◆スペイン週間コルムナ◆火曜日更新
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果たして人の一生は物の売買だけで一喜一憂するだけのものでしょうか。自分の欲だけ満たして最後は皆等しく死ぬために働くのが人生でしょうか。 日本語情報センタ-は単なる情報屋ではありません。スペインの情報やサ-ビスを通して別次元の人生観を日本の同朋に問いかけます。 |
161-180
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180 夏祭りは一生の想い出に残り過ぎ 20-09-2005(火) |
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スペイン全国どんな市町村に行っても必ず年に一度の祭りがある。八月九月はそんな時期である。洞窟式住居で有名なグラナダ県グアディクス町も先々週盛況の内に無事夏祭りを終えたはずだったが、問題はその一週間後の先週に勃発した。
町役場が祭りの一環として子供体験入墨教室を企画した、と言うと日本の読者はびっくり仰天かも知れないが、筆者はもう五年位前にグラナダ市近郊の村祭りの余興に担ぎ出され、村の体育館でギタ-で日本民謡を弾かされたことがあり、その時既にこの村でも子供を対象にした入墨教室が催されていたので、この国では入墨はもはや子供から常識化していると言っても良い。実際街を歩けば入墨者の多いこと。特に若い女性や女学生が多い。
ところが、今回多くの子供達が数日経てば消えるインスタント入墨をスタンプの様な軽い気持ちで入れたのはいいが、消えるどころか痛み痒みを伴う火傷状態になり、保護者が大騒ぎを始めた。医師の診断ではほとんどの子供達の火傷跡は一生消えることがないとか。規定外の薬品が使われていたことも分かり(この国では入墨の原料を規制する条例があるとのこと←こんな条例があるのか!?)、保護者は最後まで責任追及すると息巻いている。入墨教室を企画した町役場の係りか町長の責任のことを言っているらしいが・・・。
小中学生の自分の子供が入墨を入れたと一緒に喜んでいたテメ-等のバカさ加減の責任だとは誰も思わないらしい。親も子も学校も政治家も皆入墨を芸術だ文化だ真っ当なことだと心から思っているのだから、これはやはり巨大な精神病院の証しである(コルムナ114&118~120&123&135&168&169&174)。
自然自体があなたがたにこう教えていないでしょうか。-----或る昔の偉い人
自然とは何も海や山だけではありません。我々に一番身近な自然とは我々の自然の体です。そして、自然破壊とは何も海に汚水を垂れ流し、空中に排気ガスを撒き散らすだけではありません。遂に自らの自然の肉体を加工して自らを自然破壊し、穴を開け金具を刺し、肌に墨を塗り込み、銀バエの如く髪を染め、自然を捻じ曲げて悦ぶ・・・、それも子供から。正に21世紀を迎えた堕落した人類の演じる末期ガン漫才です。
自然破壊すれば今回のアメリカのハリケ-ンの様に強烈な自然のしっぺ返しが待っています。人間は自然の摂理には勝てないのです。人間の生まれ持った肉体についても同様です。
自然自体に諭されると言う時代はもう終わってしまったのでしょうか?
終わってしまったのなら自然を破壊して悦に入る人類もまた近い将来終わることでしょう。いや、かろうじて終わらないにしても、今後ますます巨大な精神病院内で気違いの正論が罷り通るであろうことは目に見えています。それにしても子供入墨教室・・・。やはり気違いです。
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179 今日も遅いぞスペインの汽車 13-09-2005(火) |
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先週のある来館者の話しに拠ると列車が一時間“も”遅れたそうである。また、その三日前の旅行者は列車が途中故障で立ち往生。バスでグラナダ国鉄駅まで何時間も遅れて到着したそうである。
スペイン国鉄ご自慢のフランス製新幹線AVE(スペイン高速鉄道)は定刻より五分以上遅れたら全額払い戻しを謳い文句にしているが、その他の列車は昔からこの様に遅れ放題がむしろ常識である。と言うのもスペインではほとんどの路線が単線であり、一本遅れると軒並み遅れるからで、それは21世紀になっても全く反省の色は伺えない。もっとも、スペイン政府は近い将来国内をAVEで網羅するつもりらしいが(コルムナ90)・・・。
何と言う価値観の違いだろう。もし、スペイン人が僅か一分の遅れを取り戻すために起きたJR宝塚線の事故のことを聞いたら、誰もがブラックユ-モア漫才としか思わないことだろう。
列車に限らず過密スケジュ-ル人生の日本人からすると、呑気なスペインは天国に見えるらしい。少なくとも日本人旅行者はスペインに来る前も来てからもスペインとスペイン人に対してそんな印象を持っている様である。確かに、時間や規則にル-ズで(目安としか思ってない:例*車内禁煙の市バスで運ちゃんだけタバコを吸う:それを見て乗客もおかしいとは思わない!?)、昼間から一杯やっているスペイン人(誰もビ-ルとワインは酒とは思っていない:例*警官も休憩中にビ-ルを一杯:もちろん制服を着たまま!?)は窮屈な社会生活を強いられている日本人から見ればそう映るのかも知れない。
この様に日本人とスペイン人は一見両極端に見えるが、果たしてどちらが人生を楽しんでいるのだろう?
多くの日本人旅行者はあくせくしないスペインの方がいいと結論付けて帰る人が多い様であるが、これは永遠のテ-マなのだろうか?
それ故、私はあなたに誠実を尽くし続けた。-----或る昔の偉い人
永遠のテ-マでも何でもありません。答えははっきりしています。何人であろうが他人に対し、社会に対し誠実であれば良いだけの話しです。ただ、現代社会には余りに不誠実が横行しているので、不誠実が誠実に取って代わり、世の中混沌として本来の誠実の影が薄くなっているだけの話しなのです。
自分の欲だけに誠実に尽くし、いつの間にか不誠実丸出しの人間だらけの不誠実な人間社会になってしまった・・・。これは万国共通の現実です。
誠実でさえあれば成績が悪かろうが、列車や仕事が遅かろうが、大した問題ではないはずです。
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178 アクロバットもほどほどに 06-09-2005(火) |
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先週金曜日アンダルシア地方ハエン県バエサ町上空で突如スペイン空軍のジェット戦闘機が超低空飛行でアクロバットワンマンショ-を始めた挙句に墜落。パラシュ-トも低空過ぎて役に立たずパイロットは即死。墜落した民家に居た30歳のお母さんと0歳児も巻き添えを食って焼死した。おまけにこの町はこの日の飛行訓練コ-スには入っておらず、ご当地出身のパイロットが勝手に立ち寄って凱旋アクロバット飛行パフォ-マンスをやったらしい。
故郷に錦を飾るどころか、故郷の人を道連れにして自身も突然故郷で死んで、本人もこの母子も町民もマスコミの前で必死に釈明する防衛大臣もさっぱり訳が分からないことだろう。もっとも、世界のどこにも中身がすっ空かんの虚栄心に訳の分かる話しなどないのであるが、敢えて一般論を言えば、どうもスペイン人に限らずラテン民族は元来虚栄心の強い人が多いことは疑いのない事実である。
しかも、これだけの事故の割にトップニュ-スにならないのもスペインらしいと言うか・・・。国民の間にも何か重大事が起こったと言う雰囲気は一切なく、皆相変わらず開幕したばかりのスペインサッカ-リ-グの方が気になる様である!?
