◆スペイン週間コルムナ◆火曜日更新
|
果たして人の一生は物の売買だけで一喜一憂するだけのものでしょうか。自分の欲だけ満たして最後は皆等しく死ぬために働くのが人生でしょうか。 日本語情報センタ−は単なる情報屋ではありません。スペインの情報やサ−ビスを通して別次元の人生観を日本の同朋に問いかけます。 |
|
60 スペイン版忠犬ハチ公 03−06−2003(火) |
|
先週金曜日、アンダルシア地方カディス県のカディス市の病院で亡くなったご主人様に会うために12年間も病院に通い続けた犬の記念プレ−トの除幕式が市長自らの手で行われた。地元の住民と動物愛護協会の強い要望もあったと言う。場所はその病院のすぐ横の道であり、何とこの犬の名前が付けられる運びとなった。 これは正にスペイン版忠犬ハチ公そのものではないか。 ご存知の様に日本もスペインも国際ニュ−スも近頃強盗、殺人、アル中、麻薬、テロ、戦争、売春、変態警官にエロ教師、汚職、横領、スト、恐喝−−−と毎日ロクでもないニュ−スだらけである。やっと心を打たれるニュ−スがあったと思ったら主人公は何と一匹の犬。一体人間様は何をやっとるんじゃ!! 死に至るまで忠実であれ。−−−−−或る昔の偉い人 果たして我々人間は犬以上に忠実でしょうか。例え犬でも忠実であればこの様に人の心を動かし、通りの名称を変えるまでに至ります。人の心を動かすとは先週の『社会が変わる』と同意語ではないでしょうか? つまり『人が変わらなければ社会は変わらない(先週の或る昔の偉い人)』とすれば、そして、『人』とは他人ではなく我々各自だとすれば、まず貴方が私が忠実でなければ自分も他人も社会も変わることはないのです。 確かに『死に至るまで』とは少々大袈裟で崇高過ぎる印象を与えます。しかし、この犬はいつもの様に病院通いの途中車に跳ねられて、忠実さを全うして死んだのです。だからこそ人々の感銘を誘ったのです。 果たして我々は死んでからも人々の心に我々の忠実さと言う記念プレ−トを刻むことが出来るでしょうか? それとも『あの嘘つき』『守銭奴』『身勝手な奴』『達者なのは口だけだった』『お高くとまりやがって』−−−と言われるとすれば、そう言う人の人生は犬にも劣ると言わざるを得ません。少なくとも忠実さに関しては−−−。 考えてみれば我々人間は嘘をつく唯一の動物です。情けない限りです。 |
||
|
59 スペインの統一地方選挙 27−05−2003(火) |
|
スペイン全国の市町村長を改選する統一地方選挙の投票が一昨日行われた。下馬評では国民の大反対を押し切ってアメリカの対イラク戦争に同調した民衆党(与党)が大打撃を被り社会党に票が流れると言われたが、戦争が予想外に早く終わったのが効いたのか、むしろ全国的に民衆党やや優勢の結果となった。 筆者はそんなことはどうでもいいが、敢えて選挙戦の印象を述べるとすれば、弱小政党に至るまで市民の生活向上(Sp:bienestar)を目指していることには違いなく、それを公約する。ただ、それはほとんどの場合年金制度の維持:税金の軽減:失業対策:女性の地位向上:騒音規制:犯罪取締り:公園の新設:公共事業など各政党が良かれと思って掲げた政策であるが、日本の選挙後の社会を見ても分かる様に、仮にこれらの公約が皆果たされたとしても、凶悪犯罪:麻薬:少年非行などますます増加して社会は腐敗する一方である。とすれば、政治とは主としてこれらの物質金銭的対策で世に貢献するもので、その結果人間に所有物を与えても、その所有者の人間自体を改善する力はない(文部省は別かも知れないが)と言うことになる。だから物や情報が溢れ、携帯から総てを操作するハイテク社会になった反面、人はますます愚かに、精神的に貧しく、そして、賤しくさえなっているのである。例えば携帯とインタ−ネットがなければ今日一体どれだけの悪質な事件が起きずに済んだことか。或はテレビに溢れる『これを見てバカになろう』と言わんばかりの番組の何と多いことか。 経済至上主義社会はこれらを規制するどころか経済効果として礼賛する。経済効果があるなら行政は反対しない。むしろ大歓迎である。行政が何もしないなら、少なくとも親や先生は国の未来である子供達を社会毒から守ってやる義務があるはずだが、多くの社会毒垂れ流しでそれが正論にさえなってしまった今日、政治家からして毒を薬と呼んで民主主義の論理で合法化までしてしまうからやはり愚かである。例えば公共麻薬喫煙所を設けて麻薬密売を根絶しようとは地元政治家の意見である。末期ガン漫才もここまでやれば本物である。 人が変わらなければ社会は変わらない。−−−−−或る昔の偉い人 日本でもスペインでもさすがに政治家は頭が切れると言うのは選挙演説を聞けば分かります。また、確かに誠実さの香をうかがわせる様な政治家も中にはいます。しかし、本気で物質経済向上の政治だけで社会が良くなると思っているなら自らの知恵に酔っているのです。酔っているから大言壮語の公約をするのです。それでは、社会とは言わないまでも人はどうすれば変わるのでしょう。これは難しい命題ですが、まず『人』とは他人ではなく自分自身に他ならないと言うこと。これに目覚めなければ何も始まりません。 人生ふと気が付けば敵は自分自身と言う場合がほとんどではないでしょうか。実は毎週のコルムナはいかに自分と言う敵に対処し、少しでも人として本当に変わることが出来るかを皆さんと一緒に考えている訳なのです。筆者の意見ではなく毎週引用する『或る昔の偉い人』のことばに着目してみて下さい。 |
||
|
58 誇りの彼方に 20−05−2003(火) |
