◆スペイン週間コルムナ◆火曜日更新
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果たして人の一生は物の売買だけで一喜一憂するだけのものでしょうか。自分の欲だけ満たして最後は皆等しく死ぬために働くのが人生でしょうか。 日本語情報センタ-は単なる情報屋ではありません。スペインの情報やサ-ビスを通して別次元の人生観を日本の同朋に問いかけます。 |
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120 先週はパンツ狂人、今週はナイフ狂人 27-07-2004(火) |
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先週金曜日スペイン北部大西洋岸ヒホン市の遊園地で6歳の子供が母親の眼前で33歳の精神病患者に背後からナイフで首を切られて殺されると言う事件が起こった。犯人は『聖なるお告げじゃ』とか訳の分からんことを言っているそうである。思わず佐世保の事件を思い出してしまうが・・・。
今週もこんな話題で気が滅入るが、これが現代社会の現実である。但し、この事件は文字通り気違いに刃物であるから、刑事事件としては単純であるらしい。それが証拠に翌々日からはもうマスコミには登場しない。それに引き換え11歳の小学生女児が殺人犯(コルムナ113)の方が社会的インパクトは大きいだろうが、お互い精神障害者と未成年だから何年かしたら釈放だろう・・・。
しかし、そんな後から取って付けた様な説明や刑事的後始末などどうでもいい。要は後始末をしなくてもいい様にいかに未然に防ぐか。つまり、この巨大な精神病院と化した現代社会(同118&119)に住む我々がいかに気違いの刃から身を守るか、或いは我々自身も知らず知らずの内に気違いの仲間入りをしてはいないかと言うことである。これは非常に広範なテ-マであり、とても一回や二回のコルムナでは書き切れない。そこで今週は敢えて人間の悪を二種類に分類することに拠って、どう言う人間が気違いになり得るかを考察してみたい。
読者に幼児期の子供がいるとて、もし戦争ごっこを始めたら親としてどうするだろう?
“好戦的な子になったら困るから辞めさせようか・・・。いや、戦争ごっこなら自分もやったし、男の子ならむしろ当たり前。放っときゃその内辞めるだろ。”
そして、実際いつか熱が冷めて辞めます。筆者もそうでした。しかし、もし幼い我が子が無邪気にもコンセントに指を突っ込んでいるのを見たら親としてどうしますか?
“根も葉もいかない子供ならコンセントに指を突っ込むのは無邪気な証拠。放っときゃその内辞めるだろ”とどこの親が言うでしょう。いくら放任主義の親でもこの時ばかりは子供の襟首を掴んで急いでコンセントから遠避けます。
まず、この二つの例には共通点があります。それは無邪気さです。但し、前者は無邪気のままですが、後者は無邪気さの故に死に至ります。
次はこの二つの相違点です。確かに人間とは程度の差はあれ皆例外なく身勝手で悪い存在ですが、その悪は前者に代表される言わば人間的な悪と、例え無邪気に無意識にだろうが、幼児でも首を突っ込むと死に至る(或いは死に至らないまでも一生後遺症を引き摺らなければならない)人間的な悪を超越した邪悪とに分類しても宜しいでしょう(同112&113&114)。
筆者は決して人間を良い人と悪い人に二分しているのではありません。人間とは皆自己中心で自分の欲だけ追及する悪い存在です。ただ、その悪は言わば通常の悪と自分も周囲も巻き添えにして死にさえ至る邪悪の二種類に筆者は敢えて分類します。
後者の場合最初は邪悪のコンセントに指を突っ込んでも電圧が低く、却って心地良いことが多いのも特徴です。人生の甘い誘惑とはそう言うものでしょう。もしかすると内に猛毒を秘めている誘惑ほど外見は甘美なのかも知れません。
貴方の足の道筋に心を配り、貴方の総ての道を堅く定めよ。右にも左にも逸れてはならない。貴方の足を悪から遠避けよ。-----或る昔の偉い人
その足の道筋に心を配りもせず、総ての道を堅く定めるどころか、ただ欲望のままにフラつき、右にも左にも逸れまくり、率先して悪に足繁く通う・・・。日本人もスペイン人も世界中で人間はこの様に狂って来ていると筆者の目には映ります。もちろん、皆ではありませんが、多くの人は確かに今日狂っています。正に現代社会は巨大な精神病院です。その絶対的多数の精神病患者達に政治家も尻尾を振ります。上から下まで節操がないから、節操のない者同士却って上手く行く様に見えるのも精神病院の特徴です、誰かがドスを抜くまでは・・・。
スペインは早ければ来春から世界第三のオカマ結婚合法国家になります。世論調査に拠ると国民の7割も賛成しています。男の子がリカちゃん人形を買っています(同89)!?
親が率先して子供の髪を染めて悦に入る日本社会も正に末期ガンです。
貴方もこの一億総白痴総合精神病院に入りますか? いや、もう入っていますか?
いつか後ろからブスっとやられたくなければ右にも左にも逸れずこの巨大な精神病院から一目散に遠避かることです。遠避からなければ貴方の息子や娘もいつかカッタ-を振り回して週刊誌の一面を飾らないとも限りません。精神病院で暮らす以上“まさかうちの子に限って”など死語なのです(同105)。
*7&8月はHP管理者の夏休みの都合に拠り、更新が従来の火曜日より2~3日遅れがちになりますので予めご了承下さい。
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119 スペインの女の子のパンツ 20-07-2004(火) |
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今週は“スペイン週間コルムナ”には似ても似つかない低俗なお話し。これも逆転の発想と思って我慢していただきたい。ただし、果たして笑うのを我慢すればいいのか、一体何を我慢すればいいのか・・・。とにかく、文明社会では信じられない以下は全くの実話である。
元々ラテン民族は露出狂の女性が多く、昔から思わず“どこのキャバレ-にお勤めですか?”と聞きたくなる様な服装や化粧の連中が多い。更にここ3年ほど皆判で突いた様に極端にウエストを下げたズボンが流行っている。おまけにへそ出し、肩出し、背中出し、ついでに入墨も出し・・・。とにかく狂っている。
そして、今年からはウエストの短いズボンだけでは飽き(下げ!?)足らず、スペインの女の子達はもっと短いズボンをはいてパンツを見せるのが流行っている(パンツは長目か!?)。これで臆面もなくどころか、満面に笑みを湛えて悦に入りまくって街を歩く。
今一瞬目を疑った読者の皆さん、筆者は事実を書いたまでのことです。
外見で人を裁いてはいけないが、人間とは結局内にあるものしか外に出ないことを思えば、人をある程度外見で(裁くのではなく)判断することは出来る。なるほど平然とこんな格好で街を闊歩する女ならバンバン妊娠して自分の子供を殺して屁とも思わなくても不思議はない(先週のコルムナ)。
先日これを女生徒に注意したグラナダ市内のある学校があった。ところが、連中は徒党を組んで“私達の服装は私達が決めるのよ、ファシスト!!”と市内をデモ行進し気勢を上げた。市内をデモ行進したと言うことは市役所にパンツ自由化デモを申請して市役所もデモを許可したと言うことであり、どうやらパンツを見せるなと注意した学校側をファシストと呼んでいるらしい!?
おまけにこの騒ぎを嗅ぎつけたスペイン国営テレビが取材にやって来て週末特別ルポ番組で全国放送する熱の入れ様・・・。余りのバカさ加減に筆者は見なかったが・・・。
今週は何か先週の巨大な重度の精神病院化しているスペイン社会の裏付けレポ-トになってしまったが・・・。いや、毎週のことなのだが、ここまで露骨に皆で横車を押されると、もはや顔が引き攣ることもなく(同118)、バカ負け一本である。
美しいが、たしなみのない女は金の輪が豚の鼻にある様だ。-----或る昔の偉い人
これでは青少年の妊娠&胎児殺しは今後ますます増える一方でしょう。パンツ露出狂の女性が将来結婚してまともな主婦や母親になれる訳がありません。離婚率もとても5割では済まないでしょう(同31)。これを予測するのに何も予言者である必要はありません。パンツを見るより明らかです。
自由を放縦、特に性的な放縦と愚かにも取り違えれば自分自身の頭上に火の粉どころか溶岩が降り掛かって来るだけです。
筆者は女性はもちろん、男性にも健全な色気は必要だと思います。しかし、それはその人の内なる人格と品性が外にも現れて魅力となると言う意味です。
たしなみか、金の鼻輪かパンツか・・・。健全な色気かキャバレ-嬢の毒気か。今こそ決断の時です。
*7&8月はHP管理者の夏休みの都合に拠り、更新が従来の火曜日より2~3日遅れがちになりますので予めご了承下さい。
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118 実録:顔も引き攣るスペインの精神病院 13-07-2004(火) |
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先日のニュ-スに拠ると近年スペインでは15~19歳女子の妊娠が爆発的に増加し、その半数は中絶で始末するそうである。これが3ヶ月以内妊娠中絶自由化と言う社会党の公約(コルムナ107)と因果関係があるかどうかは別にして、やはりスペイン社会も日本社会同様巨大な精神病院と化しているとしか言い様がない。何せ日本的に言えば中3~女子高生~女子大生2回生がバンバン妊娠して、その半分の胎児を殺してしまう(同26)。それを医師や看護婦は闇に葬る手助けをし、政治家もそれを合法化さえして有権者の喝采を得る(同54)。この様に例え狂人や人殺しでも過半数を超えればそれが正義になってしまうのが民主主義・・・。精神病院の中とはこんな風ではないだろうか?