このパイロットのスタンドプレ-も国民の無関心も、結局総ては自己中の成せる業なのである。とばっちりを食った方は堪ったものではない。
知恵の正しいことはその行いが証明する。-----或る昔の偉い人
空軍のパイロットなら頭の切れるエリ-ト軍人のはずです。でなければ一機何十億円もする戦闘機の操縦菅を握らせてはもらえません。しかし、それは単に知能指数や操縦技術の『量』の話し。人としての知恵、つまり、『質』ではありません。
同様に学校では点数の『量』が、実社会では業績、つまり、売上げ額の『量』が我々の社会的価値を決めてしまう現代社会に我々は否が応でも住んでしまっているのです。いい点を取って、いい大学に行って、いい会社に就職して、しっかり金を稼げばエリ-トなのです。
しかし、知恵があるかどうかは必ずしもその人の言うところではなく、行いが証明します。その証明書は『量』ではなく『質』に拠ります。ところが、知恵の証明書ではないこの世の多くの証明書はただ単に『量』の証明書の場合がほとんどです。この見分けが付かないとこの『量』の価値観に振り回されてしまします。
町民の話しでは、このパイロットは以前から里帰りアクロバット飛行の常習犯で、しかも、わざわざ家族に今からアクロバットをやるぞと前以って電話して知らせる気の配り様だったとか・・・。バカ丸出しです。行いがバカだからです。
我々も知能指数や金や社会的地位はあっても知恵がなければ、実は我々の行いはバカ丸出しパフォ-マンスに過ぎなかったりして・・・。ああ無情・・・。
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177 21世紀の黄禍論 30-08-2005(火) |
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現在何百万着と言う中国製衣料品が一週間以上前からEU各国の税関で足止めされ、現在も北京でEUと中国の首脳が緊急折衝中である。
世界中に安売り攻勢をかける中国にEUが輸入制限枠を設けて自国内産業を守ろうとしている訳であるが、EUは来年分の規定輸入枠分から差し引け、中国は輸入枠を拡大しろと譲らないらしい。
更に面倒なことに足止めを食っているこれらの衣料品は既にEUの業者から中国の業者に発注されたものであり、しかも、支払いが終わっているから衝き返す訳にもいかず、話しはますますこじれる一方なのである。
ここスペインだけに限って言えば、ユ-ロバブルに伴う物価高騰に苦しむ金のない一般庶民は、例え質は悪くても、衣料に限らず激安の中国製品に手を出さざるを得ない。となれば業者もまた中国製品を輸入せざるを得ない・・・と中国の思う壺にハマっている構図が見えて来る。実際スペインに限らず多くのEUの衣料品製造業は廃業や規模縮小に追い込まれている(コルムナ172)。
話しは変わるが、先日のニュ-スに拠れば、中国の驚異的な経済成長を目の当たりにして、アメリカのアジアにおけるベストパ-トナ-は日本を抜いて中国を挙げる世論調査結果が出たとか。さすがは総てを金の『量』だけで判断する現金なアメリカ人の国民性丸出しであると筆者は思った次第であるが、もはや共産主義とは名ばかりの、これまた現金が大好きな中国人とは低次元の共通項“金”の『量』で結ばれるのかも知れない。
金銭を愛することが総ての悪の根源である。-----或る昔の偉い人
ところで、中国の経済的台頭はその共産主義の行き詰まりと裏腹です。『総ての人が総ての人のために働き総てを共有する』この崇高な理想を強欲で自己中な人間様に実現出来ると思ったことが共産主義体制崩壊の元凶であり、隣人愛の手本とも言える共産思想自体は、むしろ、人類の理想の姿ではないかと筆者は今でも思っています。
同様に金銭自体ではなく、金銭を愛することが総ての悪の根源です。金銭自体は生活に必要不可欠な良い物ですが、この金銭の扱いに人としての『質』を全く欠き、単にその『量』をその価値観と取り違える時、多くの“悪”が芽生えて来る・・・。これが現代社会の多くの問題の元凶ではないでしょうか?
随分昔から白人の黄色人種への偏見の意味合いで黄禍論と言うものがあった様ですが、これだけ人のことを思わず安売り攻勢をかければ、これは確かに21世紀の黄禍論かも知れません。しかし、真に禍の元は誰のせいでもなく、肌の色でもなく、実は我々一人一人の自己中に帰着することを世の中一体どれだけの人が気付いているのでしょうか?
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176 今昔戦争ドキュメンタリ- 23-08-2005(火) |
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先週火曜日国連平和維持軍としてアフガニスタン駐留中のスペイン軍ヘリが墜落。乗組員17人全員が死亡する大惨事となった。土曜日は三軍の総司令官である国王自らも出席して国葬が執り行われた。突風が原因との見方が強いが、タリバン残党の攻撃だった可能性も否定されてはいない。
泣きながら結婚一年目で殉職した夫の棺を担ぐ、同じく職業軍人の奥さんの姿は全国の涙を誘った。新婚一ヶ月の兵士もいた。
最近聞いたラジオ番組で『人は死んでもその印象はいつまでも人々の心に残る。これこそその人の人格そのものである』と聞いたのを思い出す。つまり、人々の心には金や物ではなく『人格こそいつまでも残る』のであり、スペイン週間コルムナの基調でもある“まずは人ありき”と合致する。我々は無意識の内に我々の何気ない言動に拠って実は周囲の人々の心に我々の自伝を書いているのかも知れない。果たして秀作か駄作か、入選か落選か・・・。
この兵士たちは皆30歳前後で逝ってしまった。一体どんな起承転結の小説を書くつもりでいたのだろう(コルムナ156)。
筆者はこの事故を聞いた時“人生はいつ終わるか分からない。だからこそ人生には深さを求めるべきだ”と思った次第である(同171)。我々の一挙手一投足に人としての深さを求めれば結果的に或る程度傑作の人生劇場が描けるはずだと思う。
ですからあなた方は偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語りなさい。-----或る昔の偉い人
この偽りから真実への180度の転換こそ深い人生の秘訣です。そんな人生を歩んだある日本人のことをつい先日インタ-ネットで知りました。8月15日終戦記念日に放送された淵田美津夫大佐のNHKドキュメンタリ-番組です。筆者は子供の頃戦記物が好きでかなり読みましたので、大佐の名前は良く知っていました。
番組をご覧になった読者も多いでしょうから詳細は省きますが、大佐の人生は人生劇場どころか、正に国際大河ドラマです。http://www.being-nagasaki.jp/genbakutaikenki/hutidamituo.htm
世界戦史に残る“トラトラトラ”を打電した淵田美津夫大佐は、むしろ敗戦の後偽りを捨て真実に目覚め、多くの人の心に時空を超えて色褪せない本当の感動を刻んだのではないでしょうか。
我々もスケ-ルは遥かに小さいが、しかし、深さの伴った人生の小説を周囲の人々の心に書き上げたいものです。そうすればいつお迎えが来ても人様の心に小さな、しかし、いつまでも深い感動の余韻を響かせることが出来るでしょう。我々の人生の価値は或る意味死んでからの他人の評価とも言えるのです。
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175 若くて美人でスタイル抜群で・・・ 16-08-2005(火) |
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スペインのプロスポ-ツと言えば圧倒的にサッカ-が有名だが、意外と知られていないところではバスケット、自転車ロ-ドレ-ス、オ-トバイレ-ス、そして、テニスは男女とも世界の強豪であり、アマチュアでは水球、ハンドボ-ル、競歩、新体操、シンクロナイズスイミングなどはいつもメダル候補である。
筆者は興味がないので全然詳しくはないが、名前だけは誰でも知っているウインブルドンやデイビスカップは元より、スペイン国内でもかなりの数のプロテニスト-ナメントが行われている様である。その内の一つ、名前は覚えていないが、再来月10月に首都マドリ-(マドリ-ド)で行われる予定の何とかテニス大会がこのところテニスコ-ト以外の話題を集めている。総ての試合ではないが、通常子供が担当するボ-ル拾いを一般公募で採用される若い魅力的な女性に何試合かやらせようと言う試みである。もちろん、若くて美人でスタイル抜群でなければ採用されないのは言うまでもない。論議を呼んでいるのは正にこの点である。その内容は読者の皆さんにも大体想像が付くと思うが、今週のコルムナでは別の観点から焦点を当ててみたい。
いや、実はわざわざ別の観点からと言うまでもなく、毎度のことである。楽しきゃいい、美味しきゃいい、楽な方がいい、女の子は若くて、美人で、スタイルが良けりゃそれでいい。それをお目当てに観客が来て売上げが上がればもっといい。ただそれだけのことである。結局は内面度外視、外見絶対視の浅はかな価値観のあからさまな顕現であり、小学生から髪を染めてミニスカ-トの制服のコスプレ日本と理屈は何ら変わらない。
力の限り見張って貴方の心を見守れ。命の泉はここから湧く。-----或る昔の偉い人
内側に命の泉も人間性もないから、心どころか、ただ外見だけに力の限り気を使う、時間を使う、金も使う・・・。こんな価値観だから“私もファッションモデルになってちやほやされながら楽してお金を稼ぎたい”とますますコスプレに走るのでしょうね。しかし、皆がテニスコ-トのボ-ル拾いになれる訳がありません。“だったら、出会い系サイトで適当に面白おかしくやればいいわ”とか、“日本でOLも飽きたし、転職も何だから、スペインに留学にでも行こうか・・・”。留学も落ちたもんです(同84)。
今行われているヘルシンキ国際陸上は結構ですが、女子選手のユニフォ-ムが一体何故あの様な小さな水着みたいでなければならないのでしょう?
