◆スペイン週間コルムナ◆火曜日更新

たして人の一生は物の売買だけで一喜一憂するだけのものでしょうか。自分の欲だけ満たして最後は皆等しく死ぬために働くのが人生でしょうか。

 日本語情報センタ-は単なる情報屋ではありません。スペインの情報やサ-ビスを通して別次元の人生観を日本の同朋に問いかけます。

 人としての日本語情報センタ- スペイン週間コルムナ総評 スペインギタ-主旨

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140 欲望の墓の材質説明 14-12-2004(火)

 
  『欲望の墓』とは何も金と物だけで築くものではない(先週の続き)。子供のメンコの取り合いから、勉強、スポ-ツ、仕事、名誉、そして、ボランティア活動に至るまで、いかなる物事においても人は『欲望の墓』を築き得る。それは例え一見無邪気であっても、高尚であっても、金銭物質には無欲でも・・・である。
 もちろん、総てにおいてそうではないが、今週はこれを何とか説明してみよう。読者には次の二種類の人間を想像して頂きたい。 
 先日ブラジルのリオ・デ・ジャネイロでスペイン人旅行者が4人組の子供の強盗に遭い、拳銃で撃ち殺された。もっとも、中南米では珍しいことではないらしいが・・・。片や、勤勉に働いて月並みに住宅ロ-ンを払いながら家族を養う、職場や近所の評判もすこぶる良い好人物・・・。
 例が適切かどうかはともかく、この両者が全く両極端な人間であることは一目瞭然である。道徳的には極悪人と真面目人間。社会的には強盗殺人犯と善良な市民。誰がどう見ても悪い奴といい人である。しかし、ここは“スペイン週間コルムナ”らしく究極の逆転の発想で追求してみよう。
 もし、極めて両極端なこの両者に敢えて共通点があるとすれば一体何だろう? 両者の言い分を聞いて考えてみることにしよう。
 『私は私のために強盗して、私のために金品を奪い取って、私はその金でキャバレ-に行って、私は酒を浴びるほど飲もう。』
 『私は私のために一生懸命働いて、私の給料であれやこれを買い、残りは私のために貯金して、いつか私のマイカ-を買おう。』
 片や極悪に自分の欲を満たし、片や善良に自分の欲を満たす・・・。人の目には極悪と善良の対極でも“自分の欲を満たすため”と言うあからさまな共通項があることにお気付きでしょうか? 主語と目的語が“私が私のために”なのです。読者の皆さん、ここが肝心です。
 人は自らの強欲さ、身勝手さを度外視して、ただ単に、薄っぺらい意味で善人と悪人とにふるい分けます。しかし、自分の欲だけ満たしている人は、例え善良な市民や模範的な学生でも、広い意味で、いや、本質的に皆悪人なのです。悪人が言い過ぎならこう言いましょう。人間自分の欲を満たすだけの人は皆大した人間ではないと・・・。この自己愛こそ人間社会の悪の元凶です。悪の元凶とは見かけは善良でさえあり得るのです。
 だから、善良な人二人が相集っても仲違いするのです。不和や離婚に至るのです。お互いの意見は正しいのです。ただ、その正しい意見を自分のために押し通し、譲ることをしないから正しい意見同士がぶつかるのです。正しい言い分自体は正しいのですが、それが一体誰のためかと言うことが問題なのです。
 誰でも自分の利益を求めないで、他人の利益を心掛けなさい。-----或る昔の偉い人 
 その物や事や行い自体は善良かも知れません。風紀部の規則も刑法もその物その事自体が懲罰の対象です。しかし、肝心なのは“私とせいぜい私の家族のために”と言う心の動機の問題なのです。
 『欲望の墓』は極悪にも善良にも築けます。強欲にも清貧にも築けます。怠惰にも勤勉にも築けます。これがスペインでも日本でも世界のどこに行っても圧倒的大多数の人の人生ではないでしょうか? 我々は32億円の『欲望の墓』ではないかも知れません(先週のコルムナ)。しかし、もし我々もささやかな『欲望の墓』を築いているなら『量』ではなく『質』においては同じです。
 読者の皆さん、今週のコルムナはある意味毎週のコルムナの要約だと言えます。人は極悪にも善良にも自らの欲を満たし、極悪にも善良にも『欲望の墓』を築き得ます。我々が『欲望の墓』を築いている以上、我々は決して地の塩にも(同97)、黄金の釘(同82&124&125&126)にもなることは不可能です。
 善良印の釘も自己中心に振り回せば、他人の利益どころか、却って他人の心をグサッと刺しているのではないでしょうか?
 もう一度言います。子供のメンコの取り合いも32億円横領トンズラもサイズは別にして『欲望の墓』には違いないのです。
 