毎週のコルムナはなるべく推測は控えて事実と筆者自身の体験に基づくことを念頭に置いているが、実は筆者は18年位前グラナダ市の精神病院に二度行ったことがある(知り合いの訪問に付いて行っただけ!?)。中にはヨダレを垂らしてしる患者もいたのでかなり重度の精神病院だったはずだが(軽度の変人なら街にたくさんいる!?)、その内の一人が筆者が東洋人なのを見て『君はブル-スリ-だろ?』
もう一人が『僕はウインブルドン大会に出たことがあるんだ・・・』といずれも焦点のズレまくった目で筆者の顔をシゲシゲと見ながら、もちろん本気で話しかけて来た。おかげで笑おうにも顔が引き攣る体験をさせてもらった。今思い出すとあれは精神科と言うより精神病重症患者の隔離病棟と言った方が当っている。
そして、現代社会も正に巨大な重度の精神病院になりつつある。『君はブル-スリ-だろ?』なら、いくら本気で言われてもまだ人畜無害だが、日本では『イケスかん奴っちゃ、カッタ-で首斬って殺したる・・・』
スペインでは『法律でも認められとるんや、堕ろしたら済むこっちゃ・・・』 まだまだいくらでも書けるから顔が引き攣る。
ここまではコルムナ26と一緒だが、今週は観点を変えて、笑おうにも顔が引き攣るスペイン政府や関連機関の対応をご紹介する。まずは“望まれない妊娠を防ぐために青少年に正しい性教育を徹底させなければならない”と優等生発言・・・だが、連中の言う正しい性教育とは避妊の徹底であり(!?)、避妊さえ徹底すれば不必要な妊娠も中絶もなくなり、青少年は健全な性生活を送ることが出来て問題は総て解決だそうである。これでは政治家もPTAも院長先生も同じく重度の精神病患者ではないのか!?
“民主主義なんだから誰とでもやりたい放題やりなさい。ただ、くれぐれも避妊だけは徹底しないと後が大変なのよ。分かったわね、良い子達・・・。”
つまり、この国ではもはや貞操観念なることばは死語である。そんなことをとやかく言うのは青少年の人権侵害に当ると青少年を指導する立場の人間から本気で思っているのである。二十歳前からこれだけ不純異性交友の権化の如く遊びまくるこの国の将来を担う(潰す!?)ガキどもが近い将来どんな父親や母親や主婦になるかなど連中は考えてもみないらしい。
確かにこれらは未成年女子の妊娠と中絶の急激な増加が大きな社会問題になっていると言う警鐘的ニュ-スではあるが、避妊の不徹底に対する警鐘であり、誰もスペインの未成年の性的モラルが犬猫以下であることに警鐘は鳴らさないのであるからやはり重度の精神病院である。もちろん日本人にもとんでもないのはいる(同66)。まさか逆転の発想(同91)で犬猫以下を目指している訳でもあるまいが、結果として立派にそうなっている。
明日は死ぬのだ。さあ、飲み食いしようではないか。-----或る昔の偉い人
これは人生は歓楽だから楽しまなきゃ損だと心から信じて放蕩にうつつを抜かす愚かな人間を描写した或る昔の偉い人のことばです。
青少年が腐った国に将来はありません。近い将来スペインの離婚率は軽く今の5割を上回ることでしょう(同31)。
人間顔が引き攣るべきことに顔が引き攣っている内はまだ希望があると言えるでしょうが・・・。貴方や周囲の人の面の皮はどうですか?
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117 スペイン大学生もフリ-タ- 06-07-2004(火) |
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グラナダ大学卒業生約4000人が学歴を必要としない仕事を捜しているそうである。また、現在市内のフリ-タ-の1/4は大卒であり、その44%は月給1000ユ-ロ(約13万円)以下。それでも統計に拠れば卒業後こうした初仕事にありつくまで平均9ヶ月半はかかるそうである。
大半のひまわりは枯れてしまった丁度この時期、大学を始め様々な学校は追試も終え、夏休みに入る季節柄の先日の新聞記事である。
確かにスペイン、特に南部は昔から十分に仕事があった試しがなく、現在でも昔ほどではないにせよ北部のカタル-ニャ地方(州都バルセロ-ナ)などに出稼ぎや移民が絶えない。従って、大学の絶対数が少ないスペインでは確かに大卒はエリ-トではあるが、こと就職に関して言えばご覧の様に厳しい現実が待っている。
日本の大学の様に廊下に企業の求人がずらっと張り出してあるなどこちらではあり得ない。また、会社訪問なることばも頭から存在しないし、ましてや日本の大学生は卒業の半年前に既に就職が決まっているなどと言えばこちらの大学生は決まって腰が抜けるほどびっくりする。
卒業して職もなくブラブラするよりはとずるずる何年も大学に残る学生もかなり多い。従って、スペインの大学では20台後半の学生などうじゃうじゃしている・・・と言うと今度は日本の大学生の方が腰が抜けるほどびっくりする番であるが、これが現実である。つまり、スペインの大学に潜入(の仕方は日本語情報センタ-で伝授!?)すると、教授と見間違えるほど禿げた男子学生や小じわだらけの女子大生がかなり目に付く。スペイン人はすぐ老けることもあり、日本人から見れば君達本当に大学生かと目を疑い(覆い!?)たくなる様な風貌の老けた大学生なのである。
それもこれも仕事のないスペイン社会を反映しているが、ここまでではないにせよ日本の学生諸君もかなりの就職難なのはご存知の通りである。つまり、程度の差はあれ大卒者に限らず日本もスペインも就職難・・・。どうしてだろう?
“どうしてかって?
そりゃ不景気で企業も厳しいから中々新規採用する余裕がないんでしょう・・・”と言うことでしょう。しかし、ここで筆者は敢えて核心を衝いてみよう。核心以外の上辺のことについてどうこう意見したところで何の解決にもならない。核心とは、こと大学生に関して言えば日本もスペインも学生の質が極めて低くなっていることである。これは学問のレベルのことではなく、人間の質の著しい低下のことである。
グラナダは観光都市、そして、大学都市。観光産業と学生産業で成り立っていると言っても過言ではない。それ故学生相手の下宿やアパ-トで家計を立てている家庭も多いのだが、つい最近筆者の知り合いの下宿屋二軒が口を揃えてもう学生は入れたくないと言い出した。理由は、とにかく飲み歩くことだけ覚えてマナ-がなく、どうし様もないのが多いとのこと、女学生もです。もちろん、全員がそうではないのですが、この内の一軒は本当に学生はもう入れないことに決めてしまいました。余程腹に据えかねたのでしょう。また、日本語情報センタ-にやって来る日本人大学生諸君を見ても、お世辞にもレベルが上がっているとは言えません。
愚かさは子供の心に繋がれている。懲らしめの杖がこれを断ち切る。-----或る昔の偉い人
何故日本もスペインも就職難なのでしょうか?
何故終身雇用制度が崩壊しフリ-タ-なのでしょうか? 何故景気が回復しないのでしょう? 何故様々な社会悪なのでしょうか?