命の泉とは人間としての深い感動でしょう。総て浅く薄いことが罪悪なら(同13&171)、もちろん、浅はかな感動も広い意味で罪悪です。
女性なら、そりゃ若くて美人でスタイル抜群の方がいいでしょう。ただ、問題はそこから先です(同74)。その先を見ようとさえしない人には、やはりその先はありません。
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174 スペインも意外と注目広島60周年 09-08-2005(火) |
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先週金曜日8月6日は広島被爆60周年。区切りのいい年と言うこともあり、スペインのマスコミやテレビニュ-スでも例年より扱いが大きく、ドキュメンタリ-まで放送(もちろんBBC製作)された。誰でもこの様な番組を見せられれば核廃絶を願わずにはいられないが・・・。
戦時中小学生(国民学校)だったあるお婆さんの話しに拠ると、家庭で食事の前に毎回『こうして食事がいただけるのも兵隊さんのおかげです』と言わされていたそうである。と言うか、本人には強制されていると言う意識は全くなく、当時はこれが極めて普通の国民感情だったのである。
そこで、もし我々がタイムマシンに乗ってその場に居合わせたら一体どう思うだろう?
『こりゃあかん。完全に軍国主義に洗脳されて手の施し様がない』と読者も筆者も思うことでしょう。ある意味今の北朝鮮の軍事独裁体制と酷似しているとも思うことでしょう。下手に『天皇陛下は神ではありません。日本はもうすぐ戦争に負けます』と本当のことを言おうものなら非国民呼ばわり間違いなしである。しかし、それは我々がタイムマシンでやって来て完全な第三者の立場から考察するから気付くことであり、当の本人達は国土が焦土と化し、原爆二発叩き込まれて敗戦に至るまでは勝ち戦のつもりでいたのである。
なるほど洗脳政治、洗脳教育の力とは恐ろしいものだが、筆者は21世紀を迎えた現代の日本にも同じ危険な匂いを感じる。当時は“一億総玉砕”、そして、今は“一億総白痴”だと言うことである。片やガチガチの硬派、片や腑抜けた軟派で全くの両極端だが、同じく“一億総~”には違いない。一億総白痴の如く髪を染め、小学生からミニスカ-トの制服。携帯の出会い系サイトとやらで子供から貞操観念総白痴・・・。
『そんなの今や常識じゃないか』とかなり多くの日本人が反発する時代ではないかと思う。しかし、それは戦時中に『日本が戦争に負ける訳がない(そんなの常識じゃないか)』と反論するのと同じ愚の骨頂である。黒髪の日本人が自ら好んで銀バエの如く髪を染め、リカちゃん人形の如きファッション感覚の制服。それに乗せられるスケベ教師やエロ巡査。芸能人は売れなくなったら脱いで写真集。携帯に操られる脳みそ空っぽ世代・・・。こんなのが常識ですか?
こんなのが常識と思って疑わない人でもタイムマシンに乗って突然今の日本にやって来ればその巨大な精神病院振りに気付くのではないだろうか(コルムナ114&118~120&123&135&168&169)?
若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いてもそれから離れない。-----或る昔の偉い人
いくら原爆記念日だけ厳粛な気分になっても、人間の負(愚!?)の本性を思えば今後核兵器は廃絶どころかますます増加し、バカな人間様は遅かれ早かれ核ミサイルの打ち合いで玉砕すると筆者は予想します。これが日本の場合ではなくても、“一億総白痴”に拍車がかかれば何らかの形で“一億総白痴日本丸”が玉砕するのは目に見えています。或いは文字通り北朝鮮から核ミサイルが飛んで来ても何の不思議もないご時世ですし、最近震度3~4の地震が各地で頻発していることにも筆者は嫌な予感を覚えます。
これは日本の諺で言う『三つ子の魂百まで』と同じです。三つ子の頃からしっかりした価値観を植え付けてやれば、わざわざタイムマシンに乗ってやって来なくても何が益で何が害なのかが分かる眼力が養われるはずです。『スペイン週間コルムナ』もそのお役に立ちたいと思ってのものですが、何も筆者の書くコルムナが大したものだと言う訳ではありません。ただ、毎週引用する『或る昔の偉い人』のことばを指針としてみて下さい。わざわざタイムマシンに乗ってやって来なくても、必ず巨大な精神病院に居ながらにして不動の価値観に遭遇します。
巨大な精神病院の中で正論を語れば非国民呼ばわりされるのは必然ですが、読者にこの勇気はあるでしょうか?
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173 天皇陛下の想い出 02-08-2005(火) |
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インタ-ネットとは実に便利なものである。おかげで先月初旬に筆者のある昔の知り合いが亡くなっていたことを知った。特別親しいと言う訳でもなかったが、学生時代に(と言っても八年間だが!?)20~30回顔を合わせる機会のあった人である。この人の一番の想い出と言うと何故か、故人には申し訳ないが、故人その人より、故人と親交のあった、畏れ多くも畏くも天皇皇后両陛下とのある逸話を思い出す。
もう25年以上前のことになると思うが、確か軽井沢の滞在先で招待された時のこと。あれやこれやで昼食の時間が遅くなり、食卓に並んでいたカレ-ライスはすっかり冷たくなってしまっていた。ところが、皇太子殿下(当時)は一口賞味するなり、笑みを湛えて『美味しいですね』と仰ったそうである。
筆者にはこのエピソ-ドが一番印象に残っている。読者も一度試してみると分かるが、冷えたカレ-ライスはまずいのである。それを下々の来客をさえ気遣って心から美味しいと微笑むことの出来る人は余程度を越した謙遜な人か、とんでもない偽善者かのどちらかである。
これは中々言えることではない。いや、言える言えないの前にまず我々では思い浮かびさえしないことばである。
人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。-----或る昔の偉い人
人は外見をどう取り繕おうが、結局最後は内にあるものしか外には出て来ません。外見だけの謙遜か、それとも金太郎飴の如くどこを切っても内側から滲み出る本質的な謙遜か・・・。
結局人間とは外見ではなく、その人柄に他ならないことを教えられます。この事実を前にすれば天皇制や日の丸がどうこうと言うのは日本を左右する本質的な問題ではありません。仮に天皇制や日の丸がなくなれば日本は今より良くなるかどうか考えてみればすぐ分かることです。普段元気に日の丸や君が代に反対しておいて、アテネオリンピックでの日本の金メダルラッシュで上がった日の丸には何も言わない人など言行不一致も甚だしい偽善者に他なりません。
人柄が謙遜でなければ高慢だとすれば、これは各自が学業や仕事以前に大いに考えなければならない人生の基本的な大問題であり、これこそ実は日本の将来を左右する本質的な大問題のはずです。何故なら『城は人なり、国も人なり』だからです(コルムナ152)。
何故なら人は謙遜であれば栄誉に至り、高慢であれば破滅に至り、国の命運もこの国民の質に比例するからです。簡単な図式であり摂理です。ところが、高慢になるのはいつでも簡単ですが、真の謙遜に至ることは下々には不可能でさえあります。しかし、これが破滅と栄誉の分かれ道とすれば、決して無視出来ない人生の分岐点であることは確かです。
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172 山火事より中国へ行こう 26-07-2005(火) |
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先週、もはや毎年この時期恒例となったレアル・マドリ-のオ-プン戦出稼ぎツア-だけではなく、サパテロ首相まで揃って訪中。中国の驚異的な経済成長の前に世界の商人達もスペインのサッカ-チ-ムも皆物欲しそうに中国まで尻尾を振りに行く時代である。正に21世紀は中国の世界的台頭と共に始まったのかも知れない。少なくとも北京オリンピックまではこんな調子ではないだろうか。
今年レアル・マドリ-はまずサッカ-不毛の地アメリカのシカゴで荒稼ぎツア-を開始。高額なギャラを払ってくれる所しか行かないと心から決めているらしい。それでも一番面白かったのはニュ-スで紹介された、ラウル・ゴンザレスが余興で引っ張り出された地元のプロ野球の試合での始球式。槍投げみたいな滅茶苦茶な意味不明な投球フォ-ム!?