 

 

139 奈落の底に落ちたスペインで一番標高の高い村 07-12-2004(火)

 
  グラナダ市には裏山がある。シエラ・ネバ-ダ山脈と言って、訳せば“雪を被った山脈”。アメリカのそれより、もちろん、こちらが本家本元。最高峰は3481mのムルハセン山。ムルハセン(ムレイハッセン)とはグラナダイスラム王国最後から二人目のアラブの王様の名前である。この息子のボアブディ-ル王の治世1492年1月2日にスペインのフェルナンド王&イサベル女王に降伏して、アルハンブラ宮殿は無血入城明け渡しとなり、711年から始まったスペインのイスラム時代が終わった。このイサベル女王に資金援助してもらったコロンブスがカリブの島々を発見したのは半年後の10月12日のことである。
 ここまでは歴史の教科書に書いてあるが、さすがはしぶといアラブ人。グラナダ陥落後シエラ・ネバ-ダ山中の高地に逃げ込み村落を開墾した。つまり落人部落である。これがアルプハ-ラ地方と言って日本の旅行書にも紹介されている。パンパネイラ村:標高1058m、カピレイラ村:1436m(この間僅か2.7㎞だからいかに急勾配か想像出来る)、そして、スペインで一番標高の高いトレべレス村:標高1476m。
 生ハム(豚の後ろ足くん製)の産地でも知られるこのトレベレス村が最近地元新聞に頻繁に登場する様になった。
 この村のある生ハム工場の社長が地元トレベレス村だけではなく、広くアルプハ-ラ地方一帯の村々の村民に高配当を約束して金を預かり生ハム事業を拡張した。つまり、闇の地下銀行として機能していた。もちろん、税金は一切払わずである。
 そして、2ヶ月前金を全部持ってトンズラした。被害総額は訴えのあった分だけでも日本円で約32億円。どうやら愛人を引き連れ、スペインとは国際司法取引のない東欧の国に逃げたらしい。奥さんと子供を残して・・・!?
  『欲望の墓』とは何と余韻に富んだことばであろうか。世の真相はこの一語に尽きている。人は欲の化身として存在しているではないか。彼等の終わりはみな『欲望の墓』である。-----或る昔の偉い人 
  名産の生ハムを作ることも、なけなしの金を不法に預けることも、例え法の前には詐欺師とその哀れな被害者でも、金が欲しいことが動機なら、それは等しく『欲望の墓』を築いている“本質”には何の違いもありません。この事件を耳にして、筆者にはまずこのことが思い出されました。
 人生金と物以外の価値観を持てばいいのです。ある意味簡単ではないでしょうか? 
 ところで、『欲望の墓』とは何も金と物だけで築くとは限りません。来週はこれについて考えてみましょう。
 
 

 

138 日本もスペインも“何じゃこりゃ!!” 30-11-2004(火)