核心を一言で衝けば、懲らしめの杖が折れ、人の質が著しく低下したからに他なりません。
懲らしめの杖どころか親バカの一途な愛とテレビや週刊誌やインタ-ネットなどの愚かさ増幅キャンペ-ンで洗脳された現代の子供達は腑抜けた若者になり、やがて再起不能の大人になる・・・。残念ながら日本もスペインもこれが国の将来である子供や若者の病状です。
懲らしめの杖とは厳しいことばですが、それはあくまで他人には寛容に、自らには厳しくと言う意味です。でなければ子供や若者の質はますます落ち、教育の質が落ち、下宿屋がすたれ、子供から人殺しになり、若者は貞操観念が犬猫以下になり、夫婦の質も落ち、家庭が崩壊し(スペインは離婚率5割)、人間生活の向上どころか、物価以外は落ちる一方。やがて落ちぶれ、最後は国が滅びます。
懲らしめの杖で断ち切らなければ愚かさは津浪の様に押し寄せます。だから断ち切らなければ死活問題なのです。読者も自分には甘いか厳しいか、ここが正念場です。正念場で踏み止まらなければ貴方も貴方の家族も日本も自らの愚かさの深みにハマって溺れ死にます。
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116 スペインのひまわりの花と実(2):再放送 29-06-2004(火) |
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≪人は花だけに目を奪われがちです。しかし、貴方の目に映っているあのこと、羨ましいと思っているあの人、カッコイイと憧れているそのこと、やってみたいこのこと・・・。これらは果たして花か実か良く吟味すべきです。
花だけ追求すれば、実を追求しないのですから実が残らない、つまり『収穫がない』のは当然です。人生に虚しさを感じる人は、追及して来た花が散って実が残らなかったから失望しているとも言えるでしょう。
他人の喧嘩と対岸の火事とスペインのひまわりの花は大きい程宜しいと言うのは所詮野次馬根性です。しかし、当事者(農夫)にとってはいくら花が咲き乱れ様が種の収穫がなければ総ての苦労は水の泡なのです。
他人事なら花だけ面白がる野次馬根性でも害はないかも知れません。しかし、当事者、つまり自分の人生で花だけ追いかけて虚しさを収穫すれば、総てとは言わないまでも多くの苦労は水の泡です。
もちろん、日本で忙しい生活を送っている人が息抜きにひまわりお花見ツア-でスペインに来て気分転換するのが悪いのでも何でもありません。しかし、旅行業界だろうがなんだろうが人が実よりも花に目移りする傾向にある以上、世の中実(真に価値あるもの)よりも見栄えのする花の方が多くなるのは金と物第一の資本主義社会、そして、間違った意見でも過半数を占めれば正論となる民主主義社会の鉄則とも言えます。
例えばツア-を売るためには旅行代理店にとってもお客にとっても正論は花、しかし、農夫にとっての正論は実です。貴方の人生の『正論』は花でしょうか、実でしょうか。私達人間が人生と言う畑を耕す農夫だとすれば尚更この点について明白な価値観を持つことが大切です。
嘘は花は咲かせるが実は成らせない。-----或る昔の偉い人
先々週(コルムナ7)の繰り返しになりますが、現実、真実、誠実でないこと、つまり、実がないことが広い意味で嘘なのです。もちろん綺麗に咲いた花は大いに結構なのですが、散った後実を結ぶ様な咲き方かどうかが問題です。
もう一度4月29日のコラム(同3)をご覧下さい。一日何十万の収入、高級マンション・・・。嘘で咲かせた人も羨むド派手な花が散った後の収穫の実は一日千円に事欠く哀れな老後。他人事ではありません。
日本語情報センタ-はスペインの花の情報はもちろん、それを元に小さくても確実な収穫の実を結んでいただくための確かなきっかけを差し上げたいと思います。続けてスペイン週間コルムナをお読み下さい。≫
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115 スペインのひまわりの花と実(1):再放送 22-06-2004(火) |
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スペインはひまわり畑が満開の季節になりました。ここ3週とんでもない話題(毎度のことですが・・・)が続いたこともあり、息抜きに今週と来週は2年前のひまわりのコルムナを再放送します。吟味しながらお読み下さい。
≪スペインの夏の風物詩と言えばひまわり畑である。日本人なら躊躇なくこれを全部引き抜いてゴルフ場にしてしまいそうな広大な丘陵地にひまわりが栽培される。『ひまわり娘・伊藤咲子』など足元にも及ばない。
私が初めてひまわり畑を見たのは観光ガイド1年目のこと。初仕事は冬だったのだが、観光バスの運転手によると全く何もない畑にひまわりが咲くのだと言う。なるほど春先になって発芽した小さな芽は小学生の頃家の庭にあったひまわりのそれに似ている様な気もした。そして、遂に6月初旬開花。あたり一面のゴルフ場にひまわりが咲いている光景は想像を絶する。
ところが、2週間後通って見るとどこか元気のない様子。今日は具合でも悪いのかなと思ったのだが、翌週来て見ると明らかに散りかけていた。そして、完全に枯れた頃首を刈られて種を収穫されるのである。
鉢植えの花などの固定概念で、どんな花も一度開けば1、2ヶ月は咲いていると私は思い込んでいたのだが、結局ひまわりは春先に種を蒔かれ秋には収穫される半年の命。その美しい盛りは僅か2週間なのである。
人間ならせいぜいその150倍位かなと毎年この時期思う様になって2、3年。小さな芽を吹き、成長して最盛期を迎え、後は落ちる一方。ぶつぶつ文句を垂れながら容姿体力衰え枯れ果てて死んで行く。ひまわりの命はそのまま人の一生の縮図かも知れません。
すべての人は草、その栄光はみな野の花の様だ。-----或る昔の偉い人
ひまわり畑の目的は花ではなく、実は花が枯れてから熟成する種(油を採る)の『収穫』にあるのです。
虎は死して皮を残す。ひまわりは花は散るが油を残す。貴方は何を残すのでしょうか。 (この項続く) ≫
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114 スペインも日本には負けていられない!! 15-06-2004(火) |
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佐世保のカッタ-殺人事件と時を同じくして、スペインのある町で20才の青年が15才の少年を刺し殺すと言う事件が起こった。スペインも日本に負けず劣らず子供からして狂っている訳だが、喉元過ぎればどうなるか・・・。今週はどちらがより凶悪かと言う低次元な比較から始めてみよう。
日本的に言えば大学2年生が中学3年生を殺害した訳であるから、さぞかしスペイン中マスコミを挙げて日本の今回の事件の様に大騒ぎしているかと言えば全然そんなことはない。つまり、こんな事件は余りに頻繁であり、翌日の新聞やニュ-スに一回載ってお終い!?
もはや大して世間の注目を集めるほどの極悪ニュ-スでもなく、新聞も“またか”と言わんばかりの小さな扱い・・・。一般大衆もマスコミも慣れっ子になっているのである。
慣れっ子とは分かり易く言えば、例えば年から年中いつもドンパチやっているパレスチナ紛争。毎年これだけ年中行事の如く殺し合えば(詳しく言えば紀元前から飽くことなくやっているのだが・・・長い!!)、人が何人死のうが我々外国人は全くの無関心である。いや、“またか”とさえ思うことなくサッサと次の記事に目が行ってしまう。今も続く戦後のイラクの犠牲者についても同じではないだろうか。
そう言えばもう10年位前にスペイン国営テレビで南京大虐殺のBBCの番組を見たことがある。生き証人の旧日本軍兵士の証言によれば、次から次へと日本刀で斬り殺している内に、いつの間にか人を斬っている感覚さえなくなってしまったそうである。
そして、殺人事件があたかも日常茶飯事の通常犯罪の様な社会的雰囲気が21世紀の日本でもスペインでも出来上がって来てはいないだろうか?
それでも今回のカッタ-殺人事件で日本中が大騒ぎする分だけ日本人はまだこの種の邪悪(コルムナ112&113)に対して無感覚ではないと言えるが、だったら暴力殺人奨励みたいなテレビ番組や映画やビデオゲ-ムなんか最初から見るな見せるな作るな売るなと言うことである。
思えばこの旧日本軍兵士は軍国主義に洗脳されて日本刀を何の良心の咎めもなく無感覚に無慈悲に振り回したとすれば、現代は日本もスペインも体制としては民主主義国家ではあるが、その表現の自由を隠れ蓑に暴力殺人奨励テレビ番組や映画やビデオゲ-ムが軍国主義の代わりに殺人予備軍の温床として社会にごく低年層から初期の悪性癌の如く巣食っていると言える。従って、この種の物の製作者、販売者、店、何も言わない親や学校や政治家も広い意味では同罪である・・・と筆者は思う。今回の様に災いが引き起こされてからでは遅いのである。
ああ、不義の掟を制定する者、災いを引き起こす判決を書いている者達。-----或る昔の偉い人
不義、つまり、暴虐の掟を世の中に、そして、人の心の中に制定し、その結果多くの人に災いをもたらす・・・。残念ながら日本やスペインだけではなく世界中に不義や暴虐の掟が制定され、世界中で人間社会は巨大な精神病院の様になって来てはいないでしょうか?
逆転の発想で後ろを振り返らず、命がけで逃げなければいつの間にか精神病院にブチ込まれて模範患者の判決を言い渡されてしまいます(同113)。
ところで、後日インタ-ネットで日本の新聞を見ていると、カッタ-少女のメモか何かに魔術についての記述があったとのこと。単にその事実を記載しただけのたった1行の記事でしたが、実はこれこそこの子の内に暴虐の掟を制定した邪悪エキスであり、今回の悲劇の根源であることを筆者は疑いません。先週先々週挙げたロック、ラップ、テクノ、オカルト映画、心霊現象、占い番組など、最初は甘いかも知れませんが、総て邪悪エキスへの甘い呼び水です。
例えば、もし読者が誰かを毒殺したいなら、毒を剥ぎ出しに手に持って『飲め、この野郎!!』と荒々しく言うでしょうか?
毒に砂糖をまぶして、チョコレ-トで固めて、あれこれクリ-ムやゼリ-で細工を施して、綺麗な化粧箱に入れて、そして、最後はこの人は聖人君子ではないのかと思わせるほどの完璧な偽善の笑みを満面に湛えて『美味しいですよこれ。是非食べて御覧なさい・・・』と殺し文句を唱えないでしょか?