| 先週金曜日モロッコ時間の22時にカサブランカ市の『スペインの家』でイスラム過激派の自爆テロがあり、現在のところ死者41人。大半は現地人だが、うちスペイン人死者は3人、怪我人4人となっている。 これはイラク戦争後アメリカ同盟国施設への初めてのテロであり、あからさまにアメリカを支持したスペインとアメリカに協力し過ぎるモロッコへの恐らくアルカエダの犯行であろうとの説が有力である。 対イラク戦争が予想外に早く終わったと思ったら、まるで出番を伺っていたかの様なSARSの蔓延、そして、この前のサウジアラビアと言い、また世界レベルでのテロが展開されそうな気配である。 選挙期間中のスペインでは野党がこれ見よがしに『民衆党政府が戦争に賛成するからスペインまでイスラム過激派の標的にされた』とこの機を逃さずマイクパフォ−マンスでアメリカ嫌いのスペイン市民を煽っている。 愚か者の口には誇りの若枝がある。−−−−−或る昔の偉い人 『うちの息子は毎月いくら稼いでいる。嫁に文句は言わせません〜』とある人が近所に息子の自慢と嫁の悪口を言いふらしていたそうです。こう言う人は愚か者とは誰か他の人のことだと本気で思っているのでしょうね。しかし、誇りの若枝はこの日本の隅っこの性根の歪んだ一姑さんから、政治家や一国の大統領の演説にまで含まれる共通要素ではないでしょうか。そして、偽りの誇りには必ず誹謗中傷悪口が伴います。もう少し謙遜を帯びた自慢ならまだましだとしても、『私の方が正し』かろうが『国民のため』だろうが『国際正義のため』だろうが『帝国主義反対』だろうが、謙遜ではなく誇りの若枝であるならそれは誰であろうが愚か者なのです。だから最後は正義を片手に中傷合戦や爆弾の投げ合いになるのです。 |
||
|
57 スペインの選挙 13−05−2003(火) |
|
全国市町村長選挙が先週水曜日に告示され、今月25日の投票日までスペイン中は選挙一色である。 今回の選挙はスペイン全国の各市町村長の改選であるが、各地とも国政における勢力分布を反映して与党の民衆党(PP)と野党第一党の社会党(PSOE)の候補者同士の一騎打ちの色合いが強い。そして、どちらかが過半数を取れなかった場合には少数政党を抱き込んで相手の足を引っ張ることに終始するのである。 今回の選挙はイラクの戦争の直後であり、公然と国を挙げてアメリカを支持した民衆党政権を、本能的にアメリカ嫌いな国民にこれ見よがしに社会党その他がボロカスにけなして有権者の関心を引く展開である。と言う訳でお互いを罵倒し合うことに終始しがちなスペインの選挙戦に今年は更に拍車がかかっている。 地元グラナダでは社会党の現市長と、何と万博誘致を公約した民衆党の候補者がサシで勝負。現市長も負けじと地下鉄建設で公約のし返し−−−。嘘つき大会にならねば良いが、大体そんな金はどこから出るのか? そして、コルムナ54で紹介したSex回数券の候補者の政党は党員がすっ裸で事務所で仕事をしているポスタ−を街中に貼りまくって市民のひんしゅくを買っていると言う記事は全くない。 誰でも自分の利益を求めないで他人の利益を心がけなさい。−−−−−或る昔の偉い人 何党だろうが大した問題ではありません。右でも左でも中道でもいいから誠実な人柄であることが肝心です。誠実とは嘘をつかないこと。そして、市民国民の立場になって考え行動出来る人。この人としての基本さえ備えていれば政治が下手だろうが筆者なら余り気になりません。逆に頭は切れるが出来もしない事を平然と公約する人間の方が信用出来ません。大体、政治家に限らず公共心や正義感のない人が収入がいいとか生活が安定しているからと言って教師:警官:弁護士:医者etc.になってもらっては困るのです。社会的使命感がなければ就いてはいけない職業があるはずです−−−よね? 自分が一番可愛いこと、これが広い意味で嘘の定義なのです。 |
||
|
56 社会復帰者の逆襲 06−05−2003(火) |
|
先日の新聞によれば“アンダルシア地方ギャンブル社会復帰者連盟”なる団体がアンダルシア地方政府の公共娯楽課(そんなものがあるのか?)の代表に辞任を要求したとのことである。 スペインに来ると分かるが、どこのBAR(全国至るところにゴロゴロある:日本で言えば喫茶店)にもスロットマシンが置いてある。もちろんゲ−ムではなく現金が出て来る。つまりもろバクチである。こんなものが子供の手の届くところにあり、実際子供とは言わないまでもハマッている若者は多い。その他ビンゴのサロンも全国にはびこり、相変わらず宝くじで一攫千金を夢見る老若男女が後を絶たない。 そこでギャンブル地獄から生還した連中が担当の政治家に『相変わらず何の対策も講じていない。グラナダ県だけでギャンブルで動く金は年間500万ユ−ロ(約6億7千万円)にも上る』と食ってかかった次第である。 バクチは何故か最初は勝つから不思議である。ビンゴはスペイン人の悪友に連れられてその昔一度行ったキリだが、一発目でビンゴの大当たり。パチンコ経験者の筆者は二度と行くまいとその場で決心したのだった。 酒もタバコもマ−ジャンもバクチも最初の一歩を踏み出さなければいい。味を知らなければいい。ただそれだけのことである。そうすれば後から社会復帰者になることもなく、もちろん離婚や家庭崩壊に至ることもない。 人よ、何が良いことなのか。−−−−−或る昔の偉い人 何が良いことかと言うこの大命題は何が悪いことか見分けることから始まるとも言えます。悪いどころか『毒』なら致死量に至れば死んでしまいまが、ギャンブルに限らず多くの毒は甘いオブラ−トに包まれているから厄介です。テレビも週刊誌もこれは毒だと思ったら最初から見ない、子供に見せないと言う覚悟が必要です。 社会復帰も反対運動も結構ですが、最初から手を出さない方が遥かに『良いこと』なのです。読者はオブラ−トの中身が薬か毒か見分けられるでしょうか。それともすぐに飛びつくでしょうか。毒を飲めば死なないまでも社会復帰者の如くその後遺症を一生引き摺る羽目にならないとも限りません。コツは最初の一歩を踏み出さないことです。 |
||
|
55 憤まんやる方なし 29−04−2003(火) |
|
やっと戦争が終わったと思ったら、今度は日本がイラクの戦後復興に9000億円負担!?