 
  現在スペインは建設ラッシュで不動産バブル真っ最中(コルムナ94&133)。どの市町村に行ってもとにかく建築現場が多い。大工さんも大口の仕事の方が儲かるらしく、一般家庭がちょっとした増改築や修理を依頼しても見向きもされないそうである。こう言うのを日本語で文字通り“現金な奴”と言う。
 ところで、工事現場の多さ以外に日本人旅行者にはもう一つ驚愕することがある。それはビルの柱が異常に細いことである。一応鉄筋が入ってはいるが、地震大国日本人から見ると、我々ド素人でも“何じゃこりゃ、地震が来たら全壊違いなし!!”と太鼓判が押せるほどちゃちである。もっとも地震が極めて少ないスペインではこれが当たり前らしい。それが証拠にスペイン人フラメンコア-ティストが日本に公演に行くと、僅かな揺れでも相当ビビるそうである。
 ただし、ここグラナダ市郊外にはエルビラ山と言う火山がある。休火山だと聞いてはいるが、一年中温泉プ-ルが湧いているとはこれ如何に? 実際スペインで大地震が起こるとすれば次はグラナダだと言われている・・・が、ノ-天気な市民はいつか震災に見舞われるまで一切気にする様子はない。さすがは“陽気で明るいスペイン人”であるが、“ノ-天気”と“陽気で明るい”は実は似て非なるものである。ところで、ノ-天気と言えば日本人も例外ではない。   
 筆者はインタ-ネットで検索ごっこするほどヒマ人ではないが、つい最近ある日本の新聞のHPの先日の新潟地震の記事で、被災現場をヘリコプタ-で上空から眺める地元の小学生が髪を染めているのを見て驚いた。“そんなこと今気付いたのか。浦島太郎きゃ、おみゃ~さん(名古屋弁)”と逆に驚かれそうなのが現代の風潮かも知れないが・・・。筆者は学生は髪は短め。女の子はおかっぱ。その他風紀を乱す様な服装や髪型は校則に拠りご法度だと思っていた。
 被災者の方々には申し訳ないが、甚大な地震の被害より、それを髪を染めてヘリコプタ-から見下ろしている日本の小学生の写真の方が筆者には衝撃的であり、また、象徴的であった。
 ご存知の様に、地震はともかく、様々な自然災害は人間自身が自らの金銭欲物欲のために喜んで自然を破壊した結果である。
 人間が自然を破壊するから人間は自然災害に遭う。日本人にとって自然とは黒髪である。その日本人にとってアイデンティティ-である黒髪を日本人自ら喜んで金髪に染めて踏み躙る。日本人が自らを否定して、しかも、それを喜んで悦に入って商売にさえしている。大気を汚して、森林を切り尽し、海に汚水を垂れ流す自然破壊の『量』に比べれば五十歩百万歩かも知れないが(同51&52)、自然破壊と言う『質』は全く同じである。
 人は『量』をみて驚嘆するが、人生良いことも悪いことも総てにおいて『量』より『質』で判断すれば事の本質も自らをも見失わない。『量』より『質』とは“スペイン週間コルムナ”の基調でもある。日本が今日極めて歪んだ殺伐とした社会になってしまったのは、表面的な直接間接的な原因はともかく、日本人自らが自然の摂理を捻じ曲げて、それを喜びさえする日本人の人間としての『質』が著しく低下した結果である。
 あなた方は髪を編んだり、金の飾りを付けたり、着物を着飾る様な外面的なものではなく、むしろ、柔和で穏やかな霊と言う朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人柄を飾りにしなさい。-----或る昔の偉い人
 おそらく読者のほとんどは髪を染めているはずです。このコルムナを読んで“何じゃこりゃ!!”と思ったはずです。しかし、10年前なら日本人が髪を染めるなど誰もが“何じゃこりゃ!!”と思ったはずです。いや、そんな議論さえ起きなかったはずです。そして、今は小学生から髪を染めて登校するのが当たり前で、それが是か非かの議論さえ起きないのです。日本社会が10年前より進歩発展したのでしょうか? 日本人がモダンになったのでしょうか?
 いや、自然の摂理に対して横車を押しているだけのことです(同12)。それを圧倒的大多数が喜んでやっているから民主主義の原理で圧倒的正義に見えるだけなのです。正義とは何でしょう? 自然です。自然の摂理です。人間社会がどんなに変わろうが、東西南北も自然の摂理も普遍です(同130)。
 日本人の自然の摂理とは日本人は黒髪だと言うことです。人間が自然の摂理に毒衝けば、必ず自然災害に遭います。これも自然の摂理です。
 それにしても今回の地震に大型台風・・・。日本は何か近い将来自然から強烈なしっぺ返しを食らいそうな気がします。ただし、悪いのは自然ではなく自然を歪めて喜ぶ人間です。自然破壊も髪染めも、その他諸々の社会問題も、『量』や形態や名称は違えど理屈は全く同じ。人間の愚かさと言う『質』が根本原因です。世の中人間としての自然の摂理に反することが多過ぎるから、子供の喧嘩から国と国の戦争まで様々な災禍や災害に遭うのです。
 人間が自然と自然の摂理を破壊する時、実は人間自身をも破壊しています。黒髪の日本人が自ら金髪に染めて誰も何とも思わない・・・。日本が滅びに向かっているこんな明白な証拠が他にあるでしょうか? 日本の敵はアメリカでもロシアでも北朝鮮でもアラブのテロリストでもなく、日本人自身の愚かさです。地震も台風もまだ始まったばかりかも知れません。
 