“ハ-リ-ポ-タ-”も“指輪物語”も見かけは面白おかしく幼稚でさえありますが同類項です。深入りすると判決を執行されますよ。
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113 スペインの国際ニュ-スにも出た!! 08-06-2004(火) |
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ロクなこと意外ではスペインの国際ニュ-スに登場しない日本。先週は国会の乱闘と佐世保のカッタ-事件である。 ところで、筆者の先週火曜日のコルムナの原稿は日曜日に既に書き終えていた。何も佐世保の事件を知ってすぐに書いた訳でも何でもないのだが、偶然にもこの事件の予言的(!?)内容になってしまったと筆者自身は悲しくも確信している。今後捜査が進むに連れ新事実も浮かび上がり、警察や児童心理学者達がそれなりの説明をすることになるのだろうが、根本原因は先週のコルムナの記述であり、それでもしっくり来ない方には日本語の“魔が刺した”と言えば一番当っている。ただし、つい出来心でと言う意味ではなく、文字通り“魔(邪悪そのもの)”に刺されたのである(同112)。 筆者が確か小学校二年生の時、学校側が教育上宜しくない漫画の一つに“おそ松くん”を挙げていた。何とのどかな時代だったのだろうと思う。この様に人間の悪や愚かさの基準は人間の退化に従って時と共に大幅レベルダウンの傾向にある。それでもそれらは百歩譲るとすれば“人間的な悪”であり、従って人間的な対策で何とかなるかも知れない(もちろんそれで人間の生来の悪が消える訳でも何でもない)が、今回の様に人間的な悪を超越した“魔”に刺された人、つまり、邪悪エキスをがぶ飲みした人(同112)に対しては人間的な対策、教育、道徳、良心などは何の効力もない。 ロック、ラップ、テクノ、オカルト映画、心霊現象、占い番組などは魔性の猛毒を秘めている。世界中で大流行しているこれらの邪悪の化身を子供から大人まで美味しそうに傾倒しているから世の中根こそぎ狂って来ているのである。この悲しくも12歳で凶悪殺人犯となった女の子も、おそらくそんな生活環境ではなかったのだろうか? これがこの事件の根底にある真相であることを筆者は疑わない。つまり、人間の悪と邪悪エキスの猛毒カクテル・・・。ただし、残念ながら警察も心理学者も決してこれには言及しないであろう。何故なら、まず人間は自らを悪い存在だとは思ってもいないのあるから、結局家庭環境や交友関係、精神不安定など人間的な動機や理由で結論付けるはずです。ましてや、“邪悪”や“魔”の存在など思い付きもしないでしょう。それでも“魔が刺した”位は言うかも知れません。つまり、悪いのは“魔”であって、本人ではない・・・。 命がけで逃げなさい。後ろを振り返ってはいけない。-----或る昔の偉い人 先週のコルムナを読んで“何じゃこりゃ。ちょっと考え過ぎじゃないのか!?”と言う印象を持った読者もいたことでしょう。何せ筆者は世の中が挙国一致体制の如く何の疑いもなく拍手喝采している“良いこと”を“悪い”どころか“邪悪”だ“邪悪エキス”だ“猛毒”だ“狼”だと一刀両断にした訳ですから・・・。しかし、この事件が起こったことで決して極論でも何でもない、逆に妙に説得力を得たのではないでしょうか? この少女も何らかの形で邪悪エキスを栄養剤と思ってがぶ飲みしていたはずです。だから人間的な魔の刺され方ではなく、いざと言う時に内に宿る邪悪の権化の言いなりなって、つまり、文字通り“魔に刺されて”カッタ-を振り上げた・・・。当らずとも遠からずでしょう。 これらの邪悪の手先が市民権を勝ち取って多くの人の心に末期ガンの如く巣食っている現代、残念ながらこれらのおぞましい惨劇は今後益々低年化して日本でもスペインでも世界中で増えて行くことでしょう。 魔に刺されない様に気をつけて下さい。それにはオブラ-トだけ見て跳び付かず、中身の邪悪を見抜くことです。見抜けない? それならせめてロック、ラップ、テクノ、オカルト映画、心霊現象、占い番組などから一切の関係を断つことです。 以外ですか? 心外ですか? 魔に刺されたくなければ命がけで逃げるだけのこと。後ろを振り返ると刺されますよ。 |
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112 面白いけど本当は怖~いDVD 01-06-2004(火) |
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先週水曜日にスペイン全国で『指輪物語』のDVDが一斉発売となった。テレビや市バスのバス停にもデカデカと宣伝され、満を持しての発売である。映画の儲けだけでは飽き足らず、更にDVDで追い討ちを掛け様と言う魂胆見え見えである。さて、今週は商売丸出しは別にして、この種の映画などの“本性”についてコルムナしてみよう。 とは言え筆者自身は興味がないのでこの映画も見ていないし、大ベストセラ-“ハ-リ-ポ-タ-”も読んではいない。いや、興味がないと言うより何か邪念に満ちた危険な香りが鼻に衝くので、見ざる聞かざることにしている。ロック、ラップ、テクノ、オカルト映画、心霊現象、占い番組なども筆者の嗅覚には同じ邪念の匂いがする・・・と言えばほとんどの読者には意外、いや心外でさえあるかも知れないが、今週はこれらの“本性”に迫ってみたい。 “本性”とは通常外見ではない。外見だけに捕われれば判断を誤るのは世の常であるが、これらの外見はほとんどの場合面白く、魅力的で、神秘的で、高貴で、時として今回のDVDの様に幼稚で無邪気でさえある。その人畜無害かつ有益な外見は、筆者には逆に内に猛毒を秘めた甘いオブラ-トに映る。 元来人間の“本性”は身勝手で悪いと言うのが“スペイン週間コルムナ”の基本路線であるが、これらは言わばこの人間的な悪さを超越した邪悪そのものであり、正にこれらの猛毒を多くの人が飲んだ結果が今日の現代社会の人知を超えた凶悪犯罪や人知を超えたモラルの低下の元凶であることを筆者は疑わない。短いコルムナではとても書き尽せないが、今日の奇抜な髪型やピアスや入墨など一昔前には想像すら出来なかった異様な物事が市民権を勝ち取り、むしろ常識になってしまったのも、これらの外見は甘美な邪悪エキスの急激な社会感染に拠ると断言しても良い。 逆に“本性”とは外見ではない反面、結局人の外面は内面以上の何物でもない。従ってこの意味では人間を外見で裁いてはいけないが、ある程度判断は出来る。そこで敢えて外見でを判断させてもらえれば、ここ何年か人に限らずデザインなど世の中総てに於いて“ガラ”が悪くなった。子供の漫画に至るまで何かどことなく黒っぽく暗い感じがすることに読者はお気付きでしょうか? それに伴い一億総薄痴化と犯罪の凶悪化が加速度的に進んでいるのは偶然ではない。 彼等は羊のなりをして来るが、内は貪欲な狼です。-----或る昔の偉い人 ハイチと言えば先週の大水害が思い出されますが、あの気味の悪いブドゥ-教(現在も国教)の発祥地です。ハイチが大天災に頻繁に見舞われる中南米で一番貧しい国に成ってしまった元凶は国を挙げてブドゥ-教と言う邪悪エキスを飲んでいるからです。そして、上述の事柄も『指輪物語』も『ハ-リ-ポ-タ-』も実は皆一蓮托生なのです。 日本人もスペイン人も何人もこれらの邪悪に付き従えば個人的に大天災に見舞われ、貧困に喘いで溺れ死ぬことになります。筆者はこれこそ近年日本だけでなく世界中で人間が発狂し退化している大きな原因の一つだと思います。 元来身勝手な罪深い人間が、更に邪悪エキスをがぶ飲みすれば発狂退化して滅びます。更にこの種の人間が多くなれば社会が国が滅びます。読者の皆さん、これらから遠ざかることです。でないと貴方も貴方の家族も日本も滅びます。 オブラ-トと猛毒。羊と狼。これぞ究極の逆転の発想です。究極の洞察力で“本性”を見抜いて下さい。 |
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111 妖怪屋敷荒し 25-05-2004(火) |
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今グラナダ郊外のベッドタウンで完全無欠の空巣が頻発している。21世紀のハイテク空巣とでも言おうか・・・。 スペインは何も旅行書が警告する首都マドリ-での日本人を狙った首絞めナイフ強盗だけではない。スペイン全国の市民も強盗窃盗空巣の標的であり、それが証拠にうぶな日本人旅行者は一応に驚くほど一般の民家の窓枠も総て頑丈な鉄格子入りで泥棒の多さを連想させる。従って今日警報機付きのオフィスや家など警備産業がたけなわである。 その最新式の警報装置をまず解除し、上手くカモフラ-ジュしたはずの金庫も金属探知機で難なく探り当て、僅かの時間で金目の物は総て持って行く。しかも指紋は一切残さない。これが共通の手口だそうである。 ごく最近の空巣は被害総額150000ユ-ロ(約2100万円:スペインも有る所には有る!!)。もちろん連中はむやみやたらにどこにでも押し入る訳ではない。有りそうなところを下調べしてから無人の時間帯に悠然と盗むのである。 スペイン警察に拠れば東ヨ-ロッパ旧共産圏の元軍人のプロ集団であろうとのことである。なるほど冷戦下で受けた軍事訓練を活かして旧仮装敵国西ヨ-ロッパに出稼ぎに来て荒稼ぎをして生計を立てている訳である。 とんでもない“芸は身を助ける”であるが、特殊訓練を受けた元軍人なら民家の下調べなど偵察スパイ任務に比べれば遊び同然、赤外線警報機を解除するなど手慣れたことなのだろう。 何か一昔前の007の映画のネタにでもなりそうな話しであるが、そう言えば共産圏が崩壊した頃ポ-ランドからのツア-が結構スペインに来ていた。筆者も観光ガイド時代これ以上はないと言う彼等のおんぼろバスを見たことがあるが、当時ツア-参加者の半数は不法就役目的にスペインに残った亡命ツア-だったそうである。今でもポ-ランド人、ル-マニア人、ロシア人、旧ユ-ゴスラビア人等が祖国に帰れるあてもなくスペインで農場、工事現場、お手伝い、ホステス(!?)、泥棒(!?)などに従事している。西側に生まれた我々は本当に恵まれていると言わざるを得ない。 自分の宝を地上に貯えるのはやめなさい。虫と錆びでキズ物になり、また盗人が穴を空けて盗みます。