赤の他人が起こした交通事故の損害賠償請求書が回って来た様なもの。理不尽冥利に尽きる。この不景気に加えて何で日本国民の税金を独裁者と帝国主義国家(かどうか知らないが)の喧嘩の後始末にくれてやらなければならないのかと思えば憤まんやる方なしなのだが、これも国際協調と言う付き合いと思えば『致し方ない』かも知れない。 世の中何事も当事者間のつもりが、当事者間だけでは収まらず、第三者を嫌が応でも巻き添えにしてしまうことが多い。例えば交通機関のストは何の関係もない一般利用者に迷惑をかける。いつもより早く出勤登校するため睡眠時間を削られ、タクシ−など余計な出費を生み出し、マイカ−で出勤すればラッシュに巻き込まれイライラは募るばかり。その上遅刻でもして時間給をカットされれば恨み骨髄である。そして、ストの連中は貴方の被った精神的苦痛や経済的被害になど気付いてさえいないのである。しかし、ストとはこう言う物。『致し方ない』とやる方もやられた方も勝手に身勝手な納得をせざるを得ないのであるが、後味は極めて悪い。 誰かが自分の都合を振りかざせば、本人の想像もつかない所で多くの関係ない人に多大な迷惑をかけているのが人間社会と言うものである。『致し方ない』と言い訳するだけの自覚があるならまだしも、本人は人様を巻き添えにしてしまったなどとは夢にも思っていない無神経な場合がほとんどであるから始末が悪い。 人の益を計り、良い行いに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えよ。−−−−−或る昔の偉い人 自分が可愛ければまず自分中心をやめ、人の益を自分の益の如く計る。そうすれば自分にも返って来る。これはこの世の『人を押しのけても稼げ、貯め込め:テメ−が稼いだ金で何しようが勝手だろ』と言う常識の意表を突く逆転の発想です。国際紛争も労使紛争も子供の喧嘩も嫁と姑の諍いも我先にと言う理屈は同じなのです。いや、お互いの我をぶつけ合う以上屁理屈です。屁理屈で理屈をこねるから紛争になるのです。 逆転の発想で意表を突いてみて下さい。貴方を取り巻く『致し方ない』問題も角が取れて丸くなって来ます。 ところで、例のスペインの平和主義者達は予想外に早く戦争が終わったので、今度はその憤まんのやる方を換えて『ヤンキ−のイラク占領反対』だそうです。収まりのつかない憤まんはいつまでもやる方を求めてさ迷うのです。戦争反対:平和行進も丸くなければ角が立つだけ。憤まんと言うアバタを覆う厚化粧に過ぎません。 |
||
|
54 これは笑える−−−が、 22−04−2003(火) |
|
次期グラナダ市長立候補者の公約が地元新聞に載っていた。余りに面白バカ気ていたのでご紹介する。 要約すると『今の若者は健全なSexライフを送る場所がない。仕事もなく住宅を買おうにも買えず、経済的理由で車の中で済ませるカップルが多いのは可愛そうだ。これらの情緒面や親密性についてもっと民主主義が唱えられて然るべきである。そのためには我が党は憲法自体の改正も必要と考えている。もちろん同性愛者にも市民権を勝ち取る権利がある。そこで私が市長となった暁には若者達に市役所がSex回数券なるものを発行し、提携ホテルで使える様にしたい。なお、これは既にいくつかのヨ−ロッパの市では実施され成功を収めていることでもある』『市役所から正式に話しが来れば何の偏見もなく通常の泊り客としてアテントしましょう(あるホテルのオ−ナ−談)』 記事には書かれていなかったが、もちろん市民の税金がその補助金となるのであろう。 いつの時代も節操のない政治家は有権者に尻尾を振る。この立候補者がこの様なことを公約に持ち出して来たのも、有権者の若者の大多数が節操も貞操観念もなく、やりたい放題、遊び放題なのを見越しているからである。ちなみに若者とはスペインでは大体15歳以上を指すと思って良いが、しかもそれを大の政治家がもっとやれ、もっと堕落しろと選挙公約してまでけしかける。そして、どうやら本当にこれで社会が良くなると思っているらしい。 今年最初のコルムナ(1月6日)にも書いたが、漫才のネタをマジでやるのは末期ガン漫才社会である。これはどう見ても漫才であるが、疑いもなく次期グラナダ市長立候補者の真面目な所信表明なのである。新聞の写真でも爽やかな笑顔で若者の良き理解者、正義の味方を演じていた。さぞかし今回の戦争にも先頭を切って大反対したことだろう。 私達は真理に逆らっては何も出来ず、真理のためなら何でも出来るのです。−−−−−或る昔の偉い人 いつの時代も性道徳の堕落するところにはあらゆる種類の腐敗が付きまといます。これをさすがは情熱のスペインと笑って済ますのは対岸の火事的野次馬根性に過ぎません(本当に漫才ならいいでしょうが)。日本も援助交際:それを買うスケベおやじ:この手の記事に載るエロ教師や警官−−−。真理に逆らうどころか、好んで真理に真っ向から逆らえば、何も出来ないどころか、自分も家族もその将来も著しく破壊することになるのです。 |
||
|
53 『継続は力なり』一周年記念 15−04−2003(火) |
|
本日で『スペイン週間コルムナ』を書き始めてちょうど一年経過しました。Topペ−ジにも書いてある『継続は力なり』を有言実行出来て我ながら一安心です。二年目からは番号も付けることにしましょう。 継続とは『点』が『線』となり継続すること(昨年6月3日のコルムナ:開幕サッカ−ワ−ルドカップ:参照)。そして、継続した線の是非はその結んだ『実』によって見分けることが出来る(昨年6月10&17日:スペインのひまわりの花と実[1][2])。暇な方はもう一度この三つのコルムナを読んでみて下さい。 二年目を迎える『スペイン週間コルムナ』も、今までに何らかの『継続の実』を読者の皆さんに供給出来たとすれば意義があったものと自負しています。そして、更に有意義な読み方をして頂くために肝心なことは、毎週のコルムナに取り上げられる登場人物は実は読者自身の投影であり、様々な社会問題は読者自身の問題に他ならないと言うことなのです。スケ−ルの違いはあれど『スペイン週間コルムナ』は千差万別の人間模様の要約です。その主人公は実は読者である貴方自身なのです。 人よ、何が良いことなのか。−−−−−或る昔の偉い人 『自分の人生なんだから自分の好きな様にやるよ』これでは自我丸出しです。『人様に迷惑をかけず信念を持って生きていきます』この方がずっとましですが、どう言う信念かにも拠るでしょう。 今後も『何が良いことなのか』一緒に考えていきましょう。 |
||
|
52 五十歩百歩と五十歩百万歩はどう違う(2) 08−04−2003(火) |
|
グラナダ市内では2日に一度は反戦デモが続いている。相変わらず『人殺し』『石油のために血を流すな』『恥知らず』『アスナ−ル(スペインの首相)辞職しろ』など相手を罵倒することばが目立つ。そして、祭りのノリで太鼓を叩いて道の真中で火を点けて踊る!?