 

 

137 トチ狂ったかタバコ大国スペイン!? 23-11-2004(火)

 
  スペインでは2006年1月から総ての公共の場所での禁煙が大筋で政府決定事項となった。肺ガン等、タバコに拠る直接間接原因の死亡者が毎日平均100人にも及び、医療費支出がバカにならない金額に達しているための緊急処置だそうである。緊急なら戸惑うことなく2005年からやれと言いたいところだが、タバコ農家やタバコの税収のこともある。緊急なのは国民の命より金だと正直に言えるほど人間の出来たスペインの政治家はいない。
 スペインに来ると分かるが、スペイン人はとにかくタバコを良く吸う。行く先々でとにかくタバコの臭いがすぐ鼻に衝く。これが余りに一般的過ぎて“喫煙はスペインの習慣だ”と言う喫煙者もいるほど。これは自己弁護の詭弁ではなく、本人は本当に喫煙はスペインの習慣だと思っている・・・ほど喫煙大国なのである。例えば、自分の可愛い乳飲み子の傍らで思い切りプアッ-とやっている母親はこの国では珍しくはない。もちろん、横にいる父親も全く意に介する様子はない。ま、毒と思っていないのだから当たり前か・・・。
 スペイン人がアメリカ新大陸から世界中にばら撒き散らした物が三つあるとすれば、それは銀とタバコと梅毒である(ろくなことをやってない!!)。つまり、スペインは元祖タバコの国である。以前スペインに出稼ぎに来ていたコロンビア人と知り合ったのだが、こんなにタバコをバカスカ吸う民族は初めてだと言っていた。世界一危険な国として名高い麻薬密輸立国のコロンビア人が言うのだから、これは相当なものである。特に若い女性の喫煙者の数がけたたましい。
 果たして日本人に醤油の消費を辞めろと言うが如きこのタバコ禁止令はどんな効果があるのだろう?
 ない!! 少なくとも本質的には何も効果はないと筆者は思う。泥棒の手を縛って“皆さん、手を縛りましたからこの人はもう泥棒ではありません。いい人になりました”と宣言する様なもの。目に見える公共の場からタバコを締め出したところで理屈は同じ。ましてや、規則は目安としか思っていないスペイン人が禁煙マ-クを度外視するのは目に見えている。筆者の長年の経験からスペイン人の目安加減をお話しすると・・・。
 右折左折の際ウインカ-を出すのは三台に一台。三台に一台の車はとっくの昔に車検切れ。警官の前を堂々と赤信号を渡る歩行者。警官も見て見ぬフリどころか警官自身が全く気にしていない様子。車内禁煙の市バスで運ちゃんだけタバコを吸う。それを見ておかしいと思う乗客もいない。病院の受付で白衣の天使がタバコをプア~。一応禁煙の郵便局やその他の場所も皆同じ。12歳から酒タバコ(筆者の知り合いは15歳になったらタバコを辞め様と決心していたそうである!?)。時間は目安に過ぎない。どこの店に入っても、まず時計がない。免許を持ってない奴にも車を売る。 金は請求されるまでは払うものではないと思い込んでいる・・・などなど枚挙にいとめは付かない!?
 外人旅行者なら、いい加減だが陽気で明るいスペイン人と笑って済ませば良いことだが、陽気に明るく毒を飲んで健康でいられる人はいない。
 知恵のある者と共に歩む者は知恵を得る。愚か者の友となる者は害を受ける。-----或る昔の偉い人
 人間バカになればなるほどバカなことを好む。これは人間の愚かさの方程式ですから、人間から愚かさがなくならない限りタバコもなくならないと断言出来ます。日本でもスペインでも世界中で人間が愚かさの品評会の如く愚かさをさらけ出して、むしろ、それがあたかも良いことの如く評価される今日、どんなに禁煙キャンペ-ンを展開したところで、タバコの煙もますます世界中で低年化して展開して行くことは明らかです。
 逆に人間から愚かさがなくなればタバコだけではなく、その他多くのバカなこともしなくなるのも逆転の発想の方程式です。
 人間の愚かさと言う人間の最悪のガンの一番の特効薬は知恵です。知恵ある者と共に歩めば知恵を得ます(コルムナ83)。
 
