◆スペイン週間コルムナ◆火曜日更新
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果たして人の一生は物の売買だけで一喜一憂するだけのものでしょうか。自分の欲だけ満たして最後は皆等しく死ぬために働くのが人生でしょうか。 日本語情報センタ-は単なる情報屋ではありません。スペインの情報やサ-ビスを通して別次元の人生観を日本の同朋に問いかけます。 |
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140 欲望の墓の材質説明 14-12-2004(火) |
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『欲望の墓』とは何も金と物だけで築くものではない(先週の続き)。子供のメンコの取り合いから、勉強、スポ-ツ、仕事、名誉、そして、ボランティア活動に至るまで、いかなる物事においても人は『欲望の墓』を築き得る。それは例え一見無邪気であっても、高尚であっても、金銭物質には無欲でも・・・である。
もちろん、総てにおいてそうではないが、今週はこれを何とか説明してみよう。読者には次の二種類の人間を想像して頂きたい。
先日ブラジルのリオ・デ・ジャネイロでスペイン人旅行者が4人組の子供の強盗に遭い、拳銃で撃ち殺された。もっとも、中南米では珍しいことではないらしいが・・・。片や、勤勉に働いて月並みに住宅ロ-ンを払いながら家族を養う、職場や近所の評判もすこぶる良い好人物・・・。
例が適切かどうかはともかく、この両者が全く両極端な人間であることは一目瞭然である。道徳的には極悪人と真面目人間。社会的には強盗殺人犯と善良な市民。誰がどう見ても悪い奴といい人である。しかし、ここは“スペイン週間コルムナ”らしく究極の逆転の発想で追求してみよう。
もし、極めて両極端なこの両者に敢えて共通点があるとすれば一体何だろう?
両者の言い分を聞いて考えてみることにしよう。
『私は私のために強盗して、私のために金品を奪い取って、私はその金でキャバレ-に行って、私は酒を浴びるほど飲もう。』
『私は私のために一生懸命働いて、私の給料であれやこれを買い、残りは私のために貯金して、いつか私のマイカ-を買おう。』
片や極悪に自分の欲を満たし、片や善良に自分の欲を満たす・・・。人の目には極悪と善良の対極でも“自分の欲を満たすため”と言うあからさまな共通項があることにお気付きでしょうか?
主語と目的語が“私が私のために”なのです。読者の皆さん、ここが肝心です。
人は自らの強欲さ、身勝手さを度外視して、ただ単に、薄っぺらい意味で善人と悪人とにふるい分けます。しかし、自分の欲だけ満たしている人は、例え善良な市民や模範的な学生でも、広い意味で、いや、本質的に皆悪人なのです。悪人が言い過ぎならこう言いましょう。人間自分の欲を満たすだけの人は皆大した人間ではないと・・・。この自己愛こそ人間社会の悪の元凶です。悪の元凶とは見かけは善良でさえあり得るのです。
だから、善良な人二人が相集っても仲違いするのです。不和や離婚に至るのです。お互いの意見は正しいのです。ただ、その正しい意見を自分のために押し通し、譲ることをしないから正しい意見同士がぶつかるのです。正しい言い分自体は正しいのですが、それが一体誰のためかと言うことが問題なのです。
誰でも自分の利益を求めないで、他人の利益を心掛けなさい。-----或る昔の偉い人
その物や事や行い自体は善良かも知れません。風紀部の規則も刑法もその物その事自体が懲罰の対象です。しかし、肝心なのは“私とせいぜい私の家族のために”と言う心の動機の問題なのです。
『欲望の墓』は極悪にも善良にも築けます。強欲にも清貧にも築けます。怠惰にも勤勉にも築けます。これがスペインでも日本でも世界のどこに行っても圧倒的大多数の人の人生ではないでしょうか?
我々は32億円の『欲望の墓』ではないかも知れません(先週のコルムナ)。しかし、もし我々もささやかな『欲望の墓』を築いているなら『量』ではなく『質』においては同じです。
読者の皆さん、今週のコルムナはある意味毎週のコルムナの要約だと言えます。人は極悪にも善良にも自らの欲を満たし、極悪にも善良にも『欲望の墓』を築き得ます。我々が『欲望の墓』を築いている以上、我々は決して地の塩にも(同97)、黄金の釘(同82&124&125&126)にもなることは不可能です。
善良印の釘も自己中心に振り回せば、他人の利益どころか、却って他人の心をグサッと刺しているのではないでしょうか?
もう一度言います。子供のメンコの取り合いも32億円横領トンズラもサイズは別にして『欲望の墓』には違いないのです。
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139 奈落の底に落ちたスペインで一番標高の高い村 07-12-2004(火) |
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グラナダ市には裏山がある。シエラ・ネバ-ダ山脈と言って、訳せば“雪を被った山脈”。アメリカのそれより、もちろん、こちらが本家本元。最高峰は3481mのムルハセン山。ムルハセン(ムレイハッセン)とはグラナダイスラム王国最後から二人目のアラブの王様の名前である。この息子のボアブディ-ル王の治世1492年1月2日にスペインのフェルナンド王&イサベル女王に降伏して、アルハンブラ宮殿は無血入城明け渡しとなり、711年から始まったスペインのイスラム時代が終わった。このイサベル女王に資金援助してもらったコロンブスがカリブの島々を発見したのは半年後の10月12日のことである。
ここまでは歴史の教科書に書いてあるが、さすがはしぶといアラブ人。グラナダ陥落後シエラ・ネバ-ダ山中の高地に逃げ込み村落を開墾した。つまり落人部落である。これがアルプハ-ラ地方と言って日本の旅行書にも紹介されている。パンパネイラ村:標高1058m、カピレイラ村:1436m(この間僅か2.7㎞だからいかに急勾配か想像出来る)、そして、スペインで一番標高の高いトレべレス村:標高1476m。
生ハム(豚の後ろ足くん製)の産地でも知られるこのトレベレス村が最近地元新聞に頻繁に登場する様になった。
この村のある生ハム工場の社長が地元トレベレス村だけではなく、広くアルプハ-ラ地方一帯の村々の村民に高配当を約束して金を預かり生ハム事業を拡張した。つまり、闇の地下銀行として機能していた。もちろん、税金は一切払わずである。
そして、2ヶ月前金を全部持ってトンズラした。被害総額は訴えのあった分だけでも日本円で約32億円。どうやら愛人を引き連れ、スペインとは国際司法取引のない東欧の国に逃げたらしい。奥さんと子供を残して・・・!?
『欲望の墓』とは何と余韻に富んだことばであろうか。世の真相はこの一語に尽きている。人は欲の化身として存在しているではないか。彼等の終わりはみな『欲望の墓』である。-----或る昔の偉い人
名産の生ハムを作ることも、なけなしの金を不法に預けることも、例え法の前には詐欺師とその哀れな被害者でも、金が欲しいことが動機なら、それは等しく『欲望の墓』を築いている“本質”には何の違いもありません。この事件を耳にして、筆者にはまずこのことが思い出されました。
人生金と物以外の価値観を持てばいいのです。ある意味簡単ではないでしょうか?
ところで、『欲望の墓』とは何も金と物だけで築くとは限りません。来週はこれについて考えてみましょう。
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138 日本もスペインも“何じゃこりゃ!!” 30-11-2004(火) |
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現在スペインは建設ラッシュで不動産バブル真っ最中(コルムナ94&133)。どの市町村に行ってもとにかく建築現場が多い。大工さんも大口の仕事の方が儲かるらしく、一般家庭がちょっとした増改築や修理を依頼しても見向きもされないそうである。こう言うのを日本語で文字通り“現金な奴”と言う。
ところで、工事現場の多さ以外に日本人旅行者にはもう一つ驚愕することがある。それはビルの柱が異常に細いことである。一応鉄筋が入ってはいるが、地震大国日本人から見ると、我々ド素人でも“何じゃこりゃ、地震が来たら全壊違いなし!!”と太鼓判が押せるほどちゃちである。もっとも地震が極めて少ないスペインではこれが当たり前らしい。それが証拠にスペイン人フラメンコア-ティストが日本に公演に行くと、僅かな揺れでも相当ビビるそうである。
ただし、ここグラナダ市郊外にはエルビラ山と言う火山がある。休火山だと聞いてはいるが、一年中温泉プ-ルが湧いているとはこれ如何に? 実際スペインで大地震が起こるとすれば次はグラナダだと言われている・・・が、ノ-天気な市民はいつか震災に見舞われるまで一切気にする様子はない。さすがは“陽気で明るいスペイン人”であるが、“ノ-天気”と“陽気で明るい”は実は似て非なるものである。ところで、ノ-天気と言えば日本人も例外ではない。
筆者はインタ-ネットで検索ごっこするほどヒマ人ではないが、つい最近ある日本の新聞のHPの先日の新潟地震の記事で、被災現場をヘリコプタ-で上空から眺める地元の小学生が髪を染めているのを見て驚いた。“そんなこと今気付いたのか。浦島太郎きゃ、おみゃ~さん(名古屋弁)”と逆に驚かれそうなのが現代の風潮かも知れないが・・・。筆者は学生は髪は短め。女の子はおかっぱ。その他風紀を乱す様な服装や髪型は校則に拠りご法度だと思っていた。
被災者の方々には申し訳ないが、甚大な地震の被害より、それを髪を染めてヘリコプタ-から見下ろしている日本の小学生の写真の方が筆者には衝撃的であり、また、象徴的であった。
ご存知の様に、地震はともかく、様々な自然災害は人間自身が自らの金銭欲物欲のために喜んで自然を破壊した結果である。
人間が自然を破壊するから人間は自然災害に遭う。日本人にとって自然とは黒髪である。その日本人にとってアイデンティティ-である黒髪を日本人自ら喜んで金髪に染めて踏み躙る。日本人が自らを否定して、しかも、それを喜んで悦に入って商売にさえしている。大気を汚して、森林を切り尽し、海に汚水を垂れ流す自然破壊の『量』に比べれば五十歩百万歩かも知れないが(同51&52)、自然破壊と言う『質』は全く同じである。
人は『量』をみて驚嘆するが、人生良いことも悪いことも総てにおいて『量』より『質』で判断すれば事の本質も自らをも見失わない。『量』より『質』とは“スペイン週間コルムナ”の基調でもある。日本が今日極めて歪んだ殺伐とした社会になってしまったのは、表面的な直接間接的な原因はともかく、日本人自らが自然の摂理を捻じ曲げて、それを喜びさえする日本人の人間としての『質』が著しく低下した結果である。
あなた方は髪を編んだり、金の飾りを付けたり、着物を着飾る様な外面的なものではなく、むしろ、柔和で穏やかな霊と言う朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人柄を飾りにしなさい。-----或る昔の偉い人
おそらく読者のほとんどは髪を染めているはずです。このコルムナを読んで“何じゃこりゃ!!”と思ったはずです。しかし、10年前なら日本人が髪を染めるなど誰もが“何じゃこりゃ!!”と思ったはずです。いや、そんな議論さえ起きなかったはずです。そして、今は小学生から髪を染めて登校するのが当たり前で、それが是か非かの議論さえ起きないのです。日本社会が10年前より進歩発展したのでしょうか?