自分の宝は天に貯えなさい。そこでは虫も錆びもつかず、盗人が穴を空けて盗むこともありません。-----或る昔の偉い人 泥棒が穴を空けて盗むとは少々表現が幼稚で泰平の世を謳歌する日本人にはピンと来ない表現・・・だったのはもう一昔前のお話し。残念ながら日本も強盗窃盗空巣が日常茶飯事の国になってしまいました。世界一治安の良い国と言われた日本がこうなら他はもっとひどいと言うことです。海外旅行ではくれぐれも気を抜かないことです。 さて、“地上に貯える宝”とは何でしょう? どんなに隠しておいても盗まれる可能性のあるすべての物事と言えます。では“天に貯える宝”とは何でしょう? 金銭物質的ではない故に盗み様がなく、しかも変わることがなく普遍的で、これに根差していれば絶対に倒れることのない絶対的価値観、つまり人としての摂理に“従って”行動することです。 毎週の“或る昔の偉い人”のことばがそうです、と筆者は経験上敢えて声を大にして言いたいと思います。 現代日本語では“従って”は単なる繋ぎの慣用表現ですが、ここは文字通り“服従する”と言う元来の意味に取りましょう。“服従する”とは穏やかではありませんが、自らの欲か摂理に服従するかでは文字通り天と地ほどの差が出て来るのもまた摂理です。自らの欲に服従し、最期は穴を空けられて盗まれる善良な市民では浮かばれません。 確かに穴を空けて盗む奴はとてつもなく悪い奴で、盗まれた被害者は善良な市民ですが、ここは一つ逆転の発想で盗まれるかも知れない物をしこたま貯め込んで、その『量』に一喜一憂する善良な市民も実は愚かであることに気付いてはどうでしょう? それに最初から地上に宝を貯えなきゃ絶対に盗まれることはありません。この方が気楽です。 |
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110 スペインの知識人は犬派なのだ 18-05-2004(火) |
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先週友人が日本語情報センタ-に子犬を連れて来た。うちの二匹の猫、名犬ラッシ-(猫)とシロ(黒猫)は珍客に驚いた様であったが、筆者はこの子犬を見たとたんに次の一句を思い出した。
『私は人間を知れば知るほど私の犬が好きになる。』 これはその昔あるスペインの知識人が言ったことばだそうである。意味は説明するまでもない。“スペイン週間コルムナ”の愛読者なら尚更である。
確かに人間の負の部分だけ見てそれだけのために人間に嫌気が刺すのも一面的過ぎる気がしないでもないが、この知識人の様に感性が人並み優れているなら、尚更この事実が身に沁みるのかも知れない。
もちろん、人間の良い面も評価しなければ片手落ちだが、仮にも知識人たる人が人間より犬だとかくも断言する以上、人間の悪い面は良い面など圧倒してしまうほどの悪さと言うことなのだろう。つまり、これは決してこの知識人の一時の感情による偏った極論はなく、十分考えた挙句の結論だと筆者には思える。
更にこの文を反芻すればするほど感傷が滲み出て来る。人間の身勝手さ、強欲、裏切りに程々うんざりした諦めの境地で途方に暮れる作者がふと我に返れば横には無邪気な目で尻尾を振っている愛犬・・・、とこんな光景まで筆者の頭には思い浮かんで来る。当らずとも遠からずだろう・・・。
愛には偽りがあってはいけません。悪を憎み善に親しみなさい。-----或る昔の偉い人
結局人間の愛とは多くの場合自分とせいぜい家族が一番可愛い我田引水的な愛ではないでしょうか?
あからさまに人を騙す悪い奴はもちろん、誠実に“自分のため”に努力している良い人も、無意識の内に他人の田の水をちょろまかして誠実に勤勉に我田だけを耕し、我田の収穫の量だけで一喜一憂する人生を送っているなら、それは広い意味で等しく“偽りの愛”の人なのです。社会的にはどんなに真面目な学生や善良な市民であっても性根が“私のため”ならその愛は自己中心的であり、広い意味で“偽りの愛”です。
美辞麗句にかこつけて何よりも誰よりも自分に善を計り、そのためには人をも利用する“偽りの愛”。
この意味でこの知識人は嫌と言うほど人間の“偽りの愛”にムチ打たれた慰めを愛犬から得たのでしょう。
また“悪を憎む”とは他人ではなく、まず自分の内に末期ガンの如く巣食う自己中心の性根を憎むこと。“善に親しむ”とはあたかも自分のための如く隣人や社会のために善を計り、また実行することと言えます。
何かお堅い講釈になってしまいましたが、ある意味簡単です。悪を憎み善に親しむとは、この知識人の様に人間(の悪)を憎み犬に親しむことだったりして!?
憎むとは穏やかではありませんが、それはまず他人ではなく自分の自己愛の醜さに気付いて自分に嫌気が刺すことです。そうすれば逆転の発想でより犬の無邪気さが分かるでしょう。これが分からない人はいつか他人様から“犬にも劣る奴だ”と言われるかも!?
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109 オランダからスペインに死亡遊戯 11-05-2004(火) |
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グラナダはサボテンと白樺が同居する寒暖の差の非常に激しい気候である。それは季節間のみならず、1日の寒暖の差も夏なら20度、例え冬でも晴天なら15度はある。おまけに一番近い地中海の海水浴場まで車で1時間、裏山のシエラネバ-ダ山脈のスキ-場まで45分で行ける。遊ぶには最高の地の利である。実際グラナダは観光の町、ブロ-クンに言えば遊び処である。そして、事件はその緩んだ遊び心から起こった。
先週木曜日シエラネバ-ダ山中に遠足に登ったオランダ人の年配の一行が遭難。三人が凍死した。
筆者も15年前の8月、マツダのスポ-ツカ-の宣伝のロケの仕事で中腹当りまで登ったが、とにかく風が強くて朝夕はかなりの冷え込みだった。ましてやスキ-シ-ズンは今月2日に終わったばかりで山はまだ雪だらけ。それを事もあろうに中には半袖に短パンにサンダルの参加者もいたとか。しかも経験豊富な専門のガイドが一緒にいての話しである。本国で募集された“南スペインの大自然に触れ様~”ツア-だったらしい。
もちろん、地元の新聞やニュ-スは一応に雪山を甘く見過ぎだとの見解である。
人の目には真っ直ぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。-----或る昔の偉い人
人生何事も甘く見過ぎれば大怪我をします。例え悪気はなくても浮かれて気が緩めばこの様に思慮も分別もなくなり自らの命綱さえ遊び半分に愚かにも手放し、周囲をも巻き添えにして時として致命傷に至る。そんな教訓をバカンスで浮かれて悲痛に沈んだこのオランダの年配達が教えてくれてはいないでしょうか?
浮かれれば沈むのが自然の摂理とすれば、我々も浮かれず気を引き締めないと必ず沈むと言うことです。
合格した、儲かった、遂に念願の~を手に入れた、定年退職したら後は好きな様に遊ぶだけ・・・。なるほど天にも上る気持ちは分かりますが、摂理に引き摺り落とされないためにはあくまで緊張を保つことです。いや、逆転の発想で最初から有頂天に登らなければ落ちる心配はなかったりして!?
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108 欲の摂理かスペイン対中国 04-05-2004(火) |
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以前街も生き物であると書いたが(コルムナ94)、グラナダ市内ではここ僅か半年位の間に何故か華僑経営の洋服屋や靴屋などがやたらと目に付く様になった。しかも一等地にである。これを反映して、先日の新聞に拠ると華僑の安売り攻勢に地元商店が太刀打出来ないことが社会問題になり始めているそうである。
通常物価は上がるものである。仮に誰かが自分だけは価格を維持したいと思ったとしても、家賃や卸値が上がれば小売価格も上げざるを得ない。しかし、結局のところ物価上昇の原因はコストや経費の値上がりと言った直接の理由ではなく、もっと儲けたい一心の人間の欲である。そして、資本主義社会がこの人間の果てしない欲を基盤としている以上、人間の欲の摂理の当然の結果として物価は上昇する運命にある。
一方物価に限らず世の中永遠に上がり続けるものは何もない。そこで物価上昇が遂に天井を突く直前の兆候の一つとして世に出現するのが百円ショップ(スペインでは1ユ-ロショップ)であると筆者は思う。そこが安売り大国中国の外貨獲得のための世界戦略ではないかと筆者は思うのだが、まるで申し合わせた様にほとんど同時期に多くの華僑経営の店舗が出現している以上これは決して考え過ぎではないのかも知れない。
いずれにせよこの“バブル⇒百円ショップ”は経済の大きな流れを良く表している。つまり、人間は自らの欲に自業自得で自然淘汰され、それでも懲りずにまたゼロから欲をリセットする・・・。欲の大木が倒れると、すかさず何処からともなく小さな欲の芽が吹き出すかの如く・・・。これもまた人間の欲の摂理である。
“終身雇用⇒リストラ”“正社員⇒フリ-タ-”などの格下げ社会現象も理屈は同じだと言える。
金銭を愛することが総ての悪の根源である。-----或る昔の偉い人
“驕れるバブルも久しからず。強欲者必衰の理を表す(筆者)。”金銭を愛して金銭こそが人生の価値観になれば後はバブルの電車道を一直線。その終着駅がバブル崩壊なのは多くの日本人が体験したところです。
人生人間としての『質』か、金に限らず『量』を求めるのか。100円ショップもこんな時代だからこそ逆転の発想で薄利多売の方針なのでしょうが、結局目的が金ならその『質』の根源が悪には違いありません。
日本はバブル崩壊して十年。いくら政治家が景気回復策を試みたところで、それが金の『量』の回復だと思っているならとんだお門違いです。日本人の『質』が向上すればそれに相応しい『量』も伴って社会も真に変わって来るでしょう。これが『人が変わらなければ社会は変わらない(或る昔の偉い人)』の意味なのです。
スペイン人自身の強欲が物価を押し上げたことも華僑台頭の遠因の一つであることに一体何人のスペイン人が気付いているでしょう?