知らないと言うことはかくも恐ろしい。これだけで何百万かもらっているとすればもっと恐ろしい。やはり、職業柄手より足技が得意な様である。おまけに今年は同じスペイン一リ-グのセビ-ジャまで中国遠征に行く(サラゴサ&ビジャレアルも)。『これだけスペインのチ-ムがアジアでのオ-プン戦で稼いでいるんだから、我々も行かない手はない』と金銭的動機しかないことを隠そうともしないオ-ナ-の銭ゲバTVインタビュ-。
これについてはもう書く気もしない(コルムナ69&121&166)。たまには赤字覚悟で発展途上国へ行って貧しい子供たちに勇気を与え様とか、少しは寄付し様とか、そんな気はサラサラない。シ-ズンオフに実戦トレ-ニングを兼ねていくら稼ぐか、ただそれだけである。乗る方も乗る方だ。
サパテロ首相も既に中国に参入しているスペイン企業を訪問したり、やがてスペインに来てもらわなければ困る中国人観光業界へのPRにも余念がない。最後は雨の中レアル・マドリ-対中国選抜チ-ムの試合観戦で中国人民にスペインの好印象をアピ-ル。
ところが、その頃スペインでは首都マドリ-(マドリ-ド)北東グアダラハラ県の森林火災で11人が焼死する大惨事。同時刻に一国の首相がサッカ-観戦とは何事かと、今回ばかりは野党(大衆党)の言い分が妙に真実味を帯びている。
誰でも自分の利益を求めないで他人の利益を心がけなさい。-----或る昔の偉い人
ニュ-スに拠れば火元は夏の乾燥し切った野外(湿度30%前後)でのバ-べキュ-大会。バカンス気分に浮かれて地元の人の忠告を無視し、そこに突風が吹き付け当り一面三日三晩で焼け野原(復旧には40~50年)。おまけに消防隊員11人巻き添えで犯人達は皆無事。悪気はなかったそうです!?
悪気はなくとも自分の利益だけを求めて行動すると最後はこうなります。当事者だけではなく、時として周囲をも破滅に導くのが自己中の怖さ。それはバ-べキュ-もサッカ-も国策も本質的に変わりはありません。
現在中国の国策である中国の製品だけ売れればいいと言う世界的安売りのおかげでスペインでも特に服&靴業界は焼け野原状態です。こんなことを言い出すと切りがありませんが、理屈は皆同じです。自らの自己中と金銭欲で物価の高騰した資本主義世界を中国が安売り攻勢で土台から崩しにかかっているだけの話し。西側諸国の金銭物欲至上主義が今日の中国の大安売りの遠因の一つであることは風と桶屋より明白です。
だから、自分の利益や都合だけ求める自己中の人は(多くの場合自律神経失調症ですが)皆悪意があるのです。これが様々な家庭問題、社会問題、人間関係のもつれ、経済問題、国際紛争の火元です。火元は絶たなければ経済も人の心も焼け野原。筆者は現在地方予選の行われている悪意も金銭欲もない高校野球の方が好きです。
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171 太く短くもいいが、深い方がもっといい 19-07-2005(火) |
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先週ある人が40歳の若さで亡くなった。生前は体力運動神経抜群で性格も明るく、元気印に手足が生えた様な人だったが、自宅で脳の血管がプチッと切れ、病院に運ばれたが、そのまま逝ってしまった。この人の口癖は『人生は太く短く』だった。実際この人は奇しくも人生を太く短く生きた有限実行の人であったと思う。
訃報を聞いて思わず“スペイン週間コルムナ”第一回に残念ながら登場してもらった“不動産屋アントニオ”を思い出した。そして、もう一つ、今年の春先ある本で読んだ『人生は深さ』を求めるべきことが頭をよぎった。
確かに意味もなくだらだら長生きするより『人生は太く短く』とは昔から良く使われて来た日本語の言い回しであるが、この『人生は深く』と言う表現に初めて触れた時、筆者は思わず“これだ”と新鮮な衝撃を受けた。余りにも一般的な表現であるが故に我々一般大衆には今一意味がピンボケだった『人生は太く短く』の極意は『人生は深く』だと筆者なりに悟りを得た次第である。
また、“スペイン週間コルムナ”の一貫した基調でもある『量』より『質』の原則の別の言い方が正に『人生は深く』であり、それ故筆者は大いに共感を覚えたのかも知れない。
例えば、筆者の学生時代、年金をどぶに捨てるのを楽しむかの如くたくさんのお年寄りが朝からパチンコにうつつを抜かしていたのを思い出すが(コルムナ20)、そんな腑抜けたゾンビな老後を送るより、若くして逝ったが後世まで語り継がれる中江藤樹や坂本竜馬の方が遥かに“人”なのである。それは彼らが一応にその短い人生において深みのある人生を歩んだからである。パチンコで儲けた金の『量』か、近代日本の礎を築いた坂本竜馬の人間としての『質』か?
これは決してこじ付けではなく、真に考えてみる価値のあることです。
読者が金や快楽の『量』を求めるだけの人間なら死んでハイお終い、立派な欲望に墓(同79&80&139&140)を建てたねと人の噂も49日かも知れないが、『質』を求めれば、仮に本人にその気は更々なくとも宮沢賢治の様に死んでからでも人々の心に黄金の釘一つ打ち続けることが出来ます。
私は貴方の行いを知っている。貴方は生きているとされているが、実は死んでいる。-----或る昔の偉い人
何故人生は深さなのか?
深くなければ人間としての感動が伴わないからです。
今日法には触れないが、世の中は浅はかな多くの人々が歓声を挙げて崇拝している浅はかなことが満ち満ちています。感動があるにはあるが、来週にはもう醒めている今週のベストテン的な浅はかな感動です。それは取りも直さず人間自体の『質』が浅はかになって来ているからです。
幸いにもこの人の死に際して多くの人が悲しみました。ある意味我々の人生の価値は死んでからの他人の評価なのです(同60)。
読者の皆さん、学業にも仕事にも、総てのことに『深さ』を追求してみませんか?