日本人がモダンになったのでしょうか?
いや、自然の摂理に対して横車を押しているだけのことです(同12)。それを圧倒的大多数が喜んでやっているから民主主義の原理で圧倒的正義に見えるだけなのです。正義とは何でしょう?
自然です。自然の摂理です。人間社会がどんなに変わろうが、東西南北も自然の摂理も普遍です(同130)。
日本人の自然の摂理とは日本人は黒髪だと言うことです。人間が自然の摂理に毒衝けば、必ず自然災害に遭います。これも自然の摂理です。
それにしても今回の地震に大型台風・・・。日本は何か近い将来自然から強烈なしっぺ返しを食らいそうな気がします。ただし、悪いのは自然ではなく自然を歪めて喜ぶ人間です。自然破壊も髪染めも、その他諸々の社会問題も、『量』や形態や名称は違えど理屈は全く同じ。人間の愚かさと言う『質』が根本原因です。世の中人間としての自然の摂理に反することが多過ぎるから、子供の喧嘩から国と国の戦争まで様々な災禍や災害に遭うのです。
人間が自然と自然の摂理を破壊する時、実は人間自身をも破壊しています。黒髪の日本人が自ら金髪に染めて誰も何とも思わない・・・。日本が滅びに向かっているこんな明白な証拠が他にあるでしょうか?
日本の敵はアメリカでもロシアでも北朝鮮でもアラブのテロリストでもなく、日本人自身の愚かさです。地震も台風もまだ始まったばかりかも知れません。
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137 トチ狂ったかタバコ大国スペイン!? 23-11-2004(火) |
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スペインでは2006年1月から総ての公共の場所での禁煙が大筋で政府決定事項となった。肺ガン等、タバコに拠る直接間接原因の死亡者が毎日平均100人にも及び、医療費支出がバカにならない金額に達しているための緊急処置だそうである。緊急なら戸惑うことなく2005年からやれと言いたいところだが、タバコ農家やタバコの税収のこともある。緊急なのは国民の命より金だと正直に言えるほど人間の出来たスペインの政治家はいない。
スペインに来ると分かるが、スペイン人はとにかくタバコを良く吸う。行く先々でとにかくタバコの臭いがすぐ鼻に衝く。これが余りに一般的過ぎて“喫煙はスペインの習慣だ”と言う喫煙者もいるほど。これは自己弁護の詭弁ではなく、本人は本当に喫煙はスペインの習慣だと思っている・・・ほど喫煙大国なのである。例えば、自分の可愛い乳飲み子の傍らで思い切りプアッ-とやっている母親はこの国では珍しくはない。もちろん、横にいる父親も全く意に介する様子はない。ま、毒と思っていないのだから当たり前か・・・。
スペイン人がアメリカ新大陸から世界中にばら撒き散らした物が三つあるとすれば、それは銀とタバコと梅毒である(ろくなことをやってない!!)。つまり、スペインは元祖タバコの国である。以前スペインに出稼ぎに来ていたコロンビア人と知り合ったのだが、こんなにタバコをバカスカ吸う民族は初めてだと言っていた。世界一危険な国として名高い麻薬密輸立国のコロンビア人が言うのだから、これは相当なものである。特に若い女性の喫煙者の数がけたたましい。
果たして日本人に醤油の消費を辞めろと言うが如きこのタバコ禁止令はどんな効果があるのだろう?
ない!! 少なくとも本質的には何も効果はないと筆者は思う。泥棒の手を縛って“皆さん、手を縛りましたからこの人はもう泥棒ではありません。いい人になりました”と宣言する様なもの。目に見える公共の場からタバコを締め出したところで理屈は同じ。ましてや、規則は目安としか思っていないスペイン人が禁煙マ-クを度外視するのは目に見えている。筆者の長年の経験からスペイン人の目安加減をお話しすると・・・。
右折左折の際ウインカ-を出すのは三台に一台。三台に一台の車はとっくの昔に車検切れ。警官の前を堂々と赤信号を渡る歩行者。警官も見て見ぬフリどころか警官自身が全く気にしていない様子。車内禁煙の市バスで運ちゃんだけタバコを吸う。それを見ておかしいと思う乗客もいない。病院の受付で白衣の天使がタバコをプア~。一応禁煙の郵便局やその他の場所も皆同じ。12歳から酒タバコ(筆者の知り合いは15歳になったらタバコを辞め様と決心していたそうである!?)。時間は目安に過ぎない。どこの店に入っても、まず時計がない。免許を持ってない奴にも車を売る。 金は請求されるまでは払うものではないと思い込んでいる・・・などなど枚挙にいとめは付かない!?
外人旅行者なら、いい加減だが陽気で明るいスペイン人と笑って済ませば良いことだが、陽気に明るく毒を飲んで健康でいられる人はいない。
知恵のある者と共に歩む者は知恵を得る。愚か者の友となる者は害を受ける。-----或る昔の偉い人
人間バカになればなるほどバカなことを好む。これは人間の愚かさの方程式ですから、人間から愚かさがなくならない限りタバコもなくならないと断言出来ます。日本でもスペインでも世界中で人間が愚かさの品評会の如く愚かさをさらけ出して、むしろ、それがあたかも良いことの如く評価される今日、どんなに禁煙キャンペ-ンを展開したところで、タバコの煙もますます世界中で低年化して展開して行くことは明らかです。
逆に人間から愚かさがなくなればタバコだけではなく、その他多くのバカなこともしなくなるのも逆転の発想の方程式です。
人間の愚かさと言う人間の最悪のガンの一番の特効薬は知恵です。知恵ある者と共に歩めば知恵を得ます(コルムナ83)。
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136 何~にがパラド-ルじゃ!! 16-11-2004(火) |
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パラド-ルと言えば観光立国スペインの目玉商品である。全国各地のお城や名所旧跡を3~5星ホテルに改造したのだからカッコ良くない訳がない(ま、カトリック教会や修道院は不気味だが・・・)。
中でもご当地グラナダ市のアルハンブラ宮殿敷地内にあるパラド-ルは大人気のため、すこぶる予約が取り難いことでも有名である。今週のコルムナでは何故すこぶる予約が取り難いかと言う謎に迫ってみたい。
すこぶる予約が取り難い故に、筆者がたまに日本から日本人旅行者にかなり先の予約を依頼されて電話してみても、まず空き部屋があることはない。たまにあることもあるが、おそらくキャンセル流れではないかと思う。
ところが、驚くなかれ、センタ-にやって来る日本人旅行者のかなりの数が“お泊りはどちらですか”と尋ねると“パラド-ル”ですと答える!?