もちろんデモ参加者全員ではないが、この手の連中が多いことも確かである。それが証拠に知り合いの学生相手の下宿のおばさんの話しでは、学生達はデモを楽しんだ後必ず酔っ払って帰って来るとのことである。特に最近戦局自体よりも社会問題になっているのがデモ隊によるスペイン各地の民衆党(政府第一党)施設への投石や放火である。先日来たイギリスに住んでいる日本人旅行者の話しでは、向こうでも平和デモ行進の最後は必ずこうなるそうである。どこが平和主義者なのか。 今回の戦争ではスペイン政府(民衆党)はアメリカと同調し、他の野党(社会党:左連合など)は総て戦争反対の立場である。ところで、スペインでは総ての野党は妊娠中絶に賛成している。妊娠中絶は去年10月7日のコルムナにも書いた様に殺人である。戦争があからさまな殺人なら妊娠中絶は胎内での殺人であり五十歩百歩である。そして、これを合法化することは民主主義の名において大量殺戮を合法化するのと五十歩百歩である。『戦争反対、大量殺戮賛成、有権者の皆さん、我が党に清き一票を!!』 ブラックユ−モアの極め付けか!? 身勝手な人間は不倫の後始末に犯す殺人を民主主義の権利と言う厚化粧で美化し、他人のことは人殺しとののしる。自分はたばこを吸いながら烈火の如く怒ってマリファナ反対運動をする様なものである。 人間は先週の脱走兵の如く自分の欠点については自律神経失調症であるが、人様の欠点だけは良く見え、あたかも自分が裁判官の如く人を裁く。しかし、最終的な裁判官は人の身勝手な正義感ではなく、次のことばに代表される摂理ではないだろうか。摂理には誰も逆らえない。人間の歴史がそれを証明しているはずである。 剣を収めなさい。剣を取る者は皆剣で滅びます。−−−−−或る昔の偉い人 剣とは武力や暴力だけでなく、人を裁くことばや正義の刃も包括します。アメリカもイギリスもフセインもデモ隊も皆正義の刃を当り構わず振り回して自分も他人も傷つけているのです。確かに個人の罪悪と国家のそれは量からすれば五十歩百万歩です。五十歩の個人が百万歩の国家の圧倒的な悪事の『量』を見て非難したくなるのもある意味人間的かも知れません。しかし、『質』においては何ら違いはなく同罪であることを素直に認めて、お互いに勇んで抜いた正義の刃を収めない限り滅びてしまうのです。大袈裟でしょうか? |
||
|
51 五十歩百歩と五十歩百万歩はどう違う(1) 01−04−2003(火) |
|
『五十歩百歩』は量的割合なら1:2である。しかし、戦争で人を殺している悪い奴も戦争反対を唱えるにわか正義の味方の連中もある意味五十歩百歩である。私の知っている限り『五十歩百歩』の由来はこうである。 確か日露戦争でのこと。ある臆病になった兵士が逃走したが上官に見つかりこう言ったそうである。『上官殿。私はまだ五十歩しか逃げておりませんが、あそこにいるもう一人の脱走兵は既に百歩のところを逃げております』 もしこの話しが間違っていれば読者からの投稿をお願いしたいが、まあこんなとこでしょう。 どっちもどっちの意味で使われるこの諺も、良く考察すれば人間の身勝手な本性を赤裸々に描写している。 まずこの脱走兵の如く何かしでかした時にも(1)人間は自らの過ちには一言も言及せず(2)まず言い訳のことばで自己弁護し(3)そのためには卑怯にも他人のせいにしようとする。 今月4日のコルムナ『量か質か』によれば1:2と言う量の問題ではなく、質は同じだからどっちもどっちなのである。つまり例え『五十歩百万歩』でも脱走兵と言う質的には全く同じであるから同罪なのである。 もう一つ『量か質か』の例えを挙げてみよう。1kgの金塊からナイフで1g削り取ったとすれば重さ(量)は1000:1であるが、両者共等しく金である。何が等しく金なのかと言えば質がであり、重さ(量)の差は関係ない。 人は悪事も金も何でも総てその質ではなく量によって等級を付け様とするから質を見失う。憎しみさえも。 人を憎む貴方がたは人殺しです。−−−−−或る昔の偉い人 アメリカもイラクも、ミラ−ジュ戦闘機で金儲けして、南洋で世界の反対を押し切って原爆実験した今回だけは善良なフランスも、そして、人を憎んだことのある私も貴方も実は人殺しなのです。殺さなくとも憎めば人殺しに値するとは厳しい様で実は高尚な定義です。刑法は殺人と言う結果だけを裁きますが、例え殺さなくとも憎めば人殺しであると言う心の刑法でまず自らを裁くことをしない人が何故急に『戦争反対:人殺し』と正義の刃を振りかざすのでしょうか。五十歩百歩です。貴方が人を憎んだことのない清廉潔白な人なら話しは別ですが。 |
||
|
50 スペインは戦争反対だが−−− 25−03−2003(火) |
|
