言えば、もう十数年前の話しになりますが、あるスペイン人の知り合いが息子とサッカ-観戦に行って、『行くんじゃなかった。ワシは息子とサッカ-が見たかっただけじゃ』と言っていたのを思い出します。もうその頃からとんでもない野次だった様ですが、例えば『クソしに行って来いや!!』『おかまか、テメ~は!!/うるさい、この売春婦の息子が(これはラテンの国では確かに一般的な言い回しだが)!!』『(審判の判定に)もっとよう見んかい、ボケッ!!』 とまあ、軽い表現だけでもこれ位はあります。 しかし、あれが本当に日常会話的表現だと心から思い込んでいるから、イタリア人は後味悪くも何ともなくWC優勝を心から喜んでいるのでしょう。もし、あれが日本人選手なら日本国内で大論争になっていたはずです。今でもドイツ人の年配が日本人に『今度はイタ公抜きに一緒に戦争しよう』と言うのも分かります。これは昔から良く聞く冗談半分ですが、冗談半分と言うことは、残り半分は本音です。 スポ-ツマンシップのないスポ-ツなど人間味のない人間と同じく、単にスポ-ツの上手い哺乳類のヒト科と言うだけです。早く走るチ-タ-、狩りの上手いライオン、上手くボ-ルを裁くプロサッカ-選手、運転の上手い教官、制服だけは警官のスケベ親爺。何か違いがあるでしょうか? いえ、汚い暴言を吐く分、理性のないヒトの方が最悪です。今日社会を良く見渡せば、戯れたつもりで隣人を欺きド衝く多くの気違いが大手を振って燃え木を死の矢として投げている・・・。毎日こんなニュ-スばかりではないでしょうか? それを戯れただけだと済まされては堪りません(コルムナ199)。 |
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223 言い触らせば世界一物価の高い都市 18-07-2006(火) |
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日本で報道されたかどうかは知らないが、先日のスペインの国際ニュ-スに拠るとモスクワが東京を抜いて世界一物価の高い都市に“昇格”し、極貧生活を送る大半の地元市民はこれに対して冷ややかな反応を示しているとのことである。筆者は実は最初飛行機は一切使わずソ連経由でスペインに来たので、あのモスクワが、と我が耳を疑った。 昭和54年4月14日横浜港からナホトカ~ハバロフスク~イルク-ツクと総てシベリア鉄道で旅行しながらモスクワに到着して3泊。アイスクリ-ムが30円。お茶(ロシア語でチャイ)が5円。食事が100円位だったと記憶している。まず、店の数が極めて少なく、品揃えが極めて貧弱で、ス-パ-と言うより粗末な食糧配給所には、黒パン、チ-ズ、牛乳、ジャム、卵、干し魚位しかなく、10品目に至らず驚いたのを良く覚えている。テレビは真空管の白黒テレビで、街を走る車はとんでもないボロ車。行く先々でガムやジ-パンや時計や電卓を売ってくれと大人達にせがまれ、そのくせ至る所でいかめしい軍服の軍人が目に付いた。日本の平安時代の庶民の方がいい物を食べているのではないかと思うほど共産主義国特有の物不足は明らかだったが、ロシアのおばさん達は皆レスラ-の様な体格だった。 今思えば、今は無きソ連に行っておいて良かったとは思うが、そのソ連がまさかの解体でロシアが無理やり資本主義に移行してもう10年以上。その頃放送されたBBCのドキュメンタリ-で失業中の元ソ連宇宙局勤務のエリ-ト技師が他の多くの市民達と一緒にモスクワ郊外のゴミ捨て場で激しく雪の降る中食べ物をあさっている場面とインタビュ-は強烈だった。それがトチ狂って世界一物価の高い都市!? 何を考えとるんじゃ!? 利口な者は知識を隠し、愚か者は自分の愚かさを言いふらす。-----或る昔の偉い人 ロシアのにわか成金が何ぼのもんか知りませんが、連中が共産主義から解き放たれた野獣の如く、自らの金銭物欲に一切歯止めを掛けず物価を吊り上げた結果を地元でのG8サミット直前にこれ見よがしに発表したのだとしたら、無い袖を振ったり、無いバブルを膨らませて言い触らす奴等同様、ロシアの政治家の程度は極めて低いと言わざるを得ません。 利口な者の隠すべきは知識だけではないのかも・・・。いえ、人間利口でなければ知識に限らず何でも隠すどころか、愚かにも自慢げに言い触らす方程式になっているのでしょう。人の真価は、実は“隠す”か“言い触らす”かで簡単に識別出来るのかも知れません。 |
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222 やっと終わったか~。で、次は? 11-07-2006(火) |