必ず何らかの感動が味わえるはずです。でなければ、それ自体どんな良い物事も浅く薄いこと自体が罪悪です(同13)。罪悪を犯して幸せになれる人はいないのです。
我々は生きているのか、それとも、既に死んでいるのか。これは各自吟味に値することです。
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170 100年前、200年前、400年前 12-07-2005(火) |
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1571年スペインの無敵艦隊は当時地中海の制海権を争っていたオスマントルコ海軍をレパント沖海戦で破ったが、これがスペイン黄金世紀最後の一花となった。後に『ドン・キホ-テ』を書くセルバンテスも従軍し、片腕を失った挙句捕虜になり、1580年命からがらスペインに帰還する。
その後、オランダ独立戦争(当時スペインの植民地)を公然と支持するイギリスにカチ-ンと来たフェリ-ペ二世は1588年無敵艦隊をリスボン(当時スペイン統治下)に集結させイギリス本土上陸を試みたが、ド-バ-海峡で機動性に勝るイギリス海軍に壊滅させられ、ここにスペイン黄金世紀は終わりを告げた。
この間祖国から戦功報いられず小役人に身を落として細々と執筆活動をしていたセルバンテスが没落して行く祖国への愛着を風刺を込めて書いたのが聖書の次に世界中で読まれている名作『ドン・キホ-テ』である。今年は1605年の初版出版から丁度400年目に当る。
200年後の1805年スペイン海軍はナポレオンにそそのかされてフランス海軍と共にイギリス本土上陸を狙うが、ネルソン提督率いるイギリス海軍にトラファルガ-の海戦(ジブラルタル海峡北西約50kmトラファルガル岬沖)で壊滅させられ、以後海軍を失ったナポレオンはスペインを初め、ヨ-ロッパ大陸に陸軍に拠り侵略の触手を伸ばすことになる。結局フェリ-ペ二世もナポレオンもヒトラ-もイギリス本土上陸を目指したが果たせなかった訳である。
この時ネルソン提督の発した有名なことばが『興国の荒廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ』であり、このことばはそっくりそのまま100年後の日本海海戦に東郷平八郎連合艦隊司令長官に拠って引用されている。
先々週トラファルガル沖(スペイン語の発音)でエリザベス女王も出席する200年記念式典があり、イギリス海軍のみならず、世界各国から軍艦が派遣されて海上セレモニ-が行われた。また、ご存知の様に今年は日本海海戦100年目に当る。
剣を取る者は剣によって滅ぶべし。-----或る昔の偉い人
もちろん戦争はいけませんが、これらの歴史的戦争の歴史的意義を考えても損はしません。
もし、スペインやフランスがイギリスに上陸していれば・・・。もし、スペインの無敵艦隊が存続していれば大西洋の制海権を失うことなく中南米の植民地は・・・。もし、日本海海戦で日本が敗れていればロシア軍は日本に上陸し、日本はロシアの植民地化したであろう・・・など必ずや歴史は変わっていたはずです。
しかし、総ての武力行使は究極のところこの一句に要約出来ます。日本が明治維新以降富国強兵政策に伴う対外戦争で得た総ての植民地も太平洋戦争に負けて総てが元の木阿弥になったのも摂理です。武力に物を言わすアメリカもロシアも中国も北朝鮮も、そして、今回ロンドンのテロを引き起こしたアラブの気違い達も、最後はこの摂理に服することになります。何故ならそれが摂理だからです。
ところで、筆者はこのネルソン提督のことばに共感を覚えます。戦争にさえ適応しなければこんな素晴らしい格言もありません。自分とせいぜい家族のために各員一層奮励努力するだけの視野の狭い自己中な人は分捕り品目当ての卑しい兵士と同じ。だから今日本社会は荒廃しているのですす。
逆に、どんなに社会や人様から注目されない様な些細なことでも社会のためを思って各員一層奮励努力すれば、必ずや自己中の醜い人生感から解放され、社会に対して小さな黄金の釘一つ打つことが出来ます(コルムナ82&124&126)。
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169 愛の口づけ 05-07-2005(火) |
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スペイン下院は6月30日同性同士の結婚と養子縁組を認める法案を可決し同法は成立した。先週土曜日(7/2)にはスペインの主だった市でオカマレズ祝賀パレ-ドが華々しく行われ(首都マドリ-は参加者百万人)、白昼堂々と舌を絡め合う男同士女同士で賑わった。同法は早速昨日(7/4)から施行され、オランダ、ベルギ-、カナダに次いでスペインは晴れて世界第四番目のオカマ合法国家となった。反対派は決起集会を開いたり、役場の婚姻課の公務員にこの種の婚姻届受け取り拒否を推奨したりと真っ向対決の姿勢。当面しばらくは混乱しそうである。
ただし、世論はニュ-スなどを見てもこれぞ自由平等博愛だ、民主主義の勝利だとあたかも希望に満ち溢れた新時代の到来を祝うかの様な、至って歓迎ム-ドの論調であり、一応反対派の野党大衆党(PP)の党員にもオカマ宣言したり、賛成意見を述べる者が多く出始めている。
ある村では今まで人目を忍んで来たオカマのカップルもテレビインタビュ-に答えて“やっと長年の差別と迫害から解放され一般市民として当然の権利を行使出来ることになり嬉しいわ”とカメラの前で愛の口づけパフォ-マンスは男同士で!?
そのお母さんも“結婚式や披露宴はどうし様かしら”とマジで心配している様子!?
やはり末期ガン漫才である。
これについては何回か述べたのでくどくど書く気もしないが(同12&65&89&130&159)、何事も自然の摂理を尊重しての話しなら自由平等博愛は大いに結構だが、そうでなければ自然の摂理に真横から自由平等博愛の横車を過半数で押し捲っているだけの話し。過半数が自由を放縦と取り違えてマジで北を南と本気で呼んだとしても、それは摂理に毒衝く真っ赤な嘘だから博愛の名の元に尊重する訳にはいかない。それを差別だ心が狭いなどとは屁理屈にもほどがある。ましてやそれを憲法で認めるなど世も末である。北は北、南は南。男は男、女は女。夫婦は男と女であり、子供の両親はパパとママであり、パパとパパ、ママとママではない。何故こんな馬鹿げたことを論じなければならないのか!!
しかし、高貴な人は高貴なことを計画し、高貴なことをいつもする。-----
或る昔の偉い人
日本はどうでしょう?
合法化とはいかないまでも徐々に同性愛について寛容的な社会になって来ると筆者は予想します。日本社会もスペイン同様も巨大な精神病院化している(同114&118~120&123&135&168)以上こうなって行くであろうことは予言者でなくとも予想はつきます。子供から重度の精神病患者が増えている日本社会に今後ますます様々な新日本奇行(NHK月曜19:30)が横行して行くことは目に見えています。
その巨大な精神病院の真っ只中にあって高貴なことをするのは勇気の要ることです。下手したら村八分ですが、読者にその勇気はあるでしょうか?
高貴なこととは何でしょう?
何もかしこまることはありません。ただ自然の摂理を尊重し、人間としてなすべきことをなせばいいだけの話しです。
あ、それから、先週のストリップ大会は市長さんのバックアップもあり、大盛況だったと写真付きで新聞に載っていました(同168)。これを本気で文化と思っている連中なら、もしかして高貴なことだとも思っているのかも知れません。巨大な精神病院の中ならもう何が起こっても不思議はないのです。
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168 スペインのストリップ大会は市民文化センタ-で!? 28-06-2005(火) |
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スペインの市区町村には日本と同じくお役所付属の文化センタ-がある。ここグラナダ市でも市内各地区にそれぞれ一箇所づつあり、様々な文化的活動が行われている・・・はずである。
最近その内の一つ、北部文化センタ-でストリップ大会(しかも男の!?)がマジで計画され地元新聞やニュ-スを賑やかせている。反対派が『文化センタ-で何事だ!!』と息巻くのは当然として、賛成派は『今やストリップも文化であり、何ら問題はない』と一歩も譲る気配はない!?