遂に戦争が始まった。まだ数日しか経っていないが、スペイン国内ではかなりの数の反戦デモがあった。今後もずっとありそうな感じである。グラナダ市でも既に三度。何せ日本語情報センタ−は市役所の横であり、総てのデモ隊は真下を通って最後は市役所前広場に集結して気勢を上げて最後はお開きになるのが常である。 そのスロ−ガンを列挙すると『戦争反対』『ブッシュの人殺し』『アスナ−ル(スペインの首相)の恥知らず(スペイン政府は米英に同調)』『イラク人民よ、我々は共にいる』『我々は平和を要求する』−−−などなど。 聞いているとアメリカへの憂さ晴らしシュプレヒコ−ルが大半で、それが証拠に同じことをしているはずのイギ リスに対しては一言も聞こえて来ない。繰り返すが、何故このにわか平和主義者達はチェチェンの戦争の時には誰一人反戦デモをしなかったのか。是非北朝鮮に対してもやってもらいたいものであるが、それどころか全国の民衆党(政府の第一党)の事務所に投石して機動隊ともみ合い、ゴミのコンテナに火をつける。 さて、これらの一見正義の叫びを聞いて筆者が真っ先に思い出したのは、どこかの競艇のおじさんがニコニコ笑いながら言っていた『世界は一家:人類は皆兄弟』である。これだけならノ−ベル平和賞ものであるが、この美辞麗句を水戸黄門の印籠の如く持ち出してギャンブルの宣伝。これで多くの人生や家庭が破壊されているのである。しかも本人はA級戦犯。一番この黄金句を口にする資格のない人が口にしているのである。 アバズレ女ほど厚化粧が上手いのと同じで、その厚化粧だけ見て『何ていい女』と思うのは女を見る目がないのである。同様に美辞麗句だけで判断すれば皆にわか善人になってしまいそうである。 何が原因であなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたの体の中で戦う欲望が原因ではありませんか。−−−−−或る昔の偉い人 アメリカやフセインではなく私であり『貴方』なのです。貴方が自分の戦いや争いを棚に上げて人のことをとやかく美辞麗句でムチ打っても、まず貴方自身が戦いや争いをやめなければ、子供の喧嘩から国と国との戦争まで総ては五十歩百歩なのです。来週はこの『五十歩百歩』の意味を考えてみましょう。 |
||
|
49 あるボケ老人の話し 18−03−2003(火) |
|
仕事上夜タブラオ(フラメンコ会場)へ行く日本人旅行者の見送りをするのが日課みたいなものであるが、先日グラナダの洞窟フラメンコで有名な『ロス・タラントス』と言う会場に行くある日本人の初老のオジさんに『タランチュラの洞窟ですか?』とマジな顔で聞かれてしまった。何年か振りに必死で笑いを堪えたのだった。 似たようなことは観光ガイド時代にもあった。同朋日本人の恥を忍んでいくつか例を挙げると−−−。 スペインの最南端まで観光バスで行った時の話し。モロッコがすぐそこに見える。そこであるおばさんの言うには『ガイドさん、双眼鏡持って来ればスフィンクス見えますかね?』 見えるか、バカ!? 『トレドに行ったけど泉がありませんでしたよ。せっかくコイン投げ様と思ったのに』−−−別のおばさん。 『去年ベネチアに行ったんですが、良かったですね。次は是非ベニスに行きたいです』−−−別のおばさん。 国ごと間違えて観光旅行とは−−−。この手のおばさんだけは姑にしたくないとつくずく思ったものである。 子供達が成人し、結婚して独立し、月々年金が入って経済的に安定すれば皆気が抜けてこうなってしまうのだろうか。ちなみにタランチュラのおじさんは定年退職後の63才。後は儲けた金を好きな様に使って死ぬだけ。世間から見れば悠々自適な老後を送っていると言えるのかも知れないが−−−。 人は皆将来や老後のことを心配し、ある人は手に職を付け、またある人は貯える。そして、それを達成した暁にはその代償として安心を得、安心の余りボケ老人予備軍に正式入隊する。 人は長年生きてずっと楽しむが良い。だが、闇の日も数多くあることを忘れてはならない。−−−−−或る昔の偉い人 将来への備えが単に金銭物質的であることが問題なのであり、それは満たされた時、その所有者を金銭物質ボケ老人症候群で害し始めます。金銭物質は必要ですが、金銭物質を追い求めた人ほど新聞やニュ−スを賑わしているのではないでしょうか。酒も金銭物質も飲み過ぎれば泥酔して自律神経失調症の廃人となります。日本もスペインもアメリカも廃人だらけだからロクな社会にならないのです。その廃人達が急に正義の味方になって戦争反対を唱えたところで憂さ晴らしに過ぎません。悪いのは他人ではなくまず自分なのです。 発想の転換をして金銭物質以外のもので豊かになる決心をすれば金銭物質は自然について来ます。 |
||
|
48 タパが幅を利かす街 11−03−2003(火)) |
|
いつも行く食堂の息子が『最近はタパばかりで料理が出やしない』と愚痴っていた。 最近は日本のスペイン旅行書にもタパス料理と紹介されるこのタパ(酒のつまみ)の起源は、私が以前どこかのラジオでチラッと聞いた話しによると次の様であるらしい。 昔スペインのどこかであった戦争でのこと。ワインに砂埃が入るのを防ぐために兵士がチ−ズをスライスしてコップを塞いだのがその名称の始まりだそうである。塞ぐことをスペイン語でtapar:名詞tapaと言う。 さて、消費者が料理よりタパを好むとはどう言う意味だろう。普通タパ(つまみ)は別料金なのだが、グラナダ市内のBarやレストランでは飲物を一杯頼むと自動的にタパが無料で付いて来る。しかも手の込んだ調理してあるもがほとんどで、量も多い。そう言う規則はないのだが、いいタパを付けなければ客は来ない。つまり、早い話しが口がいやしい奴が多いのである。せいぜい二泊三日の旅行者なら大歓迎だろうが、年から年中酒ばかり食らっている連中が多い故の食文化の副産物がタパと言える。 旅行者から見れば酒は安くてつまみは無料で、あたかも薬園かも知れないが、これを真昼から、しかも若者からして仕事もせずブラブラ酒を飲んでいることに問題があるのである。こう言う連中が今は主流であるかを見越した様に市内にはますます様々なタパを出す一杯飲み屋が増え続けている。 大酒飲みとむさぼり食う者とは貧しくなる。−−−−−或る昔の偉い人 アルコ−ルも(私は養命酒だけですが)たしなむくらいなら問題ないでしょう。タパも無料なのですからありがたくいただけばいいのです。ただし、それがあたかも総ての生き甲斐であるかの様にガツガツむさぼることが利口ではありません。正しい飲み方食べ方を心得ない人はそれが故に貧しくなるのです。 |