良く聞いてみると個人で予約した人は一人もいない。皆日本の旅行代理店を通してかなりバカ高い金を払わされている。或いは他の宿泊施設や交通機関などとパックで売っているので高い買い物だとは気付かない人もいる。これはトレドや他の人気パラド-ルも同じことである。
何のことはない。日本の旅行代理店が甘い汁を吸おうとガバっと押さえているから個人レベルでは取れないのである。売れるのを見越してかなり先までまとめて押さえ、パラド-ルに泊りたきゃ、うちを通して高い金を払って泊れと言う、消費者にそれ以外の選択余地を与えない高飛車な商売である。
それをまた無邪気でノ-天気な日本人旅行者が有り難がって“パラド-ルなんだから”と自ら付加価値ぶって有り難がる・・・。
スペインのサッカ-チケットを原価の?倍も掛けて数万円で売る旅行代理店も、それを文句一つ言わず買って、わざわざ日本から総本山にお参りに行く如く観戦しなければ気が済まない日本のサッカ-ファンの旅行者も理屈はパラド-ルと同じである。
何もパラド-ルやサッカ-が悪いのではない。パラド-ルやサッカ-場に至る沿道に参拝客を当て込んで罠を仕掛けて金を毟り取ってやろうとする屋台の出店根性が悪いのである。参拝に金にいとめは付けない参拝客ももう少し考えた方が良い。金が有る無しの問題ではない。
誰でも自分の利益を求めないで、他人の利益を心掛けなさい。-----或る昔の偉い人
旅行代理店は旅行者に夢を売るのが仕事のはずです・・・が、誰もそんなことは考えていません。“お客様”と丁寧語を使ってはいても、それは建前の話し。お客様のことを思っている旅行代理店はありません。本音は他社よりツア-を売ってすこぶる業績が上がればいいだけの話しなのです。
申し込む側も、楽しきゃいい、美味しけりゃいい~と自分の欲をすこぶる満たすことばかり考えているから、旅行代理店と需要と供給のバランスが取れているのが今の旅行業界でしょう。ただし、海外旅行と言う高貴な響きの割にはレベルの低いバランスです。
旅行業務やパラド-ルやサッカ-自体が悪いのではありません。それを取り巻く『人』の『質』の問題なのです。売上や娯楽の『量』が価値観なら自ずと自分の利益を求めてしまいます。しかし、旅やパラド-ル滞在やサッカ-観戦にも『質』を求めれば、本質的に何かが変わって来るのではないでしょうか。
他人の利益を求めるとは究極の逆転の発想です。気違い沙汰です。しかし、巨大な精神病院の中(コルムナ118&119&120&135)では、むしろ気違いと呼ばれた方が良いのではないでしょうか?
スペインで美味しいパエ-ジャを食べて、美味しいワインを飲んで、ロエベのハンドバックを買って、そして、パラド-ルに泊ったからと言って、結局自分の利益を求めている(欲を満たしている)だけのこと。大したことはやっちゃあいません。
ところで、グラナダのパラド-ルに泊りたい方、一年先なら日本語情報センタ-で何とかして差し上げます。宿泊料金は規定通り。予約手数料は一部屋500円です。ご相談下さい。
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135 3歳で精神病院通い!? 09-11-2004(火) |
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スペインでは近年精神不安定の子供が激増し、何と3歳で精神科に通っている子供もいるとのことである。また、先日時を同じくして日本の新聞のHPでも日本の小中学生の13%がうつ病傾向にあり、18.8%に自殺願望があると言う記事が載っていた。
以前人間社会は巨大な精神病院になったと書いたが(コルムナ118)、予言が的中し過ぎて筆者は嬉しくも何ともなく怖い。
それにしても3歳で精神科通いとは・・・。原因をハンバ-ガ-から探ってみよう。
スペイン人に限らず、ヨ-ロッパ人はまずアメリカ嫌いである。アメリカの悪口さえ言えば、すぐに上機嫌になるスペイン人は多い。ところが、皆マクドナルドのハンバ-ガ-やコカコ-ラ、ファンタ、それにハリウッドの映画は大好きなのだから、その精神構造には首をかしげざるを得ない。
スペインではアメリカ式ファストフ-ドは通称“ゴミフ-ド(Sp:comida
basura)”と呼ばれている。安価で粗悪な食材を用い、長期的には健康まで害するからであるが、パンと肉を焼いて、ついでに野菜も少し挟んでケチャップをかけるだけなら料理とは言えないし、コカコ-ラ、ファンタに至っては砂糖毒色水であると筆者は思っている。従って、暑い時に人から勧められれば喜んでいただくし、美味いとは思うが、自分から金を払ってまで飲むことはしないことにしている。
英語圏の国の食事がまずいのは世界の定説である。ご覧の様に食文化がない。ただ、連中は頭がいい。これらのファストフ-ドに宣伝で付加価値を付けて、アメリカ嫌いなスペイン人さえ手玉に取る。おまけに原価は二束三文なのだから、確かにビジネスとしては理想的である。
一方家庭料理は廃れ、特に子供や若者の食生活の質が落ちれば、やがて一国の食文化が破壊されるに至る。絶滅の危機に瀕しているのは何もある種の動植物だけではない。いくつかの家庭料理や食文化、そして、人間様自体もである。
子供の頃から食生活を誤れば病める大人になる。同様に子供から狂っていれば病める社会になる。では改善策はと言うと、ハンバ-ガ-よりピザ、或いはコカコ-ラよりペプシコ-ラの方がいいなどと言う同次元内の比較論しか聞かれないのであるから、これでは病状は悪化の一途を辿るばかり。それ故巨大な精神病院への入院患者の数は増える一方なのである。これは筆者の意見であるが、残念ながら冒頭の末恐ろしい数字が雄弁にこれを証明している。
自分の口と舌とを守る者は自分自身を守って苦しみに会わない。-----或る昔の偉い人
ゴミや毒を飲食すれば肉体の健康を著しく害するどころか死にも至ります。誰でも分かる道理です。同様にゴミや毒を常習的に貪ったから子供や若者が精神に激しく異常をきたすのです。理屈は全く同じです。ではどうすればいいのでしょう?
簡単です。ゴミや毒を飲食しないどころか遠避かることです。
それにしてもこの数字は異常です。ゴミや毒どころか猛毒(同112&113&114)を小さい頃から常飲したのではないでしょうか?
今からでも遅くはありません。こんなものとは一切縁を切ることです。こうするだけで現代社会の不幸の多くは防げます。ただし、多くの人間はその愚かさの故にますます自ら好んで猛毒をがぶ飲みして、世の中はますます殺伐として行くことでしょう。残念ながら、このことを予想するのに必ずしも予言者である必要はありません。
逆転の発想で口と舌だけではなく、目と耳も見る物聞く物に良く良く注意しなければ、猛毒視聴覚人間に成り下がって苦しみに会います。
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134 お手本はタイガ-マスク 02-11-2004(火) |
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人間の皮を被った獣とはとてつもなく悪い奴の形容だが、今週は虎の皮を被った人間のお話し。
巷はいつの間にか11月ですが、今週は突然今年第一回目のコルムナ91を振り返ってみよう。暇な方はもう一度読んでみて下さい・・・。この最終段落で、今年は『社会福祉部門』に比重を置きたい旨を抱負として述べておきました。
日本語情報センタ-は1998年暮、筆者の観光ガイド10年、初めてスペインに来て20年、ギタ-人生30年、人間になって40年目の区切りのいいこの年を記念して始めた。HP冒頭右欄に明記してある様に『旅行情報提供』『スペインギタ-普及』『社会福祉』が設立当初からの三大主旨である。
旅行情報は観光ガイド10年の経験からお手のもの。スペインギタ-販売は主な収入源でもある。日本語情報センタ-は筆者の個人事務所であり、これらを通じて何らかの収入を得なければならない。しかし、どうしても三つ目の社会福祉が来館者や読者にはピンと来ないのではないでしょうか?
前年1997年だったと思う。スペイン人に拠る中南米の街の孤児(浮浪児)救済民間機関『VIDA y LIBERTAD(命と自由:本部バルセロ-ナ)』の存在を知った。確かにこの種のNGOは世にたくさんあるが、創立者のフランシスコ・ハビエル・ペレス・ムニョスさんの愛と謙遜の人柄がゆりの花(同131中段)の如く自然に滲み出る様な語り口に深い感銘を覚えた。人助けは金や物ではなく『人』だと改めて確信した次第である。
勉強、仕事、商品、スポ-ツ、楽器・・・。その成績や技術ではなく、世の中総てのことにおいてまず『人』ありき。これは日本語情報センタ-運営と『スペイン週間コルムナ』の基本理念でもある。『人』が『人』でなくなる時に個人から国家まで様々な人間味のない問題が起こるのである。
そして、時を同じくして何故か子供の頃に見た漫画『タイガ-マスク』が思い出されて来た。孤児院“みなし子ハウス”出身の伊達直人が変身したプロレスラ-タイガ-マスクがファイトマネ-を“みなし子ハウス”に送金しながら孤児達を見守る・・・。
貧しい者を憐れむ者は造り主を敬う。-----或る昔の偉い人
“よ~し、タイガ-マスクの様にスペインギタ-の売上げで『命と自由』を援助しよう”と衝動的に、同時に冷静に決心したのが、実は日本語情報センタ-誕生の動機でもありました。あれから6年。やっとささやかな一つの形を残すことが出来ましたので、今週のコルムナでご案内します。
『命と自由』HPを日本語に訳しました。まだまだ暫定発進ですが、取り合えず公開します。http://www.jp-spain.com/vidaylibertad0a.htm
読者の心に訴えることはしますが、必ずしも賛同して下さいとは言いません。人それぞれ重荷を感じる対象は違うのが当たり前だと思いますので・・・。ただ、読者の皆さん、対象の違いはあれ重荷は感じた方が宜しいです。重荷とは人に対して重荷を感じると言うことです。
タイガ-マスクの様に、また、面識さえなかった左門豊作の熊本の兄弟達の境遇を聞いて涙した星飛雄馬の様に・・・。
人が勉強、仕事、商品、スポ-ツ、楽器・・・など、ただ自分とせいぜい家族のためだけにやっているとすれば、いくら成績や売上が良くてもそれは自分で自分の“欲望の墓(コルムナ100&79&80)”を築いているだけ。人目には金や地位や名誉のある大人物でも、実は大した人間ではないのです。
スペインでは今“クレヨンしんちゃん”が堂々のゴ-ルデンタイム。なるほど、こんなの見れば子供もアホになるはずです。人間ますます腑抜けて来れば子供の漫画の質まで地獄まで落ちて来ます。逆転の発想で“クレヨンしんちゃん”ではなく“タイガ-マスク”なのです。
誰でも海外旅行に行って楽しみたいのは当然のこと。日本語情報センタ-はその名の通り喜んでスペインに来る日本人旅行者のお手伝いをしましょう。スペインの美味しい料理や安いお土産屋さんも教えましょう。ただ、それは決して人生を左右する大問題でも何でもないのです。
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133 自分で自分に借金地獄固め!? 26-10-2004(火) |
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スペインを旅行する際に注意しているとすぐに分かることだが、今はどこに行っても建設ラッシュである。しかも、一体誰がこんなに金を払うのかと思わずこちらが心配してしまう程の量と規模である。もちろん、買い手が買う気になっており、銀行が貸付するからであるが、いつしかスペインのマスコミでも“不動産バブル”と言う禁断のことばが使われる様になって来たスペインの今日この頃である。
この世相を反映してスペインの街に不動産屋が幅を利かせているのは分かるとして(コルムナ94)、先週のニュ-スに拠ると、今年スペインで一番金融機関からの借入金が多いのが一番南のアンダルシア地方であり、同時に今年スペインで一番新規開店した金融機関の支店の数が多いのも、スペインで一番金のあるマドリ-やカタル-ニャ地方ではなく、やはり一番貧しいアンダルシア地方だとのことである(同93)。
金がないから金を借りる。金を借りるには金融機関(銀行:信用金庫)が必要・・・。なるほど、誰にでも分かる需要と供給の原則である。
ここグラナダ市でも一戸建ては平気で2~4千万円する。確かに日本と比べて広さや部屋数は段違いなのであるが、これでは料金に関しては日本と何も変わらない。不動産ブ-ムを反映して郊外の分譲住宅地丸ごと完売も珍しくはない。しかもまだ建築が始まってもいないのにである。
ところが、完売の割には空き家がゴロゴロあるそうである。つまり、金を持っている連中、もしくは、住宅ロ-ンを組んでまで投資のために家を買っている連中がいるのである。逆にブ-ムとは言え、金も保証人も担保もない連中にはやはり手が出ない。
借りる者は貸す者の奴隷となる。-----或る昔の偉い人
いや、逆転の発想で、手を出さなくて良かったと言う時が必ず来ます。そもそも他人の金で欲しい物を買うこと自体、本当に必要な物なら話しは別かも知れませんが、自ら奴隷宣言する様なものです。金融機関の思う壺ではありませんか?