なるほど、文化なら文化センタ-でと言うのも頷けるが、問題は当の本人達はマジでストリップも文化だと確信していると言うことであり、こうなると正に末期ガン漫才(コルムナ89&97etc)丸出しである。
おまけにグラナダ市長は『私も賛成』の鶴の一声で更に火に油を注ぐことこの上ないコメントをマスコミに提供。何でもかんでも市民の声こそ正論だと勘違いして、オカマ同士の結婚まで法律にしてしまう節操のない現政府の社会党(PSOE:同130&159)ではなく、中道右寄りで社会党より真面目を売り物にしている大衆党(PP:日本で言えば自民党)の市長自ら臆面もなくこう言ったのだから正に色気違いの上塗りである。
汚れた者はますます汚れを行い、正しい者はますます正しいことを行いなさい。-----或る昔の偉い人
とは言え、完全無欠な人間など誰一人いません。また、汚れた一面を隠し持っていない人も皆無です。しかし、それを汚れと自覚して制御する気持ちがある人はまだ救いがありますが、汚れを野放し垂れ流しにして悦に入ると、悦に入ったままの汚物としてし尿処理場行きです。
そう言えば、最近たまにこちらで目にする日本の週刊誌の出会い系サイトとは何でしょう?
“ご近所ですぐ会える”とは一体どう言う意味ですか?
スペインでも今この手のサイトが全盛ですが、こんなのが真面目な交際に発展する訳がないでしょう?
誰でもいいからすぐ知り合ってすぐやりたいだけだとはっきり言えばいいものを、正にアバタに厚化粧、スケベ心に携帯です。
ましてや、携帯で売春する小中学生に、それを買うスケベ親父・・・。こんなのが将来一体どんな主婦や母親になるかと思うと、思わず祖国日本を襲う天罰の大地震や北朝鮮から飛んで来る天罰の核ミサイルを想像してしまいます。
そう言えば一年位前こちらで来館者からもらった日本の週刊誌である日本の芸能人が“不倫は文化”だと言ったとか読んだ記憶があります。日本は不倫が文化でスペインはストリップが文化ですか・・・。人間の質が極めて低俗になったから文化の意味もそれに比例して落ちるところまで落ちただけの話しです。
日本の読者の皆さん、我々は既に巨大な精神病院の真っ只中にいるのです(同114&118~120&123&135 )。人としてますます正しいことを毅然として心掛けなければ、あっという間に貞操観念ゼロビ-ルス感染して脳みそは狂牛病です。人事ではありません。お宅の息子娘は無事ですか?
因みに先週のコルムナの男は金曜日にICUで死んだそうです。遺族は女の子の母親を訴えるとかどうこう言っているそうですが、そんなことは事後処理であってどうでもいいこと。要は人は遅かれ早かれ蒔いた種にふさわしい実を収穫する運命にあると言うことです。
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167 復讐はガソリンぶっかけ火を点けて 21-06-2005(火) |
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昔ある女優が色っぽい声で『火を点けて』とか言ってライタ-のコマ-シャルをやっていた覚えがあるが・・・。
七年前スペインのある町で近所の13歳の女の子を犯してブタ箱行きになった悪い奴がいた。先週そいつが仮出所中に町内のBar(バル:日本で言えば喫茶店みたいなもの)にいるのを偶然見つけた女の子の母親は男を見るなりその足ですぐガソリンを買いに行き、Barに戻って背後から忍び寄り、有無を言わさずガソリンをぶっかけ火を点けた。男は全身大火傷の重体。人情としては誰でもこの母親の方を応援したくなるとは思うが、筆者はこのニュ-スを聞いてすぐに今週引用する“或る昔の偉い人”のことばと“潜伏期間”と言う二つのことばを思い出した。
潜伏期間とは通常病気のそれであるが、人間の罪悪にも同様に潜伏期間があり、時が来ればその報いを受けるものだとつくづく感じた次第である。
筆者も、もう軽く20年以上昔の話しになるが、法律には触れないので犯罪ではなかったが、ある不誠実な方法で濡れ手にアワで180万円せしめたことがある。その時は罪悪感なく金銭欲に捉われて上手く立ち回り、スペイン行きの資金が出来たと喜んでいたのだが、ちょうど二年後にあることに首を突っ込み、180万円以上の金を一挙に失うことになってしまった。つまり、この場合筆者の犯した罪悪の潜伏期間は二年だった訳である。
欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生む。-----或る昔の偉い人
“潜伏期間が二年で良かった。早い内に痛い目に遭っておいて本当に良かった”と筆者は今つくづく思います。感謝したい位です。筆者はそれ以来今日まで嘘や虚偽を極力避ける様に心掛けています。当面は人を欺いてどんなに儲けても、虚偽や肉欲の潜伏期間が終われば、人はその蒔いた種にふさわしい実を、いや、時としてそれ以上の痛い目に遭うことを身を持って思い知ったからです。読者の皆さん、これは誰一人逃れることの出来ない万人に共通の摂理です。
確かに我々はこの極悪非道な男の如き犯罪人ではないかも知れませんが、刑法や大小に関係なく欲は欲、罪は罪です。必ずそれにふさわしい報いを受ける運命に定められているのです。何故ならそれが摂理だからです。『欲がはらむとバブルが弾ける』と言った方が日本人には分かり易いでしょうか。
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166 君は三つのSを見極めたか 14-06-2005(火) |
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スペインプロサッカ-の頂点に立つバルセロ-ナFCが来日。一昨日日曜日親善試合と名打って出稼ぎ試合を行い、ギャラを貰って疾風の如くとっとと帰って行った(コルムナ121)。筆者はサッカ-と言えば釜本、杉山のメキシコオリンピックコンビに玉井真吾(分からない人はお父さんに訊いてね!?)しか知らないのでどうでもいい話しである。
さて、この遠征のニュ-スを聞いて筆者はもう20年以上前に聞いた或る昔の偉い人の予言とも言うべきことばを思い出した。
終末の時代には三つのSが盛んになる。-----或る昔の偉い人
三つのSとは次の三つの英単語の頭文字です。sports&screen&sex
・・・。これら三つは、それ自体は皆良いことですが、曲解すると、時としてその本来の目的を著しく見失い、当事者を著しく害するに至ると言う共通点がありはしないでしょうか?
まず、sports自体は大変健康に宜しく、大いに奨励されるべきものですが、例えばサッカ-は純粋にスポ-ツとしてのサッカ-ではなく、サッカ-ショ-になってしまっています。もちろん、ショ-を演じるのは今回の様に世界の超一流選手達ですが、見る側のノリが純粋なスポ-ツ観戦ではなく芸能人の追っかけ調であり、ミ-ハ-的です。本当にサッカ-の好きなサッカ-ファンではなく、サッカ-ショ-ファンとでも言いましょうか・・・。
screenにおいては衛星放送にケ-ブルにPPVにDVDと、まるでレストランの献立表から好きな物を選ぶが如くです。もう地上波のテレビだけの時代は完全に伝説となってしまいました。おまけに、そのほとんどは見て利口にはならない番組ばかりです。
sexに於いては説明の必要もありません。昔は隠れてやっていたどぶ水行為を公然とさらけ出して悦に入りさえする現代社会は色気違い沙汰です。例えば出会い系サイトなるものはスペインにもありますが、携帯を使って低年齢層から売春して小使い稼ぎ・・・。狂って・・・、いや、腐っています。スケベ教師や変態巡査の台頭の背後にもこれら性道徳の社会的腐敗が悪の温床として深く根付いているからです。小学生の制服から判で衝いた様にミニスカ-トなのもこの一環だと筆者の目には映ります(同144)。
日本でもスペインでも、そして、世界中で三つのSがこれだけ盛んになって来た以上、我々はもう既に今現在終末の時代を迎えているのです。
天変地異や大災害が今後天罰としてガンガン起こるかどうかは別にして(同138)、人間自体がこの様に極めて低俗化している以上、人間の存在自体が既に終末の時代を迎えていることは否定し様のない事実です。
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165 老後はスペインで優雅に 07-06-2005(火) |
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スペインのある町に定年退職した日本人が何十人か住んでいると聞いた。スペイン語が出来ないこともあり日本人村社会を形成し、毎日ゴルフにテニスに麻雀大会・・・。これはやはり引退して年に一度はスペインにやって来る知り合いから先週聞いたばかりの生々しくも腑抜けた最新情報である。
日本での馬車馬の様な働き詰めの人生から開放されて、せめて余生は自由気ままに羽を伸ばしたいと思うのは人情だが、その挙句の果てがこれでは、わざわざスペインまでボケ老人になりに来た様なもの。遂に多くの人が羨むことを得たはずが、何故こうなってしまうのだろうか?