 

 

136 何~にがパラド-ルじゃ!! 16-11-2004(火)

 
  パラド-ルと言えば観光立国スペインの目玉商品である。全国各地のお城や名所旧跡を3~5星ホテルに改造したのだからカッコ良くない訳がない(ま、カトリック教会や修道院は不気味だが・・・)。
 中でもご当地グラナダ市のアルハンブラ宮殿敷地内にあるパラド-ルは大人気のため、すこぶる予約が取り難いことでも有名である。今週のコルムナでは何故すこぶる予約が取り難いかと言う謎に迫ってみたい。
 すこぶる予約が取り難い故に、筆者がたまに日本から日本人旅行者にかなり先の予約を依頼されて電話してみても、まず空き部屋があることはない。たまにあることもあるが、おそらくキャンセル流れではないかと思う。
 ところが、驚くなかれ、センタ-にやって来る日本人旅行者のかなりの数が“お泊りはどちらですか”と尋ねると“パラド-ル”ですと答える!? 良く聞いてみると個人で予約した人は一人もいない。皆日本の旅行代理店を通してかなりバカ高い金を払わされている。或いは他の宿泊施設や交通機関などとパックで売っているので高い買い物だとは気付かない人もいる。これはトレドや他の人気パラド-ルも同じことである。
 何のことはない。日本の旅行代理店が甘い汁を吸おうとガバっと押さえているから個人レベルでは取れないのである。売れるのを見越してかなり先までまとめて押さえ、パラド-ルに泊りたきゃ、うちを通して高い金を払って泊れと言う、消費者にそれ以外の選択余地を与えない高飛車な商売である。
 それをまた無邪気でノ-天気な日本人旅行者が有り難がって“パラド-ルなんだから”と自ら付加価値ぶって有り難がる・・・。
 スペインのサッカ-チケットを原価の?倍も掛けて数万円で売る旅行代理店も、それを文句一つ言わず買って、わざわざ日本から総本山にお参りに行く如く観戦しなければ気が済まない日本のサッカ-ファンの旅行者も理屈はパラド-ルと同じである。
 何もパラド-ルやサッカ-が悪いのではない。パラド-ルやサッカ-場に至る沿道に参拝客を当て込んで罠を仕掛けて金を毟り取ってやろうとする屋台の出店根性が悪いのである。参拝に金にいとめは付けない参拝客ももう少し考えた方が良い。金が有る無しの問題ではない。
 誰でも自分の利益を求めないで、他人の利益を心掛けなさい。-----或る昔の偉い人
 旅行代理店は旅行者に夢を売るのが仕事のはずです・・・が、誰もそんなことは考えていません。“お客様”と丁寧語を使ってはいても、それは建前の話し。お客様のことを思っている旅行代理店はありません。本音は他社よりツア-を売ってすこぶる業績が上がればいいだけの話しなのです。
 申し込む側も、楽しきゃいい、美味しけりゃいい~と自分の欲をすこぶる満たすことばかり考えているから、旅行代理店と需要と供給のバランスが取れているのが今の旅行業界でしょう。ただし、海外旅行と言う高貴な響きの割にはレベルの低いバランスです。
 旅行業務やパラド-ルやサッカ-自体が悪いのではありません。それを取り巻く『人』の『質』の問題なのです。売上や娯楽の『量』が価値観なら自ずと自分の利益を求めてしまいます。しかし、旅やパラド-ル滞在やサッカ-観戦にも『質』を求めれば、本質的に何かが変わって来るのではないでしょうか。
 他人の利益を求めるとは究極の逆転の発想です。気違い沙汰です。しかし、巨大な精神病院の中(コルムナ118&119&120&135)では、むしろ気違いと呼ばれた方が良いのではないでしょうか? スペインで美味しいパエ-ジャを食べて、美味しいワインを飲んで、ロエベのハンドバックを買って、そして、パラド-ルに泊ったからと言って、結局自分の利益を求めている(欲を満たしている)だけのこと。大したことはやっちゃあいません。
 ところで、グラナダのパラド-ルに泊りたい方、一年先なら日本語情報センタ-で何とかして差し上げます。宿泊料金は規定通り。予約手数料は一部屋500円です。ご相談下さい。
 