||
|
47 量か質か:1億円,貴方ならどうする? 04−03−2003(火) |
|
つい先日日本円で約1億円の遺産相続を手にしたある人の話しを聞いた。何と私も知っている人である。 自慢ではないが、私はこの種の話しを聞いても何も驚かないし、羨ましいとも何とも思わない。何故かと言えば私は常に何事をも『量』ではなく、人としての『質』と言う物差しで判断することにしているからである。 これは上(青ワク)の『人としての日本語情報センタ−』にも書いてあることであるが、例えばプロ野球の消化試合と甲子園の高校野球を比べれば、レベルはプロ野球の消化試合の方が遥かに上なのだが、高校野球の方が一生懸命と言う人としてのメッセ−ジが感じられる。どちらが実力(量)が上か。プロ野球の消化試合である。どちらから感銘(質)を受けるか。実力では劣る高校野球の方である。 この様に何事につけても量より質(金や物の量よりそれを扱う人としての質)と言う見方をすれば、そう簡単には量に押し流されない堅実な人生を歩むことが出来る。 ちなみに、この棚ぼた1億円相続者もご多分に漏れず家を増改築し車を何台も持つなど、『質より量』の人々から見れば真に羨ましい幸せな人生を送っているそうである。しかし、本当に幸せなのだろうか。 私は日の下に痛ましいことがあるのを見た。所有者に守られている富がその人に害を加えることだ。−−−−−或る昔の偉い人 幸せどころか『質より量』は痛ましく有害でさえあります。質が伴う量であれば金銭でも遊びでも何でも有意義なものとなります。しかし、それ自体は何の問題もない良いものでも量と質の優先順位を誤れば両刃の剣となってその所有者を害するに至るとは皮肉です。貴方の物差しは『量』でしょうか、人としての『質』でしょうか。 |
||
|
46 スペインの携帯電話 25−02−2003(火) |
|
今週から都合により毎週火曜日連載になります。続けてお付き合い下さい。 先日の新聞にスペインの若者の金の使い道 についての記事が載っていた。一週間の主な経費は携帯電話7ユ−ロ(以下略:1ユ−ロ約130円):避妊具4,25(この国では貞操観念は既に死語!?):着物靴29:小旅行28,83:食費20,70:ガソリン11,80:飲代10,43:新聞雑誌8,72:タバコ8,60:インタ−ネット7,8(掲載順)。 思わずある知識人の言ったことばを思い出した。『アホな奴ほどカラオケのマイクと携帯電話を手放さない』。 また3ヶ月前うちのオフィスに来た遊び好き酒好き女好きで有名なあの国に住んでいる日本人によれば『あの連中は飛行機バス汽車地下鉄から降りると判で押した様に皆一斉に携帯電話を掛け始める』そうである。 携帯電話自体は文明の利器の極め付けであり、仕事などに使えばこんな長方なものはない。しかし、携帯電話で喋っている人の横で聞いているとその会話の内容はくだらない物事の場合が多い。電話会社もこうした軽薄な消費者心理を見抜いているかの様に次から次へと安いオファ−を仕掛けて来る。 インタ−ネットも同類項である。いや、現にスペインではインタ−ネット中毒なる新語も使われ始めている。 あなた方のことばがいつも親切で塩味の利いたものである様にしなさい。 そうすれば、一人一人に対する答え方が分かります。−−−−−或る昔の偉い人 ことばも行いも、そして、携帯電話で話す内容もこの様に厳選して自分にも人にも対処すればこの世の問題の多くは未然に防げるのではないでしょうか。しかし、厳選(質)どころかタレ流し(量)すればどんな良い物も両刃の剣となって本人も周囲も傷つけるに至ります。量より質と質より量。人間重視と人間不在の消費重視とも言えるでしょう。上のギタ−の絵の左上の『人としての日本語情報センタ−(量より質)』をお読み下さい。 |
||
|
45 もちろん戦争には反対だが−−− 17−02−2003(月) |
|