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やっとサッカ-WCが終わった。早々と敗退した日本やスペインにとっては炭酸の抜けたサイダ-の如き後半戦だったかも知れない。しかし、その後の各自における継続の実こそ実は各自の正念場なのである(コルムナ13&14&220&221)。 いつも感じることだが、日本の新聞やニュ-スのコメントには人間味が垣間見れるが、スペイン(おそらく他のヨ-ロッパ諸国も)では全く純粋にスポ-ツの技量や結果だけが問われ、強いて言えば、その場のスポ-ツとしての感動はあっても、人間としての感動は希薄である。勝者だけにスポットが当るのが現代プロスポ-ツだとすれば、敗者からも感動をもらえる敗者の美学を感じてこそ真のスポ-ツだと言えるはずだと筆者は思うが、読者はどうだろう? 元々筆者は、サッカ-はその昔玉井真吾のファンだった位で、正直今でもオフサイドが何かはっきりとは知らない。大体どんなに凄いシュ-トを決めても一点しか入らないサッカ-より、一度に4点まで入る野球の方が面白いのだ(一回のスマッシュで15点も入るテニスは不可解だが!?)。そんな筆者にとって今回のWCで一番印象に残ったのは早々とベスト8で負けて本国に帰ったブラジルチ-ムを、罵声を浴びせるために空港で待ち構えて“給料泥棒”などと罵っただけでは飽き足らず、市内で破壊や放火してまで鬱憤を晴らしたブラジル人サポ-タ-達である。もちろん、全員ではないのだろうが、サッカ-を人間性度外視の球蹴りゲ-ムと思い込んでいる軽い人間性の持ち主に限ってこう言う重度の軽はずみな言動に走るに至る。あれが世界中に報道されて何とも思わないのだから、ブラジル人にとってはとんだ継続の実である。 終末の時代には三つのSが盛んになる。-----或る昔の偉い人 三つのSの一つはスポ-ツですが(同166)、もっと詳しく言えば、終末の時代には人間の質も著しく下がり、高尚なスポ-ツも人間性度外視の単なる手足の運動に成り下がり、しかも盛んになると言うことです。もちろん、スポ-ツ自体が悪い訳ではありませんが、どんなに高度な技術のスポ-ツも、後に人間としての感動と余韻が残らなければ、総ては来週にはもう忘れ去られている今週のベストテンと同じです。何故ならミ-ハ-は罪悪だからです。 読者の継続はどうでしょうか? 我々は華々しく脚光を浴びることのないその他大勢です。しかし、我々の現実の山河である学校、職場、近所、家庭で、人が見向きもしないどんな些細なことでも、そこに人間味を加味すれば、決して炭酸の抜けたサイダ-の様な人生になることはありません(同96)。これこそ我々が求めるべき“継続は力なり”のはずです。 ところで、我々人類はもう終末の時代に入っているのでしょうか? 三つのSと北朝鮮のミサイルがその証拠だったりして!? |
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221 類は友を呼んでサッカ-と自転車!? 04-07-2006(火) |
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日本は早々と一次リ-グ敗退に終わったが、スペインも次の16強で消えてしまった。今回のWCドイツ大会後引退を表明していたジダンの引退試合にしてやると息巻いてフランスとの試合に臨んだスペインは、そのジダンにダメ押しの芸術的ゴ-ルを食らって3:1の完敗。引導を渡すはずが引導を渡されて帰途に着いた。人生自信を持つことは大切だが、やはり、やる前からラッパを吹き鳴らすのは辞めた方がいいと言う教訓となった。 一方、ヨ-ロッパでは自転車で山あり谷ありのコ-スを誰が一番早いか競う自転車ロ-ドレ-スが結構盛んである。一体何が面白いのかと日本人なら思うところだが、全く何の興味もない読者でもツ-ル・ド・フランスと言うことば位は聞いたことがあるだろう。どうせならサッカ-WCが終わった来週からにすればいいのに、先週土曜日に世間の一大注目を浴びて始まった。何せ優勝候補やスペインを始め各国有名選手が軒並み何人も薬物使用疑惑で初日から出場停止を食らう異例の大会となり、競技自体よりも、むしろ、こちらにファンやマスコミの関心は行ってしまっている。抜き打ち検査すれば、サッカ-界でも埃の出て来る奴はかなりいるはずだと言う議論が一切起こらないのも不思議である。 日本では既に地区予選が始まっている高校野球では『スポ-ツマンシップに則り~』と選手宣誓するが、プロサッカ-や自転車競技ではこれはブラックジョ-クらしい。審判の死角を衝いてユニフォ-ムを引っ張ったり、足を引っ掛けたり、ペナルティ-欲しさに演技をしたり、薬中が神の手と称して手でシュ-トを決めたり・・・。これが卑怯な反則ではなく、老獪なインサイドワ-クとして評価されるのだから、お世辞にも子供の教育にいい訳がない。 力の限り見張ってあなたの心を見守れ。命の泉はこれから湧く。----- 或る昔の偉い人 要はスポ-ツではなくスポ-ツマンシップ、技量や結果ではなくスポ-ツマンとしての心の問題です。その心を見張るどころか、記録と賞金に心を売れば、スキャンダルに終わるのは自転車競技だけではありません。同様に、人間最後は学才や技量ではなく人間性だと言うところまで行き着きます(同194)。こじ付け過ぎでしょうか? しかし、学才に長けた東大出のエリ-ト達が正義のヒ-ロ-ぶりっ子して大言壮語を吐き散らし、ル-ルの盲点を衝いて、株券で審判と観客を騙して、最後は人間としてレッドカ-ドを食らって、罵声を浴びて退場処分ではなかったでしょうか? 人は記録でもなく、稼いだ金でもなく、地位や名誉でもなく、外見や容姿でもなく、その人の心そのもの(同96)・・・。考えてみれば簡単なことです。サッカ-も野球もオリンピックも、スポ-ツ自体ではなく、スポ-ツマンシップの競技となれば、より真に観る者の心に訴え、記録より人々の記憶に真に残ることでしょう(同198&220)。 |
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