 

 

135 3歳で精神病院通い!?  09-11-2004(火)

 
  スペインでは近年精神不安定の子供が激増し、何と3歳で精神科に通っている子供もいるとのことである。また、先日時を同じくして日本の新聞のHPでも日本の小中学生の13%がうつ病傾向にあり、18.8%に自殺願望があると言う記事が載っていた。
 以前人間社会は巨大な精神病院になったと書いたが(コルムナ118)、予言が的中し過ぎて筆者は嬉しくも何ともなく怖い。
 それにしても3歳で精神科通いとは・・・。原因をハンバ-ガ-から探ってみよう。
 スペイン人に限らず、ヨ-ロッパ人はまずアメリカ嫌いである。アメリカの悪口さえ言えば、すぐに上機嫌になるスペイン人は多い。ところが、皆マクドナルドのハンバ-ガ-やコカコ-ラ、ファンタ、それにハリウッドの映画は大好きなのだから、その精神構造には首をかしげざるを得ない。
 スペインではアメリカ式ファストフ-ドは通称“ゴミフ-ド(Sp:comida basura)”と呼ばれている。安価で粗悪な食材を用い、長期的には健康まで害するからであるが、パンと肉を焼いて、ついでに野菜も少し挟んでケチャップをかけるだけなら料理とは言えないし、コカコ-ラ、ファンタに至っては砂糖毒色水であると筆者は思っている。従って、暑い時に人から勧められれば喜んでいただくし、美味いとは思うが、自分から金を払ってまで飲むことはしないことにしている。
 英語圏の国の食事がまずいのは世界の定説である。ご覧の様に食文化がない。ただ、連中は頭がいい。これらのファストフ-ドに宣伝で付加価値を付けて、アメリカ嫌いなスペイン人さえ手玉に取る。おまけに原価は二束三文なのだから、確かにビジネスとしては理想的である。
 一方家庭料理は廃れ、特に子供や若者の食生活の質が落ちれば、やがて一国の食文化が破壊されるに至る。絶滅の危機に瀕しているのは何もある種の動植物だけではない。いくつかの家庭料理や食文化、そして、人間様自体もである。
 子供の頃から食生活を誤れば病める大人になる。同様に子供から狂っていれば病める社会になる。では改善策はと言うと、ハンバ-ガ-よりピザ、或いはコカコ-ラよりペプシコ-ラの方がいいなどと言う同次元内の比較論しか聞かれないのであるから、これでは病状は悪化の一途を辿るばかり。それ故巨大な精神病院への入院患者の数は増える一方なのである。これは筆者の意見であるが、残念ながら冒頭の末恐ろしい数字が雄弁にこれを証明している。
 自分の口と舌とを守る者は自分自身を守って苦しみに会わない。-----或る昔の偉い人  
 ゴミや毒を飲食すれば肉体の健康を著しく害するどころか死にも至ります。誰でも分かる道理です。同様にゴミや毒を常習的に貪ったから子供や若者が精神に激しく異常をきたすのです。理屈は全く同じです。ではどうすればいいのでしょう? 簡単です。ゴミや毒を飲食しないどころか遠避かることです。
 それにしてもこの数字は異常です。ゴミや毒どころか猛毒(同112&113&114)を小さい頃から常飲したのではないでしょうか? 今からでも遅くはありません。こんなものとは一切縁を切ることです。こうするだけで現代社会の不幸の多くは防げます。ただし、多くの人間はその愚かさの故にますます自ら好んで猛毒をがぶ飲みして、世の中はますます殺伐として行くことでしょう。残念ながら、このことを予想するのに必ずしも予言者である必要はありません。 
 逆転の発想で口と舌だけではなく、目と耳も見る物聞く物に良く良く注意しなければ、猛毒視聴覚人間に成り下がって苦しみに会います。
 