人は強欲で自己中なのです。他人のコップ一杯に溢れる水を見て、自分のコップには半分しか水がないと羨みます。そして、そのコップの残り半分の水を満たせば幸せになれると思い込んで労力を費やします。誰も逆転の発想で、実は今あるコップ半分の水で充分なのではないかと思ってさえみないのです。
仮に利子がゼロだとしても借りる者は貸す者の奴隷となります。また、余り持ち物が多過ぎると却って“持てる者の悩み”になりかねません。おまけに自ら蒔いた種の銀行ロ-ンの請求書に“借金地獄固め(首を決める技:首が回らない!?)”でギブアップ。これは多くの日本人が10年前バブル崩壊で経験したことです。悪いのは自らの欲なのですから銀行を恨むのは逆恨みです。甘い宣伝文句で消費者をハメてやろうと言うのが見え見えの金融機関も同類項です。
貸す方も借りる方も、いずれも金銭物欲至上主義だから同類項相集う運命にあるのです(同129&131)。簡単な理屈です。
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132 さすがは名犬ラッシ-、人間の出来が違う猫様じゃ!? 19-10-2004(火) |
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先週街で真っ黒な雄の子猫を拾って来た。貰い手を捜したが見つからないので置いてやることにした。名前はブランコ(blanco:意味は白!?)。
珍客に驚いたのが既にセンタ-で2年2ヶ月先輩の2匹の飼い猫、シロ(黒猫)と名犬ラッシ-(白黒の猫)。2匹共人間が良く出来た猫で、当初物珍しそうにしてはいたものの、人間様の様な偏見や諍いや妬みや嫉みや虐めや嫌がらせや睨み合いや口喧嘩や喧嘩やどつき合いは一切なく、一週間以上経った今では3匹仲良くご飯を食べて、遊んで、お昼寝をする毎日である(夜も)。
ブランコは特に名犬ラッシ-になついた様で、母子でもないのに、何と毎日おっぱいを吸っている!?
ラッシ-はもらって来た時から既に不妊手術を施されていたので母乳が出るとは思えないが、これで母性本能が目覚めたのか声変わりまでしてしまった。本猫は母親のつもりらしい。
自分の子供や親を殺す人間のクズの様な、ただ単に哺乳類のヒト科と言うだけの生き物とは何と違うことかと思わずにはいられない。
ところで、ごく最近筆者の知り合い二人が極めて険悪な雰囲気になった。この二人は長年、はたから見れば蜜月に近い関係であったのだが、どうやらプライドと金が絡むと人間地金が見えるものらしい。この猫の名犬ラッシ-物語と時期が重なったこともあり、人間の醜さがより際立つ。
慈悲深い無邪気な猫と強欲で傲慢な人間様・・・。何と好対照なのだろうか。
知恵の正しいことはその行いが証明する。-----或る昔の偉い人
つまり、行いが正しければ知恵があり、行いが正しくなければ悪知恵であり、地金が錆びたクズ鉄なら、行いも人間のクズになるのは道理です。
それに引き換え、地金が愛と柔和なら、猫でさえ名犬ラッシ-の様に知恵ある行いをするに至ります。
人間は万物の霊長だったはずですが、それはただ単に知能指数が他の動物より遥かに高いと言う意味でしょう。
知能指数と知恵は似て非なるものです。前者は知識の『量』を単に数字で表したもの、後者は人間の『質』に言及しています。
どんなに地金を見せかけの友情や社会的地位などで厚化粧しても、人間とは最後は厚化粧の『量』ではなく、地金の『質』にふさわしい振る舞いをする運命になっているのです。正しい知恵が『質』であれば行いの『量』は自然に付いて来ます。
猫なら猫に小判で済みます。猫には金銭欲物欲功名心がないからです。どっこいそうは行かないところが人間様の悲劇なのです。合掌・・・。
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131 偶然か必然か:スペインのキャバレ-でばったり!? 12-10-2004(火) |
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先日知り合いのN君とばったり会った。友人と言うほどではないが、たまに街で出くわしてバカ話しをするだけの仲である。
今回そのバカ話しが弾んで、以前彼がグラナダ市郊外の極めていかがわしいキャバレ-に行った時の話しになった(今もたまに通っているらしい)。N君が入ろうとしたその瞬間、ちょうど出るところだった筆者と共通の知り合いのUさんと鉢合わせになったそうである。Uさんは一瞬バツが悪そうな顔で“ああ~”とか訳の分からないことを言いながら足早に立ち去って行ったそうである。
余りの次元の低さにバカ負けであるが、この低俗物語を聞いた瞬間、筆者は思わず先々週自分で書いたコルムナを思い出した(コルムナ129)。“或る昔の偉い人”のすぐ下の段落で述べた“同じ人生観価値観の同類項同士はやがて遭う運命にある”ことを、この低俗な実例をもって再認識した次第である。
同類項と言うと、何か悪い例えに響くが、同類項相集うのはこの様な低俗の極みから崇高なレベルまで総ての次元に共通する摂理である。
利口な者は知識を隠し、愚か者は自分の愚かさを言いふらす。-----或る昔の偉い人
隠せば人目に付くことはないと思っていても、遅かれ早かれ人目に付いてしまうのは実は知識も愚かさも同じことかも知れません。
知識を隠すとは謙遜なゆりの花の様です。部屋の片隅に置いても、そのふくよかな香りでそこに居る人を振り向かせ、その飾り気のない容姿で魅了します。決してゆりの花自身が色気を振り撒こうとしているのではありません。自然に放つ芳香が無言のうちに人を惹き付け振り向かせるのです。
それに引き換え愚か者はわざわざ自らの愚かさを言いふらして、パンツまで見せびらかして、しかも悦に入ります(同119)。
我々も今の次元に定住すれば、否が応でも今の次元の同類項と顔を衝き合わせて生きて行く運命にあります。次元を上げるか下げるか・・・。上げれば高い次元の同類項と、下げればそれに全く持ってふさわしい同類項と出会い頭にぶつかることをこの低俗物語が雄弁に物語っています。
今日日本もスペインも社会全体のレベルが極めて低次元になっています。残念ながら毎週のコルムナはその証明です。ボケ~としていると我々も低次元社会と共にいつの間にか更に下流に押し流されるだけです。川は下流に行くほど水が濁って死んだ魚も多いのです。また、死んだ魚が多いから水が濁るどころか鼻を衝く異臭(死臭?)を放っているのが現代社会とも言えます。何もいかがわしいキャバレ-まで行かなくてもテレビを点ければ分かることですが・・・。分からない人は鼻がおかしいのではありませんか?