スペインもまたバブルの電車道を一心不乱にひた走っている気がします。
ところで、まさか日本人の『質』は向上していると思っている読者はいないでしょう?
だからこそ“スペイン週間コルムナ”なのです。もちろん基本路線の一つは『量』より『質』です(同75&79&80&96など)。
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107 人間の鏡か天才バカボンのパパか 27-04-2004(火) |
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スペインでは先週からいよいよ八年振りに社会党新政権が発足した。サパテロ首相は就任演説の翌日意表を衝いて早くもスペイン軍のイラク撤退を政府決定事項として発表。内外に賛否両論の論議を呼んでいる。もっともイスラム過激派のテロで直撃されたスペイン国内ではあまねく賛成の意見が多い様であるが・・・。
他に目を引くのが同性愛者も法の前に皆平等とのかねてからの社会党の公約の再確認である。本気でオカマ同士の結婚合法化に向けてやる気満々らしい・・・が、離婚率五割の国でどんな意味があるのか!?
そして、今回個人的に一番筆者の注意を引いたのが『妊娠三ヶ月以内中絶自由合法化』である。これは就任演説で取り上げられなかったほど大した問題でもないらしい。つまり、政治家も市民も民主主義なんだからこれは母親の当然の権利であり、もはや議論の価値さえないほど些細なことと見なしているのである。
些細なこと・・・だろうか?
人の命は石油より何より尊いものであり些細なことのはずがない。だからこそ散々『戦争反対!!』『ブッシュ、アスナ-ル(スペイン前首相)の人殺し!!』と誠実に(多分!?)訴えたはずの同じ社会党とスペイン国民の大半は胎児を殺して罪責感さえないどころか、拍手喝采してこれぞ民主主義と謳う!?
これはブラックジョ-クとしか思えないが、それをマジで言っているからこそ末期ガン漫才なのである。
いくら正当な理由がある(かも知れない)とは言え心から他人を人殺し呼ばわりした舌の根も乾かぬ内に心から胎児大量殺戮合法化賛成を唱える人間、自分はタバコを吸いながら本気で麻薬反対を唱える人間と同じく、これは正に人間の本性の標本である、と筆者は思う。自分の悪は棚に置いている感覚すらもはやなく、本気で正義のヒ-ロ-に成り切って正義の刃で他人の悪に斬りつけるのだから究極の偽善ショ-である。
裁いてはいけません。裁かれないためです。-----或る昔の偉い人
自分の悪は度外視して正当化さえし、他人は厳しく裁く・・・。一般庶民から政治家に至るまで、程度の差はあれ人間皆裁判官なのです!?
人殺し反対胎児殺し賛成・・・。これをマジで唱えるスペイン社会党は正に人間の鏡であり、我々の歪んだ正義感価値観の鏡でもあります。本当は誰も他人を裁く権利などないはずです。
今回筆者の頭にまず浮かんだのが天才バカボンのパパの『賛成の反対なのだ』です。思えばこれこそ究極の逆転の発想であり、人間の本性をズバリ衝いた昭和の名言です・・・よね?
『これでいい訳がないのだ!?』
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106 純真に気を抜けば・・・ 20-04-2004(火) |
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今週はスペインの出来事ではないが、イラクにおける邦人人質誘拐事件について書いてみたい。とは言っても“スペイン週間コルムナ”は新聞の社説ではないので、モンゴルの話しから始めることにする。
鎌倉時代の元寇の時、日本の侍が“やあやあ我こそは~”と仁義に則って差しで勝負を挑んだら、モンゴルの兵隊達に嘲笑われて寄ってタカってやられた・・・と高校の世界史の先生が言っていた。本当にそんな当時の歴史的文献が残っているのか、或はこの先生がどこかの映画で見たことだったのかは知らないが、何故か筆者はあれから四半世紀以上経った今でも折に触れ転ばぬ先の杖の教訓としてこの話しを思い出す。
お互い血の通った人間同士なのだから、こちらが誠意を見せれば必ず分かり合えるはずだ。どんな時にも正々堂々フェアプレ-の精神で行こう・・・。なるほど、人間こうあるべきですし、これは“スペイン週間コルムナ”の精神にも大いに通じます。しかし、これだけではある意味方手落ちです。残念ながら世の中決して話せば分かる人間だけではなく、逆にこちらが誠心誠意を尽くせば尽くすだけ嘲笑って寄ってタカって踏みにじって却ってそれを喜ぶ人間もいると言うことです。この種の人間に愛と礼儀を尽くして接することは飛んで火に入る夏の虫の如き愚かな自殺行為にさえ成り得る・・・とこの元寇の話しとと今回のイラク人質事件の顛末が如実に我々にこの現実を“それ見たことか、だから気を引き締めろ”と突き付けているのではないでしょうか?
鳩の様に純真で蛇の様に聡くあれ。-----或る昔の偉い人
筆者は決して人間を話せば分かる人間味ある人と極悪非道の悪い奴に二分する気はありません。“100%善良な人間などいない。人間とは程度の差はあれ皆嘘吐きで強欲で身勝手な存在である”と言うのが“スペイン週間コルムナ”の基本でもあります。二分ではなく皆です。皆ですから筆者も読者もなのです。
ただし、人間的な悪のレベルを超えた邪悪な人間も世の中存在すること我々は肝に命じるべきです。これを度外視して純真だけで邪悪と渡り合えば、純真どころか知恵の欠如した無分別な命取りにさえなりかねません。もちろん我々は人としての純真さを常に心掛けるべきですが、だからと言って自らと他人の純真さを盲目的に過信すると盲目になり、今回の様に時として周囲の人も国をも窮地に追い込んでしまうかも知れません。
とは言え他人を徹底的に疑ってこちらも汚い手を使って自己防衛しろと言うのではありません。人生あくまでフェアに、ただし、蛇の様な狡猾さをも持ち合わせていなければ邪悪な連中には簡単に足元を掬われます。
転んだ後の松葉杖より転ばぬ先の杖。余り人を疑って疑心暗鬼になるのも考え物ですが、純真さといい意味での狡猾さの両面を兼ね備えていなければ、ど突かれて転んで致命傷を負わされるのは決して戦地だけの話しではありません。日本に居てさえ今の時代邪悪な火種が身近に結構あるのではないでしょうか。最近の日本の社会事件の本質もただ単に“悪い”から“邪悪”になっている気がします、子供からして・・・。
鳩と蛇。全く好対照だからこそ逆転の発想で両者から教訓を学ばなければ片手落ちで、人生ある日突然戦地のイラクではなく泰平の日本で邪悪な罠に陥らないとも限りません。世の中純真ムクな赤子の手を捻ってそれを心から喜ぶ邪悪な連中もいることを忘れないで下さい、イラクにも日本にもスペインにも・・・。
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105 祝スペイン週間コルムナ三年目突入 13-04-2004(火) |
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今週から『スペイン週間コルムナ』は三年目に入ります。正直な話し、当初ネタ切れが一番心配でしたが、最近だけでも先月のマドリ-(マドリ-ド)のテロに端を発して、AVE爆破未遂、スペイン警察と銃撃戦の末マドリ-近郊の住宅を吹っ飛ばして自爆したアルカエダスペイン支部のテロリスト、北部過激派ETAの過去最大の武器工場発見、それに伴う各地の厳戒体制、一週間に一人は死ぬ家庭内暴力、止まることを知らない少年凶悪犯罪と物価上昇・・・。ネタ切れなどとんだ取り越し苦労に過ぎませんでした。日本もスペインもよくこれだけ毎週派手にやってくれるものだと呆れ返る位話題を提供してくれるではありませんか、残念ながら・・・。
そこで、三年目の初頭に当り、今一度『スペイン週間コルムナ』の意義について考えてみましょう。
さて、もし我々が戦時中の日本にタイムスリップして『皆さん、これは侵略戦争です。天皇は神ではありません。日本とアメリカでは国力が違い過ぎます。このままでは日本は負けます・・・』と本当のことを言ったとしたらどうなるでしょうか?