 

 

134 お手本はタイガ-マスク  02-11-2004(火)

 
  人間の皮を被った獣とはとてつもなく悪い奴の形容だが、今週は虎の皮を被った人間のお話し。
  巷はいつの間にか11月ですが、今週は突然今年第一回目のコルムナ91を振り返ってみよう。暇な方はもう一度読んでみて下さい・・・。この最終段落で、今年は『社会福祉部門』に比重を置きたい旨を抱負として述べておきました。
 日本語情報センタ-は1998年暮、筆者の観光ガイド10年、初めてスペインに来て20年、ギタ-人生30年、人間になって40年目の区切りのいいこの年を記念して始めた。HP冒頭右欄に明記してある様に『旅行情報提供』『スペインギタ-普及』『社会福祉』が設立当初からの三大主旨である。
 旅行情報は観光ガイド10年の経験からお手のもの。スペインギタ-販売は主な収入源でもある。日本語情報センタ-は筆者の個人事務所であり、これらを通じて何らかの収入を得なければならない。しかし、どうしても三つ目の社会福祉が来館者や読者にはピンと来ないのではないでしょうか?
 前年1997年だったと思う。スペイン人に拠る中南米の街の孤児(浮浪児)救済民間機関『VIDA y LIBERTAD(命と自由:本部バルセロ-ナ)』の存在を知った。確かにこの種のNGOは世にたくさんあるが、創立者のフランシスコ・ハビエル・ペレス・ムニョスさんの愛と謙遜の人柄がゆりの花(同131中段)の如く自然に滲み出る様な語り口に深い感銘を覚えた。人助けは金や物ではなく『人』だと改めて確信した次第である。
 勉強、仕事、商品、スポ-ツ、楽器・・・。その成績や技術ではなく、世の中総てのことにおいてまず『人』ありき。これは日本語情報センタ-運営と『スペイン週間コルムナ』の基本理念でもある。『人』が『人』でなくなる時に個人から国家まで様々な人間味のない問題が起こるのである。
 そして、時を同じくして何故か子供の頃に見た漫画『タイガ-マスク』が思い出されて来た。孤児院“みなし子ハウス”出身の伊達直人が変身したプロレスラ-タイガ-マスクがファイトマネ-を“みなし子ハウス”に送金しながら孤児達を見守る・・・。
 貧しい者を憐れむ者は造り主を敬う。-----或る昔の偉い人
 “よ~し、タイガ-マスクの様にスペインギタ-の売上げで『命と自由』を援助しよう”と衝動的に、同時に冷静に決心したのが、実は日本語情報センタ-誕生の動機でもありました。あれから6年。やっとささやかな一つの形を残すことが出来ましたので、今週のコルムナでご案内します。
 『命と自由』HPを日本語に訳しました。まだまだ暫定発進ですが、取り合えず公開します。http://www.jp-spain.com/vidaylibertad0a.htm
  読者の心に訴えることはしますが、必ずしも賛同して下さいとは言いません。人それぞれ重荷を感じる対象は違うのが当たり前だと思いますので・・・。ただ、読者の皆さん、対象の違いはあれ重荷は感じた方が宜しいです。重荷とは人に対して重荷を感じると言うことです。
 タイガ-マスクの様に、また、面識さえなかった左門豊作の熊本の兄弟達の境遇を聞いて涙した星飛雄馬の様に・・・。
 人が勉強、仕事、商品、スポ-ツ、楽器・・・など、ただ自分とせいぜい家族のためだけにやっているとすれば、いくら成績や売上が良くてもそれは自分で自分の“欲望の墓(コルムナ100&79&80)”を築いているだけ。人目には金や地位や名誉のある大人物でも、実は大した人間ではないのです。
 スペインでは今“クレヨンしんちゃん”が堂々のゴ-ルデンタイム。なるほど、こんなの見れば子供もアホになるはずです。人間ますます腑抜けて来れば子供の漫画の質まで地獄まで落ちて来ます。逆転の発想で“クレヨンしんちゃん”ではなく“タイガ-マスク”なのです。
 誰でも海外旅行に行って楽しみたいのは当然のこと。日本語情報センタ-はその名の通り喜んでスペインに来る日本人旅行者のお手伝いをしましょう。スペインの美味しい料理や安いお土産屋さんも教えましょう。ただ、それは決して人生を左右する大問題でも何でもないのです。
 