ところで、N君もYさんもグラナダ在住の日本人です。偶然も必然だったのでしょう。合掌・・・。
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130 ベタベタするんじゃね-、男同士女同士で!? 05-10-2004(火) |
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スペインは総選挙直前の今年3月11日のマドリ-列車テロのおかげで、圧勝のはずだったイラクに派兵していた当時の与党大衆党は野党第一党となり、自身も勝つと思ってもいなかった当時の野党第一党の社会党が棚ぼたで世紀の大逆転勝利を収め与党となって現在に至っている。現社会党政府は公約の戦争反対イラク撤兵を速やかに実践して、アフガニスタンには今も軍を維持しているのだから、やはり政治家は嘘吐きである。現在のアメリカの大統領選も、スケ-ルの違いこそあれ、民主主義と愛国心のオブラ-トに包まれた偽善ショ-であることに於いては同じである。
そして、社会党政府は今またもう一つの公約を果たすべく、去る9月30日更に大きな一歩を踏み外した。同性同士の結婚の合法化の草案を国会で可決させ、後はこれに伴う憲法上の手直しを国会で審議し、早ければ来年早々正式な憲法として施行されることが確実となった。
政治家がこんなことを公約すると言うことはスペインはそれだけオカマや女オカマ人口が多い証拠である。節操のない政治家はいつの時代も過半数に尻尾を振る。新聞に拠ると、地元グラナダ県でも8万人が同性結婚に踏み切ると言われている。世論調査でもスペイン国民の2/3は既に同性間の結婚に賛成している。また、草案可決から僅か数日しか経っていないのに、早くもかなりの有名人がオカマ宣言をして、正々堂々と婚約者を紹介している!?
庶民の味方を自負する社会党は『これでスペインは同性愛者先進国になった』と、まるで悪者を見事に裁いた番組終了前の大岡越前の様な清々しい正義の味方を演じている。いや、心からそう思っているのだから演じているのではなく、どうやら真心に裏打ちされた微笑らしい。
これを反映してか、まるで機を見計らっていた様にオカマっぽいテレビコマ-シャルまで出て来た。最近彼氏と別れた女性二人の会話。『あ~ら、この前あなたの元彼氏見たわよ。』『あ、そ~。私もこの前あなたの元彼氏を見たのよ。私の元彼氏と付き合っていたわ!?』
嗚呼、善を悪、悪を善と呼ぶ者達。-----或る昔の偉い人
度が過ぎる悪でしょうか? それとも時代に機敏に対応しているから善なのでしょうか?
一体何を基準に善悪を判断すれば良いのでしょう?
ある人は北に、ある人は南に、また、ある人は北西に、東南に・・・。各自の自由は大いに尊重すべきであり、個人の好みを無理矢理人様に押し付けるのは民主主義の精神に反します。貴方が東に行きたければ、正反対の西に行きたい人とはウマが合わないかも知れませんが、大人の対応でお互いの自由と個性と方向性は尊重し合うべきです。でなければ学校や社会での協調性を失ってしまいます。
しかし、それは東西南北が東西南北であればの話し。例え北を南、南を東とごり押しする人が過半数を占め様が、東西南北は東西南北。北は北であり、西南は西ではありません。それを合法化までして有権者に媚を売るのが民主主義の正道でしょうか?
東西南北は普遍であり、絶対的価値観であることを踏まえた上での方向性の違いなら尊重すべきですが、普遍的絶対的価値観を歪めて悦ぶことは自然の摂理に毒衝くことに他なりません。
民主主義だろうが、合法だろうが、自然の摂理に逆らうことは総て罪悪です。“重力の法則(摂理)なんかあるか、バカ野郎”と言って天に唾を吐けば、やがて自分の顔に落ちて来るのと同じく、例え憲法片手に過半数で自然の摂理に対して罪悪の横車を押しても最後は害を被るだけです。
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129 泥棒もテロ対策なのだ 28-09-2004(火) |
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先週木曜日未明グラナダ郊外のベッドタウンで押し込み強盗があり、現金や貴金属などおよそ65000ユ-ロ(約900万円)が奪われた。手口はまず家の中に睡眠ガスを流し込み、住人がこん睡状態の間に金目の物は総て持って行くと言う、まるでモスクワの劇場占拠の教訓を活かしたハイテク強盗である。
被害に遭ったのはある地元の実業家の豪邸だったらしい。有る所には有るものであるが、とにかく、最近の強盗窃盗の類は手が込んでいる。いくら用心し様が、ここまでやられたら一般市民にはお手上げと言うレベルの犯罪が増えている(コルムナ111)。
スペインを旅行しながら、建物や家々の窓を良く見ると、特に一階の窓は総て鉄格子で、日本人から見ると異常なほど頑丈な作りであることに気付く。つまり、そうしなければならないほど昔から泥棒が多い国なのである。とは言え日本でもスペインでも、田舎では一昔前までは出かける時も夜も鍵など掛けなかったものであるが、どうやらそう言うのどかな時代は完全に終わってしまった。何せ、鍵を掛けていても強盗に押し入られ、命まで奪われて金目の物を根こそぎ持って行かれる事件が頻繁に起こるご時世である。
当たり前のことだが、泥棒は貧乏人より金を持っていそうな連中を標的にする。海外で日本人旅行者が狙われるのもそのためである。スペインの場合も身体に危害は加えないが、考えに考え抜いた偽警官の芝居(パスポ-トの次は財布を見せろと言う!?)から、有無を言わせない首絞めナイフ強盗まで、巧妙化凶悪化の一途を辿っている。
普通人は金がないことが人生の悩みなのであり、金を得るために皆苦労するものであるが、こうなると逆に持てる者の悩みとでも言おうか・・・。確かにせっかく貯め込んだお宝をごっそり持って行かれては理不尽極まりない話しである。
自分の宝を地上に貯えるのはやめなさい。虫と錆びでキズ物になり、また盗人が穴を空けて盗みます。自分の宝は天に貯えなさい。そこでは虫も錆びもつかず、盗人が穴を空けて盗むこともありません。-----或る昔の偉い人
もちろん、人を人とも思わない泥棒どもはとんでもない奴らですが、もっと広い視野で見れば、被害者は地上に宝を貯えて一喜一憂する人、加害者は人様が貯えた地上の宝をちゃっかり拝借する人と言うことも出来ます。つまり、法の前には疑い様のない被害者と加害者ですが、両者とも“地上の宝”こそが人生観価値観であると言う共通項で結ばれていると言えなくはありません。そして、結ばれているからこそ、泥棒と被害者はいつか遭う運命にあると言えばこじ付けでしょうか?
一昔前ならともかく、これだけ強盗窃盗詐欺が横行する現代社会では決して詭弁ではないと思えなくはないでしょうか?
ところで『天』とは何でしょう?
西郷隆盛の次のことばを読んで考えてみて下さい。コルムナ111ももう一度良くお読み下さい。
『天は総ての人を同様に愛す。拠って我も自らを愛する如く人をも愛すべし。』
皆こう考えれば犯罪などなくなるはずですが・・・。
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128 お先真っ暗スペインの少年白書 21-09-2004(火) |
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ハシシュ36%:コカイン6.8%:アル中27%:これはつい先週末発表されたスペインの14~18歳のガキどもの麻薬&アルコ-ル依存の割合である。日本的に言えば中高生の1/3が廃人予備軍なのであるから、これは凄い数字である。また、どこからこんな数字を弾き出すのかは知らないが、スペインはヨ-ロッパ一のコカイン消費国だそうである。陽気で明るく無邪気にコンセントに指を突っ込むからこうなると筆者は思うが・・・(コルムナ120)。
人生後から悔い改めれば修正の効く過ちと、気付いた時にはUCI(ICU
)とでも言うべき極めて蘇生困難な犯してはならない過ちがある。人間は皆身勝手で悪い存在であるが、この言わば人間的な通常の悪(通常だからやってもいいと言う訳ではない)ならまだしも、人間的な限度を超えた邪悪の領域に足を踏み入れ、堕落の本能に身を任せれば、いつの間にか、いや、18歳で立派な邪悪エキス中毒末期患者である。
ところで、アル中はともかく、こんなに薬中がいる以上、その供給源もまたあるはずである。スペインには主にモロッコ(ハシシュ:砂漠の奥地で国を挙げて栽培している:ろくな国ではない!?)や中南米(コカイン)から麻薬が密輸されて来るのであるが、供給源とは人の生血を吸うこれらの人間のクズはもちろんだが、需要もふんだんにあるからこそ供給源が尽きることはない。つまり、麻薬を面白がって吸って需要する方もまた極めつけのバカである。
先週土曜日の新聞に拠れば、自分の子供が麻薬をやっていないかどうかを知るために探偵を雇う親もいるとのこと。しかし、こんな手段にまで訴えなければならないこと自体、既に親自身も自分の子供のしつけ方さえ知らなかった愚かな親である証拠であり、仮に薬中アル中と分かってどやしつけたところで、泥沼に首までハマッている自分の息子が急に改心して真面目少年になる訳でもない。
コンセントに指を深く突っ込んでからでは遅い。邪悪エキスをがぶ飲みしてからでは遅いのである。原因はただ単に麻薬が甘い誘惑として青少年の身近にあることだけではない。身近だろうが遠くだろうが、麻薬やその他邪悪エキスに手を出す中高生の少なくとも1/3が根差す極めて愚かな土壌こそ原因である。
探偵を雇うことはその愚かな土壌に生えた子供の心に成った愚かな実について報告せよと言うこと。学校や親が子供達に麻薬に手を出すなと言ったところで、それは愚かな実を成らせるなと言うことであり、また、警察が麻薬の売人を取り締まることは愚かな実の販売を未然に防ぐことである。
しかし、土壌が愚かな以上、人間と言う元々悪い木に愚かな実が成り続けるのは摂理である。愚かな土壌を度外視して多種多様の悪い実自体を改善する研究をしたり、防止対策に頭を痛めるのは、土壌が愚かな以上総て徒労に終わることを多くの学校の先生も親も政治家も気付いてはいない。
例えば、泥棒の手を縛って『皆さん、手を縛りましたからこの男はもう泥棒ではありません』と宣言する様なもの。土壌が泥棒なら、いくら手を縛ろうが何をどうし様が性根は泥棒である。泥棒の手の縛り方を論じたところで泥棒の数が減るはずがない。事実日本でもスペインでも連日の様に盗難、窃盗、強盗は増加の一途を辿っている。情状酌量の余地ありとかで手を縛った縄を緩めてやったところで、薬中ならまたすぐに元の木阿弥である。これが多くの人の現実である。
罪人達が貴方を惑わしても、彼らに従ってはいけない。-----或る昔の偉い人
対処すべきは一つ一つの悪い実ではなく、悪い実を成らせる悪い土壌です。その悪い土壌に邪悪エキスを肥料としてやれば、人間的な悪い実は人間的な悪を超越した邪悪な実となって更にどす黒く腐って行きます。日本でもスペインでも犯罪が低年化凶悪化しているのはこのためです。
日本でもスペインでも多くの人が魅力的に厚化粧された邪悪に従い惑わされて廃人寸前になっているのを見るのは情けない限りです。
土壌を良くすれば木も実も自然に良くなります。これは自然の摂理です。厚化粧された実ではなく土壌に目を向けてみませんか?