ところで、筆者のある知り合いは有名企業に勤める退職間近の親父から『退職金はワシが好き勝手に全部使って遺産は一銭もやらん』と言われたそうである。
また、以前センタ-にやって来た実家が都内で商店を営むと言う女性の父親は『退職したら店を売っ払ってゴルフ三昧の余生を送る』そうである。
或いは今日日本でアルバイトした金を持って物価の安い東南アジアで若年寄りを決め込む日本人も多いとか・・・。
結局人生はいかに金を稼いで、その稼いだ金をいかにパッ-と使っていかに楽しんで死ぬかどうかだと多くの人は思っている様である、日本人もスペイン人も。確かに海外で老後を過ごすことは凄いことかも知れないが、行き着くところがこれでは、わざわざ海外まで欲望の墓を建てに行く様なもの(コルムナ79&80&100&139&140&148)。これを羨む人も同類項である。
『量』より『質』とは言い古されたことばだが、“スペイン週間コルムナ”の真髄でもある。これら総ての人に共通しいることは皆金や物や快楽の『量』が豊かさだと思っていることである。ところが、人間としての『質』が伴わないから最後は麻雀大会になる。
自分の畑を耕す者は食料に飽き足り、虚しいものを追い求める者は貧しさに飽きる。-----或る昔の偉い人
一生懸命『質』を求めて畑を耕せば例え『量』は少なくとも、例え老後は海外で贅沢三昧出来なくとも食料に飽き足り、ただ自分とせいぜい家族のために『量』を求めて畑を耕すだけなら精神的貧しさに飽きます。
例えば、金の『量』に目を奪われる人は例の株買占め気違いをあたかも立身出世の鏡の如く礼賛するでしょうが、人間の『質』で判断する人には鼻に衝くでしょう。ま、確かにあの手の人間は人に拠って好き嫌いが激しく分かれるタイプでしょうね。
さて、筆者は金銭は目的ではなく手段だと思っています。手段としての金銭は有るに越したことはありませんが、この手段を目的と取り違える時に人は欲望の墓を築き始めるのかも知れません。また、手段として金銭を有意義に使う時に使い手の人としての『質』が加味され、金銭は真に人間味を帯びた価値あるものとなります。
このコルムナの読者のほとんどは社会的に言わばお金持ちではないでしょう。いいじゃないですか。その『量』のない貴方の金銭に貴方の人間味と言う『質』を加えてやれば美辞麗句で厚化粧した立派で醜い欲望の墓を築くことはなく、逆に家庭や学校やご近所や会社や社会の真っ只中にあって“我も黄金(こがね)の釘一つ打つ”ことが出来るのです(同82&124&125&126)。
自己中な人ほど『量』を求め『量』を誇ります。『量』ではなく『質』で勝負しましょう。これは“スペイン週間コルムナ”の一貫したメッセ-ジでもあります。もちろん、『質』さえ伴えば世界のどこで老後を過ごそうが大いに結構なことです。
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164 スペインのゴルフが何じゃい!! 31-05-2005(火) |
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先週土曜日ガイド時代の同僚と約二年振りに食事をしたところ、ゴルフツア-の嫌な客の話しを聞かされた。場所は太陽海岸(Costa
del
Sol)のある市のあるホテル。太陽海岸とはスペイン南部アンダルシア地方のマラガ市からスペイン最南端アルヘシラス市までを指し、文字通り年中太陽がガンガン照り付ける。晴れてさえいれば日本の旅行書にも定番で紹介されている白い村ミハス辺りからモロッコのアトラス山脈が見える。
同僚に拠ると一人いけずな客がいて、何かにつけて口うるさく、挙句の果てに部屋の入口の外に蟻がいたので殺せと怒鳴り散らしたそうである。こう言う奴を人間のクズと言う。
筆者もゴルフツア-の添乗は一度やったことがあるが、通常のパックツア-ではなく、早い話しが金持ちの豪遊ツア-である。
スペインではゴルフは一般的ではない。何せ大半のスペイン人は生まれてこの方ゴルフクラブなど見たこともなく、デパ-トに行ってもゴルフ用品売場自体が存在しない。ただし、スペインは貧富の差の激しい国であり、行く所に行けばゴルフ場は結構ある。
偶然にもその翌日日曜日のニュ-スに拠れば、この太陽海岸に既に15ものゴルフ場付き老人ホ-ムが着工間近であり、同じアンダルシア地方のアルメリア市郊外にも同様の計画が既に進んでいるとのこと。もっとも、これらは総て金持ちのヨ-ロッパ人の老人を当て込んだ建築業界の商売であり、早い話しが死ぬ前に金を置いて行けという訳である。アナウンサ-も購買力の高いヨ-ロッパ人のお年寄りに目を付けたスペインの建築不動産業界の新しいビジネスであると平然と言っていた。もちろん、市町村も村起こしになるならと業者に建築許可を出す。あれだけの自然破壊を許可する以上、当然裏では政治家と業者の間でリベ-トのやり取りが無きにしも非ずだろう。
今日総ては金銭を絶対的価値観として回っているのであり、ゴルフも老人ホ-ムも金儲けの手段に過ぎない。
しかし、高貴な人は高貴なことを計画し、高貴なことをいつもする。-----
或る昔の偉い人
筆者はゴルフが嫌いです。プロゴルファ-は筋トレなど様々な節制をしますから立派なスポ-ツではありますが、狭い日本の自然を破壊して、中産階級の証の如く皆ゴルフと言うのが鼻に衝きます。こうなるとスポ-ツではなく玉ころがし産業です。とても高貴などとは言えません。
片や老人ホ-ムと言えば社会福祉の最先端とも言うべく高貴に響きますが、金の搾取が目的なら、それは旧日本軍の大東亜共栄圏と言う、表向きはこれ以上はない高貴なことばと同じです。
『金持ちは成るものではなく、生まれるものである』とはあるスペインの諺です。つまり、成金ほど人を人と思わず傲慢で、本当の金持ちは生まれつき謙遜であると言う意味です。結局金を掴んで人が変わる人は最初から人間が出来ていなかったと言うことです。
『そして、高貴な人からはいつも高貴な芳香が漂う』と筆者ならこの文に付け加えるところですが、これは口先や商才ではなく、その人の性格の奥底から高貴でなければ無理な話しですね・・・。何と難しいことでしょう。
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163 スペインの日傘・・・はないのだ!? 23-05-2005(火) |
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先日日傘を差して歩く日本人女性旅行者を見かけた。日傘の習慣がないスペインでは正直異様な光景であるが、どんなに通行人からジロジロ見られようが、本人はまったく意に介する様子はなかった。
スペインは緯度は日本と変わらないが、地軸の傾きのせいか真冬でも晴天であれば肌が痛いほど日差しは至って強い。ましてや今から真夏は連日皮膚癌日和となる。その割りにスペインで日傘と言う発想自体がないのはある意味不思議なことである。おかげで十代は至って美人揃いのスペイン女性も二十歳を過ぎれば早お肌の曲がり角。“何だ、このシワだらけのオバはんは”と思ったら28歳とか、この国では全く普通である。ああ無情・・・。盛者必衰の理を表す・・・。
習慣がないと言えばマスクもそうである。マスクは余程の重症伝染病患者が隔離病棟でするものと皆思っている国である。それでもここ数年花粉マスクをして外出するスペイン人が増えたので、春先のマスクについてはまだいいが、冬場の風邪引きマスクは皆から敬遠される。
ところが、その翌日、これは習慣ではなく、スペイン人の習性とも言うべきことを目の当たりにした。目の当たりにしたと言うか、筆者には交差点で曲がって来た車の内何台がウインカ-を出すか数える癖がある。日本ではウインカ-を出さないで右折左折するなど考えられないが、いい加減なスペイン人は三台に一台はウインカ-を出さない~とスペイン人のいい加減さを説明するのにこれ程身近で分かり易い例えもないので、筆者はガイド時代観光バスの中でマイクを持って良くこの話しをしていた。それ以来交差点で信号待ちをする度につい数えてしまうのである。そして、この時は何と右折した車六台の内、ウインカ-を出したのは僅か一台。1/3どころか5/6。あっぱれ、お見事である。ここまで完璧にやられてはこちらも返すことばがない。さすがは車内禁煙の市バスで運ちゃんだけタバコを吸っても、警官が休憩中に制服でビ-ルを飲んでいても本人も誰もおかしいとは思わない国である!?