 

 

133 自分で自分に借金地獄固め!? 26-10-2004(火)

 
  スペインを旅行する際に注意しているとすぐに分かることだが、今はどこに行っても建設ラッシュである。しかも、一体誰がこんなに金を払うのかと思わずこちらが心配してしまう程の量と規模である。もちろん、買い手が買う気になっており、銀行が貸付するからであるが、いつしかスペインのマスコミでも“不動産バブル”と言う禁断のことばが使われる様になって来たスペインの今日この頃である。
 この世相を反映してスペインの街に不動産屋が幅を利かせているのは分かるとして(コルムナ94)、先週のニュ-スに拠ると、今年スペインで一番金融機関からの借入金が多いのが一番南のアンダルシア地方であり、同時に今年スペインで一番新規開店した金融機関の支店の数が多いのも、スペインで一番金のあるマドリ-やカタル-ニャ地方ではなく、やはり一番貧しいアンダルシア地方だとのことである(同93)。 
 金がないから金を借りる。金を借りるには金融機関(銀行:信用金庫)が必要・・・。なるほど、誰にでも分かる需要と供給の原則である。
 ここグラナダ市でも一戸建ては平気で2~4千万円する。確かに日本と比べて広さや部屋数は段違いなのであるが、これでは料金に関しては日本と何も変わらない。不動産ブ-ムを反映して郊外の分譲住宅地丸ごと完売も珍しくはない。しかもまだ建築が始まってもいないのにである。
 ところが、完売の割には空き家がゴロゴロあるそうである。つまり、金を持っている連中、もしくは、住宅ロ-ンを組んでまで投資のために家を買っている連中がいるのである。逆にブ-ムとは言え、金も保証人も担保もない連中にはやはり手が出ない。
 借りる者は貸す者の奴隷となる。-----或る昔の偉い人
 いや、逆転の発想で、手を出さなくて良かったと言う時が必ず来ます。そもそも他人の金で欲しい物を買うこと自体、本当に必要な物なら話しは別かも知れませんが、自ら奴隷宣言する様なものです。金融機関の思う壺ではありませんか?
 人は強欲で自己中なのです。他人のコップ一杯に溢れる水を見て、自分のコップには半分しか水がないと羨みます。そして、そのコップの残り半分の水を満たせば幸せになれると思い込んで労力を費やします。誰も逆転の発想で、実は今あるコップ半分の水で充分なのではないかと思ってさえみないのです。
 仮に利子がゼロだとしても借りる者は貸す者の奴隷となります。また、余り持ち物が多過ぎると却って“持てる者の悩み”になりかねません。おまけに自ら蒔いた種の銀行ロ-ンの請求書に“借金地獄固め(首を決める技:首が回らない!?)”でギブアップ。これは多くの日本人が10年前バブル崩壊で経験したことです。悪いのは自らの欲なのですから銀行を恨むのは逆恨みです。甘い宣伝文句で消費者をハメてやろうと言うのが見え見えの金融機関も同類項です。
 貸す方も借りる方も、いずれも金銭物欲至上主義だから同類項相集う運命にあるのです(同129&131)。簡単な理屈です。
 
 

 

132 さすがは名犬ラッシ-、人間の出来が違う猫様じゃ!? 19-10-2004(火)

 
  先週街で真っ黒な雄の子猫を拾って来た。貰い手を捜したが見つからないので置いてやることにした。名前はブランコ(blanco:意味は白!?)。
 珍客に驚いたのが既にセンタ-で2年2ヶ月先輩の2匹の飼い猫、シロ(黒猫)と名犬ラッシ-(白黒の猫)。2匹共人間が良く出来た猫で、当初物珍しそうにしてはいたものの、人間様の様な偏見や諍いや妬みや嫉みや虐めや嫌がらせや睨み合いや口喧嘩や喧嘩やどつき合いは一切なく、一週ž