近所から村八分にされるどころか国賊扱いされて政治犯で刑務所行き間違いなしです。当時国民の圧倒的大多数は軍国主義教育で洗脳されていた訳ですから、いくらこちらが正しいことを言おうが聞く耳を持っていません。嘘偽りに固執するあちらが正義で真実を言うこちらが悪役なのです、原爆を二発叩き込まれて無条件降伏するまでは・・・。そして、その時やっと“そう言えば以前非国民呼ばわりしたあの連中の言っていたことは本当だったんだなあ”と遅まきながら気付くのです・・・。~とまあこんなところでしょう。
例え大多数から“手厳しい”“非現実的な”“まあ、そう堅いことを言いなさんなよ”“別に今のままでいいじゃないですか”と言われ様が、人間の現実を有りのままに描写して日本人と日本社会の警鐘となる・・・。
毎週のコルムナは勝っていたつもりがボロ負けの敗戦に終わった個人や社会の証言とも言えます。表向きはスペインの社会問題を題材にしていますが、実は他でもない読者自身の、そして、日本の社会問題の投影そのものなのです。何故なら人間の愚かさと言う国境を超えた全く同じ『質』が根底にあるからです。そして、勘違いしてはいけないのは愚かな人、悪い奴とは他人ではなく、実は我々も皆程度『量』の差はあれ『質』は愚かで悪い者であると言う大原則です。ですから決して他人事ではありません。“まさかうちの子に限って~”などもはや死語と思った方が後からショックも少ないご時世です。今の時代誰も例外ではあり得ません。なあなあにしていると貴方も貴方の家族も日本もいつの間にか完膚なきまでの敗戦に至ります。
目が醒めなければ人生負け戦だと同朋日本人に訴えるのも『スペイン週間コルムナ』の役割です。
ただし、この様に人間の愚かさの現実を訴えるだけでは警鐘と言う形で問題提起にはなっても解決にはなっていません。その確かな解決の糸口をも読者に訴えるのが実は『スペイン週間コルムナ』の真の目的です。
とは言っても筆者自身も『質』においては不正直不誠実な者であり、その筆者が自身の意見や文章力やペンの力で読者の心に人間の愚かさの解決を訴えたところで大した効果も説得力もないでしょう。
知恵ある者と共に歩む者は知恵を得る。愚か者の友となる者は害を受ける。-----或る昔の偉い人
先日の日本のインタ-ネットのニュ-スに拠ると、今月のテレビ番組改変期の傾向として時代劇がなくなってバラエティ-番組が取って代わっているそうです。読者は“あ、そう”としか思わなかったかも知れませんが、筆者には象徴的な出来事と映りました。これが日本人の『質』の著しい軽薄化を表している~と筆者が言ったところで上記の戦時中の正論の様に大多数からは相手にされないのでしょう・・・ね?
読者はどうでしょう?
友が愚か者なら当面は面白おかしくても最期は害を受けて敗戦です。しかし、友が知恵ある者なら金銭では買えない尊い知恵を得ます。知恵ある者とは決して筆者の書く毎週のコルムナではありません。そこに引用する『或る昔の偉い人』のことばです。筆者個人の経験から言ってもこの『或る昔の偉い人』のことばこそ人間の愚かさに対する真の解決の糸口を与えてくれます。もしそれを体験してみたい読者がいれば『或る昔の偉い人』のことばを友として共に歩んでみて下さい。必ず今までとは違った価値観人生観が見えて来ます。
朱に交われば赤くなる・・・。友の選択は人の一生を左右します。知恵と交わって知恵を得るのか、愚か者と交わって害を受けるのか・・・。今後も『スペイン週間コルムナ』を読みながら考えてみて下さい。
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104 ああ無情:金がなければ歯も痛い!? 06-04-2004(火) |
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今筆者はグラナダ市内の歯科医に通っている。六年振りの歯の治療である。外国での通院はことばの面もあり不安ではあるが、今回は三年前に詰め物の取れたまま放っておいた奥歯と半年前唐辛子の種を噛んだ際真っ二つに割れた(こんなことで割れるか!!)反対側の別の奥歯の治療、それに必要なレントゲン、そして歯全般のクリ-ニングなど、計五回で454ユ-ロ(約六万円)の予算である。
これが日本の歯科と比べて高いか安いかは知らないが、一回平均一万二千円の治療費はスペイン人にはかなり高額である。保険が効かないこともあり、歯が痛くなったら一体この国ではどうするのかと言う素朴な疑問が湧いて来た。折りも折り、二回目の通院の直後スペイン人の友人がやって来たので聞いてみた。
早い話しが所持金で治療出来る応急処置だけにして後は放ったらかしだそうである。『金がある奴は歯医者に行けるし、ない奴は行けない。歯医者に限らず何だってそうだろ?』と悟った様な淡々とした口調・・・。
“資本主義社会では何だって金次第、そうだろ?”と言うことなのかと暫し考えさせられた。
つまり、金があればあれもこれも買えるが、金がなけりゃ何も買えないし、どこにも行けない~とまあ友人はドライに割り切って言ったが、これがいかに資本主義社会では正論であり常識であるとは言え、医療や生活必需品についてはそうあるべきじゃないだろうと筆者は反射的に思った次第である。
極端な話し、金がなきゃホ-ムレスになれ、患部も放っておけ・・・。これが資本主義社会の情け容赦ないル-ルである。そんなことを考えながら先日ス-パ-に並んだ商品と値札を見ながら『この表示金額を持って来ない奴は食べるな』とその食品に言われている様な気がした。少々捻くれた見方かも知れないが・・・。
しかし、金がなければ出て行け、食べるな、病気になれ・・・。この方が余程人間として捻くれている。“捻くれているのは人間ではなくて資本主義社会でしょう?”
いえいえ、資本主義社会は捻くれた人間様のなせる業なのです。もちろん一生懸命働いて日毎の糧を得ることは美徳ですが、勘違いしてはいけないのは決して資本主義や金銭そのものが悪いのではなく、金銭物品が価値観の人間様の性根こそ悪の根源なのです。
ですからあなた方は偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語りなさい。-----或る昔の偉い人
金がなきゃ出て行け、食べるな、治療するな・・・。読者の皆さん、これは偽りでしょうか真実でしょうか?
勉強も仕事も金銭社会も・・・総てにおいて人間味がないからまずいのです。どう考えてもスペイン版忠犬ハチ公の方が遥かに人間味があるではありませんか?
人間味のない人間がいくら稼ごうが死ねばそれでお終いです。しかし、人間味さえあれば犬でさえ人々の心を動かし通りの名を変えるに至ります(コルムナ60)。
もし価値観が自分の欲ではなくスペイン版忠犬ハチ公なら我々も周囲の人の心を動かし何かを確実に変えることが出来ます。犬より金で偽るより、逆転の発想で金より犬で真実を語ってみませんか?
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103 戦争反対:平和を愛する三国同盟 30-03-2004(火) |
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世紀の大逆転スペイン総選挙の余波は二週間以上経った今、スペイン国内よりむしろヨ-ロッパ・アメリカにも押し寄せ波紋を呼んでいる。
まず、大半のアメリカ人は政治家も含めて来月スペイン首相になるサパテロ社会党書記長が誰か知らなかったらしい・・・のも無理はない。テロさえ起こっていなければ現アスナ-ル首相の大衆党が順当に勝利を納め、スペインは引き続きアメリカ寄りの路線を歩む青写真だったのである。もちろん選挙後気付いた(?)社会党の公約がスペイン軍のイラク撤退(ただし、六月中に国連が指揮を取らなければと言う条件付)だったことも含めて正に晴天の霹靂である。当然アメリカはサパテロ書記長にイラク撤退を思い留まる様説得している。
一方ヨ-ロッパではこの予想外の選挙結果を踏まえて意外な展開も生まれている。一年前のイラク開戦に最期まで反対したドイツとフランスが党派を超えてイラク撤退についてはスペイン新政権に同調の意を表しているのである。どうもEUの中核をなすこの両国の思惑はアメリカに影響されない独自のヨ-ロッパの建設にある様である。そのためには左寄りのスペイン社会党でも同調者は多い方がいいと言うことらしいが・・・。
さて、日本の自衛隊も含めて誰も戦争や戦後処理に自国の軍隊を国民の税金で派遣したくはないだろう。従って断固戦争反対!!
一年前散々ドイツとフランスが言ったことは正に正論である。ただし、正論か美辞麗句(先週のコルムナ)なのかは一時の感情ではなく、良く行いの実を観察してから判断した方が良い。
筆者が一番引っ掛かるのは何年か前にあれだけ世界中の大反対を押し切って南洋で原爆実験をしたフランスが急に平和推進国家になってしまったことである。正に自分のことは棚に置きである。しかも、筆者の記憶では一年前この矛盾に触れたマスコミは皆無だったはず。人間とは何と忘れ易いのでしょうか?
核兵器と言うドスを懐に忍ばせての平和外交。思えば人間の歴史は常にこんなものであったはずです。
愛には偽りがあってはいけません。-----或る昔の偉い人
別にフランスだけどうこうと言うのではありません。アメリカを必要以上に悪く言う必要もないでしょう。それより我々一人一人も多かれ少なかれ二枚舌の偽る者ではないでしょうか?