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127 スペインの救急車 14-09-2004(火) |
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日本語情報センタ-はグラナダ市役所のすぐ横にある関係で、市役所前広場で行われる様々な催しのざわめきが良く聞こえて来る。とは言え、実際は“市長、出て来い!!”とがなりたてる抗議集会のうるさいデモ隊の方が多いのであるが、先週土曜日午前中は赤十字主催の救急隊のデモンストレ-ションが行われた。広場に救急車が集結し、一般市民の前で救助の実技など披露した訳である。
さて、今週はスペインの赤十字についてだけではなく、ボランティアなど人道的支援救済活動一般について両面から考えてみたい。両面からとは美談の表と裏、そして、助ける側と助けられる側の両面からと言う意味である。
まず、全く同じ先週土曜日のある来館者から聞いた体験談をそのままお伝えする。以前ブラジルに旅行した時のこと。ある小さな子供から、お母さんがいないからと金をせびられ、いくらかあげたとたんに、その金を近くにいた母親に持って行ったとのこと!?
また、インドでは物乞いさせるために親が自分の子供の手足を切るとのこと。筆者もこの種のことは随分聞いたことがあったので驚きはしなかったが、第三世界ではむしろ常識であり日常茶飯事なのである。
また、これは神戸震災にボランティアに行った筆者のギタ-仲間から直接聞いたことだが、彼がス-パ-の寿司パックを差し入れに行くと、被災者の一人が“こんなもん食えるか!!”と凄い剣幕でその辺に投げ散らしたそうである。
或いは、アフリカのどこかの国で青年海外協力隊員として救援活動中、休暇でスペインに遊びに来てセンタ-に寄って行く日本人もたまにいる。話しを聞いてみると、これは留学生やワ-キングホリデ-の人もそうだが、勉強や救済活動自体が目的なのではなく、日本からの現実逃避の人が大半である。
話しは赤十字に戻るが、筆者の知り合いのグラナダ市郊外のある町の赤十字のメンバ-に拠ると、同じオフィス内でも権力争いがあるそうである。また、以前書いた様に、家庭内暴力を振るわれている女性の方が必ずしも憐れむべき犠牲者とも限らない(コルムナ86)。
つまり、ボランティアに身を投じている人は皆良寛さんの様な人間とは限らないし、一見憐れむべき弱者だからと言って、慎ましく謙遜な人間どころか、大嘘吐きの傲慢な人間でさえあり得ると言う訳である。いや、むしろこちらの方が過半数ではないだろうか。
この様に助ける方も助けられる方も、お互い不完全で自己中な人間のなせる業だからこそ、上辺が美談の割には大した効果がないのが実情ではないだろうか。例えば『家庭内暴力被害女性救済会』が支給する住居と一時金は国民の税金から捻出された助成金であるが、それを弱者救済の大義名分の名の元に、この女性と旦那と愛人で食い潰してしまった訳である(同86)。人道的支援救済活動の多くは意外やこんな結果に終わっていると筆者は思う。
人が変わらなければ社会は変わらない。-----或る昔の偉い人
いや、実は意外でも何でもありません。人道的支援だろうが何だろうが、そのシステムの良し悪しではなく、総てはそれに携わる人の『質』通りの結果に終わる運命にあると言うことです。一見崇高な試みも、その試みではなく、それを試みる、また試みられる人の『質』が低ければ、『質』の高い結果をもたらすことは決して出来ません。だから、現代社会は退化の一途を辿っているのです。明日にはもう忘れている赤い羽根の募金でいいなら話しは別ですが・・・。
どうも筆者は捻くれているので習性として表の美談より裏を嗅ぎ回る方が得意なのです。しかし、裏がしっかりしていないと、遅かれ早かれ表の化けの皮が剥がれることもまた真理です。人生後から嫌な思いをしたくなければ、逆転の発想で表より表の裏付けを重視した方が遥かに賢明です。例えば、人間誰でも問題がない内は皆上辺は良い人なのです。逆に、人間の本性は何か不都合が起きた時の反応や約束や金銭に対する忠実さ不忠実さに於いて現れるものです。結婚は相手のそう言う一面を見てからにしても遅くはないでしょう(同31&98&123)。
ところで、“人”とは他人ではなく、読者のことですよ。
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126 オリンピックは遠くなりにけり 07-09-2004(火) |
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先週は北オセチア共和国のテロに世界中が揺れた。ロシアに殺されたチェチェン独立派兵士の未亡人が仇討ちにテロリストになったと言う報道には、日本人として思わず判官贔屓になりそうな人もいるかも知れないが、悪いことは悪い。
悪いことは悪いと言うのは、もちろん憎悪に燃えて無差別テロで子供にまで憂さ晴らしする方も悪いし、過去チェチェンを頭ごなしに軍事力で蹂躙して今回の大量殺戮無差別テロに至る因縁の種蒔をして来たロシアも悪いと言うことである(ニュ-スに拠ると帝政ロシア時代の3世紀も前から圧制に圧制を重ねて来たらしい)。この意味では確かに判官贔屓は良くない。そこに至る両者の言い分もだが、言い分よりむしろ行いを良く考察してから冷静に意見しないと、どちらかに下手に感情輸入してしまう可能性大である。
一方、同時進行のアメリカ大統領選も選挙戦と言うより政治ショ-丸出しである。アメリカの世論は対国際テロ強硬派が多い様であるが、ブッシュ現大統領は元より、ケリ-候補も、いや、頭は切れるが口がすこぶる悪いあの嫁はんはどうもいけ好かない。才女だろうが凡才だろうが、女性は一歩引いた内助の功的な穏やかな性格の方が良い。つまり、どちらがアメリカの舵を握ろうが、アメリカが武力に物を言わせる傲慢路線を継続することは確かだろう。とんだ“継続は力なり”である。それにしても、ソ連のアフガニスタン軍事介入の際には敵の敵は友達だとばかりに、例のアラブの気違いに散々軍事援助したアメリカが、飼い犬に手玉に取られた腹いせに国際テロ撲滅の正義の旗印を掲げるのもどんなものか?
さて、これらが未解決のイラクのフランス人記者人質事件も含めて、ざっとアテネオリンピック後の人間社会の行いである。つまり、オリンピックも高校野球も一陣の爽やかな風に過ぎなかった。二陣、三陣と続けて吹くなら継続は力なりで爽やかな力と成ったのであろうが、残念ながら一陣だけの現実逃避の他人が主役の感動物語に終わってしまった様である(先週のコルムナ)。それ故人間の醜い現実との著しいギャップがより一層圧倒的な現実として我々を圧倒する。それも高校野球から2週間、オリンピックから僅か1週間後のことである。
我も黄金の釘一つ打つ。-----或る昔の偉い人
オリンピックや高校野球と人間の醜い現実のギャップを感じるには何も国際テロに驚愕する必要はありません。ロシアの一共和国まで行かなくても、日本やスペインの毎日のニュ-ス、我々の学校や職場、いや、社会や他人ではなく、我々自身に目を向ければ醜さは十分あるのではないでしょうか?
他の誰かではなく、まず我々自身が小さな一陣の爽やかな風にならなければ何も始まりません。小さな一陣の爽やかな風とは“黄金(こがね)の釘一つ”と同じことです(同82&124&125)。しかし、小さな一陣の爽やかな風も一陣だけで継続しなければ力とは成りません。どうすれば二陣、三陣と継続して吹くのでしょう?
例え小さな釘でも打つべき所にビシッと打つ値千金の黄金の釘であれば継続するのではないでしょうか?
黄金が私利私欲を混じえない純金であるべきことは言うまでもありません。爽やかな一陣の風もまた、釘の大きさ、つまり、『量』ではなく、純金と言う釘の『質』なのです。
人は皆それぞれ周囲の人の心に打つべき釘があるのかも知れません。一挙手一投足に細心の注意を払って打たなければ(同123)、感動の黄金の釘どころか、グサッと打ち抜く致命傷にさえ成り得ます。それには日本人、スペイン人、ロシア人の違いはありません。
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125 オリンピック終わって山河有り 31-08-2004(火) |
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アテネオリンピックは予想外の日本チ-ムのメダルラッシュに沸いた。スペインも出足は悪かったが、終わってみれば合計19個のメダルと健闘。
しかし、もう終わってしまったことはオリンピックであれ何であれ、総ては過去のことであり点である。この点が点だけで終わる時、その点がどんなに感動的な点だろうが力とは成らない。継続しないからである。逆に人目を引かない小さな点でも継続すれば、いつか必ず線と成り力と成る。
『継続は力なり』とは筆者の好きな言葉でもあり、日本語情報センタ-の基本理念でもある(Topペ-ジ右中段)。
もちろん、継続するしないとは選手のことではなく、オリンピックを観戦した我々のことである。
オリンピック一過の月曜日、ふと我に返れば、そこには学校、家庭、職場、そして、それに付随する様々な現実問題に引き戻された読者自らを再発見するのではないだろうか?