先週土曜日スペインはもちろん世界中で反戦デモがあった。グラナダ市でも19時から市内の交通が遮断され大規模なデモ行進となった。一見市民は一丸となってイラク攻撃反対を唱えていたが、私はシラけていた。 何でチェチェンを初め世界各地の戦争には誰も反戦のハの字も口にしないくせにアメリカが絡むと急にこうも感情的になるのだろうか。これはどう見ても反戦デモではなく反アメリカデモである。それが証拠に誰もイラクの大量破壊兵器やフセインの悪口は言わない。そのくせコカコ−ラやアメリカ映画は大好きなのだ。 私もアメリカは好きな方ではないが、同じことを他の国がやってアメリカだけヤリ玉に揚げるのは公正ではない。要するに、ヨ−ロッパは皆そうだが、アメリカのデカイ態度が鼻持ちならないからアメリカのやることなすこと総て虫が好かないのである。誰もイラク人民のことなど心配してはいない。アメリカが気に食わないのである。 ここまで世界中に嫌われているのだからアメリカ人ももう少し原因を考えた方がいいとは思うが−−−。 あと私がこの種のデモで徹底的に嫌いなのは、どう見てもデモの主旨が分かっているとは思えない、いやむしろデモをカ−ニバル同様に楽しんでいるとしか思えない様な連中が結構いると言うことである。要するに体制や社会に対してこの時とばかりに声を張り上げて憂さ晴らしをしたいだけなのである。 こう言う連中をマスコミはまとめて『平和主義者』とか『平和行進』と呼ぶ。政治家も彼等に尻尾を振る。 誰しも戦争には反対だが、普段の社会生活で自分の欲だけ満たすことに専心している人間の出来ることはせいぜい便乗平和デモ行進シュプレヒコ−ルである。その変わり身の早さは日本の中間管理職以上である。 人間が変わらなければ社会は変わらない。−−−−−或る昔の偉い人 急に美辞麗句をデモって人間の愚かさが是正される位ならとっくの昔に人間はお利口さんになって様々な社会悪や戦争はなくなっているはずですが、人間は変わるどころかますます愚かになっているのです。毎週のコラムがそれを証明して余りあります。いくら美辞麗句を唱えても社会の構成員である人間各自が変わらなければ社会も国も変わる訳がないのです。現在の日本の不況も突き詰めれば日本人の愚かさの産物と言えます。 さて、デモの後一体何人の平和主義者達が毎週末の様に明け方まで飲みに行ったことでしょう。 |
||
|
44 GWの予約はお早めに 10−02−2003(月) |
|
日本からゴ−ルデンウィ−クにスペインに旅行する方から訪問予定各都市のホテル予約の依頼があった。 この時期は5月1日がメ−デ−で、それに続いてすぐ週末と言うこともあり、日本人だけでなく世界中からやって来る旅行者でもう既にかなりの予約が入っている。それでもまだ2月上旬なので何とかなったが、何とかならないのがセビ−ジャである。4月29日から5月4日まで春祭り(フェリア)が重なり、現時点で周辺の市町村までほとんど満杯状態である。そう言えば私が観光ガイド時代、春祭り期間中は日本の旅行代理店さえ市内のホテルが押さえられず、グル−プはコルドバやへレスに泊まったことを思い出す。 ただし、『ほとんど満杯』と言うのは少々解釈を施さねばならない。毎年のことではあるが、春祭り期間中は単に宿泊料金がぼったくり上がるだけではなく、最低5泊とか1週間料金とか真に身勝手な条件を押しつけて来る。例えばホテルではないオスタル(宿)でも今年の相場はツイン一泊110ユ−ロで最低5日宿泊である。人が多いことが分かっているので『吹っかけなきゃ損だ、そうしない奴はバカだ』と心から思っているのである。 卑しい利得を求めるのではなく、心からそうしなさい。−−−−−或る昔の偉い人 ビジネスとして業績を上げるために努力を惜しまないことと、もっと金が欲しいから明日から値札を釣り上げ様、そうすればもっと儲かる−−−、これは全く別物です。前者は人としてなすべき当然の企業努力であり、後者は単なる銭ゲバです。それが違法と言う訳ではありません。性根の問題です。言い過ぎでしょうか。日本でもスペインでもいくら稼ごうが一銭もあの世に持って行けないと言うことを知らない人が多過ぎます。 |
||
|
43 スペインのC型肝炎は10年後 03−02−2003(月) |
|
先日バルセロ−ナでスペイン肝臓学会(参加医師140人)なるものが開催されたそうである。 新聞記事の内容を大体要約すると、スペイン国内で潜伏期間10年のC型肝炎の保菌者は推定100万人(何と総人口の40分の1)。大幅増加の原因は若者や子供のピアスと刺青の流行だそうである。感染を引き起こすこれらの非衛生的環境が肝臓ガンなど様々な肝障害をもたらす温床となっているとのことである。だからやりたければ衛生上しっかりしたところを選ばないと病気になると言うニュアンスの記事であったことに私は驚いた。 何でも過半数を占めれば正論となってしまうのが民主主義の致命的欠点である。『何でも』とは良いことも悪いこともである。『悪いこと』とは法に触れる犯罪ではなく、法に触れない『罪悪』と言う意味である。 ピアスも刺青も法に触れないが、然るべき衛生条件を兼ね備えない営業は法に触れ、病気の原因にもなるから気を付けなさいよ−−−、これが民主主義の正論であり、毒を覆うオブラ−トの如き親切である。 しかし、例え法に触れず過半数の人々が礼賛しようが『自然の摂理に反すること』は総て『罪悪』である。 『民主主義なんだから何やってもいいだろう』とは権利ばかり主張したがる民主主義歴27年のスペイン人のよく言う台詞である(フランコ独裁の反動かも知れない)が、権利とはまず義務を全うした人が享受すべきものである。でなければ唯のダダッ子である。そして、義務とは広い意味で自然の摂理を尊重することだと私は思っている。親からもらった体に穴を開けたり墨を塗り込んだりするのが自然の摂理に反しない訳がないでしょう。それでも『人が何しようが勝手だろ』と言うなら、例えば男子生徒やサラリ−マンがミニスカ−トで登校出勤したらどうでしょうか?いやそれはちょっと、と誰でも思うでしょう。でも、それを禁ずる法律はありませんよ。ありませんけど、気持ち悪いですよ。何故気持ち悪いのでしょうか。自然の摂理に反するからです。 あなた方は髪を編んだり金の飾りを付けたり着物を着飾るような外面的なものではなく、むしろ、柔和で穏やかな霊と言う朽ちることのない心の中の隠れた人柄を飾りにしなさい。−−−−−或る昔の偉い人 装飾に限らず人生何事も外見を重視することが広い意味で自然の摂理に反する罪悪とも言えるでしょう。例え犯罪でなく皆が疑いもなくやっていることでも、罪悪を楽しんだ結果はせいぜい10年後にC型肝炎です。 |