人を恐れると罠にかかる。-----或る昔の偉い人
確かに郷に入らば郷に従えでしょう。従わなければ日傘の様に滑稽どころか、マスクの様に地元の人から反発を買うこともあり得ます。その点日本は昼食が12時でスペインは15時、片や車は左側で片や右側通行~などはただ純粋な習慣の違いであり、何も考えずに郷に従っておけば良いだけですが、郷で習慣と呼ばれている悪習慣を見抜けず、郷の人の言うがままにに従っていると郷の中でドツボにハマります。
残念ながら日本でもスペインでも“赤信号皆で渡れば怖くない”が子供から習慣恒例化した恐ろしい社会になって来ました。所詮身勝手な人間が作り上げた身勝手な郷の習慣や風習に踊らされて従った結果です。更に迷宮の中で郷の人に道を聞けは却って罠にかかるだけかも知れません。
しかし、習慣は違えど国境や時代を超えて存在する共通の価値観こそ真理です。移り気な人よりも絶対的な真理に従うべきです。
そして、太陽は東から昇り、西に沈む自然こそ正に大真理です。郷の人は北東を指して北と言うかも知れませんが、どこの国でもいつの時代も星を見上げれば北は北、南は南です。そして、何より人間が本来自然に持ち合わせているべき愛情や礼儀などを純粋に保てば人生路頭に迷うことはありません。
せっかくの交通規則も人々の心に交通マナ-があってこそです。心のマナ-こそ習慣とすべき問題なのです。
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162 スペインのブラックユ-モア 17-05-2005(火) |
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もう数年前のことになると思うが、グラナダ市近郊のある町で家庭内暴力の常習犯だった旦那が奥さんをめった刺しにした挙句、灯油をかけて火を点けて二階から投げ捨てたと言う事件があった。以来この亡くなった女性はスペインの家庭内暴力反対運動のシンボル的な存在となった。
さて、これだけでも立派なブラックユ-モアであるが、先週の土曜日、今度はこの女性の息子が自らの奥さんに暴力を振るい、頭と腕に怪我を負わせて逮捕され地元新聞の一面を賑わせた。
子供は良くも悪くも親の真似をするものである。この息子も小さい頃から殺人犯の親父が母親を殴るのを見るのが習慣化していたので、無意識の内に親父のクロ-ンが養われていたと言えなくはない。この意味で人間とはやはり“氏より育ち”であり、育つ環境が人間を決定付けると言える。
また、子供は良くも悪くも親の真似をすると言う観点から言えば、ある意味それは違った意味での遺伝であり、これこそ世間様から“血は争えない”と言われる原因かも知れない。特に悪いことに関しては“悪事も悪徳もあっという間に千里を走る(コルムナ159)”のであり、いとも簡単に親から子へと乗り移り、そう簡単にまとわり付くことをやめることはない・・・。これが今回の事件の根本原因ではないだろうか。
人の心は何よりも陰険で、それは直らない。-----或る昔の偉い人
“何よりも”とは他と比較しての意味ですが、比較するまでもないことです。
今このコルムナを書きながら、筆者のすぐ横で猫のシロ(黒猫)とラッシ-が無邪気に寝ています。動物には人間様の様な知恵もなければ陰険さもないのです。ない袖は振れません。陰険の火種も最初からない方が良いのですが、残念ながら人間様はこれを生まれ持っています。
唯一人間様の陰険さに歯止めを掛けられるのは真の隣人愛だけです。逆に真の自己中で火に油を注ぐから日本でもスペインでも毎日新聞やニュ-スを賑わせる陰険な事件が後を絶たないのです。
現在スペインは離婚率五割で片親だけの子供が推定400万人と言われています。と言うことは、残念ながら一触即発の陰険の火種はゴロゴロしていることになります。祖国日本はどうでしょう?
ブラックユ-モアだと笑って済ませていると明日は我が身に火の粉とも限りません。
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161 モスクワの街の孤児 10-05-2005(火) |
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これは一昨日夜23時からスペイン国営テレビ第2チャンネルで放映されたドキュメンタリ-番組のタイトルである。ごみの様な番組が氾濫する中、まだこの種の良識的な番組があること自体ほとんど特別天然記念物だと言っても良いが、ちょうどスペインサッカ-リ-グ首位のバルセロ-ナ対バレンシアの後半の裏番組だったので、視聴率は情けないほど低かったであろうことは想像に難くない。
“スペイン週間コルムナ”にロシアの話題も何だが、実は筆者が最初に訪れた外国はスペインではなく当時のソ連である。横浜から船でナホトカに着き、その後ハバロフスク、イルク-ツク、モスクワへ。更にウィ-ン、バ-ゼル、バルセロ-ナと総て鉄道でスペインに辿り着いたのはもう26年も前の話しである。
当時からとにかくロシアには何もなかった。ス-パ-とは言えパン(黒パン)、牛乳、ジャム、卵、干し魚など両手の指で数え切れるほどの品目しかなく、テレビは真空管の白黒テレビ。それは首都モスクワでも大差はなかった。若気の至りで別の日本人とモスクワ大学の食堂に潜入したが、とにかくまずくて食べられない。筆者は何でも好き嫌いなく残さず食べる方だが、その筆者が食べる気がしなかったのだから余程ひどい食事だったことが想像出来る。そこに食堂のおばさんがやって来てロシア語で食べろと言われた(はず!?)のも今となっては懐かしい思い出である。そのロシアが近年急激な資本主義社会への移行に伴い貧富の差が拡大し、モスクワ市内だけでも10万人と言われるの街の孤児(ストリ-トチルドレン)の実態についての番組だった訳である。
今週筆者がこれについてコルムナする気になったのは日本語情報センタ-の活動を通じて毎月僅かながら援助している中南米の街の孤児の場合と状況が全く瓜二つだったからである。暇な方はD社会福祉部門参照。
家が貧しい上に両親はアル中。満足に養ってもらえない子供達は家出して路上で物乞いや盗みを働き、下水道で寝起きする。寒さを凌ぐためにシンナ-を吸引し、栄養失調に拠る極度の発育不全・・・。それも早ければ5歳から、そして、大半は15歳まで持たず野垂れ死に・・・。
人の益を計り、良い行いに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えよ。-----或る昔の偉い人
この番組を見ながら何故か同胞日本人に無性に腹が立って来ました。大枚はたいてスペインまでサッカ-を観に来る。旅行代理店はそれを商売にする。一億総白痴の如く幼稚園児から髪を染める。携帯を操るミニスカ-トの女子高生・・・。読者の皆さん、こんなことしなくても命に別状はないのです。これらは総て人の益どころか、大多数の日本人が身勝手にも自身だけの益を計った醜い欲望の墓に過ぎないのです(同79&80&138&139&140)。
何もそのお金を世界の貧しい子供達に寄付しろとは言う訳ではありません。しかし、“私が今金を費やし様としているこの物事は必ずしも必要ではないが、この金で一体何人の人が飢えを凌げるのだろうか”と思い付きもしないことが、実は貴方の罪悪なのです。
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