逆に言えばオリンピック観戦に一生懸命になっていた時は束の間の現実逃避だったとも言えなくはない。
現実逃避とは或る意味他人が主役の何か、とも言える。他人から感動をもらうのは大いに結構だが、他人が主役で本人は完全な傍観者では、その感動も先週の第九の例の様に明日にはもう醒めている点に終わってしまう可能性大である。他人からもらった素晴らしい感動も自分なりに教訓としなければ、本人の中で継続して線となり、やがて力と成ることはないのである。
自分の畑を耕す者は食料に飽き足り、虚しい物を追い求める者は思慮に欠ける。-----或る昔の偉い人
オリンピックもサッカ-(コルムナ13&14)も高校野球も他人からもらう感動であり、他人が主役の人間ドラマに酔うだけで、他人が主役の人間ドラマが終わった翌日は自らの山河に引き戻されて放心状態では或る意味思慮に欠けると言えるでしょう。そして、我々の住む人間社会は感動どころか、むしろ、えげつないことの方が圧倒的に多いろくでもない山河であることは、残念ながら毎週の“スペイン週間コルムナ”が証明して余りあります。それは虚しい物を追い求める思慮に欠けた人が多いからではないでしょうか?
むしろ、こちらの方が人間社会の山河の現実だと言うことを忘れてはいけません。
実り多い他人の畑を垣間見るだけでは食料に飽き足りることは出来ません。オリンピックで感動的な他人の人間ドラマを観させてもらったら、オリンピックの夢から醒めて、今度は貴方が貴方の人生の山河で貴方自身の畑を継続的に耕し、貴方が主役の人間ドラマを書く番です。そうすれば、メダリスト達の様に多くの人に感動を与えることは出来なくても、必ず黄金の小さな釘を山河のどこかに有意義に打つことが出来るはずです(同82&124)。
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124 やりゃ出来るじゃないか!? 24-08-2004(火) |
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先週から世は正にオリンピックである。日本のメダルラッシュには正直驚いた。思わず“やりゃ出来るじゃないか”と思った次第である。
当たり前のことだが、今回のアテネ大会に限らずスペイン国営放送はスペイン中心の中継であり、対戦相手にでもならない限り日本の扱いは情けないほど少ない(ま、日本でもスペインの試合中継など皆無に近いだろう)。従って、筆者はソウル、バルセロ-ナ、アトランタ、シドニ-の各大会は余り印象がない。海外にいるとどうしてもこうなってしまうのだろうが・・・。
しかし、今回は何の気なしにテレビをつけるといきなり男子体操団体の三つ巴の決勝戦。食い入るように体操競技を見たのはミュンヘンオリンピック以来である。金メダルも嬉しかったが、32年振りに中学生の頃の緊迫感のあるオリンピック観戦の気分にタイムスリップして、もう忘れかけていた想いに暫し浸ることが出来たのも感慨深い・・・。そして、金メダルの北島選手はつい最近まで当グラナダ市から1時間のシエラネバ-ダ山中の室内プ-ルでトレ-ニングしていたことも読者の皆さんにお知らせしておきましょう。
時間は前後するが、今年もまた高校野球甲子園大会は爽やかな話題を提供してくれた。筆者の母校は今年は行けなかったが、甲子園大会は毎年の風物詩、オリンピックは4年毎の風物詩と言っても良い。そして、共通点はいずれも爽やかな後味と感動である。
その場だけ“スカッと爽やか”だけなら砂糖毒色水のコカコ-ラで十分である。確かに肉体の乾きはその場凌ぎで満たしてくれるが、だからと言ってコカコ-ラの製造元や業者や自動販売機に感動を覚えはしない。そこには人間ドラマがないからである。
確かに高校野球にもオリンピックには人間ドラマが存在する、しかも色濃く。そして、勝者はもちろん敗者からも感動を与えられるところが結果第一主義のプロスポ-ツとは違うところである。筆者個人としては、日本で報道されたかどうかは知らないが、戦後間もないアフガニスタン代表の女子柔道選手の少女(18歳位)が印象に残る。あんな国に畳があるはずもなく、タリバン政権が政治犯を銃殺していたサッカ-場(ゴ-ルには死体が吊されていたとのこと)で黙々と練習したそうである。そして、本番ではスペインの選手に全く歯が立たず僅か45秒で完敗。テレビで観ていても可愛そうな位何もさせてもらえなかった。
メダルラッシュの日本チ-ムにも、そして、予選完敗の名もないこのアフガニスタンの少女にも同様に感銘を受ける。スポ-ツレベルから言えば雲泥の差があるが、両者共に人間ドラマがあるから共に感銘を受けることが出来るのである。
我も黄金の釘一つ打つ。-----或る昔の偉い人
問題はこの爽やかな後味と感動が我々一人一人の内でどう継続していくか、何を学ぶか、それを今後の人生にどう生かすかと言うことです。他人が主役の人間ドラマから感動をもらうだけでは“第九”の雰囲気に今夜は感動したが、翌日にはもうクリスマスモ-ドからお正月モ-ドにちゃっかり鞍替えしている様なものです。高校野球やオリンピックから人間ドラマを見せてもらったら、それを教訓に今度は自分が主役(自己中と言う意味ではない)の人間ドラマにモ-ド変換しなければ片手落ちの感銘に終わります。当たり前ですが、読者の人間ドラマは読者自身が書くのです。
我々はこれらスポ-ツ選手の様に、或いは他の分野の有名人の様に社会的に際立った存在ではないかも知れませんが、人生結果ではなく人間ドラマ・・・と読者は思いませんか?
つまり、試験の点数や営業成績や名声の『量』ではなく、そこに至る人間ドラマの『質』です。
残念ながら毎週のコルムナはろくでもない人間ドラマばかりです。人間味がないから人間ドラマにならないどころか人間のクズ劇場ばかりです。今日多くの人は『質』より『量』を追い求めているからです。逆に『量』より人間としての『質』を求めれば人様に感銘を与える人生を送ることが出来る、小さな黄金(こがね)の釘一本打つことが出来る(同82)、人間ドラマを書くことが出来る・・・。これが“スペイン週間コルムナ”の主旨でもあります。
*7&8月はHP管理者の夏休みの都合に拠り更新が従来の火曜日より2~3日遅れます。予めご了承下さい。
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123 離婚大国スペインの現場レポ-ト 17-08-2004(火) |
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先週日本人留学生と話しをする機会があった。ご多聞に漏れずホ-ムステイ先は奥さんしかいないそうである。ご多聞に漏れずとはこの様なケ-スが多いことは今までもかなり聞いていたからである。つまり、離婚率五割の国(コルムナ31&98)で下宿すれば下宿先が離婚家庭でも何の不思議もないのである。
一方筆者の友人の奥さんが先日旦那を差し置いてお祖母さんになった!?
確かまだ42歳位だからお婆さんにはほど遠いが、初孫が生まれたからにはお祖母さんである。そして、筆者の友人は奥さんとの間にまだ子供もなく、奥さんの初孫のお祖父さんでもない!?
その心は?
一女を儲けた前夫と離婚した友人の奥さんは友人と再婚して未だに子供なし。その内に未成年の前夫との娘が不純異性交遊の挙句妊娠し(スペインでは常識)、ペナルティで結婚する前に子供が生まれてしまったのである。娘とは母子の友人の奥さんは初孫に大喜び。娘と娘婿(娘をはらませた男!?)と孫とは赤の他人の娘の母の夫と病院に赴きご対面となった、もちろん、前夫のいない時間帯に!?
どうも釈然としないが、読者にはこの奇々怪々な人間模様が解明出来ただろうか・・・。今後奥さんの娘が旦那(離婚しなければ)と孫を連れてお祖母さんの家に遊びに来ても、友人はお祖母さんの配偶者であると言うだけで父でも義父でも祖父でもないのだ・・・。
どうも当事者も我々野次馬も今一意味不明の表現が多く、筆者の筆も今週ばかりは要領を得ない。いや、この人間模様では明快な日本語に(もスペイン語にも)なる筈もなく、むしろこれは離婚大国スペイン現代社会のごく一般的な親族愛憎劇場の一場面なのである。
或いは、これは聞いた話しだが、離婚した両親共に再婚し、子供は行き場がなく、祖父さん祖母さんもどっちを応援していいか分からないと言うケ-スもかなりあるらしい。なるほど、これなら子供も捻くれて、一層家庭崩壊に拍車がかかる訳である。
結婚が総ての人に尊ばれる様にしなさい。-----或る昔の偉い人
お互い尊び合う夫婦なら総ての人から尊ばれることでしょう。逆に、お互い自己をぶつけ合えば、お互いに尊ぶどころかなじり合い、殴り合い、遂に別居や離婚に至ります(その前に配偶者に殺されない限り!?)。この様に一組の夫婦が破壊される時、当事者の夫と妻のしこりだけではなく、総ての人に尊ばれるどころか、周囲の総ての人の人生をも泥仕合にしてしまいます。たった一組の離婚再婚のケ-スでこれだけ人間関係がゴタゴタになるのですから、既成の半数の夫婦が離婚するスペイン社会が巨大な精神病院になっているのも当たり前(同114&118~120)。そう言えば先週はどこかの村で息子が母親を殺して首を刎ね、生首を持って逃げると言う事件がありました。どうやら気違いに刃物を持たすとまず首を切りたがる様です、日本もスペインも。
総ての人に尊ばれるのか、総ての人を巻き添えにするのか・・・。夫婦に限らず、我々のやることなすことは実は我々の想像以上に周囲の人々に良い意味でも悪い意味でもかなりの影響を与えているのです。とすれば各自一挙手一投足にどれだけの細心の注意を払わなければならないことでしょう。
細心の注意を払うとは自分よりも周囲を尊ぶこと。そうすれば最終的には自分が尊ばれることになります。自分が可愛くて仕方がない自己中な人はこの逆転の発想で頭を切り替えないと結婚に失敗するかも!?