||
|
42 テレビの音がでかい 27−02−2003(月) |
|
いつも行く食堂でのこと。スペイン人は生まれつき日本人より鼓膜が分厚いこともあり、とにかくテレビの音がでかい。削岩機の如くガンガン響いて来る。そして、子供から老人まで地声もでかく、オマケによく喋る。 ちょうど食事時、テレビは正午のニュ−ス(14:30)の時間。ざっと先週の主な出来事を紹介すると、イラクと北朝鮮問題、首相自ら重油汚染地域経済テコ入れ政策発表、行方不明の子供が11ヶ月振りに死体で発見、極め付けはバルセロナ周辺でアルカエダの一味16人検挙(化学兵器の材料大量所有)etc.されど、−−−。 皆食べて喋っているだけで誰もニュ−スなど見ていない!?!?!?絵に描いた様な見事な集団無関心である。 しかし、スポ−ツニュ−ス(サッカ−)が始まると皆一斉にテレビの方を向いた。どう言う性格だ!?結局日本人もスペイン人も新聞はスポ−ツ欄:テレビ欄:三面記事だけ読もう浅はか思考回路の連中が多いと言うことか。 日本人も北朝鮮から核ミサイルが飛んで来ようがまるで人事みたいな顔をしている人が多いが、スペイン人も世の中何が起きようがサッカ−と宝くじだけは欠かさないと言うノ−天気な連中が多い。さすがは腐っても経済大国日本であり、腐ってもスペインはEUの一員なのである。 もちろん戦争より平和であるが、若いのに泰平天国平和ボケ老人症候群の若年寄も考え物である。 人が若い時にくびきを負うのは良い。−−−−−或る昔の偉い人 ある日本の子供が『戦争になってス−パ−に何もなくなっても、コンビニがあるからいいも−ん』とマジで言ったそうです。この若さでボケるとは可愛そうに、親の教育が偲ばれます。笑い事ではありません。三つ子の魂百まで。三つ子の教育は親の責任です。このことばは日本語で言う『若い時の苦労は買ってでもしろ』に当ります。日本でもスペインでも今日の親は子供に何を買ってやっているのでしょう。苦労やくびきを買い与える親はバカなのでしょうか。いや、これは逆説の正論です。親なら子供が将来ボケない様にしつけてやるのが本当の愛情と言うものでしょう。ボケ促進剤を率先して我が子に買い与える様な親はもうボケているのです。 |
||
|
41 キュ−バからの亡命者 20−01−2003(月) |
|
先週の火曜日夕食(外食)の帰り、ある身なりの粗末な若い男性に『金を少し下さい』と声を掛けられた。私は普通この種の連中は相手にしないことにしている。ほとんどは働く気のないヒッピ−で、昼間から(夜も)ぶらぶらしてアル中にヤク中−−−と、人間こうはなりたくないと言う標本みたいな連中だからである。 しかし、この男性はかなり浅黒で、一見スペインに多い不法入国のモッロコ人に見える割りにはスペイン語が完璧で、私が一瞬返答に困って何も言わないでいると、これまたかなり上手い英語で話し掛けて来た。何より話し方に謙遜と遠慮とかなりの教育レベルが感じられたので、立ち止まって話しを聞いてみることにした。 早い話しが彼は貧困に喘ぐ共産国キュ−バから偽造パスポ−トとロシア行きのビザで出国し、途中経由地のスペイン・マドリ−ドで降りたのである。もちろん最初からスペインでの不法労働目的である。見つかっても強制送還にならない様にパスポ−トはすぐ破り捨て、以後総て野宿。グラナダでもそうして一ヶ月半。食事は浮浪者への無料配給施設や物乞いで得た粗食。真冬に街の噴水などで体を洗い、何より最初から一文無し。何とか農場の仕事のありそうな隣のアルメリア県のビニ−ルハウス農業地帯(そこには不法外国人救済施設がある)に行きたいが、そのバス代8ユ−ロ(約1000円強)さえ持ち合わせがないと言う。 その辺で定食をおごってあげたが、温かい食事など久し振りだと言う。続けて色々話しを聞いたが、教養も常識もあり、TVゲ−ムやインタ−ネットやバ−ゲンや宝くじにうつつを抜かしている日本人やスペイン人とは人間の質が違った。彼はカストロ独裁政権がいつか倒れるまで祖国に帰ることさえ出来ないのだ。翌日朝一番のバスで目的地(の救済施設まで辿り着けば衣食住は何とかなる)に向うための20ユ−ロ差し入れて別れた。 自分の隣人を蔑む人は罪人。貧しい者を憐れむ人は幸いである。−−−−−或る昔の偉い人 凄い世界があると再認識させられました。我々日本人は豊満飽食なのです。この現実の前には落第や安月給、リストラや失業、失恋さえ贅沢な悩みに他なりません。日本に生まれたこと自体が特権です。人生下を見ては進歩はありませんが、ある意味自分の境遇を知るのに時折下を見て、そして思いやることは必要です。 |
||