それを全く度外視して個人や国家が戦争反対だ平和だと美辞麗句のスロ-ガンだけ唱えたところで余計に迷宮入りするだけです。迷宮入りしてこんがらがれば、最期は原爆でぶっ飛ばせばいいと思っているのはテロリストだけではなかったりして・・・。
そう言えば一昨日の新聞に拠ると、フセインを売ったのは最も信頼されていた側近のボディガ-ドだったそうです(BBC発)。世界平和のためにはこれで良かったとは言え、人間の負の本性をまざまざと見せつけられた様な気がしました。スペイン版忠犬ハチ公なら決して嘘も吐かず、裏切ることもなかったでしょう(同60)。
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102 小さな不忠実大きな・・・ 23-03-2004(火) |
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十四日のスペイン総選挙は野党第一党の社会党(PSOE)が下馬評を覆して与党の大衆党(PP)を圧倒的大差で破る結果となった。それまでの世論調査では全く逆の順当な結果が予想されていたが、アメリカに右へ習えでイラクに派兵していた大衆党にとって、投票三日前のアルカエダによる列車テロは致命的であった。
おかげで戦争反対を唱えてイラク撤兵を選挙の公約に掲げていた社会党はタナボタで自身も予想していなかったほどの大勝利。選挙から一週間以上経った今でも世紀の大逆転選挙の余波がまだマスコミを賑わしている。つまり、社会党はアルカエダのテロと202人の犠牲者のおかげで政権に復帰したのだ・・・とは誰も文字通りは言わないが、早い話しがそう言うことである。
先週の土曜日もスペイン全国でイラク撤兵賛成のデモがあった。『我々は平和を求める!!』『戦争反対!!』『ブッシュ、アスナ-ル(大衆党現首相)の人殺し!!』『そんなに石油が欲しいのか!!』『恥知らずめ!!』・・・とまあ都落ちして野党になる大衆党への憂さ晴らしの様だ。スペイン人に限らずラテン民族はすぐ頭に血が上って衝動で行動する人間が多い。衝動買いも未婚の母も、この頃は殺すまでやる夫婦喧嘩も、そして、投票も・・・。
勝てば官軍。筆者は逆転の発想でこの勝者の大義名分を詭弁ではなく真っ向から疑ってみたい。
美辞麗句はまず疑ってかかる方が利口である。これを衝動的に鵜呑みにすると何を呑まされるか分かったものではない。例えばアバタを隠す厚化粧を見て衝動的に惚れるのか、それとも欺かれる前に慎重にアバタを見極めるのかと言うことである。美辞麗句の下にアバタがなければ確かにそれは美談ではあるが・・・。
例えば戦前の日本は"大東亜共栄圏”、つまり、欧米列強を排除して東アジアが皆で栄え様と謳って侵略戦争をしたのではなかったのか?
同様にヒトラ-もスタ-リンも愛国的美辞麗句を唱える人殺しだったのです。
『戦争反対』『平和』『自由』『愛』のスロ-ガン自体は結構ですが、筆者はそれを正義の刃の如く他人に押し付ける人間は逆転の発想で却って疑わざるを得ません。大体これらはヒッピ-の好むことばで、ビ-トルズがあたかも正義の味方の如く布教し始めたと記憶しています。彼等の言う『戦争反対』とは権威への反抗の発露、『平和』と言いながら影で武器を密売し、『自由』とは民主主義なんだから何やってもいいんだろうテメ-、『愛』とは誰とでも自由に寝て愛し合おうと言う、見かけは真に美しい完璧な厚化粧だが、その下は真に醜いアバタである。つまり、大東亜共栄圏が侵略戦争のアバタを隠す美辞麗句だった様に、『戦争反対』『平和』『自由』『愛』の厚化粧の正体は反逆、紛争、放縦、貞操観念ゼロなのである、ほとんどの場合・・・。
小さな事に忠実な人は大きな事にも忠実であり、小さな事に不忠実な人は大きな事にも不忠実である。-----或る昔の偉い人
来月からスペインは八年振りに社会党政権です。しかし、何党が第一党だろうが、誰が首相だろうが、どんな政策だろうが大した問題ではありません。要は政治家も市民も誠実であること。誠実であるとは真に社会を思い忠実であることの一語に尽きます。社会を思うのは何も政治家の仕事ではありません。国や社会とは結局個人の集合体、つまり忠実であるべきなのは政治家や他人ではなく我々一人一人に他なりません。
そして、忠実さとは人目に付く大きなことではなく、むしろ人目に付かない僅かなことについての話しなのです。我々がもし小さな嘘をついて何とも思わない人間なら、遅かれ早かれ大きな嘘をつく運命にあります。そんな不忠実な人間に他人を嘘吐き呼ばわりする資格があるでしょうか?
五十歩逃げた脱走兵が百万歩の脱走兵を“この脱走兵の卑怯者”と訴えるとすれば、身の程知らずにも程がないでしょうか(コルムナ51&52)?
他人はさて置き、まず私が貴方が家庭や学校や職場での些細なことにおける自らの不忠実さについて自らに後ろ指を指してみましょう、いつか大嘘吐きにならないためにも・・・。日本の経済不況も家庭内暴力もスペインの離婚率五割も北朝鮮の核ミサイルも、実は個人としての国家としての不忠実さが根本原因なのです。
その特効薬は・・・。結局スペイン版忠犬ハチ公なのです(同60)。
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101 国際テロも一歩から 16-03-2004(火) |
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今週は引き続きもう少しスペイン版忠犬ハチ公について書く予定でしたが、先週木曜日の首都マドリ-(マドリ-ド)のテロについて触れない訳にはいかないでしょう。
事件の第一報を聞いた瞬間筆者の頭にまず浮かんだことは、別に逆転の発想と言う訳ではないのだが、確かにこれは卑劣な凶悪大量殺人には違いないが、酒もタバコもギャンブルもヤミ金も姑の嫁いびりもイジメもあれもこれも、スケ-ルが違うだけで、結局本質的に大差はないのではないかと思った次第である。
これだけの数の犠牲者を前にしていつもの『量』より『質』と言うのも(コルムナ91&96etc)今回はさすがに気が引けるが、一億円強盗しても、僅か千円を踏み倒しても、例え『量』は桁違いでも『質』においては等しく泥棒であり、ヒトラ-の様に何百万人殺しても、或は不倫の末の妊娠中絶も『質』においては等しく殺人である。
これが筆者の今回のテロへの第一印象である。まあ、いつもこう言う思考回路なので咄嗟にこれだけのことが頭をよぎっても不思議ではないと読者の方にはお分かりいただきたい。
それでは今回の事件の『質』とは何だろう?
それはやられたらやり返さなければ気が済まない人間の復讐心である。それは子供の喧嘩から国と国との戦争まで、そして、今回の様に国際テロ組織に至るまで、スケ-ル『量』は月とスッポンでも、テメ-この野郎と言う復讐心は本『質』的に同じではないだろうか?
何故人間は復讐の虫が疼くのか?
それは結局我が身可愛さ故の身勝手さ、それは太陽系の惑星が『何で太陽が中心やねん、ワシが真中や、太陽どけ!!』とごり押しする様なもの。当然太陽系の秩序も人間社会も乱れに乱れます。そして、自分の思い通りに行かないと遂にはブチ切れて正義の剣で斬りつけるのです。
子供がブチ切れてドスを抜く、切れる中年・・・。スペインでも全く同じ社会現象が起きています。ブチ切れるから離婚率が五割にもなるのでしょう。暴力ブチ切れ推奨ビデオゲ-ムや映画も同様に同罪です。『お前等売れて金が儲かったらそんでええのんか』と製作者や配給会社や小売店に問いたい。
ところが、一人だけブチ切れても大人気ないしインパクトも少ない。もっと組織化して爆弾でブチ切れた方が面白い、ザマ-見やがれ・・・これがテロである。ただし、例え子供でも、どんな些細なことでも性根がテロならテロリストである。その意味では我々人間は皆テロリストかも知れない。スペインではイラク戦争に賛成した政府のおかげでこうなったと非難轟々であるが、千円盗んだ奴が一億円盗んだ奴を泥棒呼ばわりするのはある意味身の程知らずの身勝手な振舞であると同様、本当は誰も他人を人殺しと罵る権利はないはずである。一人でブチ切れる人が組織化してブチ切れる連中を極悪人呼ばわりするのも、社会的言い分は充分あるにしても、広い意味で身勝手なことには違いない。前者は多くの場合法に触れることすらなく、後者は地獄の申し子の如くなので気持ちは分かるが、ブチ切れると言う人間の本『質』においては皆同罪である。
剣を取る者は剣によって滅ぶべし。-----或る昔の偉い人
さて一昨日日曜日は総選挙の投票日でした。残すところ三日でテロが起こり、投票日まで各党選挙運動を自粛すると言う異様で異常な重苦しい選挙戦でしたが、ここで政治地図が塗り変えられたところで、また、全国で市民がテロ反対のシュプレヒコ-ルを叫んだところで社会の構成員である『人が変わらなければ社会は変わらない(或る昔の偉い人)』限り、社会は本『質』的に何も変わらないことは目に見えています。
ではそのためにはどうすればいいのでしょうか? 結局はスペイン版忠犬ハチ公なのです。
今週はテ-マがテ-マだけに表現が少々ややこしかったも知れませんが、つまりテロリストは極悪人ですが、我々も部分的には良心的だとは言え、どこかに復讐心と言う懐刀を忍ばせた広い意味で悪い奴には違いないと言うことです。逆転の発想でテロリストではなく我々自身にその批判の剣の鉾先を向けてみましょう。その上でスペイン版忠犬ハチ公から学べば滅びることはないでしょう。それはまた来週。
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