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122 スペインの高崎山かジブラルタル 10-08-2004(火) |
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先週水曜日8月4日はスペインの最南端ジブラルタルがイギリス領となってちょうど300年。本国からもたくさんの要人が招待され盛大な記念式典が行われた。これにカチ-ンと来たのがスペイン政府である。こんな所にイギリスの植民地があるとは意外だが、スペイン王位継承戦争に敗れたスペインはユトレヒト条約(1714年:イギリス軍上陸は1704年)に拠ってイギリスへのジブラルタル割譲を余儀なくされたのである。香港は一応中国から借りていたので返したが、元々もらった物は意地でも返さない海賊魂のイギリスがいつか返還に応じるとは思えない。北方領土と同じ理屈である。
筆者も観光ガイド時代一度だけ日本人団体を連れて行ったことがある。つい5分前までスペインに居たかと思うと、今度はどう見てもスペイン人の顔をした人々が流暢な英語を喋る(イギリス人だから当たり前だが!?)。街も急に英語の表示になり、急に異次元空間に迷い込んだ錯覚に陥る。
その時の地元のガイドの話しに拠れば、我々外国人には意外だが、実は当のジブラルタルの住民は圧倒的にイギリス寄りであり、スペイン領になるなどもっての他だと本当に嫌そうな顔をして言っていたのが印象に残っている。生活水準や社会保障制度など両国間の雲泥の差もあるが、この300年で地元の人々がイギリス人でもスペイン人でもない、ジブラルタル人なる独特のアイデンティティ-を養って来たことがかなり影響している様である。
さて、今週はそう言った歴史的社会的背景は度外視して、ジブラルタルの岩山に住む名物の猿のお話し。8世紀初頭ジブラルタルからスペインに侵入したアラブ人が連れて来たかどうかは別にして、今でもたくさんの野生の猿が住んでいる。野生とは言えすっかり観光客に慣れ切ってしまっているので、平然とハンドバックをひったくったり、ポケットに手を入れて来るが、背後から忍び寄って首を絞めたり、ナイフで切りつけて財布やパスポ-トを盗む訳ではないので、その点スペインの強盗より人間が出来ている。こうなると悪気のない猿知恵も可愛いもの。逆に悪気のある人間様の方が猿以下である。
この地元のガイドの話しで一番印象に残っていることをご紹介しよう。第二次世界大戦中ドイツとの戦争でそれどころではなかったはずのチャ-チル首相がわざわざジブタルタル駐屯のイギリス軍に毎日猿に餌を与える様直々に命令を下したそうである。
さすがにチャ-チル首相は人でなしで人殺しのヒトラ-とは人間の出来が違った訳である。この違いがそのまま第二次世界大戦の勝敗に繋がったと言えば極論だが、人生何をやろうが最後は人間性の問題であると言うのが“スペイン週間コルムナ”の一貫した主題でもある(コルムナ96)。
人は蒔いたものを刈り取る。-----或る昔の偉い人
人は蒔くものによってその人間性を垣間見ることが出来ます。勉強や仕事や遊び・・・総てに於いてそうです。決して成績の良し悪しや儲けた金の量やどれだけ楽しんだか自体の問題ではなく人間性の問題であり、総ての人はその蒔いた人間性の種に相応しい刈り取りをすることになっているのです。
瓜の種を蒔けば瓜を、茄子の種を蒔けば茄子を刈り取るのが摂理とすれば、これもまた誰も逆らうことの出来ない摂理です。
そんな難しいことを考えたくない人はせめて逆転の発想で、猿をも気使う人間か、猿以下の人間か、どちらがいいか位決めてはどうでしょう?
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121 オ-プン戦で荒稼ぎアジアツア- 03-08-2004(火) |
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ど~も気に食わない・・・。スペインプロサッカ-チ-ムの日本遠征のことである。しかも今年は去年の成功に味を占めてレアル・マドリ-ドだけでなく、バルセロ-ナとバレンシアの3チ-ムもやって来る。何が気に食わないか?
主に次の二つのことが筆者には気に食わない。
一つはこれらのチ-ムの明らさまな金儲け主義である。レアル・マドリ-ドのある選手が出発前にスペイン国営テレビのインタビュ-に答えて、万面に笑みを湛えながら歯に衣を着せず言っていた。『こんなに金を払ってくれるんだから行かない手はないでしょう。』
そうか、君達ゃ金か!?
今週も逆転の発想で疑い深い筆者の愚痴を正統に鑑賞していただきたい。
今スペインサッカ-リ-グは日本のプロ野球で言えば開幕前のオ-プン戦の時期。つまり、調整試合。それでしこたま稼げるんだから笑いが止まらないはずである。犬猿の仲であるレアル・マドリ-ドの猿真似宜しく、二番煎じでもいいからおこぼれに与ろうと、物欲しそうに魂胆見え見えでやって来るバルセロ-ナとバレンシアも人間の器は知れている。
もちろん本国スペインでは荒稼ぎアジアツア-と報道されており、こちらのファンもマスコミも試合内容や結果になど誰も全く興味を示さない。オ-プン戦ならそれも当たり前。それは当の選手達も同じこと。黄金の国ジパングの黄金が欲しいだけである。
二つ目は日本のサッカ-ファンの軽薄化である。分かり易く言うと・・・。もう四半世紀以上前の話だが、筆者が大学時代家庭教師をしていた小学6年生の女の子がその年の夏の甲子園で準優勝した東邦高校の一年生エ-ス(バンビ坂本と呼ばれ日本中の女学生に人気のあった坂本投手:因みに筆者の母校はこの大会で準決勝敗退)のにわかファンになり、テレビの映像から直接写真を何枚も撮って筆者に見せるほどの熱の入れ様であった。
こんなのは野球ファンではなく、単なるミ-ハ-に過ぎない。第一、野球のル-ルも知らないのに何が野球ファンだ!?
同様に歌を聴きもしないでキャ-キャ-騒ぐだけのグル-プサウンズ(もうこんなのはいないか?)のミ-ハ-ファンも、そして、今日の大半のサッカ-ファンも同じノリだと筆者の目には映る。
歌謡ショ-には何人かの歌手が、サッカ-ショ-には11人の選手が出場し、各自お目当ての歌手や選手に声援を贈る・・・。ここが肝心である。サッカ-の試合に対する声援ではなく、スタ-選手への声援であり、スポ-ツとしてのサッカ-観戦ではなく、サッカ-ショ-見物なのである。これらは外見は良く似てその実は全く非なるものであるが、読者にはこの異次元空間ほどの違いがお分かりだろうか?
もちろん、ショ-を演じる側の実力は世界のトップクラスだが、ただ演じる側は儲け主義であり、見る側はミ-ハ-丸出し。スポ-ツの本質からかけ離れた軽薄なサッカ-ショ-と言えば少し位は言い過ぎかも知れないが・・・。
もちろん実力は超一流なのだから軽薄なサッカ-であるはずはない。ただ、これを取り巻く周囲が軽薄なら、超一流のサッカ-も軽薄なサッカ-ショ-になり得る。そして、そうなっている。上述の女の子が野球ファンでも何でもない単なるミ-ハ-であることにまさか異議を唱える読者はいないでしょう?
四半世紀後の現代の大半のサッカ-ファンも同類項です。四捨五入するまでもなく絶対的過半数で議会を通過しそうです。
おまけに一番人気は入墨怪人。多くの同胞日本人が入墨怪人に拍手喝采し、脳みそも金も吸い取られているのを見るのは情けない限りです。
わきまえのない者達、あなた方はいつまでわきまえのないことを好むのか。-----或る昔の偉い人
世の中総ては“ライト”時代と言えます。ライト食品:一週間ダイエット:楽しきゃいい:可愛くてスタイルが良きゃいい:流行の髪型にしたい:もうOLは飽きたから辞めて3ヶ月スペインに留学しよっ~と:3Kなんてイヤなこった・・・。
これらは総てライトであり、軽薄であり、人間性の喪失であり、日本人及び日本の退廃に直結しています。わきまえがないから、人が、親子関係が、夫婦関係が、家庭が、師弟関係が、人間関係が、経済が、社会が、国が、そして、スポ-ツまでも著しく歪むのです。著しく歪んでいるからバラエティ-番組が全盛なのです。これはこじ付けではありません。人生良いことも悪いことも、総ては一蓮托生。どちらの輪に入るかで人生も国運も大きく左右されます。
勉強も仕事もサッカ-も、総ては人としてのわきまえを持って対処すれば良いだけの話しです。今日子供から老人に至るまで総ての日本人がわきまえるべきことをわきまえればほとんどの社会問題は起こらないのではありませんか?
日本のワ-ルドカップの時のコルムナ13&14も読み直してみて下さい。
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